29.運命は——そこにある
「ワニエル、お前からもらった美白クリーム、試してやったぜ。すげえ効果じゃねえか」
「クリフ、マジで使ったのか?」
「あのクリームそんなすげえのか?」
聞こえてきたアザ持ちの男たちの会話に、ナナミーは目の前のお皿から顔を上げた。
モグ……と口を動かしながら、お肉を焼いている方の焚き火台へ視線を向ける。
そこには今日も、アザ持ちの男たちとベアゴーが集まっていた。
大きなお肉が次々と焼かれている。
『この肉、やっぱレアがうめえな』
『滴る肉汁がたまんねえな』
『この、トロッとしたとこ、最高じゃねえか?』
盛り上がる男たちの会話が怖くて、あまり向こうを見ないようにしていた。
けれど今日は珍しく、美容の話をしている。
なんとなく気になって視線を向けると、男たちに混じってラニカたちの姿があった。
今日はワニエルだけではなく、ラニカとスネイもお肉バーベキューに参加しているらしい。
「クリフ様、使っていただけたんですね!あの美白クリーム、うちのコスメ部門で新しく開発したクリームなんです!パールエキスから美白成分を取り出した、究極のクリームなんですよ。日焼けの予防はもちろん、できてしまったシミや怪我の跡まで、数日でなかったことにしてくれるんです!」
ワニエルが感激したように、熱心にクリームの説明をしていた。
どうやらワニエルは仕事で開発した美白クリームを、アザ持ちの男たちに贈ったらしい。
「前に『そんな怪しいクリーム、ウララに渡せるわけねえだろ?』なんて言って悪かったな。正直、半信半疑だったが、古傷に塗ってみたらよ、跡が消えたんだよ。あれはいいな。ウララも喜びそうだから、屋敷に届けてくれ」
「毎度ありがとうございます!」
クリフの言葉に、ワニエルが顔を輝かせていた。
「クリフが言うなら、信用できそうだな。オレも母さんに渡してやるか。良さそうだったら、また頼むわ」
「チレッグまでそう言うなら……オレも母さんに渡してやってもいいかもな」
チレッグとヒューも、美白クリームに興味を持ったようだ。
「ワニエルちゃんのクリーム、ほんとすごいよ!だって、いっぱいあったバーベキューの火傷跡、あっという間に治ったもん」
そしてベアゴーまでが、ワニエルのクリームを褒めていた。
(そんなにすごいクリームなのかな……)
ナナミーには古傷も火傷跡もない。
そもそもあまり外に出ないので、日焼けとも縁が薄い。
けれど、それほど皆が褒めるなら、少し気になってしまう。
もしかしたら――最強美白クリームで、少し強そうに見えるかもしれない。
「ナナミー、口止まってんぞ。よそ見してねえで、ちゃんと食えよ」
「あ、はい」
向こうの会話が気になって、いつの間にか食べる手が止まっていた。
ヒヨクの言葉に、食べかけのアスパラガスに急いでかじりつく。
ほんの少し冷めてしまったが、野生のアスパラガスの力強い風味に、軽く付いた炭火の焦げが極上の味わいだった。
目の前の料理に意識が戻ると、またモグ……モグ……と手が止まらなくなる。
「うまいか?」
ヒヨクに尋ねられて、ナナミーはコクリと頷く。
「そうだろ」と答えるヒヨクの声が、とても機嫌が良さそうで、ドキドキと胸が弾んだ。
(帰ったら、ヒヨク様に打ち明けてみようかな……)
10日間の断食修行生活は、明日幕を閉じる。
これまでナナミーは、瞑想修行に打ち込んできた。長い修行生活で、ナナミーの心と体は過去最高に整えられて、強くなっているはずだ。
告白するなら、修行明けしかない。
そう決心しようとするが、胸の奥はまだ落ち着かない。
「ナナミー、りんごも食うか?腹膨れてるんなら、少しだけにするか?」
モグ……と口を動かしながら考えていると、ヒヨクに声をかけられた。
お腹はいっぱいだが、少しだけ食べてみたい。
ナナミーが力強く頷くと、ヒヨクがりんごを小さく切って、ナナミーのお皿に乗せてくれた。
(やっぱり告白しようかな……)
鬼畜な上司じゃない優しいヒヨクは好きだ。
焼きりんごの甘くとろける味わいが、ナナミーの背中を押してくれるようだった。
「ナナミー、食事終わった?ナナミーも、これ使ってみて?」
食事を終えて、お腹をサス……と撫でていると、ワニエルが来て、ナナミーに小瓶を差し出した。
(さっきの話のクリームかな……?)
