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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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36.運命のつがいのエンディング


ガンガンガン!と、どこかの扉を叩く音がする。


(……あ)


うっかりまどろんでいたナナミーは、ハッと意識を目の前に戻した。


先ほどまでのことを思い出す。


ぎゅっと目をつむっていたので何も見えなかったが――

どこかへ運ばれているはずなのに、不思議と怖くなかった。

だからナナミーを抱えているのがヒヨクだということは、とっくに気がついていた。


けれどヒヨクは何も言ってくれない。

足早な足音だけが続き、どこへ向かっているのかも分からなかった。


(ウミュウさんに話してたこと、聞こえたかな……)


とても不安だった。

『もしかして、ヒヨク様のアザを持っているって話、聞こえちゃいましたか?』

――なんて、怖くて聞けなかった。


『聞こえたに決まってんだろ。今から会社戻るぞ。――残業だ』


そう言われたとしても、断れるはずがない。

『名乗り出た運命のつがいには、残業をさせる』と、ヒヨクはずっと公言してきた。

ヒヨクが『残業』と言うならば、ナナミーはただそれを受け入れるだけだ。他に道はない。


(諦めよう)


何もできることはないと諦めて、ウトウトまどろみに落ちていったところだった。




そう……っと目を開けた先に扉が開き、大柄な男が顔を見せた。


「あ。サイモン様、こんにちは」


扉を開いたのは、つがい認定協会の責任者であり、かつての上司――サイモンだった。


「おや。ヒヨク様……とナナミーくん。誰かと思ったよ。こんにちは」


「挨拶はいい。それよりすぐに、つがい認定の検査してくれ」


「えっ……ナナミーくんの?」


サイモンに目を丸くされ、ナナミーはサッと視線を逸らす。


『運命のつがいのアザが現れたときは、速やかにつがい認定協会の検査を受けること』


それは国民の義務だ。

つがい認定協会で働いていたナナミーが、それを知らなかったとは言えない。


目を逸らすナナミーに、サイモンが戸惑ったように声をかけた。


「えーっと、じゃあ……今日の協会の営業時間は終わってるから、明日の朝一番で検査をしよう。予約を入れておくからね」


「ああ?」


「今すぐ検査をしよう」


ヒヨクの低い声に、今からの検査が決まった。


(諦めよう)


ナナミーはコクリと力なく頷くことしかできなかった。





「えーっと。書類の記入は完璧だね。さすがナナミーくんだ。……うん、……うん、そうか。経歴記入に問題はないね。現在の住所も……ヒヨク様の屋敷だしね。つがいの証のアザの出現に気がついたのは……『今日の夕方』でいいのかな」


「はい。そうです」


検査前のサイモンの質問に、ナナミーは素早く頷いた。


ナナミーの後ろには、ヒヨクも立っている。

背中に感じる視線が痛い。

アザの出現時期については、なるべくサラッと流してほしかった。


「『今日の夕方』か……。さすがナナミーくんだ。気がついてすぐに行動したんだね。運命のつがいを名乗り出る者の鏡だね」


「アリガトウゴザイマス」


『アニマル海産昆布使用!特選昆布飴』

机に置かれた昆布飴の袋を真剣に見つめながら、ナナミーは答えた。


「じゃあ、つがい検査は女性スタッフに代わるから。そうだね、一週間もあれば結果は出るよ」


「ああ?」


「検査が終わり次第、スタッフ全員で確認しよう。すぐに結果は出るよ」


ヒヨクの低い声に、一週間後の予定はあっさり覆された。

検査結果は今日中に出るらしい。


「アリガトウゴザイマス……」


結果が出た後の未来に、何が待ち受けているのかは分からない。

残業か――否か。

ナナミーはただ、その運命を受け入れるだけだ。


「こちらの部屋にどうぞ〜」


おばあちゃんスタッフに呼ばれ、ナナミーはおとなしく検査室に向かった。




* *




「ヒヨク様。検査結果が出るまで、こちらの部屋でお待ちください。ナナミーくんも検査が終わり次第、こちらに案内しますね」


協会の男に案内された応接室で、ヒヨクはナナミーの検査が終わるのを待った。

ソワソワと落ち着かない気持ちだった。


検査結果など、聞くまでもない。

こんなに大きく心を揺さぶる女が、ナナミー以外いるはずがない。


つがい認定協会の認定など形ばかりのものだ。

だがそれでも、ナナミーがヒヨクの運命のつがいだと公表すれば、これからは野郎どもはもちろん、他の怪しげな女たちさえ気軽にナナミーに接触することはできなくなる。


(……やっとオレの運命のつがいだって打ち明けてくれたか)


思わず口元が緩む。



(……待てよ?)


ふと冷静になる。


確かにナナミーは、ヒヨクの運命のつがいだと打ち明けた。

だがそれは、ヒヨクに対してだっただろうか。


――そもそもナナミーは、運命のつがいを打ち明けただろうか。


(打ち明けた……よな?)


