26.続・ワイルドバーベキュー
瞑想修行からゆっくりと覚醒したナナミーは、窓の外のざわめきに気がついた。
誰かの話し声が聞こえる。
何を話しているかまでは分からないが、ははは……と低く笑う男たちの笑い声が混じっていた。
この低く重なる声のせいだろうか。
少し怖い夢を見ていた。
夢の中で、アザ持ちの男たちが集っていた。
チレッグとヒューとクリフ。そしてアザ持ちではないが――ベアゴーまでがいた。
『おい、毛えくらいむしれよ』
『頭はそのままでいいんじゃねえか?うまかったんだろ?』
『これも一緒に網に乗せちゃっていいですか〜?』
『おいおいベアゴー、乗せすぎだろ』
そんな会話をしながら、みんなで焚き火台を囲んで、バーベキューをしていた。
ごうごうと燃える火の中には、大きなお肉の塊がいくつも揺らめいている。
ナナミーは木の影に隠れながら、男たちをじっと見つめていた。
――そんな夢だ。
(怖い夢見ちゃったな……)
ナナミーは、布団にくるまりながら考える。
ただの夢なのに、どこか不安でドキドキする。
こんな夢を見たのは、聞こえてくる話し声と、前に見たベアゴーのバーベキューのせいだろう。
そのせいか、部屋の中までかすかにお肉の焼ける匂いが漂っている気がした。
ふう……とため息をつく。
断食修行では、修行の途中で具合が悪くなることもあるらしい。
具合が悪くなったり不安感が出たりするケースも見られるそうだ。
それは「好転反応」であり、体がリセットされている証だと、説明会で係員の人も話していた。
壁にかかった時計を見ると、もうお昼はとっくに過ぎて、おやつの時間になろうとしていた。
少し修行に力を入れ過ぎた。
好転反応を起こしているのかもしれない。
ナナミーの体は、今まさに生まれ変わろうとしているのだろう。
(起きよう……)
カーテンを開けて明るい光を感じれば、この不安も溶けて消えるに違いない。
ノロ……と起き上がり、窓辺に立ってカーテンを開け――シャッと戻した。
窓の外に信じられないものを見た。
アザ持ちの男たちが、焚き火台を囲んで笑っていた。
ヒヨクとチレッグとヒューとクリフ、それにベアゴーまで見えた気がした。
焚き火台の横には、たくさんの骨が積み上がっていた。
――それはバーベキューの残骸だ。
(夢……?)
いや、夢じゃない。
何を話しているかまでは分からない。
けれど、その声には聞き覚えがあった。
今なら分かる。さっきから聞こえていた声は、全部あの男たちの声だ。
夢だと思いたいが――これは現実だ。
(食堂にでも行っておこうかな……)
そうっ……と窓から離れようとした、そのとき。
「あ。今、ナナミーちゃんの部屋のカーテンが開いたのが見えたよ!ナナミーちゃん、やっと起きたみたい。ナッナミーちゃーん!」
ベアゴーの大きな声に呼ばれた。
(ベアゴーめ……!)
ナナミーはぐっと拳を握る。
『やっと起きたみたい』
――そんなふうに言ったら、まるでナナミーがこんな時間まで寝ていたと誤解されてしまうではないか。
『こんな時間まで寝てたのか?』
『お前だらけ過ぎだろ』
『信じられねえヤツだな』
アザ持ちの男たちのことだから、こんな言葉を投げてくるに違いない。
(瞑想修行だし……!)
