72.戴冠式当日
王の視点です。
いつも読んでくださりありがとうございます。本編はこの話を含め残り三話です。
今日はとうとう戴冠式だ。何度か予行練習しその時も緊張していたが、今日はその比にならなくらい緊張している。手汗は酷いし心臓は口から出そうだし呼吸は浅くなるし、こんな調子で無事に戴冠式を終えられるのだろうかと不安になってきている。
「陛下、大丈夫でございますか?」
ダニエラが心配そうな顔をしている。他の侍女も同じような表情をしている。
「大丈夫よ。順番はしっかりと頭の中に入っているもの」
そう言ってみたものの、今日の予定が全て終わるまで緊張から解放されないだろう。夜には各国の貴賓達と領主、宮廷貴族達と晩餐会があるのだ。
色々考えているうちにドレスを着終わった。ドレスは余り装飾のない簡素なものだが、生地自体に模様がある。次は化粧だ。
「色味や光や影を足すのよね?」
「左様でございます」
クラリッサがふふふと笑った。リンダとジャンナも笑っている。彼女達は楽しそうだ。
「ですが、濃すぎると不評を買いかねないので、その見極めも大事なのでございます」
「ええ、お任せするわ」
今日も鏡を見たら別人が映っているのだろう。髪型も何回も練習した。王冠を被るので低めの位置でまとめるのだが、どうやったら美しくなるのかを試行錯誤したのだ。自分がまだ若いと言うこともあり、無理に大人ぶるのも変なので編み込みをして毛先をお団子にしてまとめると決まった。爪も昨晩就寝前に研かれピカピカに光っている。見かけは準備万全になるが、心はそうではない。
「陛下、お化粧をご確認くださいませ」
リンダに鏡を見せられたが、思った通り自分ではない誰かが映っていた。
「これは本当に私なの?」
「もちろんでございますよ」
何回見ても鏡には自分ではない、随分と洗練された女性がいた。
次は髪型だが、自分の髪の毛は長いのでクラリッサとジャンナの二人がかりで取り組む。リンダは二人の補助をしている。ちなみに今日はトスカはいない。本業の方に出向いているのだ。
「これで大丈夫でしょうか?」
「しっかりと留まっているので大丈夫でございましょう」
二人は自分の後頭部に出来たお団子を確認しているようだ。どうやら大丈夫だったようで、鏡を複数枚使って、頭を見せられた。
「いかがでしょうか」
「ええ、ありがとう。とても綺麗にまとまっているわ」
こうなると後は戴冠式の開始時刻が来るのを待つだけだ。
「陛下、こちらもお忘れなりませんようお願いいたします」
リンダに見せられたのは父が母に贈った首飾りと耳飾りだった。以前と変わらずに燦然と輝いている。
「まだそれをつけられるほど立派な人間になっていないわ」
「今日つけなくて、何時つけるのでございますか?」
アンナが少し興奮したように言った。確かに次はいつになるだろうかと思う。
「そうでございますよ。陛下のご成長を間近で拝見させて頂いてきましたが、この一年のご成長は感動の連続でございました。どうぞ自信を持って身につけてくださいませ」
ダニエラが穏やかに言い、それを聞いたアンナは頷いた。
「各国の皆様にもご両親の思いのこもった宝石を見て頂きましょう」
リンダは笑顔で言った。
「…そうね。お父様とお母様が残して下さり、ダニエラとアンナが守ったこの首飾りと耳飾りをつけるわ。宝石も綺麗にして頂いたもの。ずっとしまい込んでたら可哀想よね」
宝石達の力を借りよう、両親の力を借りようと思った。侍女達もこんなにも力を尽くしてくれているし、他の官吏達も随分と頑張ってくれた。
緊張が解けた訳ではないが、気持ちが少し楽になったような気がする。何回も練習を重ねたのだから大丈夫だろう。もし何かあっても皆が助けてくれるだろう。
(お父様、お母様。どうか見守っていてください)
戴冠式は無事に終わった。今は南東領領主と無事を確認しあっている。
「私、間違えなかったわよね?」
「ええ、もちろんでございます。それを言いましたら、私は少し躓きそうになりました。心臓が止まるかと思いましたよ…」
南東領領主の顔は少し青ざめているように見えた。
「そうだったの?全然気付かなかったわよ?…私、ずっと手汗が酷かったし震えていたから手に持った物を落としそうになったわ」
そう言いつつ今も手汗が酷いし手も少し震えている。これから勲章授与式もあるからだ。自分はハンカチを握り締めて手汗を拭っている。
