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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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その後の運命のつがいたち


チレッグの屋敷の応接室で、アザ持ちの男たちがにこやかに話していた。


「ヒヨクさん、こっちが声かけたのに、わざわざうちの屋敷まで来てもらって悪かったっすね」


「いや。どうせ親父んとこ行くつもりだったからな。方向一緒だし、構わねえよ」


チレッグが、今まで見たことがないくらいに機嫌が良さそうに笑っている。

応えるヒヨクも、機嫌が良さそうだ。



ナナミーは、ヒヨクと並んで腰掛けていた。

目の前に座るチレッグの隣には、ウミュウもいる。


ウミュウに会うのは、あの日の藪の隠れ家以来だった。

どうやらヒヨクは、あの場にチレッグを呼び出していたらしい。


『オレをあの場に呼び出してくれて、ヒヨクさんにはほんと感謝してるんすよ。ウミュウがオレの運命のつがいだって見当をつけてたんすね』


先ほどチレッグがそうヒヨクに話し、『……まあな』とヒヨクも応えていた。

ヒヨクは、ウミュウがチレッグのアザをに持っていることに気づいていたようだ。


つがい認定協会で検査を受けたあの日。

正式な認定を受けての帰り際、第二応接室前から聞こえてきた声があった。


『今すぐ検査をしよう。もちろん検査が終わり次第、スタッフ全員で確認しよう』


『おう、しっかり頼むぞ』


やり取りの中で聞こえた疲れた声も、横柄に応えた声も、聞き間違いではなかったようだ。

あの時は自分のことで精一杯で、あまり深く考えなかったが、あれはチレッグだったのだろう。


あの日、ナナミーたちが運命のつがいとして認められたように、チレッグたちもまた正式に認められたようだった。




ヒヨクとチレッグのやり取りを聞いていたナナミーは、目の前のカップに手を伸ばした。

ソッ……と触って温度を確かめる。

先ほどまで熱々で触れなかったカップは、程よく冷めていた。


カップを手で包み込むと、ふわりと立ち上がる湯気から濃厚な磯の香りが漂った。


(海……)


ズッ……とお茶をすすると深い海を感じた。


尖りのないまろやかな塩気と、噛み締めたくなるような旨みが体に染み渡る。

波に揺れる昆布のように、なんだか心までゆるんでいくようだった。


「これは……いい昆布茶ですね」


「この昆布茶、チレッグ様が取り寄せてくれたんです」


ナナミーの感想に、ウミュウが微笑んだ。

そんなウミュウを、チレッグが嬉しそうに見つめていた。


「ナナミーにも礼を言うぜ。ウミュウの相談に乗ってくれて助かった。ウミュウはオレの側にいながら、三ヶ月も名乗り出る勇気が出なかったみてえだからな」


「三ヶ月……」


思わず呟くと、ウミュウが恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「ナナミーさんは、あの日の夕方、ヒヨク様のアザに気づいてすぐに名乗り出たんですよね?でも私は、なかなか勇気が出なくて……名乗り出るまで三ヶ月もかかってしまいました。気が弱くてお恥ずかしいです」


「オレがもっと早く気づいてやればよかったな」


ナナミーの目の前で、チレッグとウミュウが仲睦まじい様子を見せていた。



ナナミーはそんな二人から、手に持つ昆布茶に視線を落とす。


(私は……)


