27.弱そうなあの子
「おい、ポチロー。あれ見ろよ。またあの子だ」
「……だよな。すげえな、あの子。あのチレッグ様に、席譲らせてるじゃん。あの子、ほんと何者なんだ?」
ワンタに言われるまでもない。
ポチローだって、断食道場の窓の向こうから目を離せないでいた。
窓の外には、最強種族の男たちが集っている。
それだけでも滅多に見れない光景なのに、男たちはほぼ全員がアザ持ち様たちだ。
ヒョウ族のヒヨク様に、チーター族のチレッグ様。
ピューマ族のヒュー様に、クマ族のクリフ様。
そして、アザ持ち様たちの舎弟らしい、体の大きな男。
「この道場で初めてヒヨク様見たときも、夢かと思ったけど、すげえ光景だよな……。窓とカーテンがあるおかげで、こうして安全なとこでじっくりアザ持ち様たちを拝めるしさ。うわ〜断食道場来てよかった」
噛み締めるように話すワンタに、ポチローも同意しかない。
アザ持ち様たちは、全国民の憧れの存在だ。
最強種族のオーラを最大限にまとい、圧倒的な存在感を放つ。
――まさに王者の風格だ。
そのひと睨みで、強い種族の男たちをも黙らせる。
「妹のルルがさ、ハリエット刺繍店に行ったとき、たまたまチレッグ様が来たらしいんだよ。それで店中の女の子たちが大騒ぎしちゃってさ、チレッグ様に怒鳴られたんだって。でもめちゃくちゃカッコよかったらしくて、帰ってからその話ばっかしてた」
そもそもポチローがこの断食道場宿泊に参加したのも、ルルが『お兄ちゃん。チレッグ様を見習って、もう少し体絞りなよ』とキャンキャンうるさかったからだ。
お肉断ち断食10日間なんて、一人で耐えられるはずもなく、ワンタやタロウを誘って参加した会だった。
「ルルから聞いた時は、『アザ持ち様に騒ぐなんて、ルルも命知らずだな』って、きつく注意したけど。今ならわかるよ。めちゃくちゃカッコいいもんな」
男たちの憧れが、中庭に集まっていた。
――その中心に、あののんびりした女の子が座っている。
「さっきヒヨク様が誰かの部屋をガタガタしてただろ?僕てっきり、誰かが隠れもせずに見てるのが見つかって、ヒヨク様にシメられるんだと思ったけど……あの子を抱えてたから、すっげえびっくりした」
「ああ。あの化粧の濃いお姉さん、あの子のこと『ヒヨクさんの右腕』って話してだけど、ほんとだったんだな」
ワンタが言っているのは、この前食堂で声をかけた人のことだ。見るからにバリバリのキャリアウーマンといったお姉さんだった。
あのお姉さんがヒヨク様を『ヒヨクさん』と呼んだことにも驚いたし、女の子の意外な正体にも驚いた。
だが、妙に納得もした。
その前日、中庭での様子を見て、ポチローはあの子がただ者ではないと感じていたからだ。
あのヒヨク様に料理を作ってもらっているのだ。普通の女の子のはずがない。
本当は――
ポチローは、(あの子がヒヨク様の運命のつがい様なんじゃないか?)と疑っていた。
実際、同じことを考えた参加者は少なくなかった。
『ヒヨク様があんな弱そうな子に構うなんて、絶対なんかあるだろ。まだ公にされてないけど、近く発表されるんじゃない?』
そんな噂まで流れていたほどだ。
気になっていたのはポチローだけではない。
あのとき食堂にいた者たちも、みなあの子の正体を気にしていた。
誰もがポチローとお姉さんたちの会話に聞き耳を立てている気配がした。
そして実際、あの子はただのんびりしただけの子ではなかった。
ヒヨク様の運命のつがい様ではないようだが――
ヒヨク様の右腕であり、新しくできたブティックの専属モデルらしい。
「『ブティック・スネイ』なんて店、聞いたことなかったからさ。内心疑ってたんだけど、あのレオード様がご贔屓にしてる店なんだもんな〜。それ知ったとき、鳥肌立ったわ」
ワンタが腕をさすった。
ポチローだってそうだ。
『知りたい情報を即日お届け』を謳うスズメ族の情報屋、『チュミゾン』でそれを知った時は鳥肌が立った。
だって、レオード様だ。
ヒヨク様のお父様であり、おじい様のヨウ様と並んで語られる伝説のアザ持ち様だ。
若い頃のレオード様は、他のアザ持ち様たちでさえ、『レオード様に迷惑かけんじゃねえぞ』と周囲をピリつかせたという。
『ブティック・スネイ』は、そのレオード様がお気に召した店だったのだ。
「店の商品全部買い上げだろ?買い物の仕方が王者だよな……」
思わずはあっ……と熱いため息がもれてしまう。
「すっげえ欲しいけど、メンズ服売ってないのが惜しいよな」
悔しそうに話すワンダの言葉にも、同意しかない。
ポチローでも買えるような手軽な価格帯の服だが、今は在庫が品薄の上に、服はレディースものしか扱ってない。
「ルルちゃんに教えてあげたら?絶対喜ぶじゃん。いいなあ、そういう話できる相手。僕も彼女ほしいな〜」
「妹は彼女じゃないだろ。むしろ教えたら、『お兄ちゃん、買ってよ』ってたかられるだけだし」
おかしくなって、あははと笑い合う。
ひとしきり笑ったあと、ワンタがまたカーテンの隙間から窓の外を覗き見た。
「思ったんだけどさ。あんな弱そうな子がモデルだから、逆にいいんじゃない?ほらあの子、なんか赤いやつ食べてるけど、食べ方まで弱そうじゃん?誰かの運命のつがい様みたいに見えなくもないだろ?」
「あ〜……。そうかも」
なんの実かは分からない。
けれど女の子は、小ぶりの赤い実をゆっくり、ゆっくりとかじっている。
普通だったら、周囲を苛立たせそうな食べ方だが、アザ持ち様たちは特に気にしていないようだ。
チレッグ様とヒュー様は呆れたような目を向けているが、ヒヨク様は怒る様子もなく女の子を見てるし、クリフ様は舎弟らしき男と楽しそうに話している。
「ほんとあの子何者なんだろ。ヒヨク様の右腕とかモデルってだけじゃない気がするな……」
「『チュミゾン』にも聞けないもんな……」
アザ持ち様の周囲にいる人物を調べようとするなど、危険の極みだ。
それこそ情報屋に、その愚かな行為をアザ持ち様に届けられてしまうだろう。
そうなれば、ポチローたち個人だけではなく、一族にまで迷惑がかかるかもしれない。そんな危険を冒す気にはなれなかった。
あの子が何者なのか、知りたいけど――知ることはできない。
ただこうして、カーテンの隙間から見つめることしかできない。
ゆっくり、ゆっくりと赤い実をかじる女の子から、ポチローたちは目が離せなかった。




