71.迷子
王子の視点です。
エレオノーラが部屋を出て暫くしてから自分も部屋を出た。侍女達が茶器を片付けに来なくてよかった。鉢合わせたら完全に不審者だろう。
自分は部屋の戸を少し開けて廊下に誰もいないか確認してから部屋を出た。見張りの兵士に会釈し、自分の部屋に戻ろうとしたら、子ども達の声が後方で聞こえてきた。
「ん?」
振り返ってみると何人かの子ども達の中に見覚えのある着飾った少女がいた。先刻会った王女だ。王女の隣には初めて会ったはずのにそんな気がしない少年がいた。身長のわりには幼い顔つきをしている少年だった。
子ども達も自分に気付いたようで走って近寄ってきた。このままだと子ども達は自分を見上げるのに首を痛めかねないので身をかがめた。
「わぁ!王子様だ!」
「ほんとうだ!王子様だ!」
多分自分を見たことがあるのだろう。
子ども達は楽しそうに笑っている。目も輝いている。
「如何にも。私はセマルグル王国第二王子のアレクセイと申す。諸君らと姫君は何故この場所にいるのだ?」
自分が名乗ると子ども達は嬉しそうに笑った。よかった、うけたようだ。年下のいとこ達と遊んでおいてよかったと思った。
「おひめさまがまいごになっちゃたから、いっしょにおかあさんをさがしているの」
王女より年下の少女が言った。前歯が抜けている。
「そうか、偉かったな。でも今日は王城内に入っちゃいけないと言われたんじゃないか?」
「はい、すみません。しかし、大人を呼ぶよりこちらの方が早いと思いました」
王女の隣にいる少年がしっかりとした口調で言った。見れば見るほどどこかで会ったような気がする顔をしている。
「なんでしょうか?」
少年は少しだけ首を傾げた。
「…どこかで会った事あるか?」
「皆さんそうおっしゃいます。僕は将軍ジョヴァンニの息子のテオドロです」
テオドロは苦笑いをした。
「ああ、将軍殿の…。それは失礼した」
王女以外の皆で笑った。王女は緊張しているから笑わないのかと思ったが、どうやら違うらしい。テオドロをじっと見つめているようだ。それもただ見つめているだけでなく、頬が赤くなっていた。
(テオドロは美少年だからな。仕方あるまい……)
初恋の瞬間を見るとはこういう気持ちなのかと思った。国と身分が違うが果たしてこの恋は実るのだろうかと、はとこのせいで物語を想像しそうになった。
「よし、王女は私が送り届けよう。私の方が怒られないだろうからな…」
いや、王女はテオドロと一緒にいたいだろうから離さない方がいいのだろうか。悩んでいると後ろから聞きたくない声が聞こえてきた。
「アレクセイ!よいではないか!彼らも見届けたいであろう!」
噂をしたら、はとこがどこからともなく登場した。
「この人も王子様ぁ?」
「いや、私は大公代理だな。まぁ直に代理はとれるがな」
「なにそれー」
「へんなのー」
「む、変とはなんだ。ちびっこと言えど許せん発言だなぁ」
はとこは大袈裟な身振り手振りをしている。
「きゃはは!」
子ども達に好評だったようで、はとこと子ども達は戯れだした。
「おい、遊ぶのはなしだ。今頃王女は探されているだろう。急ぐぞ」
王女を無事に王太后と王妃の元に送り届けた。
「殿下ありがとうございます」
王妃は目に涙を浮かべていた。王女をしっかりと抱きしめている。王太后も安堵した表情をしていた。この二人だけでなく、この場にいる大人全員がそうだった。
「いえ、礼は彼らに言ってやってください」
「あなた達本当にありがとう。感謝いたします」
王妃に礼を言われ子ども達は嬉しそうに笑っている。それとも王女が母親との再会に喜んでいるのだろうか。
「彼らを官舎まで送ってやってくれ」
「はっ!」
近くにいた兵士に頼んだ。子ども達はペコリとお辞儀をし兵士について官舎に戻っていった。王女はテオドロの背中をじっと見つめていた。
「ほら、お部屋に戻りましょう」
「はい。お母様」
王妃に促され王女は部屋に戻ろうとしたが、一度子ども達が去った方向を見て切なげな表情をした。その様子を見て、もうテオドロに会う機会は訪れないかもしれないと思うと、こちらまで心苦しくなった。
「ふふふ、王女と異国の騎士の恋物語か。古典で似たような作品は複数あるが、現代版もあっていいかもな。くくくっ」
はとこは大公の仕事をしなくていいのだろうかと思ったが、奴の事なら上手くやっているのだろう。
「今のは序幕で、十年後再び出会うところから本編…いや、再会の場面からの方がよいか?」
「……」
はとこはブツブツと何かを呟いている。自分はそっとこの場から離れようとしたが、はとこがついて来た。
「置いていくな。私が迷子になってしまうだろう」
今度ははとこを送り届けるはめになったようだ。
無事にはとこを送り届けると奴の従者から礼を言われた。はとこは微塵も申し訳なさそうにしないが、いつもそうなので気にしない。
自分は漸く部屋に戻ると部下三人とセルゲイがいた。
「殿下、迷子ですか?」
ミハイルが言うと本気か冗談か分からない。
「小さな迷子と大きな迷子を部屋に送っただけだ」
自分は王女とはとこの話をした。ついでに王女がテオドロを気にしているようだとも言い、はとこがそれに食いついたとも言った。
「テオドロは顔がいいですからねぇ。それに剣もどんどん上手くなっています。将来有望ですよ」
