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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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28.強え女ナナミー


「あ!」


廊下を歩いていたら、突然大きな声が聞こえた。

ナナミーの肩がビクッ!と跳ねる。


(何……?)


ドキドキと心臓が早鐘を打つ。

恐る恐る声の方向にそうっ……と顔を向けると、若い男たちがナナミーの方を見ていた。

――断食道場の説明会で見かけた参加者たちだ。


男たちがこちらを見る目は、驚いたように見開かれている。

ナナミーの背後に、何か怖いものがいるのかもしれない。


(怖い……!!)


早く逃げなくちゃ、と頭では分かっている。

男たちの驚愕の視線が、迫る危険を告げていた。


だが、男たちをあれほど驚かせる何かが、すでにナナミーの背後にいるのだ。

足の遅いナナミーが、逃げ切れるはずがない。


(諦めよう)


ここで急いだところで結果は同じだ。

潔く、危険のある運命を受け入れるしかない。


ナマケモノ族の誇りを見せて、ナナミーはぼんやりと立ち尽くした。


そこにまた大きな声が飛んだ。


「「こんにちは!」」

「「お疲れさまです!」」


男たちがナナミーに向かって、口々に挨拶をした。

その声の大きさに体が固まり、ナナミーは男たちをじっと見つめることしかできない。



(意地悪……じゃなさそう)


こちらを見る男たちの目に、嘲りの色がない。

大きな声でナナミーを脅かし、からかっているようには見えなかった。


どうやら若い彼らは、体育会系の者たちのようだ。


――『弱い者にも紳士たれあれ』


あれは建前だけのスポーツマンシップかと思っていたが、どうやら目の前の男たちは、本物の紳士の心を持ったスポーツマンのようだった。


それでも何人もの男の視線が怖くて、「こんにちは」と返そうとした言葉は、喉に張り付いて出てこなかった。

代わりに「こんにちは」の気持ちを込めて、コクリと頷く。


「「「お先に失礼します!!」」」


またひときわ大きな声で挨拶を返され、男たちは立ち去っていった。


(怖かったけど……いい子たちだったな)


彼らは、断食道場の修行に参加するくらいの者たちだ。

ここで修行を重ねて、心も体も整えられた者たちなんだろう。


どこか明るい気持ちで、またナナミーは歩き出した。

これからヒヨクが夕食を作ってくれるのだ。


(急がなきゃ)


ヒヨクに会える嬉しさで、ウキウキと心は弾んでいた。スタ……スタ……と足早に廊下を歩く。




「ナナミー」


廊下の窓をコンコンとたたかれて視線を向けると、ヒヨクが立っていた。


「あ、ヒヨク様」


「料理ができたから迎えに来たぞ」


そう言ってヒヨクは、またガタガタッ!と窓枠を外し、ヒョイとナナミーを抱え上げた。

『そろそろ夕食食うか?』と聞かれ、急いで部屋を出たが、ナナミーが廊下を歩いている間に料理は完成したらしい。


「森でスモモ見つけたから、デザートに採ってきたぞ」


「スモモ……!」


迎えに来てくれたヒヨクと、デザートのスモモに嬉しくて、思わずフフ〜ン♪と鼻歌がもれた。


スタスタと歩くヒヨクの肩越しに、外された窓枠が壁に立てかけられているのが見えた。




* * *




「うわ〜めっちゃびっくりした」


「廊下の角曲がったら、噂の人だもんな」


「思わず立ち止まったよな」


夕食を終え、ラニカがワニエルとスネイと廊下を歩いていると、以前ラニカたちに声をかけてきた若い男たちが前から歩いてきた。

どこか興奮した様子で、賑やかに話している。


「やっぱあの子、ただものじゃないよな」


「俺たちの挨拶に軽く頷いて返すなんて、強すぎんだろ」


「僕、あの子に王者の風格感じたわ」


内輪の話に盛り上がって、すれ違うラニカたちには気づかないようだった。

そのままゾロゾロと食堂に入っていく。



「若い子たちって元気ねえ」


ふふっとワニエルが笑う。


「あら?ベアゴーくんには敵わないでしょ?あの子もすごく元気じゃない」


「それに優しいし。特に、ワニエルちゃんにね」


「もう!止めてよ!」


ラニカとスネイがからかうと、ワニエルがプンと拗ねて見せた。

頬を染めながら口元を緩ませるワニエルが、とても可愛らしい。



「でも、ほんとにいいの?私たちが一緒だったら、お邪魔じゃない?」


ワニエルはベアゴーと、これから中庭で会う約束をしている。ベアゴーはまた何かを狩ってきて、食後の差し入れにしてくれるらしい。

今日はワニエルに誘われて、ラニカたちも一緒に付いて行くところだ。


「いいの。……っていうか、一緒にいてほしいの。バーベキューにはアザ持ち様たちもいるから、女の子は私一人だし緊張しちゃうのよ」


「だからお願い!」と手を合わせたワニエルに、ラニカは片眉を上げた。


「女の子一人って……ナナミーもいるでしょう?」


ラニカの言葉に、ワニエルが困ったように笑う。


「ナナミーは、ヒヨク様側のお野菜バーベキューだもの。チレッグ様とヒュー様とクリフ様は、ベアゴーくんのお肉バーベキューの方なの。ベアゴーくんは私の分を取り分けて渡してくれるんだけど、怖くてなかなかお肉が喉を通らないのよ」