少しだけ期待してしまう。
受け取った半透明の小瓶の中には、淡く輝く白いクリームが入っていた。
「それね、美白クリームなの。コスメ部門で開発して、もうすぐ発売予定なの。日焼けも傷跡もシミも、肌に残るものは全部なかったことにしてくれるのよ?」
「えっ……」
なんと手渡されたクリームは、『肌に残るものは全部なかったことになる』クリームらしい。
もし、ナナミーの左のお尻にある運命のつがいのアザに、このクリームを塗ったらどうなるのだろう。
傷跡も消えるというのなら――
アザも、なかったことになるのかもしれない。
(アザが消えちゃうの……?)
不安になって、そっとアザのある側のお尻に手を当てた。
このアザが消えてしまうのかもしれない。
「ああ、ナナミーは貝アレルギーだから、不安になるのは分かるわ。でもこのクリームは、アレルギー成分を除去した、誰でも使える物なの。全身に使えるから、気になるところに使ってみてね」
続いたワニエルの言葉に、ナナミーはコクリと小さく頷く。
クリームは全身に使えるらしい。
(気をつけて使わなきゃ……)
クリームの付いた手で、うっかりアザに触ってしまえば、運命のつがいのアザは消えてしまう。
強くなれるクリームには、大きな危険もあるようだ。
ナナミーは、ぎゅっとクリームの入った小瓶を握りしめた。
そこに、いつの間にか来ていたラニカがふふっと笑う。
「ふふ。ナナミーったら、クリームに興味深々ね。そのクリームね、前に話してた日焼け跡に塗ったクリームより、もっと効き目が強いものなの。薄いシミくらいだと、塗った瞬間に消えちゃうわよ」
「えっ……」
ナナミーの左のお尻にあるアザは、はっきりとした濃いアザだ。
塗った瞬間に消えるものではないにしても、一晩くらい経てば消えてしまうかもしれない。
意識しないままに、左のお尻を隠すように腰を引いた。
緊張して、ドキドキと心臓が波打っていた。
気をつけなくては――ナナミーは、ヒヨクの運命のつがいの証を失ってしまうことになる。
* * *
最近ベアゴーが気に入っている女がこっちに歩いてきやがったと思ったら、ナナミーに小瓶を手渡した。
数日前にヒヨクにも手渡そうとしたものだ。
(そんな得体の知れねえもん、使えるわけねえだろ)
そう思い、『要らねえよ』と断ったが、ナナミーはそのクリームに興味を持ったようだ。
手渡された小瓶を、興味深そうに眺めていた。
そして、『肌に残るものは全部なかったことなる』という説明を聞いた瞬間――
ナナミーが、これまでにない速さで左の尻の辺りに手をやった。
(――尻か!!)
おそらく――
いや確実に、ナナミーは左の尻に運命のつがいのアザを持っている。
運命のつがいのアザは、運命の証だ。
シミや傷の跡などとは違う。薬などでは消えるものではないことは、実証されている。
だが、女の言葉に不安になったのだろう。
ナナミーの瞳が揺れていた。
(尻……は、確かめようがねえな)
『ナナミー、ちょっと尻見せてみろよ』なんて言えるはずがない。
そんなことを言えば、絶対に嫌われる。
――嫌われたくねえ!!
その思いが衝動のように胸を突き上げた。
(嫌われるかもしれない)と考えただけで、心臓が絞りあげられるようだった。
(やっぱり……言わさねえと)
ナナミー自身に「運命のつがいだ」と、名乗り出てもらわなくては、おそらく自分たちの関係はこのまま変わることはない。
『運命のつがいに残業させるなんて嘘だ』
『名乗り出たら、自堕落してもらうつもりだ』
――今すぐそう伝えたい。
だが、これまで散々言ってきた言葉だ。
信用されるどころか、警戒されてしまうかもしれない。
ナナミー自身に「名乗り出よう」と思わせなくてはいけない。
「ナナミー。スモモとぶどうのミックスジュース、作ってやるよ。食後のジュースに飲むか?」
「スモモとぶどう……!」
パァッと顔を明るくしたナナミーに、(まずはここからだな)とヒヨクは手応えを感じた。
そこに、何を勘違いしたのかラニカが口を挟んだ。
「悪いけど、今お腹いっぱいなの。ジュースはいいわ、ヒヨクさん」
「ああ?誰がテメェなんかに作ってやるかよ」
ヒヨクがチッと舌打ちすると、ラニカがこれ見よがしに大きなため息をついた。
「もう……そうやってすぐに拗ねるんだから。ヒヨクさんって、相変わらずね」
「テメェもな」
「しょうがないわね」とでも言いたげに首を振るラニカに苛立つが、今はナナミーのジュースの方が先だ。
ハッと鼻で笑い、ヒヨクはスモモとぶどうを手に取った。
貝アレルギーのお話。
※実は2章の5話目にサラッと書いてるんですよ。




