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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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さらにその後のエピローグ


「ほんとトロくせえな!さき行くぞ!」


まだ幼さの残る舌足らずな声でそう言って、三歳の息子――ヒオウが繋いだ手を振り払った。

小さな背中が、あっという間に小さくなっていく。


「ヒオウ!」と呼ぶナナミーの声は、もう届いていないようだ。

振り返りもせずに、ヒオウは駆けていく。



『もし、ヒオウのヤツがどっか行っても、追いかけんじゃねえぞ。急いで転ぶと危ねえからな』


ヒヨクは口癖のようにそう言っているが、ヒオウはまだ三歳だ。いくら最強種族のアザ持ちの子といえ、一人にさせるわけにはいかない。


レオードからも、『ヒオウは、ヒヨクがガキんときよりも手に負えねえクソガキだからな。放っておいて大丈夫だよ、ナナミーちゃん』と言われているが、安心できるわけがない。


タッ……タッ……とナナミーも、必死にヒオウの後を追いかけた。




「ヒオウ、テメェ……ナナミーはどうした?オレが付いててやれねえ時は、ナナミーの側離れんなよって、どんだけ言ったら分かるんだ?」


「うるせえな!アイツ、カメ族の女にちょっと挨拶するだけで、いちいち遅えんだよ!離せクソ親父!」


「ああ?テメェ、誰のこと言ってやがる。『ナナミーお母さん』だろ?何度言ったら分かんだ?」


廊下の角を曲がった先から聞こえてきた声に、ナナミーはホッと息をついた。

どうやらヒオウはヒヨクが捕まえてくれたようだ。


安心した途端、どっと疲れが押し寄せる。

大きく息を切らしながら、その場に立ち止まった。


――子育ては毎日がサバイバルだ。




今日ナナミーは、元職場に連れてきてもらっていた。


カリナに結婚祝いを届けるためだ。

カリナは、上司だったアルッチと近く結婚式を挙げることが決まったらしい。


本当は式にも出席したい。

だが、儀礼の場には、暗黙の種族間の距離感というものがある。


弱い種族のアルパカ族とカメ族の結婚式に、最強種族のヒョウ族の関係者が出席すれば、お祝いどころの雰囲気ではなくなってしまう。

――ナマケモノ族のナナミーには、それが痛いほど理解することができる。


だから今日は、事前に祝いの品だけを届けに来た。


違う部署だったが、アルッチにも世話になった。

おやつをもらったこともある。

二人の門出を祝いながら、少しおしゃべりをしていたところだった。


レオードの会社を引き継いだヒヨクもまた、ここは元職場となる。

今は元部下たちに挨拶をするため、席を外していた。




「……ナナミーお母さん」


「次からちゃんとそう呼べよ」


「ヒ……ヨク!」


ナナミーを呼ぶヒオウの声が苦しそうで、ナナミーは急いでヒヨクを呼んだ。息がまだ落ち着かず、声が乱れる。


けれどちゃんと声は届いたようだ。

名を呼んだ瞬間、ヒヨクが廊下の角から姿を現した。

その片手には、襟元を掴まれたヒオウがぶら下がっていた。


「ヒヨク!ヒオウを離してあげて。可哀想なことしないで」


ナナミーの言葉にヒヨクが手を離した瞬間、ヒオウがわあああん、と泣きながらナナミーに抱き付いた。

「わあ」と声を上げる間もなく、ナナミーは反動でヒオウとそのまま倒れそうになる。


ヒヨクが素早くナナミーを支えてくれたが、「ヒオウ、ナナミーを押すんじゃねえっつってんだろ」と叱る低い声に、ヒオウの泣き声がさらに激しくなった。


ナナミーはヒヨクに支えられながら、ナデ……ナデ……とヒオウの頭を撫でる。

ヒヨクは三歳の息子にも容赦がなさすぎるのだ。



「ヒヨク様のお子さん、さすが元気いいっすね」


「うわ、めっちゃヒヨク様にそっくりじゃねえっすか」


「おう!いっちょ前に睨んでやがんぜ!」


