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68.不意打ち

 王の視点です。

 まだいちゃついています。


 目元を冷やしていたらアレクセイに不意をつかれてしまった。


「んっ…」


 自分はアレクセイの胸を押し返したが、びくともしなかった。どう考えても無駄な抵抗だと思ったので大人しく口吸いを続けさせる。


(鼻で呼吸するのよね…?)


 頑張って鼻ですーはーすーはーと呼吸してみた。するとアレクセイが笑い始めた。最初は堪えたように笑っていたが、今は普通に笑っている。


「エレオノーラ、鼻で呼吸するのに意識を向けすぎだ」

「…鼻息荒かったかしら?」

「自然に呼吸すればいいだろう」


 アレクセイはまだ笑っている。そんなに笑わなくてもいいのに。


「気にしないし気にしないでくれって言ったじゃない…」

「すまない、可愛かったから…」


 自分は後ろを向いて目元を冷やすことにした。


「拗ねないでくれ」


 後ろから抱きつかれ、いつの間にかアレクセイの腿の上に座らされていた。


「久しぶりに会えてから、嬉しくて暴走しそうになってしまったんだ」


 暴走してはいないようだ。暴走したらどうなるのだろうか。少し興味はあるが、よくない予感がするので聞かないでおこうと思う。


「どの角度から見ても綺麗なんだな…」


 アレクセイの声が耳の近くでする。いつもより低い声だ。全身がぞわぞわした。


「あり、がとう…」

「ここら辺にも口吸いしてもいいか?」

「ひゃぁっ!」


 アレクセイは自分の首筋を指でなぞってきた。先ほどよりも全身のぞわぞわが強くなった。慌ててアレクセイの腿の上から飛び降りた。


「っ、口吸いなんだから口同士なんじゃないの?」


 目元の布を取ってアレクセイを見る。急に視界が明るくなったので眩しかった。


「口で吸うから口吸いなのかと思っていた。どうやら認識が違うようだな。俺は全身にする物だと思っている」

「え?」

「全身にする物だと思っている」

「…聞き直したのではないわよ?」


 アレクセイはそうか、とだけ言った。自分が思っていた口吸いとは違ったようだ。


「頬や手の甲にもするだろう?」

「…そういえばそうね」


 アレクセイはそうだぞ、と言った。そんな彼の視線はじっとこちらを向いている。


「私は口だけで…いいのだけど……」


 自分は思わず下を向いた。アレクセイの視線に耐えられなかった。


「俺はエレオノーラの体中にしたい」

「冗談、よね?」


 自分は顔を少しだけ上げてアレクセイの様子を伺った。


「これが冗談を言っている顔に見えるのか?」

「見えないけど、質問に質問で返すのはよくないわ」

「……」

「……」


 膠着状態になった。

 アレクセイが大きな一歩で、といっても彼にとっては普通の一歩で近づいて来た。自分はアレクセイを見上げた。


「っ……」


 なんだか悲しくなったのは何故だろうか。そんな自分を見てアレクセイが首を傾げた。


「どうした?何かあったのか?」

「よく分からないけど、何かもやもやして…」

「もやもや、か…。少し強引だったかもしれない。悪かった」

「私の知識不足かもしれないから…」


 今度恋愛小説を読んでみようと思う。流行りの小説は何だろうか。

 もやもやを払うために違う事を考えようとしていたら、窓の外でバサバサと聞き覚えのある音がした。二人で窓の方に視線を向ける。


「なんだ?鳥か?」

「タチアナさんじゃないかしら」


 大きな羽音だったので小鳥ではないだろう。

 アレクセイの後ろについて窓に近寄ってみると、大きな鳥の影が見えた。やはりイワンの犬鷲のタチアナのようだ。


「叔父上の鷲か」

「タチアナさんこんにちは」


 露台の手すりにタチアナがいた。窓を開けると手すりから降りて歩いて部屋に入った。歩いている鳥を見るのはなんだか面白い。


「叔父上が下にいないと言うことはこの部屋の戸の前にいるのだろう…。見てくる」


 アレクセイが勢いよく戸を開けるとイワンがよろけて部屋に一歩踏み入れた。しかしすぐに体勢を立て直した。


「なかなか出てこないから、ドナート達が気にしてな。だからタチアナに様子を見に行ってもらったんだ」

「違います」


