73.晩餐会
王子の視点です。
本編はこの話を含め残り二話です。
勲章授与式が終わり、自分は部屋に戻った。
早速勲章を手にとって眺めてみると見事な細工が施されていた。これを作れる職人は残っていたのかと感慨を覚えた。晩餐会の時に付けようと思うので、試しに頸飾を佩用してみた。
「どうだ?」
首から提げた勲章を見せ、近くにいたミハイルに聞いてみた。
「どうだと言われましても…。勲章に似合うに合わないがあるのでしょうか。見合った能力があるのかは言われるかも知れませんが」
「そんな嫌味な奴は今回来ていないだろう」
自分が勲章を貰うと王族だからと揶揄された。前回言ってきた人は現在牢屋にいる。
「殿下が授与されるのは当然でしょう。戴冠式と授与式を同日に行ったのは、この国は生まれ変わったと国内外に表明するためでしょう」
「だろうな」
自分は勲章を外し、箱に戻した。上着を脱いでそこら辺に置こうとしたらミハイルが自分から奪い取った。
「あー、皺になるのでおやめください。晩餐会では重大な発表をなさるのですから、少しでも見栄え良くなさいませんと」
「なんか、じいやみたいだな」
じいやとはセマルグルにいる侍従長だ。ミハイルはため息をつきながら上着をハンガーにかけた。
「…髪型はこのままでいいのだろうか。エレオノーラは少し驚いたような顔をしていた。変じゃないか?」
自分が聞くとミハイルは眉間に皺が寄りまくっていた。
「そのままでいいのではないでしょうか。大体そんなに固めてしまったら崩せはしますが、洗髪しないと髪型を変えられないのでは?」
髪型を崩したらかなり無造作になるだろう。礼服を着ているのでそれは止めた方がいいだろう。
「…それもそうだな」
「そうです」
ミハイルのきっちりと固めてある髪が光った。
「…それにしてもドナートとアルトゥール遅いな」
二人は今後の予定の最終確認に行ってもらった。
「そうですね。何も二人で行かなくてもいいのですけどね」
「アルトゥールはそこら辺ウロウロしたいだけだろう」
自分が言うとミハイルはため息をついた。
「そろそろ軽食か間食が運ばれてくると思ったんだがな。小腹が減った…」
昼食はしっかり食べたが、早めの時間に食べたので空腹になってきたのだ。
「実は私も腹の虫が鳴りそうです」
ミハイルは腹を押さえて言った。
部屋の外で気配がしたので、侍従が食事を運んで来たのだろうと期待した。
「失礼いたします」
なんだ、ドナートかと思ったら、何故かドナートとアルトゥールが食事を運んで来た。
「いつからこの国の侍従になったんだ?」
「アルトゥールがつまみ食いしに行ったのを捕らえたら、手が足りないので自分達の分は運んでくれとないかと頼まれましたので引き受けました。知った顔もありましたからね」
ドナートはアルトゥールを睨んでいる。自分とミハイルもアルトゥールを睨んだ。睨まれたアルトゥールは体をビクリとさせて半歩下がった。
「もうすぐ親になる人物がする事でしょうか…」
「うっ!」
ミハイルが指摘するとアルトゥールはとても気まずそうな顔になった。
「ええ、私からも言いました。私と両親が承知しないと」
ドナートが笑顔だが怖い顔で言った。自分も怖いので、やめていただきたい。
「早く食べましょう。冷めちゃいますよっ」
アルトゥールは焦っているようだ。
「それもそうだな」
彼を助けるわけではないが、腹が減ったので早く食べたかった。
自分達が食べ始めると、ドナートは怒りを収めて軽食を食べ始めた。
「予定通りに進行したそうなので、時間の変更はなしだそうです」
「ああ、分かった」
軽食はすぐになくなってしまった。焼け石に水だ。余計に腹が減った気がする。
「四人分と言われたのに…」
アルトゥールはしょんぼりしている。気持ちは分かる。よく分かる。
「晩餐会まで時間ありますから辛いですね…。それに殿下は質問攻めにされるでしょうからあまり食事出来ないかもしれませんね」
ミハイルが顎に手を当てて言った。
「逃げられないでしょうから、覚悟しておきませんとね」
ドナートが言った。
食事が出来ないのと質問攻めについての両方だろう。
「分かっている。宰相殿に提案された時は驚いたが、良い案だと思う。ご贔屓様以外も芝居を見たり噂を聞いたりしているそうだからな」
「使えるものは何でも使うのですね」
アルトゥールは薄く笑みを浮かべた。
「帰国して広めてくれれば、ケレース王国に多少の利益が生まれるのではないかと期待している。相手の人情を利用させて貰う」
「また悪い顔をしておられる」
アルトゥールも悪い顔になって言った。
「俺の恥などどうでもいいんだ」
「キリル様が喜びそうですね。後で経緯を伝えておきます」
「本の印税をいくらか寄こせと言っておいてくれ」
「分かりました!」
アルトゥールが明るく言った。ドナートは驚き、ミハイルは苦笑いをしている。
「宰相殿もお人が悪い。殿下が断らないと分かっていておっしゃったのでしょう」
ミハイルの言う通りだと思う。
「若者を手の平で転がすのがお得意なのでしょうね」
ドナートがしみじみと言った。宰相には確実に行動を読まれているだろう。
「根性もおありですし素晴らしい方です」
アルトゥールが言った。
宰相は利き手を失い、足を負傷しても諦めずにセマルグルの王城までたどり着いた。宰相の治療を担当した医師はこの怪我で、この年齢で、あり得ないと驚愕していた。
「それに比べ、うちの国の年寄りと言ったら…。いや、全ての年寄りではないが実際に被害を受けると実に腹立たしい」
