66.対面
王の視点です。
梅雨が明け、さらに暑くなってきました。これからも暑さが続きますので何卒ご自愛ください。
自分は台の上を見つめていた。台には両親の遺骨が並べられている。遺骨の鑑定は軍医や医師、宰相補佐官がしてくれた。
結局自分は両親達の骨を掘り起こすのに立ち会えなかった。その日が近づくにつれて悪夢を見るようになり熱を出して寝込んでしまったのだ。
(お父様…お母様……)
両親は自分の記憶とも大広間の肖像画ともかけ離れた姿をして横たわっている。もう何も語りかけてくれない。優しく声をかけてもくれない。抱きしめてもくれない。
「陛下、大丈夫でございますか?」
「部屋に戻られますか?」
ダニエラとアンナだった。二人は自分を本当の娘のように可愛がってくれた。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
二人が自分の背中を支えてくれている。ずっと二人がいてくれたから自分は生きてこられた。今ではより沢山の人が自分を支えてくれている。実際に両親の遺骨を見ると表現出来ない感情になるが、皆のおかげで前に進める。後ろを見るのは、その場に留まるのはたまにでいい。そう自分に言い聞かせる。
「陛下、こちらをご覧いただけますか?」
宰相補佐官が手の平に小さな布の包みを持っていた。宰相補佐官はゆっくりと布を広げると、中には白い小さな塊があった。
「これって…」
自分が宰相補佐官の顔を見ると、彼は頷いた。
「はい。おそらくですが、弟君か妹君の骨だと存じます」
両親の遺骨は全てある。この骨だけが残ったので、弟か妹の遺骨だろうと言われた。骨はとても小さくて細く、自分の手の指の一関節分しかない。
宰相補佐官に布ごと骨を渡され、自分はその骨を指で撫でた。
「……。今は一人にしてくれるかしら」
「はい。何かご用がございましたら私共は部屋の外におりますので、お声をかけくださいませ」
ダニエラがそう言い、自分以外の皆が部屋の外に出て行った。部屋には両親達と自分しかいない。
「お父様、お母様。私は王になりました。私が王様だなんて今でも驚いています。宰相と将軍が頑張ってくれたので、セマルグル王国が諸外国に働きかけてくださり連合国軍が動いてくださったのです。それであの男達を誅伐してくれたのです。私を塔から救出してくださったのもセマルグルの王子なのですよ。部下の方がダニエラとアンナの様子に気付いて探しに来てくれたんですって」
自分は手に持っていた小さな骨を両親の頭の間に置いた。
「ケレースでは男性しか王になれなかったのですけど、五代前に婚姻関係があったモコシュ大公国の大公代理が書類に署名してくださったので、女の私でも王になれたのです。大公代理は面白い方でした。あの方のように自信に漲り明敏な人が国の王や大公だと国民も安心出来るのでしょうね」
自分は両親達の骨をじっと見つめた。
「大臣達や城で働く他の皆さんは自分を受け入れてくれました。国境に接する領主達も私の力になってくれました。他の領主には…ああ、西領の領主には会いましたね。まだ若い方でした。あっ、南領の領主は私よりも若いそうですね。まだ皆さんに会えていないのですけど、皆さん復興のために尽力してくれています」
自分はうろうろと台のまわりを歩いていたが、両親の頭側で立ち止まった。
「そうだわ!作物を収穫出来たんですよ!連合国軍から食糧を配給して貰っていましたが、自分の力で収穫できたのです。種や苗は連合国軍から頂きましたし、授粉の作業も手伝ってもらいましたけど、何とか食べ物を収穫出来たのです。まだまだ全員がお腹いっぱいに…嫌になるほど沢山食べられる量ではありませんが…もうお腹を空かせて我慢しなくてよくなったのです」