 ドナートがすぐに否定し、ミハイルとアルトゥールも同調するように頷いた。何故すぐに分かる嘘をつくのだろうか。これも冗談に入るのだろうか。


「我々は何も言っておりません。イワン様がお二人をからかいたかっただけですよね」


 ミハイルが眉間に皺を寄せて言った。


「アレクセイ殿下や我々よりご自分を心配なされた方が…ぐえっ!」


 アルトゥールがイワンに首を狙われた。首には頸動脈があるので危険だと思うのだが、二人は普段から訓練しているので、危険かそうでないかの判断が出来るのだろうか。


「友人の妹に手を出したお前に言われたくないなぁ」

「それは同意ですが、イワン様はご友人の母親に手を出したと伺いましたよ」

「伯母とかも聞きました」


 ドナートとミハイルが冷静に言った。


「未亡人や独身だったんだから別にいいだろう!てか誰から聞いたんだ!」


 イワンはアルトゥールを解放した。アルトゥールは首を気にしている。


「誰って…今あちらからいらした方に教えていただきました」


 当然ながらそこにはセルゲイがいた。セルゲイは手に分厚い手袋をしているので、タチアナを飛ばしたのは彼だろう。セルゲイが廊下の端からこの部屋の近くに来るまで皆で待った。

 廊下で騒いでいるのも行儀が良くないので、皆で部屋に入った。


「イワン殿下、暴力はよくありませんよ」

「セルゲイ、ペラペラと俺の話をするな」

「うっかりしてしまいまして、申し訳ございません」

「うっかりにも程があるだろう。それにお前はうっかりが多くないか?」


 イワンはセルゲイを睨んだが、セルゲイは笑顔でかわした。それを見てイワンはさらにセルゲイを睨みつけている。


「…叔父上、タチアナが困っていますよ」


 タチアナは床におり、イワンを見ている。流石に椅子や机等の家具には乗らないようだ。それともお気に召さないのだろうか。


「野郎共は嫌な奴ばかりですね、陛下!」


 自分に話を振られても困る。少し考えてから返答した。


「えっと…皆さん仲が良くて羨ましいです。私にはふざけあえる人達はおりませんから」


 自分は笑ってみたが彼らの表情は微妙な物になった。また何か言ってしまったらしい。


「よし、俺とふざけあおう」

「何か嫌な予感がするからやめておくわね」


 アレクセイは顔をしかめ、イワンが笑い出した。バシバシとアレクセイの肩を叩いている。


「はぁ、面白い物を見せて頂き感謝します。くくくっ」

「エレオノーラ…」


 アレクセイは肩を落とし、しょんぼりとしている。


「そろそろ食事の時間だと思うし…またの機会に、ね?」

「何故俺が慰められているんだ…」

「慰められるなら別の方法がいいよな!」


 またイワンはアレクセイの肩を叩いている。アレクセイはイワンを見てため息をついた。


「別の方法とはなんでしょうか?」


 アレクセイが元気になるのなら是非とも知りたい。


「おお!興味がおありですか?」

「イワン殿下、そこまでにいたしましょうか。発言が中高年男性そのものでございますよ?」

「三十過ぎたら中年だからいいだろう」

「なんと痛痛しいことでしょうかっ!こんな人に仕えている私の身にもなってください」


 セルゲイは悲痛な表情をしている。もちろん演技だろう。

 結局アレクセイを慰める別の方法を知れなかった。


「…仲良しですねぇ」


 アルトゥールが言った。


「もっと精神的に成熟した方だと思っておりましたが、違ったようですね」

「たまにしか会わなかったのでそう思っていたのでしょう」


 ミハイルとドナートが苦笑いをしながら言った。


「エレオノーラ…食事は食堂でか?」

「ええ、そうよ。領主達と食事をするのだけど、アレクセイはどうするのかしらね…」

「ん?…他の国の王族は来ていないのか?」

「皆さん明日の到着よ?」


 アレクセイは勢いよくミハイルの方を見た。この様子だとアレクセイは一日早く到着するように伝えられていたらしい。


「ミハイル、どういう事かな?詳しく説明してくれると嬉しいな」


 アレクセイが作り笑顔で言った。


「なんですか、その口調と顔は…。続々と王族が到着したら挨拶回りで忙しくなり、陛下と過ごせる時間がなくなるのではと思いましたので、宰相殿と相談して一日早い日付をお伝えいたしました」

