番外編3 68話の裏で
マクシム視点です。
イワン殿下が甥君達と話し込んでいる。実に賑やかだ。正直私はあの中には入りたくない。元々人の和に入るのは苦手だが、王族や貴族なると尚更だ。彼らは身分でしか人を見ない。少なくともイワン殿下に会うまではそんな人々にしか遭遇しなかった。
「マクシムさんどうなさいましたか?」
女王の侍女が話しかけてきた。確か名前はリンダという。
「いえ、別に…待機しているだけです」
「…そうでしたか」
リンダは笑顔で言ったが、その前の間が気になった。
「何か?」
「ああいう雰囲気が苦手でらっしゃるのかと思いまして」
「否定はしません」
私が言うとリンダは殿下達の様子を覗き込んだ。
「皆さん部屋の中に入りましたよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「マクシムさんはどちらでイワン殿下と出会ったのですか?」
リンダはこちらに戻って来た。そのまま部屋の前で待機すればよかろうに、と思った。
「貴女は仕事をしなくていいのですか?」
「陛下のお側にいるのが今の私の仕事です。…イワン殿下の部下になられたのは、ここ数年だとお伺いしました」
尚更部屋の前にいればいいのにと思った。
「五、六年ほど前です。アレクセイ殿下やその部下達と会ったのが数年前です」
「王族や貴族がお嫌いなのにイワン殿下に力を見いだされて五年前に部下に登用されたのですね」
「ええ」
ずかずかと入り込んでくる侍女だと思った。しつこいと思いながらも親切に答える私も私だが。
「勿体ないですよ。王族や貴族だからって威張った人達ばかりではないのですから、自ら壁を作ってしまうなんて」
私はずっと前を向いて離しているが、リンダはずっと私を見て話してくる。
「そうですね」
「…私にまで壁を作ってしまうのですか?お互いに主を待つ身なのですから、もう少し仲良くしましょう」
リンダの笑い声が小さく聞こえた。若いのに随分と肝が据わっている。私は人に避けられる事が多いのに、この侍女は随分と踏み込んでくる。
「仲良くする必要はありません。仕事をするだけです」
「ご趣味もないのですか?休みの日は何をしてらっしゃるのです?」
「答える義務はありません」
実際寝ているか明日以降の準備をするだけだ。
「私は実家に手紙を書きます。それと陛下がお好きそうな本を探します。以前はダニエラさんやアンナさんがなさってましたが、お二人は他にお仕事が出来ましたので私が代わりに探すのです」
リンダはとても嬉しそうに話した。
「それは時間外労働ではないですか?」
「私も読むからいいのですよ。最近は恋愛小説をご所望なようなので探しているのですけど、マクシムさんおすすめの本はありますか?」
この侍女は本気で聞いているのだろうか。
「私が知るわけないでしょう」
「本当に?ではそれ以外に何かおすすめの本はありますか?」
返事を言おうと思ったら先にリンダに言われた。
「答える義務はありません。ですか?」
「…ええ、分かっているのなら聞かないでください」
「セルゲイさんともそのような話し方をなさるのですか?答える義務はありません。はぁ、そうですか」
リンダは一人で話を終えた。
「……暇つぶしに話しかけているのならお止めいただきたいのですが」
「暇つぶしなのは認めます。すみません。ですが、もう少し仲良くなりたいのは本当ですよ?」
「…貴女なら黙っていても男は寄ってくるではないですか?」
「それは褒めていただいていると受け取ってもいいのでしょうか?」
「ご自由にどうぞ」
この侍女は女王や侍女達からも信頼されているようだ。同年代だと一番仕事が出来るのは彼女だろう。
「では褒められついでに聞いてもよろしいでしょうか?」
「内容によります」
「ずっと壁を見ていて楽しいですか?」
「……」
私は睨みつけるようにリンダを見ると、彼女は笑っていた。
「やっと私を見てくれましたね」
「!」
「マクシムさんはもう少しにこやかになれば女性が寄ってくると思いますよ。侍女の間でマクシムさんの噂は聞きますよ。いい男なのに近寄りがたいって言ってますけどね」
「…私と共にいても面白くないでしょう」
「それは相手が決める事です。好きな人とだったら一緒にいるだけで楽しいと思います」
「最初のうちはそうかもしれませんけど…」
「けど?…何かあったんですか?ああ、答える義務はありません、でしたね」