――三年だ。

ナナミーは三年もの間、ヒヨクの運命のつがいだと気づきながらも名乗り出なかった。


ヒヨクの部下となり、『絶対に!一生!こんな鬼畜な上司の運命のつがいだと名乗り出るものか!』と固く自分に誓ってきた。


昔を思い出すと、スッと心が沈んだ。


出会うまでは、最強種族のアザ持ちのヒヨクに憧れたこともある。

だがその鬼畜な上司ぶりに、淡い憧れなど一瞬で消え去った。

三年もの間受けた鬼畜な仕打ちは、魂に刻まれている。

――忘れようとしても、忘れられるものではない。


ナナミーはじっとカップを見つめる。


カップの底に、細かい昆布の繊維が沈んでいた。

それは、心の奥に沈めたはずの昔の記憶のようだった。




* * *




チレッグたちとの話を終えたあと。

ヒヨクとナナミーは、そのままレオードの屋敷へ向かった。


レオードの屋敷には、ヨウたちも来ていた。


ヨウとレオードには、正式に認定を受けたときに報告に行っている。

ヨウには『これからはもっと遊びに来いよ』と誘われていたが、ヒヨクはずっと無視していた。


ナナミーと二人の時間を使ってまで行く必要などない。

どうせ今日もカメリアが、またナナミーに会いたがっただけだろう。


ナナミーには、『疲れただろ?親父の用事終わったらすぐ帰ろうぜ』と声をかけていた。




ヒヨクとレオードたちが事業について話す傍らで、ナナミーたちはおやつを食べながら楽しそうに話していた。


「三ヶ月……?!」


「三ヶ月なんて、本当に勇気あるお嬢さんね……」


コフィとカメリアが揃って声を上げた。

どうやらナナミーは、チレッグたちの話をしているようだ。


「三ヶ月なんて……私はそんな頃……」


「私もあの頃……」


続けて聞こえてきた、コフィとカメリアの声が不穏だった。

視線を向けると、ナナミーはじっとカップを見つめている。


「私もあの頃は……この昆布茶の中の昆布みたいだなって思うんです」


(あの昆布茶の中の昆布ってなんなんだ……!)


ナナミーたちが今飲んでいるのは、チレッグが屋敷を出る時に手土産に渡された『アニマル海産昆布茶』だ。

言葉の意味はわからない。

だが、ナナミーの顔が暗く沈んでいることだけは分かった。


(何を思い出してるんだ……?)


そもそも、ナナミーにとっての「三ヶ月」とはいつの話だ。

つがい認定協会では、アザの出現に気づいたのが『今日の夕方』と答えていたが、それが本当ではないことくらい、ヒヨクにも分かっている。


深追いはしなかった。

ナナミーと気持ちが通じ合えた喜びで、過ぎた過去など気にならなかったからだ。


チレッグたちの話を聞いて、「ナナミーも三ヶ月くらいだったんだろうな」と見当をつけていたが――


会話の流れを見る限り、違うようだ。


(いつだ……?)


ナナミーは今、いつのことを思い出しているのだろう。おそらくそれは、あまり良くない過去だ。

カップを見つめる横顔が、ひどく沈んで見えた。


(ラニカを運命のつがいだと誤認していたときか……?)


(屋敷に持ち帰り残業させてたときか……?)


(昼休憩中に、仕事に呼び戻したあのときか……?)


(『茶ぁ出すのも遅えな。冷めんだろ』って声かけたときか……?)


三ヶ月どころか、半年前なのか。

――それとも一年前なのか。


思い返せば、心当たりが多すぎた。


ドクドクと胸が早鐘を打つ。

今カップを見つめながら、ナナミーは何に思いを走らせているのだろうか。




「カメリア、今日はレオードの森でバーベキューすんだろ?そろそろ昼の準備するか?」


「コフィ、特別なマンゴープリン、用意してんだろ?先に食わねえか?」


ヨウとレオードも、不穏な空気を嗅ぎとったようだ。

運命のつがいたちの機嫌を取ろうとし始めた。


「ナナミー。親父んとこの森も、この前スモモの木植えたみてえだぞ。見に行かねえか?」


暗い顔でカップを見つめるナナミーに、ヒヨクはなるべく明るい声をかけた。



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― 新着の感想 ―
ナナミーちゃんが、お尻のアザに気がついた時は動揺したんだろうなぁ。でも、お尻のアザ、どうやってきがついたんだろ?鏡?普通は自分のお尻はマジマジ見ないよね〜。見れないし。
ホント何かと私たちの人間社会に通じてしまう深い話だと思うんです。運命のつがいのあざに気が付いた時でも、コフィとカメリアが今は大切にされていることを知った時でも、ナナミーはとにかく早く思いきって名乗り出…
両思いになれて、番認定されて、よかったよかった(ꈍᴗꈍ)*♡ もっとずーっとエピソード続くといいなあ〜〜 あと数話で終わっちゃったら悲し(´;Д;`) ずーっと先のヒヨク様とナナミーのお子様(お…
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