「我々からのささやかな贈り物です」

「ええ、黙っているのが大変でしたよ」

「そ、そうか」


 イワンはニヤニヤとセルゲイは微笑みながらアレクセイを見ていた。


「皆さんありがとうございます。とても素敵な贈り物です」


 自分が言い終わると、アレクセイが自分の隣に来た。


「…皆さん感謝いたします」


 アレクセイは礼を述べた後に自分達が結婚すると発表した。食事の際に領主達の前でも発表する事になった。




 領主達との晩餐は無事に終わった。何故アレクセイがいるのだろうと見ている領主もいたが、食事の前に結婚を発表したので皆納得してくれたようだ。


「なぜ今日司令官殿がいらしたのかと思いましたら、そういう話でございましたか」


 晩餐終了後に南西領領主が笑顔で言ってきた。飲酒しているようで顔が赤い。


「大変おめでたい話でございますね。これは国民全員の復興の励みになるでしょう」


 南東領領主も顔がやや赤い。


「何重もの喜びになるでしょうね」


 北領領主が言った。顔は昼間に会った時と同じなので飲酒はしていないようだ。


「ありがとう」

「ありがとうございます」


 アレクセイと自分は他の領主達にも挨拶をし、食堂を後にした。

 今は応接間におり、長椅子に座っている。


「皆、俺を受け入れてくれそうで安心したよ」


 アレクセイも飲酒していたのでほんのりと顔が赤くなっている。


「ええ、皆さんアレクセイの活躍を知っているのだから当然よ」

「俺より叔父上の方がこの国に長期間いるのにか?」


 アレクセイがケレース王国にいたのは国内の移動を含め一ヶ月ほどだが、イワンは一年近くいる。


「それとこれとは別でしょう。諸外国の話も入りやすくなっているから、アレクセイが報告をしに回っている情報も入っているのよ」

「おお、そうなのか。それはよかった。…それにしても叔父上は海賊討伐に行かなくていいのだろうか」

「優秀な部下がいるので大丈夫とおっしゃっていたわ。それにセマルグルは今年の冬も寒かったそうじゃない」

「叔父上は独自に部下を雇うからな。各地で人材を見いだしたり、ご自分で育成したりな。王都はそんなに雪は降らなかったが、山間部や海側には大量に降ったらしい。流氷も多いから海賊は動けないだろうな。…叔父上はずっといる気なんだろうか」


 アレクセイは水を飲んだ。酔いを醒ますためだろうか。何故そんなにイワンがいるのが嫌なのだろうか。からかわれるからだろうか。


「イワン殿はセマルグルが恋しいともおっしゃっていたわよ」

「セルゲイも家族がいるのに大丈夫か?全然帰ってないだろうに…」

「娘さんに手紙を書いて欲しいと頼まれたわね」

「お姫様に憧れるお年頃だからな。平民からしたら貴族のお嬢様も十分お姫様だよな」


 セルゲイの娘は五歳らしい。他に二人息子がいるそうだ。


「それもそうよね」

「さっきから聞いてばかりですまない…」


 アレクセイはうなだれた。


「ええ?別にそんな…」


 アレクセイは顔を上げ、自分を見つめてきた。そんな自分もアレクセイを見つめている。アレクセイは目が潤み頬が赤いのは飲酒しているせいだと分かっているのに、自分の心臓は速くなっている。