腸が煮えくり返ったと記憶している。
「…この国は圧倒的にご老人が少ないです。皆さん若者に食べ物を譲ったと聞きました」
アルトゥールは眉を下げ、悲しげな表情になった。自分達も沈痛な面持ちになった。
「心を豊かにするのがどれだけ困難であるか、だな…」
「生まれた時から周囲に物が溢れかえっていると際限がなくなるのでしょう」
ドナートがお茶の入ったカップを手にしながら言った。
「豊かとは何か、平和とは何かと考えてしまいます」
言い終わるとアルトゥールはお茶に角砂糖を一つ入れた。
「人によって定義が変わるでしょうね。価値観を押しつけてもいけないですし、難しいですね」
ミハイルは何も入れずにお茶を飲んだ。
「…晩餐会は何が出ますかね。お肉の下準備をしているのが見えました」
「ぬかりないな……」
アルトゥールは肉を思い出したのか、どこか遠くを見ていた。
自分達は晩餐会の会場に来た。
音楽が聞こえてきた。楽団員が増え、音の厚みや深みが出たので壮大さを感じさせられた。軽やかであったり重厚であったり、様々な音色で聴衆を楽しませてくれる。
長机には純白で皺一つない布が敷かれ、その上には食器が用意されていた。華美すぎない洗練されたデザインの燭台も置かれていた。
「殿下のご案内はもう少し後になりますのでこちらの部屋で待機をお願いいたします」
「分かった」
人で混雑しているようで、進行が遅れているようだ。この国にとってこれだけ大勢の人を呼んでの晩餐会は久しぶりだろうから、案内に慣れている人もいない。なので仕方ないと思った。
この国の領主と宮廷貴族はすでに席の前にいたようだが、貴賓の付き人らでごたごたしているようだ。かく言う自分の部下達もその中にいる。
「どうぞこちらでお待ちください」
部屋の中に通されるとそこには各国の王族がいた。そうそうたる面々だ。女性陣は皆着替えたようで民族衣装を取り入れたドレスを着ている人もいた。対する自分は先ほど貰った勲章を付けただけだった。
自分は皆に挨拶をした。はとこは見当たらないが、どこかで奴の芝居の宣伝や情報収集をしているのだろう。
「アレクセイ殿下、そちらの勲章は先ほどの勲章授与式のものでございますか?」
「ええ、そうです」
ファウヌス王国の王子が言った。この人は現国王の従弟だったと思う。確か、農業や畜産関係が専門だったはずだ。
「まぁ!近くで見てもいいかしら?」
ご贔屓様である王太后が透かさず近寄って来た。目がこれ以上ないくらい輝いている。王妃と王女も近くにやって来た。自分は彼女らが見やすいように少し身を屈めた。
「まぁ!とても綺麗だわ。良くお似合いですわよ!」
「ありがとうございます」
幼い王女に見せるために膝に手をついて、より身を屈めた。
「見えるかい?」
「はい、ありがとうございます!」
幼い王女は喜んでくれたようだ。王女は王妃に抱きついて報告している。王妃も笑顔で王女の話を聞いていた。
(エレオノーラもああしたかっただろう……)
エレオノーラのあるはずだった日常を考えてしまった。
(日常か……)
「アレクセイ殿下、ご案内いたします」
「ああ…」
今いた部屋を振り返って見てみると、ご贔屓様達しかいなかった。自分がぼんやりしている間に他の人達は案内されていたらしい。
案内された先は皆が席に着いているとはいえ、人で溢れかえっていた。
「続いてはセマルグル王国アレクセイ王子殿下です」
名を呼ばれエレオノーラの元に挨拶に行く。遠目で見てもすぐにエレオノーラだと分かる。青い宝石の首飾りと耳飾りのせいでもあるが、彼女は一段と光り輝いて見えるからだ。
「お招き頂きありがとうございます」
「ええ、どうぞ楽しんでいってください」
エレオノーラは美しかった。当然ながら髪型もドレスも変えたようだ。頭には礼装用のティアラをつけ、白を基調にしたドレスを身に纏っている。右肩から左脇に真新しい大綬を掛けて左腰に正章をつけている。左胸につけた副章も真新しい。おそらく成人した時に授与されたのだろう。
「最後は――」
そろそろだ。宰相からエレオノーラが挨拶する前に割り込むように言われた。その後は宰相が代わりに挨拶するらしい。
ご贔屓様達がエレオノーラの元を離れたので、自分は席から離れもう一度エレオノーラに近づいた。エレオノーラは自分を見てきょとんとしている。他の貴賓らも同じように自分を見ているだろう。
「アレクセイ王子殿下よりエレオノーラ女王陛下へお言葉があるそうです」
宰相が声高らかに言った。この場にいる全員が一斉に自分達を見たのが音で分かった。
自分はエレオノーラの前に片膝をついて彼女を見上げる。相変わらずエレオノーラは驚いたような顔をしていた。彼女の青い目が自分の様子を伺っている。
「エレオノーラ女王陛下、私と結婚してしてくださいますか?」
「……ええ。ええ、もちろんですっ!」
ほんの僅かの静寂が怖かったが、彼女はすぐに状況を理解したようで頬を赤くして返事をしてくれた。目も潤んでいるようだった。
晩餐会の会場は拍手と歓声で沸き立った。割れんばかりの歓声だ。恥ずかしいので周囲を見られなかったが、多分、皆笑顔を浮かべてくれているだろう。
自分は立ち上がりエレオノーラを抱きしめ、彼女と自身の唇を重ねた。
本編が終了後、登場人物紹介と小話を何話か更新したら続編に移る予定です。
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※予告なしに加筆修正を行う場合がございますので、予めご了承ください。