手に持っていたのは王家代々伝わる宝物だが、思ったより重く感じて緊張と筋力なさのせいでずっとプルプル震えていたのだ。建国の際に初代王が使っていたとされる剣の複製品と、民衆を鼓舞し後に王妃になった聖女が使っていた杖の複製品だそうだ。杖と聞くと魔法が使えそうな気がしてしまうのは自分だけだろうか。
「大丈夫でございましたよ」
宰相がいつの間にかやって来た。すでに着替えたようで仰々しい格好をしていない。と言っても正装しているので、いつもよりは仰々しい。自分もそろそろ着替えなければと思う。他のケレース王国側の出席者も全員着替える。本来なら王族がする役目も宮廷貴族の家族達に頼んだのだ。
現在は休憩中で、貴賓達もこちらが用意した部屋で一旦休んでもらっている。
「陛下そろそろ着替えを致しましょう」
ダニエラが言った。侍女達もいつもより豪華な格好をしている。
「ええ、分かったわ」
自分はダニエラとアンナに付き添われて椅子から立ち上がった。
「私も正装に着替えてまいります。陛下ほどではないですがこの長いマントを早く脱ぎたいですからね」
南東領領主は笑いながら言った。自分は背丈の何倍もあるマントを羽織って長い距離を歩いた。そのマントを持っていたのが先述の宮廷貴族の夫人や娘達だ。自分はそのマントはすでに脱いでいるが、南東領領主は着用したままだった。
「極めて重要な役を引き受けて下さり感謝いたします」
宰相はしわくちゃな笑顔で言った。
「私からもお礼を言うわ。ありがとう」
「当然の事をしたまででございます」
南東領領主が背筋を伸ばし引き締まった顔をして言った。
部屋から出て、近くの部屋で別のドレス着替えた。一度宝石類を外したが、再びつけ直すようだ。
本来なら戴冠式の後は祝賀パレードをするらしいのだが、そのような経費はひねり出せなさそうなので今後も行う予定はない。国が豊かになったら即位何十周年などで催すかもしれないが、これもまだ当分先の話なので予定はない。
クラリッサに化粧を直され、鏡を見てみると目元の色味が足されていた。今着ているドレスに合わせたようだ。
「…さっきと別の人がいるわね……」
「どちらも陛下ご本人でございますよ」
「そのはずよねぇ…」
リンダがうふふ、と笑った。彼女を見て自分もつられて笑った。
「髪型がこのままなのは大変惜しいのですが、あまりお時間がないようなので、晩餐会まで楽しみをとっておきます」
クラリッサが楽しみと言った。やはり楽しんでいたようだ。
化粧直しも終わったので宝石類をつけ直した。耳飾りはずっと見えていただろうが、首飾りはマントを羽織っていたのであまり見えなかったのではないかと思う。一度マントを脱いで、初代王が即位した時に着ていた服を模した衣を着た際に見えたぐらいだろう。
(退場する時にまたマントに着替えたのよね…。今日は何回も着替える日なのね…)
当然ながら晩餐会のためのドレスも用意されている。予算ギリギリなので当分ドレスは作らないだろう。そもそもこんなに煌びやかな服をいつも着ていたら目がちかちかとして良くないと思う。
「陛下、お時間でございます」
「ええ、分かったわ。行きましょう」
自分は勲章授与式の会場に向かった。
「――ケレース王国や国民のために僭主ら家族を誅伐し国難から脱する手助け、及び私の救命やその後の即位まで多大なる力添えをしてくださいました。よって最高勲章を授与いたします」
自分がアレクセイを見ると彼と目が合った。彼の目はとても深く濃い色をしていた。そう言えば今日アレクセイの姿をちゃんと見たのは今が初めてだ。戴冠式の時は周りを気にしている余裕がなかったので、どこにいるのか知っていても視線を向けられなかった。
アレクセイの髪型は昨日よりも一層固められているようで艶やかに光っていた。服も昨日と違い礼装なので全然違う雰囲気を醸し出している。
自分は勲章を渡し、その後宰相補佐官から受け取った賞状も渡した。アレクセイはこちらを向いたまま下がり、一礼をして去って行った。
アレクセイの後は宰相、将軍、南東領領主、南西領領主、北領領主の順番で勲章を授与していった。宰相は車椅子なのでテオドロに介助者を頼んだ。テオドロには戴冠式の時も小姓として色々手伝ってもらった。大人の手が足りなかったのもあるが、彼は飲み込みが早く、瞬く間に全ての順序を覚えてしまったので自然と仕事が増えてしまったのだ。