「…抱きしめてもいいか?」

「ええ…」


 アレクセイに抱きしめられた。僅かに酒の匂いがした。アレクセイの手は自分の腰に置かれている。腰にじんわりと熱を感じる。


「尻を撫でても…」

「前に駄目だと言ったじゃないっ」

「夫婦になるのだからいいだろう」

「夫婦になってからならいいわよ」

「…エレオノーラお願いだ」


 アレクセイは一段と低い声で囁くように言った。それも耳元でだ。


「…アレクセイはどうして私のお尻を触りたいの?」

「触りたいからだ。本当は全身を触りまくりたい。エレオノーラは俺の体を触りたいと思わないのか?」

「今はいいかしら……側にいてくれるだけで嬉しいもの」


 考えてみたが、自分はアレクセイの体に触れたいと思わなかった。興味がないわけではないが、触りたいわけではない…と思う。


「乗馬に行った時に俺の鎖骨や胸板を見ていたのにか?」

「!」


 やはりあの時気付かれていたようだ。

 自分はアレクセイから離れようとしたが、抱きしめられているので出来なかった。


「酔っているのよね?アレクセイ、そうよね?」

「…そうなんだろうか。久しぶりに会えて嬉しかったからだろうか……」


 アレクセイと自分は離れた。アレクセイは左手を頭に当てている。


「エレオノーラ…寝る前に口吸いをしよう。もちろん口にだ」

「…ええ、いいわよ」


 本当は心臓に良くないので断りたかったが、これ以上アレクセイを落ち込ませるわけにはいかないので承諾した。アレクセイはゆっくりと近づいて来た。


「…俺の首の後ろに腕をかけられるか?」


 アレクセイは自分がしやすいように少し身をかがめた。


「えっと、これでいいかしら?」


 恥ずかしくてたまらないが、なんとかアレクセイの首の後ろに手をかけてみた。顔と顔の距離が近いので、互いの吐息がかかる。


「手じゃない肘の内側だ」

「ええっ?!」


 すでに大分体が密着している。さらにくっつけと言っているようだ。


「…こう?」


 自分はすでに顔から火が出ているのではないだろうか。


「ああ、それでいい」


 アレクセイは微笑んだ。

 後は鼻で呼吸をするだけだ。あまり意識してしまうと鼻息が荒くなってしまうので、慎重に鼻呼吸をする。というか鼻呼吸に意識を向けていないとおかしくなりそうなのだ。何度も口吸いをされ対応に困っていると漸く終わりを迎えた。


「これ以上はここではしない方がいいだろう…」


 どういう意味だろうか。もっと口吸いをしたいが、ここでは出来ないのだろうか。


「私の寝室に移動する…?」


 自分が言うとアレクセイは一瞬目を大きく開き、すぐに眉間に皺を寄せた。


「…誘っているのか?」

「?誘っているのだけど…何か変だったかしら」

「……」

「?」


 自分が首を傾げていると、アレクセイは立ち上がって言った。


「今日はここまでにしよう。…エレオノーラ、他の人を寝室に呼んだりしてないよな?」

「ええ、もちろんよ」


 侍女達が全て身のまわりの世話をしてくれている。侍従達も相変わらず食事を運ぶぐらいだ。


「俺以外には絶対に言ってはいけない」


 やはり寝室の話は禁句のようだ。


「ええ、そうね…」


 だが、アレクセイになら言ってもいいように受け取れるのに何故こんなに止められるのだろうか。分からないまま別れ、自分の寝室に戻った。




 寝台に横になりアレクセイを思う。再会出来て嬉しさでいっぱいになったが、ずっと心臓が激しくドキドキしていたので疲れてしまった。本当に幸せな時間だったし、明日また会えるのだと思うと笑顔が止まらなくなる。

 長い年月一人きりでいたので、ずっと人と一緒にいると疲れてしまうようだ。ましてやアレクセイと一緒にいると心臓がうるさくなるので余計に疲労を感じるのかもしれない。


(夫婦になったらずっと、ずーっと一緒なのよね。私の心臓は持つのかしら?そのうち慣れるのかしら?)


 目を閉じるとアレクセイが浮かんだ。笑顔だったり真剣な顔だったり、色んな表情が出て来た。その中にはつい先ほどの酔っている姿もあった。あれは初めての姿だった。一緒に生活していたらまた新しい表情を見られるのだろうか。そう考えたら顔が熱くなってきた。


(明日は朝早いのだから、すぐに寝なくちゃ…)


 そう思ったもののアレクセイが浮かんでくるので、寝ようと思っても顔が笑ってしまう。何も考えないようにしてもアレクセイが出てきてしまう。


(駄目だわ、眠れない…)


 考えないようにようにするから出てきてしまうのなら、ずっと考えていればいいのではないだろうか。

 アレクセイの顔を思い出してみる。眉は太くて凜々しい形をしている。目や髪は夜空の色をしている。眉毛と目の位置は近く、かなり目力がある。鼻筋は通り唇は薄くも厚くもない。


(唇……)


 先ほどの口吸いを思い出してしまい、顔だけでなく全身が熱くなった。布団の中まで熱くなったので、端を持ってバタバタと空気を送り込んだ。大きさの割に軽いのだろうが、自分にとっては重たいので大して空気を送り込めなかった。おかげで全身が熱いままだ。


(アレクセイに習って筋肉をつけなくちゃ…。せめて日常生活に困らない程度の筋力だけでも…)




 この回で王になるまでより即位した後の話のほうが長くなると確定いたしました。タイトル詐欺(?)ですね。かなり早い段階でタイトルを変えようかと思ったのですけど、結局そのままになりました。

 まだ少し続きますので評価&ブクマをお願い致します。

 ※予告なく加筆修正をする場合がございますので、予めご了承ください。

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