打ち明けたはずだ。

藪の中から聞こえた言葉に、我を忘れて舞い上がっていたが、確かにあのときナナミーは言っていた。


(あんとき確か……)


『私だって、ヒヨク様の運命のつがいのアザを持っていても、名乗り出られませんから』


記憶がよみがえる。

薮の中から聞こえた言葉は、告白ではなかった。


サッと血の気が引いた。

思い出したその言葉は、告白どころか、ヒヨクの運命の証そのものを拒絶する言葉だった。


(なぜだ……!)


激しい絶望の波に飲み込まれそうになった瞬間、ハッと気がつく。


「あ」


思わず声が出た、そのとき。

応接室の扉がコンコンコンとノックされた。


カチャッと静かに扉が開き、協会の男とナナミーが部屋に入ってきた。


「じゃあナナミーくん。結果はすぐに出ると思うから、ヒヨク様とこの部屋で待っててね。ヒヨク様も、すぐに結果が出ると思いますので、もうしばらくだけお待ちください」


そう言って男が足早に部屋を出た。

そのまま立ち尽くすナナミーの顔が、固く強張っていた。


『検査終わったんだな。ここ座れよ』

――そう声をかけることもできない。


ヒヨクもまた、何を言えばいいのか分からなかった。

静かな部屋に、緊張した重い空気が落ちていた。



「あの……これ。検査のおばあちゃんが、『これ飲んで待っててね』って……」


やがて口を開いたナナミーが、おずおずと手に握っていたものをヒヨクに差し出した。

ストロー付きの小さなパックジュースを二本もらったらしい。パックには真っ赤なトマトの絵が描かれていた。


「トマト?……いいんじゃねえか?ナナミーも座れよ。一緒に飲もうぜ」


ヒヨクはほっと息をつく。

ジュースなんてどうでもいい。

ただナナミーに話しかけられたことが嬉しかった。


ジュッと吸い上げたトマトジュースは一瞬でなくなった。


(なんだこれ)


草みたいな味だけが口の中に残った。

ナナミーを見ると、ちょうどストローに口を付けたところだった。

パックに刺さったストローに、トマトジュースがゆっくりと吸い上げられていく。


「うまいか?」


ヒヨクが尋ねると、ナナミーはジュースを飲みながらコクリと小さく頷いた。


「……ふうん。じゃあもっとうまいトマトジュース取り寄せてやるよ」


重ねた言葉に、ナナミーがパッと顔を明るくして、またコクリと頷いた。

その様子に、張りつめていた肩の力が抜けた。


「結果はまだ出てねえが……ナナミーが運命のつがいでも、そうじゃなくても」


そうだ。

まずは、これだけは伝えなければならない。

伝えなければと思いながら、余計な誤解を招きたくない余り、伝えられないでいた。


再び緊張を走らせたナナミーの顔をじっと見つめる。


「オレは、二度とナナミーに残業なんてさせねえつもりだ」


「え……」


「絶対だ。約束する」


目を丸く見開いたナナミーに、ヒヨクは言葉を重ねた。


「だから……ずっとオレの側にいてほしい」


言葉に出すと、想いが溢れた。

なぜこれまで言わずにいられたのかが不思議なくらいだった。


「私も、ずっとヒヨク様の側にいたいです……」


ささやくほどの小さな声は、はっきりと耳に届いた。


その瞬間、胸の奥で絡まっていた何かがするりとほどけた気がした。


つがい認定協会の結果はまだ出ていない。

だが――そんなものを待つ必要などやはりなかった。


ナナミーの声を聞いただけで、胸の奥が満たされる。

体の奥底が、これこそが運命だと叫んでいた。





鬼畜な世界の二人の着地点はここかなと。

最後まで見守ってくれてありがとうございます!


そしてこれまで、たくさんの感想をありがとうございます!いただいた感想は全部私のお宝です。


当然のエンディングでした。

だけどいつだって運命は突然に訪れるもの。

とはいえ突然すぎるので……

もう少しだけ、あの人とあの人とあの人と……な人々の追加のお話を足そうと思います。


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― 新着の感想 ―
あー終わっちゃう寂しさはありますが、、、 ナナミーとヒヨク様が幸せになるなら仕方ありませんね。 切なく、もどかしすぎる両片思い、私の性癖にきゅんきゅん刺さりました。 先生素敵なお話ありがとうございまし…
とても大好きなお話です!!ついに2人の想いが通じ合い、とてもとても嬉しいです!! 他の方も書かれていましたが、どうか!!2人の甘々な後日談をできるだけたくさん!!供給いただけると、毎日の生活の糧になり…
完結おめでとうございます。 ナナミーのジェットコースター人生モード (ヒト族の私からしたらコケるほどスロー) から、ヒョクとの番鑑定待ちでのほのぼのエンド 楽しかったです。 その後のエピローグお待ちし…
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