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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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35.ついに迎えた日


「ヒヨク様。今日も女の動きに変わりはありません」


執事からの報告に、ヒヨクは片眉を上げた。


ここ数日、屋敷を観察する怪しい女がいるらしい。

ひょろっとした背の高い女だと聞いている。


「まだいんのか?」


「はい。今日でもう五日になりますね。今日もまた夕方ごろに現れて、数時間ほど屋敷の様子を窺っていました。いつものように見ているだけではありますが……。いかがいたしましょう。身元を突き止めて、一族に責任を取らせますか?」


執事の提案にヒヨクは鼻で笑う。


「背が高いだけで、トロくせえ女なんだろ?続くようなら、後ろから肩でも叩いてやれよ。すぐ消えんだろ。――それより」


そんな女のことより気になることがあった。

執事の隣に立つユキに視線を向ける。


「それよりユキ、どうだ?ナナミーは今日も同じ場所で遊んでんのか?」


ヒヨクの問いかけに、ユキの顔が曇った。


「はい。今日もまたナナミー様は、あの藪の隙間で遊んでおりました。ヒヨク様のご指示通りに、近くにいくつか柔らかい藪の隠れ家を作ったのですが……見向きもされませんでした」


ユキの報告に、はぁ……とヒヨクはため息をつく。

どうやらナナミーは、危険な薮をすっかり気に入ってしまったようだ。


ナナミーが楽しんでいるのなら、好きにさせてやりたい。

だが――あの薮は危険だ。


屋敷を取り囲む薮は、外部からの侵入者を防ぐために植えられたものだ。

固く、鋭利なトゲを持つ。

起毛タオルのような、敷地内の柔らかな肌触りの薮とは違う。

ナナミーの柔らかな肌なら、触れるだけで傷がつく。

入り込む薮の隙間内のトゲは取らせているが、それでも心配だった。


そんな危険な遊びはすぐにでも止めさせたい。

だが、せっかく楽しく遊んでいるところに水を差して、嫌われたくはなかった。

飽きるまで見守るしかない。


「屋敷周りの薮に他に隙間がないか、もう一度しっかり確認しろ。ユキも、ナナミーから目を離すなよ」


ヒヨクは、執事とユキにそう指示を出した。




――そんな指示を出した翌日。


不穏な動きがあった。

屋敷の外に立つ女が、ナナミーに接触をしたという。


女の名はウミュウ。チレッグの母親付きの使用人だと名乗った。

ナナミーに相談を持ちかけて、明日も約束を取り付けたらしい。


ナナミーとの接触は偶然かのような会話だったようだが、そんな偶然があるわけがない。

女は計画的に偶然を装ったのだろう。


(チレッグの野郎……!トロくさそうな女を送り込んで、ナナミーを油断させて誘い出すつもりか?!)


カッ!と頭に血が昇る。

怒りで目の前が赤く染まった。


だが――こういうときこそ冷静になるべきだ。


チレッグなど恐れることはないが、いい見せしめにもなるだろう。

アザ持ちの男といえど、ナナミーに近づく者の末路を世間に見せつけてやればいい。


そう考えると、口元に笑みが浮かぶほどだった。



「あの……いかがいたしましょう。女を捕まえて、チレッグ様に抗議文をお送りいたしましょうか……?」


「ああ?んな必要ねえよ。明日のその時間に、チレッグを屋敷の外に呼びつけてやるよ。証拠を押さえたら、その場で潰せばいいだろ」


執事の震え声の提案に、ヒヨクは鼻で笑ってみせた。




* *



ナナミーを抱え、つがい認定協会に急ぎながら、ヒヨクは女を見直していた。


屋敷の様子を窺う女は、送り込まれた敵だと思っていたが、それは違った。

あの女はヒヨクとナナミーの運命をハッキリと結びつける者だった。


(ウミュウって名だったな。アイツ、良いヤツじゃねえか)


ウミュウはチレッグの運命のつがいらしい。

屋敷の外に呼び出していたチレッグも、その話を聞いていたはずだ。

これでチレッグがナナミーに絡んでくることもないだろう。


ウミュウは、ナナミーからチレッグの気を逸らしただけではない。

巧みな話術で、ナナミーに『ヒヨクの運命のつがいのアザを持っている』という事実を打ち明けさせた。


藪の中に隠れるナナミーを見つけたくらいだから、全てウミュウが仕掛けたものかもしれない。

ナナミーに接触することで、ヒヨクにチレッグを呼び出させ、さり気なくチレッグに運命のつがいの証を持つ告白を聞かせる。

――そんな計画だ。


(大した女だぜ)


報告ではトロくさそうな女だと聞いていたが、運命のつがいのアザを持つ者ならば、それも頷ける。


(オレのナナミーも、仕事が早えからな)


今さらながらに、ナナミーの高い能力を誇らしく思う。


(最初に会ったときから気づくべきだったな)


ヒヨクの腕の中で目を閉じるナナミーを見て、初めて会ったあの日を思い出す。



ヒヨクの部署に、ナナミーが新入社員として配属されたのは、三年ほど前のことだ。


『ナマケモノ族のナナミーです。よろしくお願いします』


そう言って頭を下げたその動きが、これまで見たこともないくらいに遅かった。


(こんなヤツ、どうせ役に立たんだろ)


初日から書類の山を押し付けてやれば、翌日には消えるだろうと思い渡してみたが――

予想に反して、驚くほど仕事が早かった。

他の奴らなら、どれだけ早くとも一週間はかかる量だ。それを終業時間までに終わらせていた。


(なんでこんなヤツをオレの部署に回しやがったのかと思ったが……こんだけ使えるヤツだからか)


ナナミーの能力を見込んでの人事配置だったのだと気づき、初日から追加の書類を上乗せしてやったほどだ。

ナナミーは、動きはあり得ないくらい遅いが、仕事は早い上に正確だ。

なるべく仕事はナナミーに回し、ずっと特別に目をかけていた部下だった。


(まあ……もう仕事なんてさせるつもりはねえが)


運命が、ヒヨクの元へナナミーを呼び寄せたのだろう。


ナナミーが抜ければ仕事は忙しくなるだろう。だが、ナナミーと過ごす時間がなくなるくらいなら、独立を考えてもいい。


これまでにもなく胸が浮き立っていた。

つがい認定協会で認定されれば、ヒヨクとナナミーは正式な運命のつがいと認められる。


腕の中のナナミーに視線を向けると、相変わらず目をつむっていた。安心して眠っているのだろうか。


(しょうがねえな)


愛おしさが溢れて、協会まで全力で走り出したい気分だった。

だが、抱えているナナミーを怖がせるわけにはいかない。


起こさないようにそっと抱え直し、ヒヨクは足早に協会へと向かう。


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― 新着の感想 ―
完走おめでとうございます! ナナミーのジェットコースター人生のようやく一区切り 連載中は中々進まない2人に悶えながら リアルナマケモノを見てから ナナミーなら後一年かかるかなと思っていた矢先の大団円 …
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