ナナミーは握った拳で、ブン……と宙を殴ってやった。
「おいナナミー、起きたんなら挨拶くらいしろよ」
「こんな時間までほんとに寝てたのか?信じられねえヤツだな」
「ちょっとだらけ過ぎじゃねえか?」
閉めたカーテンから、アザ持ちの男たちの声が聞こえてくる。
失礼な野郎どもなど、無視してやりたい。
無視してやりたいが、できるはずもなく。
ノロ……と着替えて、カーテンをシャ……ッと開けた。
「すみません〜パジャマじゃ失礼なので、着替えてました〜。おはようございます〜」
そう言って、ナナミーはうふふ〜と笑い、大人の余裕を見せつけてやる。
「おう、ナナミー。お前、これ食うか?」
チレッグが『これ』と、足元に置いていたカゴを持ち上げて見せた。中には何か赤いものが見える。
――おいしそうな色だ。
中を確認しようと背伸びをすると、チレッグが笑った。
「なんだよ。見えねえのか?プラムだ、プラム。森で狩りしてたら見つけたんだよ。母さんの好物だから土産に採ってやったが、こんなに食えねえしな。要るなら食えよ」
「えっ……!」
ナナミーの故郷の森にもプラムの木はある。
桃に次いで高級なフルーツだ。
おっとりとしたコクのある甘さが魅力のプラムは、滅多に口にできるものではない。
たとえ見つけても、『お前みたいなトロくさいヤツには贅沢だろ?』と取られてしまうものだ。
「プラム……!」
喜びが顔に出てしまったのかもしれない。
「なんだ?ナナミーもプラム好きなのか?こんな桃にもならねえヤツ食うの、母さんくらいかと思ったぜ」
ははっと笑ったチレッグが立ち上がった。
何か男たちに声をかけたあと、カゴを置いてスタスタと歩いて行ってしまった。
――プラムはくれないのかもしれない。
(言ってみただけだったのかな……)
膨らんでいた期待が、しゅうっとしぼんでいく。
ナナミーはプラムの入ったカゴを、窓越しに見つめた。
するとヒヨクが立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
ナナミーの胸がドキンと跳ねる。
(気にすんなよ、とか言ってくれるのかな……)
この断食道場に来てからのヒヨクは、とても優しい。
森のぶどうだって、また採ってきてくれると約束してくれた。
――傷心のナナミーを慰めてくれるのかもしれない。
期待でドキドキと胸が弾む。
窓越しに目の前に立ったヒヨクが、まるで抱きしめてくれるかのようにナナミーに向かって両手を伸ばし――
ガタガタ!ガタガタッ!と窓の枠を揺さぶり出した。
ヒッ……と体が固まる。
ヒヨクがナナミーの部屋を壊そうとしていた。
(諦めよう)
しょせんナナミーは弱小種族のナマケモノ族だ。
最強種族のアザ持ちの男が部屋を壊そうとするならば、その運命を受け入れるしかない。
ナナミーは大人しく、そんなヒヨクを見つめていた。
やがて、ガコッと音を立てて窓が外された。
部屋と外の境目がなくなり、爽やかな風がサアッと部屋に入り込む。
「ほら、行くぞ」
そう言ってヒヨクは、ヒョイとナナミーを抱えて、外された窓から外に連れ出した。
そのままチレッグが座っていた丸太に下ろされる。
ヒヨクはカゴからプラムをひとつ取り上げると、キュキュッと服で拭き、ナナミーの手に乗せてくれた。
その拍子に、甘酸っぱい香りがフワリと鼻をくすぐる。
「プラム食うんだろ?早く食えよ」
「あ、はい」
返事をして、手の上のプラムを見つめる。
採れたてのプラムには、白っぽい粉がついている。
ヒヨクが粉を拭いてくれたので、日の光に鮮やかな赤が光っていた。
ドキドキしながら一口かじると、ジュワッと瑞々しい果汁が広がった。
(プラム……!)
ただ甘いだけじゃない。
皮のキュンとする酸味が効いている。
桃がフルーツ界の女王なら、プラムはフルーツ界のプリンセスだ。
可憐な花を思わせる香りまで上品で、プリンセスの気品を際立たせていた。
一口食べたら止まらない。
モグ……モグ……と夢中になってかじりつく。
「そんなにうまいのか?」
ヒヨクに声をかけられたが、口がいっぱいで頷くことしかできない。
コクリ、と頷いて、またモグ……とかじりつく。
「ナナミー、どんだけプラム好きだよ。お前やっぱり、母さんに似てんな。せっかく部屋まで迎えに行ってやろうとしたのに、待てねえからって、ヒヨクさんに迷惑かけてんじゃねえぞ」
どこかへ消えていたチレッグが、いつの間にか戻ってきていた。
カゴを置いて立ち去ったのは、どうやらナナミーを迎えに向かってくれたかららしい。
――意地悪ではなかったようだ。
ナナミーは窓を壊されただけで、ヒヨクに迷惑をかけた覚えはないが、今は口がいっぱいで話せない。
とりあえずコクリと頷いておいた。
「……ったく、しょうがねえヤツだな」
そんなナナミーを見てチレッグが、ハッと鼻で笑う。
爽やかな風が、お肉を焼いた匂いを遠くに運んでいく。
窓を外された部屋のカーテンが、風で揺れている。
モグ……と口を動かしながら、ナナミーは揺れるカーテンを見つめた。