リンダは楽しそうに笑っている。
「はぁ……。第二都市です。私はそこの商家の次男です。私は兄よりも優秀でしたが両親や親戚は私より兄を可愛がり兄を跡継ぎにしました。豪商と言うほどではありませんが名の通った商家ですので王侯貴族とも関わりがあったのです。当然彼らは跡継ぎをちやほやします。私に近寄って来た女性達も実家の財産狙いでしたが、私が跡継ぎでないと分かると皆去って行きました。そんな事が続き、私が人間不信に陥ったところでイワン殿下に出会い部下に登用していただいたのです。どうです?ありきたりな話でしょう?」
「いえいえ、そんな…。武芸はいつからですか?」
「本格的に始めたのはイワン殿下の下に付いてからです。それまでは喧嘩ばかりしていました」
「喧嘩…」
「ええ、恥ずかしながらイワン殿下に最初に会った時も殴り合いをしていたのです」
「まさか、イワン殿下を…」
リンダの顔が一気に青ざめた。
「流石に違います」
「そうでしたか。失礼いたしました」
この侍女の性格からして今の話を言いふらすとは考えにくい。全て教えたのだからこれでもう質問はこないだろう。この後の静寂を得るのに少し恥を晒すだけですむなら安い物だ。
「…休みの日は何をなさっているのですか?まさか何もせずに一日が終わるなんてないですよね?」
実に短い静寂だった。リンダはまた懲りずに聞いてきた。一体何なんだ。
「つい先ほど、暇つぶしならやめてくれと言いましたが?」
「言われましたね。では今度は暇つぶしではありません。興味があって聞いています」
「質問の意図が分かりかねるので答えません」
「うーん…。今までマクシムさんに近寄って来た女性達は本当に財産目当てだったのでしょうか?」
リンダは訝しげに首を傾げた。
「は?」
「マクシムさんが私達以外と話すなんて珍しいですね」
セルゲイがにこやかに聞いてきた。この人の笑顔は苦手だ。全てを見透かされている気がしてならないのだ。
「話しかけられたので返事をしただけです」
イワン殿下の部屋を片付けている。整理整頓は全て人任せなのでいつも我らがしている。
「それでも大きな進歩ですよ」
「子ども扱いしないでいただきたいですね」
「すみません。何にでも噛みつきそうだった頃を知っているので嬉しく思うのですよ」
セルゲイはより一層笑顔になった。何やら薄気味悪く感じるのでやめていただきたい。
「そんな野良猫じゃないんですから…」
子どもではなく野良猫扱いか、どちらの表現も質が悪い。
「野良猫はまだ可愛げがありますけど、マクシムさんは猛獣でしたからね。イワン殿下も最初は周囲に反対されていたのですよ。あんな危険人物を王族の配下にするなんてとね」
「何度も聞かされましたので、結構です」
「そうですか、それは失礼いたしました。…で、リンダさんの質問の意図が分からないとおっしゃいましたね。彼女は興味があって聞いているとすでに言っているのに分からないと?」
私はさっさと結論から言えと思ったが、ぐっと我慢した。
「私に興味を持つなどおかしいでしょう」
「侍女の間でいい男だと噂になっているのですよね?」
「近寄りがたい、即ち恐怖を感じさせているのでしょうから毛嫌いされているのではないでしょうか」
「なぁんでそうなんだよっ!」
イワン殿下がやって来た。
「ええ、殿下からも言ってやってくださいよ」
「おう!言ってやる。いい男なんだからもう少し愛想良くしてくれたらお近づきになれるのに、って話だろうが!」
イワン殿下は声を荒げて言った。
「は?」
「は?…じゃねぇよ。は?…じゃ。人間不信もそこまで行くとヤバいな」
「ヤバいですねぇ」
私に近寄りたいとは随分と変な人がいたものだ。
『もう少し仲良くなりたいのは本当ですよ?』
リンダの言葉が浮かんだ。私と仲良くなってどうするんだ。
「おーい、大丈夫か?」
「…え、あ、はい」
私は我に返った。返ったのだが、まだ隅の方にリンダがいる。
「ここまで重症だったとは…。少しずつ丸くなってきたかと思っていたのですけど、肝心の根っこはまだでしたか」
「だな。ま、リンダ嬢がどうにかしてくれるだろう」
何故あの侍女がと思ったが、まだ頭の隅にいる。
「くくっ、遅れてきた青春ってやつだな」
マクシムはこじらせていたようです。
まだ番外編は続きます!気になる方は評価&ブクマをお願いいたします!
※予告なく加筆修正をいたしますので、予めご了承ください。