アルトゥールが感慨深げに言い、ミハイルも同調したのか頷いた。二人は何回かテオドロの稽古相手になったそうだ。
「将軍殿もたまに教えているようですし、確実に上にくるでしょうね」
ミハイルが言った。頭も良さそうな子だったし、人の上に立つのは間違いなさそうだ。
「いずれにしろ、王女と結ばれるのは難しいでしょう。王女は王位継承権第一位ですから」
ドナートは自身の娘ユーリャと照らし合わせたのか、いつもより険しい表情になっていて怖い。ドナートの家も公爵家なのでユーリャの相手が王族や高位貴族じゃないと身元調査が行われるだろう。しかしそれは十年以上先の話である。
「淡い初恋の思い出で終わるのではないでしょうか」
アルトゥールが言った。
何故か話が盛り上がっている。テオドロが婿入りすればいいのではないかと思ったが、やはり身分差にケチをつけられるのだろうか。ケレース王国としてもテオドロのように有望な人間を婿に出したくはないだろう。
「キリル様が食いついておられたのなら分かりませんよ?舞台化して王女がご覧になったら火がつくかもしれません」
セルゲイが楽しそうに言った。わざわざこの国まで来たくらいだから行動力があるのだろう。
「…で、何故子ども達と出会ったのでしょうか?」
アルトゥールがにやーと笑いながら言った。
「城内を散歩していたら会ったんだと言っただろう」
「はぁ…、陛下と密会した帰りにあったのでしょうね」
ミハイルに呆れたように言われた。その通りなので何も言い返せない。
「黙秘権を…」
「はいと言っているようなものですね」
アルトゥールにいつかの仕返しを言われた。
「…そろそろ俺の所にも来るかもな。ファウヌス王国だったかな?他にももう来ているだろうから、のんびりしている場合じゃないな」
「逃げるおつもりだ」
他国の貴賓達に挨拶が終わり、昨日と違って晩餐会はなく各自部屋で食事をした。
(全員に運ぶの大変だったろうな…)
食器類はすでに回収されているので、自分は上着を脱いだ。ずっと堅苦しい格好をしていたので肩が凝った。勲章を明日着る礼装に付け替えねばならない。なんとも面倒臭い。明日は一日中礼装のままだろうか。
セルゲイと部下三人はすでに部屋にいないので自分で勲章を付け替えを始めた。
(なんで俺がやっているんだろう…。侍従がやってくれればなぁ…)
戸の外で気配がしたので視線を向けた。
「失礼いたします。お召し物の準備にあがりました」
戸が開くと若い、と言っても自分より年上の侍従が二人入って来た。
「勲章の付け替えは私共がいたします」
「ああ、頼むよ。今ちょうどやっていたんだ」
「本日のお召し物と同じ配置でよろしいでしょうか」
「ああ、同じで構わない」
「かしこまりました」
彼らは勲章に傷が付かないように丁寧に付け替えてくれた。
「ありがとう。助かったよ」
自分が言うと彼らはお辞儀をした。
「殿下、明日の戴冠式後に休憩をはさみ、勲章授与式も行います。殿下も受章者でございますので、休憩時に私がご案内をいたします。どうぞその場で待機していてください」
「ああ、分かった。もしかして叔父も受章者だろうか」
「はい…。ですがお姿が見えないとのことですので、今回は六名で行う事となりました」
六名とは自分と嘆願書に署名した五人だ。
「叔父がすまない。では明日よろしく頼む」
彼らは再びお辞儀をして部屋から出て行った。
明日案内担当の侍従の顔を思い出す。
(黒髪で眉毛が太かった…ぐらいしか思い出せんな。後、声は低くない。体格は中肉中背…)
明日はいよいよエレオノーラの戴冠式だ。どのようなドレスを着るのだろうか。きっと今頃緊張しているだろう。もっと緊張しているのは南東領領主だろう。
(父の戴冠式の時は子どもだったから、詳細までは覚えてないな)
父は自分が十歳の時に祖父から譲位された。祖父はまだ元気だったが、元気なうちに趣味に没頭したいとの理由で譲位した。祖父の趣味は多岐にわたるので、様々な分野で知り合いが多い。自分が諸国に報告に行った時も王族や貴族以外で祖父の知り合いだと言う人達に出会った。自分の多趣味は祖父に似たのだろう。
(趣味……剣の素振りはしているが、最近は大会に出ていないから腕が鈍っているかもな。帰国する前に将軍殿と叔父上に手合わせを願おう)
当然ながらエレオノーラの戴冠式が終われば帰国せねばならない。せっかく再会出来たのにまた別れなければならないなんて悲しくてしょうがない。
(結婚式はどれくらい先になるだろうか…。俺としては明日明後日でもいいんだがな。ちょうどお客人もいるのだし)
なかなか無茶苦茶な発想だ。もちろん無理なのは分かっているが、気持ちは一刻も早くエレオノーラと共に過ごせるようになりたいと強く思っている。
(明日のドレスも気になるが結婚式の時のドレスもさぞや美しいのだろう…)
明日のエレオノーラのドレス姿を想像して頬が緩んだ。エレオノーラと出会ってから妄想力がついた。彼女から借りた本もその一因だろう。大昔の遠い異国の話なんて想像力を働かせなければ読めない。
(明日も早いから寝るか…)
早起きしたらエレオノーラと会う時間があるかもしれないと期待を持ちつつ眠りについた。
茶器を片付けに来なかったのはダニエラが止めたからです。
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