65.動く
王子の視点です。
はとこが書いた劇の初演は大好評を博したそうで、続々と追加公演が決まったそうだ。初演はモコシュ大公国内で公演するのが決まりだが、その公演を見たいとご贔屓様がわざわざ足を運んだそうだ。ご贔屓様は大層喜び、大陸中の友人達に教えたらしい。王太后の友人なのだから王侯貴族や豪商だろう。その友人達が自身の国でもやってほしい言ってきたそうだ。
「書籍化もなさるそうでございますよ」
現在、自分はセマルグルの王城にある自室にいる。
侍従がお茶を注ぎながら言った。少し涼しくなってきたので温かいお茶だ。湯気がゆらりと昇った。
「…脚本の時点で大人気だったものな」
侍従は苦笑した。はとこから脚本が送られてきた時に自分は読みたくなかったので、彼らに見せたらいつの間にか侍女達にも広がり、さらには他の官吏達にも広がっていったのだ。今は王都中の噂になっているそうで、自分の見合いの話は完全になくなった。それまでは父が断ってもしぶとく見合い話を持ってくる貴族がいたのだ。
「我が国でも公演があるそうでございますから、今からチケットの争奪戦が想像されますね」
「そんなにか…」
「そんなにでございます」
劇が大好評を博したからと言って、エレオノーラと自分の結婚が認められるとは言えないが、一歩前進しただろうか。国民を味方につければ問題ないだろうか。
「ケレース国王陛下よりアレクセイ殿下にお手紙が届きました。それと書物も届いております」
別の侍従が言った。
「ありがとう…。推理小説か」
「こちらはセマルグルでも出版されている小説でございますね」
「そうなのか」
「ええ、装丁は違うようですけれど」
「ふーん…」
エレオノーラから借りていた旅行記はケレースの王城内に所蔵されていた分は全て読んだので、今度は推理小説を借りた。推理小説は初めてなので楽しみだ。エレオノーラが披露した知識も出てくるのかもしれない。
エレオノーラからの手紙をペーパーナイフで開け、入っていた便箋を広げた。便箋からはほのかに甘い香りがした。おそらく匂い袋か何かと一緒に便箋を保管しているのだろう。一番初めに貰った手紙はもっと香りがしたが、時間が経過しているからかほんの僅かに薫る程度になっていた。手紙を読むと、ミハイルが到着した日の事が書いてあった。リーザとアルトゥールについても書いてある。リーザのお腹が目立つようになってきたそうだ。
(…二人も王都に到着しているんじゃないのか?)
お茶を一口飲み、再び手紙を読んだ。読み進めていると違和感を覚えた。何とは言えないので、何度も読み返したり文字を見比べたりした。
(……何かおかしい)
自分の様子に気付いた侍従が心配そうに声をかけてきた。
「殿下、いかがなされましたか?」
「いや、手紙に違和感があって……」
自分は便箋を透かしてみる。僅かに便箋の色が変わっている気がした。その部分の匂いを嗅いでみるとインクでも便箋につけられたものでもない匂いがした。
「インク消しか…」
エレオノーラの性格を考えたら書き損じたら全て書き直しそうだ。それにインクの色がほんの僅かに違う気がする。インク消しのせいでインクの色が変わったのかと思ったが違うようだ。インク消しがしみこんで便箋の色が変わった部分をはみ出ても、他の文字と違う色をしている。
自分は今までのエレオノーラからの手紙と見比べた。他の手紙も何やら怪しさを感じる。
「…で、殿下」
「手紙が書き換えられてる可能性が出た」
侍従達が息を飲んだ。
「そんな!国王の書簡になんて事を!」
「封蝋は?封蝋はそのままのようでございましたよ?」
「…印璽も偽造したのかもな」
「まさか!」
ケレース国王の印璽を偽造するなんて見破られない自信があったのだろうか。
「お前達は誰にも言うなよ。こんな大それた事が出来るのは力を持っている奴だろう」
侍従達は小さく、はいっと言って頷いた。
何の確証もないので推測でしかないのだが、自分は相談役とかいうお年寄りの仕業だろうと思う。
(俺が出した手紙もやられているだろうな…クソッ!)