連合国軍の兵士達は本来の仕事でないのに快く授粉の作業を引き受けてくれた。彼らの出発前に王城に一番近い陣営にお願いと激励に赴いたら驚かれた。王が自ら来るとはと言われた。
「農家の皆さんも喜んでいたそうです。収穫に行かせてくれって言ってきた兵士達がいたそうですよ。皆さんお優しい人達ばかりです」
兵士達は自主的に収穫の手伝いに行こうとしたらしいので、イワンが休日出勤の手当を出したそうだ。
「ああ、そうだわ。お父様がイワン殿に…十五、六年前に来たセマルグル王国の王子に贈った剣を見せて頂きましたよ。剣とか武器には詳しくありませんけど、とても立派で美しい剣でした。イワン殿もあの剣に助けられたって、偶然が何回も起きたら奇跡ですっておっしゃってましたよ。イワン殿には南領領主の母親の対応をお任せしたのですけど…なかなか難敵だったと…手には落ちなかったけど実質勝ちだ、とか不思議な言い方をなさってました。イワン殿は全領を見て回ってくださっているのですよ。…反乱しそうな人達を鎮めてくださっているようです。やはり王族を嫌っている人はまだいるようです。十年も苦しめられたのですから仕方ありませんよね」
自分は息をついた。イワンは反乱分子の存在を隠そうとするが、セルゲイやマクシムから報告を聞くとどの領にもいたそうだ。あの方は勘が鋭いですからね、と部下のセルゲイが言っていた。勘だけではなく経験から不穏分子を発見出来るのだろうか。
自分が大広間で生存公表をした際にも、否定的な意見を言う人がいた。彼らは今の所何もしてこない。自分を認めてくれたのか、それとも他に行き場所がないから残っているのかは分からない。
「私は守られてばかりです。私が国民を守る側にならないといけないのに…」
大公代理は自分が傀儡されるのではと思っていた。今の所は皆自分に協力してくれているし、意見も取り入れてくれている。宰相からは手足を上手く使うのがよい王だと言われた。
「頭が良くなくては手足を上手く使えないですよね。…手足といえばワルツが踊れるようになりました。まだ基本的な動きしか出来ませんけど、最初に比べたらかなりましになったのです。以前は思い出しただけで恥ずかしくなる出来でした。リーザが教えてくれたのです。リーザはセマルグル王国の兵士なのです。セマルグル王国は女性も兵士になれるのですって。リーザは女性なのに男性の踊りも出来るのですよ。リーザは今妊娠中なので帰国してしまいましたが、赤ちゃんが産まれて大きくなったら会いに来てくれるそうです」
リーザのお腹は大分大きくなっただろう。リーザとアルトゥールの結婚式は赤子が産まれた後にするそうだ。ドナートの所にも二人目が出来たとリーザが手紙で教えてくれた。ミハイルにも恋人が出来たそうだし、嬉しい事だらけだ。
「将軍にも子どもがいたのです。婚約者が妊娠していたんですって。今は三人で暮らしていますよ。…あの男の悪事に加担していた者達の家族は一度官舎から追い出したのですけど、呼び戻して仕事を与えました。やる事が沢山ありますからね。子どもにはきちんと学ばせて…ああ、中央領に新しく学校を作るのです。元々あった建物を修繕や改築をするのです」
全員が呼び戻しに応じたのではない。すでに新しい生活をしていた者もいた。前将軍の妻子は戻って来て、前将軍の妻が率先して身代わり人形等を製作してくれている。彼女は手先が器用なようだ。
「あっ!先ほどの授粉の話に戻るのですけど、虫や鳥達に住み着いてもらうために花を植えたのです。授粉作業に行く兵士に頼んで農家まで運んでもらいケレース王国原産の花を植えました。同じ種類だと病気になってしまったら全滅してしまうので、違う種類をいくつか持って行ってもらいました。何年か経ち、季節になったら綺麗な花が沢山咲くのでしょう。…沢山咲いたら持って行きますね」