勲章授与式は戴冠式に比べたらあっという間に終了した。今日の残りの行事は晩餐会だけだ。ここで夜まで長時間の休憩に移る。各々用意された部屋に戻り、自分も一度寝室に戻った。
「後は晩餐会だけね。やっとだわ」
侍女達にドレスを脱がされながら言った。アンナがかなりゆったりとしたドレスを着せてくれた。戴冠式と勲章授与式の時のドレスはかなり体を締め付けるようなデザインだったので、このドレスなら大きく息を吸って吐いても大丈夫そうだ。実際に自分は二、三回深呼吸をした。
「今日初めてまともに息が吸えたわ」
「よろしゅうございましたね。何か少し召し上がってください。すぐにご用意いたします」
アンナが心配そうに言った。今日は朝食も食べきるのに時間がかかった。料理長は想定していたようで食べやすい物かつ少量になっていたのにも関わらず、食べ終わるまで時間がかかってしまった。
軽食が運ばれるのかと思ったら焼き菓子が運ばれてきた。一緒にお茶も用意された。焼き菓子を口に入れて咀嚼するとサクサクと音がし、アーモンドの香りがふんわりと広がった。
「はぁ、甘くて美味しいわ…。温かいお茶も落ち着くわね…。ありがとう」
自分はゆっくりと目をつぶった。先ほどの華やかな光景を思い出した。皆見たことないくらい豪華な衣装を身に纏った。部屋の装飾も絢爛豪華だった。まだ目に残像が残っている。思い出すとまた手が震え出しそうになったので、思い出すのをやめた。
「陛下、髪をほどかせて頂きます」
ジャンナはそう言い、髪をほどいてくれた。かなりきつく結われており、頭皮が引っ張られて痛かったので助かった。髪をほどいた後は髪を梳かして癖を直した。他にも頭皮のマッサージも施された。
「ありがとう。大分楽になったわ」
首と肩周りもマッサージされたので体が少し軽くなった気がした。
「まだ晩餐会までお時間がございますので、少しお休みになってくださいませ」
「ええ、そうさせてもらうわね」
侍女達は寝室から出て行った。広い寝室には自分一人になった。戴冠式を終えてもまだ実感がない。緊張しすぎて、まるで夢の中にいるかのような錯覚を起こしていた。
(どちらでも噛まなくて良かったわ…。言い間違えもしなかったし…)
手が小刻みに震える。つい今しがた思い出さないようにしたのに、また思い出してしまった。それほど大きな出来事なのだから仕方がない。
父は自分が生まれる前から王であったので戴冠式自体見た事がなかった。祖父は自分が生まれる前に、祖母は自分が物心つく前に亡くなった。国内に自分と血が繋がっている人は誰もいない。
(アレクセイは沢山の親戚がいるのよね。皆さんどんな方達なのかしら?)
アレクセイの叔父のイワンは国中の反応を見てくると言って出て行ってしまった。自分とも遠縁の大公代理は心配してくれ、他にも色々援助を申し出てくれた。
(皆さんいい人そうよね)
アレクセイの母方の伯父も花の他に蜂蜜を贈ってくれたし、秋頃に羊毛も届いた。その羊毛は標高の高い地域に配布し、冬に凍死する者は出なかったそうだ。
(山にはほぼ一年中雪が残っているのもね……)
ここで今自分は休憩しているのだと気付いた。
(何も考えずに脳も休憩しないと…)
自分は目をつぶって仮眠をとろうと思った。その瞬間に先ほどのアレクセイの顔が浮かんだ。前髪を全て後ろに流しているので太くて濃くて形の良い眉毛がよく見えた。アレクセイと目が合った時の胸の高鳴りを思い出した。
(!!)
思わず目を開けた。心落ち着かせてもう一度目をつぶるが、いつもより高貴な雰囲気を醸し出すアレクセイの姿が脳裏に焼きついているので何度でも浮かんでくる。顔がほころんでしまい、仮眠どころではない。
(…晩餐会でも会うのだから、今のうちに慣れておけば晩餐会で慌てなくて済むんじゃないかしら?)
我ながら良い案だと思い、昨日と一昨日のアレクセイも思い出した。一緒に夜空を見た時、乗馬に行った時、次々と思い出した。アレクセイとの思い出を振り返ると懐かしさからか、自然と心が温かくなり落ち着けた。
戴冠式は王城で行いました。教会やらはまだ直せていないのです。
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