その時、ゾロゾロと廊下の角から続いた元同僚たちが、ナナミーの腕の中で泣くヒオウを覗き込んだ。


「ナナミー、久しぶりだな」


「相変わらず弱そうじゃねえか」


「お前、こんな赤ん坊も受けれねえのか?」


元同僚たちが相変わらず、弱小種族のナナミーをディスってくる。


「うるせえなゴリラ!黙れよ!誰が赤ん坊だ!カバ野郎、テメェは目ぇ見えねえのか?弱え母さんを、弱えテメェらが言うな!」


まだ舌足らずな声なのに、言っていることだけはヒヨクそっくりだった。


「ヒオウ……」


『ヒオウはまだ三歳だけど、ヒヨクの子だよ?敵うわけないじゃん』と同僚たちに言ってやろうとした言葉は、言葉になる前にヒオウの声にかき消された。


『母さんも、肉くらい食えよ』

『歩くの遅えよ。寝てんのか?』


三歳にしてすでに、父親譲りの乱暴な物言いをするヒオウだが、こういうときは必ず庇ってくれる。

ヒヨウは、ヒヨクに似た優しい息子だ。


だが――

その言葉はない。


ヒオウがいくらヒヨクの息子でも、強い種族の大人に目をつけられたら、ナナミーはヒオウを守ることができない。


「ヒオウ、みんなに謝りなさい」

――そう声をかけようとした、そのとき。


ベアゴーがヒオウの前でしゃがみ、小さな頭を撫でた。


「わ〜ほんとヒヨク様そっくりだね、ヒオウくんは賢いね〜。大きくなったら、きっとお父さんくらい強くなるね」


「ベアゴーおじさん、オレ親父なんかより強くなるし!」


二人のやり取りに、元同僚の男たちがどっと笑う。

なんとか危険は流れ去ったようだ。


「そろそろ帰んぞ」


ヒヨクにヒオウごと抱え上げられ、ナナミーはほっと息をついた。


「ベアゴーくん。奥さんのワニエルさんによろしくね」


ヒヨクの肩越しに、バイバイとナナミーは手を振った。





「ヒオウ、ちゃんとアイツらから母さんを守ってたな。やるじゃねえか」


屋敷までの帰り道。

ヒヨクに褒められたヒオウが、ナナミーの腕の中でコクリと頷く。


「大きくなって運命のつがいのアザが出たら、気になる女には優しくしろよ」


「親父もジジイらも、そればっかだな!」


続いたヒヨクの言葉に、ヒオウが口を尖らせた。


「ヒオウ。ジジイじゃなくて、『ヨウおじいちゃん』と『レオードおじいちゃん』でしょう?」


「ジジイはジジイだろ。みんな同じこと言いやがって、うるせえんだよ」


ナナミーが諭すと、ヒオウはプイッと顔を横に向けた。


確かにこんな幼い子に、運命のつがいの話は早すぎるのではないかとナナミーも思う。

けれどそれは、あまりにヒオウがヤンチャだからだ。


ヨウも遊びに行くたびに『ヒオウは、レオードのガキん頃よりも口悪りいな』と話している。

みんな、ヒオウの将来を心配しているのだ。


「オレの運命のつがいなんだから、向こうが勝手に名乗り出てくるに決まってんだろ!」


吐き捨てるように話すその声は、まだ舌足らずな子供の声だ。

だが――すでに鬼畜の片鱗をしっかりと見せていた。




次世代の鬼畜ヒオウの始まりを予感させつつの完結です。


鬼畜な旅の最後までのお付き合い、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
完結お疲れ様でした! 大好きなお話で、ナナミーに会えるのを楽しみにしていたので、終わってしまうのは寂しくもありますが、ステキな未来を見ることができて嬉しかったです。 ナナミーの鼻歌に癒されたくなったら…
とうとう完結…!素敵なお話をありがとうごさいました。 二人のすれ違いを永遠に読みたいくらい、大好きなお話でした (^-^) 一途な男女が大好物なので、番外編もっと読みたいですー^_^ 最後は、ナナミー…
あぁ…とうとう終わってしまった。さみしいです(T-T)。毎日、ワクワク、ドキドキさせていただきありがとうございました!何度も何度も読み返しては一人ニヤニヤとしながら楽しませていただきました。ステキなお…
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