自分が喋るのをやめると部屋が静かになる。自分しかいないのだから当たり前なのだが、この静寂が怖いので必死にしゃべり続ける。
「今は農閑期ですので、建造物や道路、水路の工事をしています。体が不自由な人には軽作業をお願いしています。皆さん進んで働いてくださってるそうです。復興のために、元の生活を取り戻すために頑張ってくださっています」
住居はほぼ全家庭の新築や修繕が終わっているそうだ。雨風を凌げるだけでなく日常の生活が出来るようになってる。諸外国の技術者が支援してくれたおかげだ。冬に間に合ってよかったと思う。
「…約一年でこの国は大きく前に一歩進むことが出来ました。私も少し成長出来たと思います。お父様やお母様にはまだ遠く及びませんが、王族らしく王らしくなってきたと思います」
自分は両親を見た。骨にまで達する深い傷が見えた。父には大きな切り傷が、母には突き刺した傷があった。
「悪い人は全員捕らえました。連合国軍の皆さんのおかげです。あの男達はアレクセイが…司令官が討ってくれました。アレクセイはイワン殿の甥です。とても優しくて頼りになる人です。たまにちょっと意地悪ですけど、とてもいい人なんです。戴冠式に出席すると連絡が来たので、その時にご紹介いたしますね。お父様もお母様もきっと気に入ってくださると思います。髪は黒くてとても背が高くて体は筋肉で分厚いんですよ。器用貧乏だと言っていましたけど、私はなんでも出来てしまう人は羨ましく思います」
自分はアレクセイを思い出して笑顔になった。今頃何をしているだろう。
アレクセイからの手紙は塗りつぶされなくなった。どうやら秘密裏に検閲を行う人がいたそうだ。その騒動は大陸中に広まった。自分宛の手紙だけでなく、他の国の王族への親書でもやっていたらしいのだ。
「アレクセイには馬に乗せてもらいました。とても賢くて優しい馬でした。アイズベルクさんというのですよ。ネーヴェと仲良くなってネーヴェは妊娠したんです。春頃に産まれるそうです。今から楽しみなんです。きっと…いえ、絶対に可愛いでしょう」
仔馬はどちらに似ても可愛いだろう。踊りだけでなく乗馬の練習もしてみようか。横乗りでなく普通に跨がってみたいと思う。服装もドレスではなくパンツを穿くのだろう。少し余裕が出来たら。新しい物事に挑戦していきたい。その時にアレクセイが隣にいてくれたらいいのにと思った。
「…アレクセイとは何日くらい一緒にいられるのでしょうね。次はいつ会えるのでしょうか。…その次は、その次の次も……。ああ、ごめんなさい。なんだか弱気になってしまいました。いけませんね。アレクセイを思うと胸が締め付けられるような気がします。悲しくなってしまうのです」
アレクセイが元気でいてくれたらそれでいいのだが、やはり側にいてほしいと強く思ってしまう。彼にも事情があるのだから強制出来ないのに。
「…戴冠式の日が早く来て欲しいような、そうでないような矛盾した気持ちが渦巻きます。楽しみですけど、別れを思うと…辛くて……」
涙が出そうになった。必死に涙を堪えていると、どこからか暖かな風が吹いてきた。そしてその風が優しく頬を撫でていった。
「?!」
自分は驚いて周囲を見渡したが風が吹いて来そうな箇所はなかった。そもそも今の季節は冬なので、隙間があっても冷たい風しか入ってこないだろう。
「……もう大丈夫です。お父様、お母様ありがとうございます」
雪が溶け春になった。草木は芽吹き花のつぼみが開き始めた。明後日はいよいよ戴冠式だ。中央領以外の全ての領主達と顔を合わせ、改めて十年間の労いをした。
領主達との顔合わせを終えて寝室に戻ろうと廊下を侍女達と歩いた。
(そう言えば北領領主を見かけなかったような…?)