「ふうん……そうなのね」



ふむ、とラニカは思案する。


チレッグたちが、ここに来ていることは知っていた。

その理由も、ベアゴーからワニエル経由で聞いている。


アザ持ちの男たちが集まるきっかけになったのは、ベアゴーが差し入れ用に狩ってきた、得体の知れない一匹の動物だった。


この森は、つい最近ヒヨクが買い取った土地だが、もともとはクリフの所有地だ。

動物の正体が分からなかったため、話を聞いたクリフが、「手放した土地とはいえ、自分の森が原因でヒヨクに迷惑をかけるわけにはいかない」と駆除を申し出たらしい。


その駆除の話を偶然聞いたチレッグとヒューも手伝いに駆けつけ、今もアザ持ちの男たちは駆除を続けている。

そして駆除の合間には、中庭で連日のようにバーベキューをしていた。


「ラニカの言ってた通りだったわ。アザ持ち様たちは、遠くから見るぶんには素敵だけど、近くにいると圧倒的なオーラに萎縮しちゃって……ほんと怖くて落ち着かないの」


腕をさすりながら話すワニエルの声が小さくなる。

アザ持ちの男たちとのバーベキューが、よほど心細かったのだろう。


「いいわよ。私たちがチレッグさんたちと話してるから、ワニエルはベアゴーくんとゆっくりしたらいいわ」


ラニカはアザ持ちの男たちを特に怖いとは思わないが、夢中になるほどの興味もない。

それでも、親友のワニエルのために一肌脱いであげようと、快く頷いた。



「……あら」


噂をすれば、アザ持ちの男――チレッグが前から歩いて来るのが見えた。


「チレッグさんじゃない。まさかチレッグさんも、断食道場の部屋を取ってるの?断食に参加してる……なんてこと、ないわよね?」


「ああ?んなわけねえだろ。ナナミーのヤツが遅えから、迎えに来てやったんだよ。アイツ、せっかくヒヨクさんが料理作ってくれたのに、待たせて迷惑かけてっからな」


チレッグはため息をつくと、やれやれといった様子で首を振る。

そのとき、窓の外に視線を向けたスネイが呟いた。


「ナナミーちゃんったら……ヒヨク様に連れ出してもらってるじゃない」


つられてラニカも外を見ると、確かに窓の外ではナナミーがヒヨクに抱えられて運ばれていた。


「……ッたく、しょうがねえヤツだな」


「ほんとにそうね」


チレッグがまた大きなため息をつく。

ラニカも同意しかなかった。


断食道場生活の間に、ナナミーを含めた女チームの絆も深めるつもりでいた。

とはいえ、瞑想修行に勤しむナナミーのプロ意識を邪魔するわけにはいかない。

だからこそ、食事の時間の他愛もないおしゃべりが、そのための貴重な時間になるはずだった。


だが――

ヒヨクが、デキる部下ナナミーの食事管理をしているので、その機会すら持てないでいた。


(ほんとにヒヨクさんって、しょうがない人ね)


ラニカはふう……と息をつく。


「ほんとしょうがねえヤツだな、オレの子分は。ヒヨクさんに迷惑かけすぎだろ」


吐き出すように呟くチレッグは、どうやらラニカとは違う相手に呆れていたらしい。




「ワニエルちゃーん!お肉焼けたよ〜!」


「あ!ベアゴーくん!今行くわ!」


そこにベアゴーの声がかかり、ワニエルがたっと駆け出した。

小さくなっていく背中は、もうラニカたちを振り返ることもない。


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― 新着の感想 ―
やっと、ナナミーの鼻歌出ました!ヒヨクも嬉しいだろうなぁ。はぁ、ヒヨク、一途ですね。つがい相手に本能的にできないのかもしれないけど、本当は俺の女になれよと一言言うだけですよね?
もう止めてあげて! 断食道場さんのレゾンデートルはゼロよ!!!
ナナミーの断食道場への何気ない参加が ここ迄、人の恋を進展させるなんて、 ナナミー、あなたって本当におそろしい子。 体育会系男子。今後の活躍に期待。
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