あの大きな丸い体をした北領領主がいなかった。北領領主の席には違う人が座っていたのだ。
(誰だったのかしら?従者は前に見た人と同じだったけど…)
「陛下、お久しゅうございます。ますますお美しくなられましたね」
南東領領主が笑顔で声をかけてきた。戴冠式で自分に王冠を被せる役目を務める。南東領領主の隣には南西領領主と北領領主の席に座っていた人が立っていた。
「ええ、美しさに磨きがかかったようでございますね」
南西領領主も笑顔だった。
「二人ともお世辞を言っても何も出てこないわよ?…そちらの方は?」
自分が二人に聞いてみると、二人は顔を見合わせて笑った。言われた本人は困り笑顔を浮かべている。
「私は北領の領主でございます」
「えっ!もっと大きな体をしていたわよね?…痩せたのね」
北領領主は頷いた。話を聞いたら甘い物を控えて食事の量や回数を減らし、さらに運動もしたそうだ。
「自ら陣頭指揮も執っておられると伺いました」
南西領領主が笑顔で言った。
「はい。以前は人任せでしたが勉強して、人の前に立てるようになりました」
「そう、頑張ったのね」
「陛下が目を覚まさせてくださったおかげでございます」
「その後はあなた自身の努力のおかげよ」
「ありがとう存じます」
北領領主が礼をすると、他の二人も礼をした。
自分は一旦寝室に戻り休憩をする。
諸外国からの賓客は明日到着する。国は落ち着つきはじめたとは言え、貴賓の長期間の滞在となると財政を逼迫し国が破綻しかねないからだ。さらに十分にもてなせないとなると国の名誉にも関わってしまうのだ。
「御髪を直しましょう」
クラリッサがとジャンナが髪を直してくれるようだ。最近はジャンナも腕を上げてきており、二人で髪を結ってくれている。
それにしても髪は乱れていなかったと思うのだが、何故髪を結い直すのだろうか。そう考えているうちに髪をほどかれ、二人は癖をとるために念入りに髪を梳かしている。そうしている間にリンダが髪飾りが入っている箱を持って来た。あの箱にはアレクセイが贈ってくれた髪飾りが入っているはずだ。
「今日はこちらをつけましょう」
「ええ」
アレクセイがもう到着したのだろうかと勘ぐってしまう。だが、今までもこの髪飾りをつける機会は沢山あった。せっかちな別の貴賓がすでに到着しているしているのかもしれない。
髪を梳かし終え、別のドレスに着替えた。大公代理から紹介されたデザイナーが作ったドレスだ。普段着ているドレスよりも胸元が開いているので少々心許ない。
(スースーするわね…)
袖には大きめのフリルがついている。胸の下から腰にかけて複雑な刺繍がなされており、まるで糸で絵画を描いたかのようになっている。裾も薄く透ける生地を重ねてあり、動くと色が変化して見えるようになっている。
「今日はお化粧も致しましょうね」
「え?」
いつもは化粧をしないので侍女達はやる気満々になっている。抵抗する間もなく、すでに髪やドレスが汚れないように布が巻かれていた。
「薄く頬紅や口紅をつけるだけでございますから…」
リンダが微笑んだ。トスカが化粧道具をどっさりと持って来ている。これはデザイナーから少しぐらい化粧なさい、と贈られた物だ。
頬紅と口紅だけと言われたと思うのだが、他にも色々されている気がする。
「…そこは頬じゃないと思うのだけど」
そう、そこは眉毛である。
「少し形を整えております。後は少し光や影を足しております」
「そうなのね…」
顔に光や影を足すとは何だろうかと考えてみたがよく分からなかった。
化粧が終わり鏡を見てみるとそこには別人がいた。
「…こちらはどなたかしら?」
その後、髪もかなり技巧を凝らして結われた。ここまで念入りに綺麗にされると、やはりアレクセイが到着しているのではないかと思ってしまう。今いる部屋もアレクセイとワルツを踊った部屋だ。
(私が先に部屋にいるのも驚かせるためなんじゃ…)
自分はそわそわしてしまい、椅子に座っていられなくなった。気を紛らわすために外の風景を覗いてみる。空は青く雲一つなかった。
(私の心は雲だらけだわ。早くこの雲を払拭したいわ)
心臓がドキドキしてきた。心臓の鼓動が落ち着かせるためにも早く貴賓が来てくれればと思う。
そう思っていたら足音が聞こえてきたので慌てて椅子に戻った。
一人は侍従長だろう。もう一人は残念ながらアレクセイではないようだった。自分は肩を落としかけたが、大切なお客様なのには違いはないのでしっかりと背筋を伸ばした。
「陛下、ご案内いたしました」
侍従長の声がし、ゆっくりと戸が開いていった。
今回も再会してないっていう……。
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