戸をノックする音が聞こえた。こんな時になんだと思っていたら友人だった。
「アレクセイ殿下、お久しぶりでございます」
アルトゥールだった。エレオノーラの手紙と共に帰国したのだろう。頼もしそうな顔つきになったような気がする。正装をしているのでドナートの実家にリーザと一緒に挨拶しに行ってきたのだろう。
「ああ、ドナートに殺されなかったようだな」
「ええ、あんなに恐ろしい笑顔は二度と見たくないですね。実はその他にお話がありまして。……!!」
アルトゥールが机の上の手紙を見て驚いたようだ。
「お気づきになられた…?」
「ついさっきな」
自分は侍従達に下がるように伝えた。
アルトゥールはエレオノーラに届いた自分の手紙が検閲されていると教えてくれた。エレオノーラは自分から手紙が届くと最初のうちは喜んでいたが、だんだん喜び方が小さくなっていったので疑問に思っていたそうだ。自分との思い出話をするととても喜んだので気持ちが離れた訳ではないので明らかにおかしいと感じたらしい。自分からの手紙が翌日はいつも悲しげだったので、原因は手紙だと思いダニエラやアンナに頼んで、手紙をこっそりと見せて貰ったそうだ。
「塗りつぶされていたのか…。あいつらエレオノーラを馬鹿にしているのか!」
「ダニエラさんとアンナさんは泣いておられました…」
「……俺の印璽も偽造しやがったのか」
いつも持ち歩いていたので確実にそうだろう。
「ドナートさんにも伝えてあります。ドナートさんちは警察や憲兵関係にご親戚が多いですから」
「もう犯人は捕らえているだろうか…」
「ご老人達が相手でしょう?言い逃れしそうですよね。なんなら、あいつが勝手にやったんだー。ワシは知らんぞー。とか」
「後は呆けたふりとかな」
「ふりをしていて本当に呆けちゃったりして」
アルトゥールと自分は短く笑ったが、すぐにため息をついた。
「そうか、報告ありがとう。後、遅くなったが結婚おめでとう」
「どういたしまして。ありがとうございます」
「…成り行きだろう?」
「うぐぅっ!黙秘権を行使します!」
アルトゥールは顔面を歪ませている。
「それが答えになってるぞ。ミハイルもエレーナ嬢とくっつきそうだ」
「あれ、ミハイルさんは付き合ってるって…」
「エレーナ嬢はまだだと言っていたが…。まぁ、まんざらでもなさそうだから問題ないだろう」
アルトゥールはよかったですねぇと言った。
「あ、聞きましたよ。モコシュ大公国の劇団の公演が大人気だそうですねぇ。あらすじを聞いたら、何やら見覚えのあるお話で驚きました」
なんだとと言いそうになったが、同時に思いついた。
「この手紙の騒動をキリルに教えてやろう。喜んで食いつくぞ」
「お!悪い顔!」
自分から出すとまた検閲や偽造をされかねないので、アルトゥールから手紙を出すように頼んだ。自分からはとこに手紙を出したりしないので怪しまれるからだ。
「これでお年寄り達は逃げられませんね」
「ククッ…誰を相手にしたのか思い知らせてやる」
「それ悪役が言う台詞では?」
「フンッ俺は俺の正義を行ってやるさ」
「ふひひっ」
アルトゥールが笑った。
「つい数ヶ月前に極悪人を討った人が言う台詞ではないなと思いましてね」
「もう過去だろ」
「ですね。過去の栄光に縋り続けるのはよくないですから」
「どこかのお年寄り達に聞かせてやりたいな」
旅行記のご老人は威光をかざしながらも世直しをしていたが、現実でそんな善行をしている者はいないだろう。だからこそ面白いのだろう。
アルトゥールが帰った後、自分は父にエレオノーラと自分の手紙について報告した。父は一瞬顔が険しくなったがすぐにいつもの顔になり、分かったとだけ言った。
「それだけですか?一国の王の印璽を偽造した大罪人をいかがなさるおつもりでしょうか?」
「決定的な証拠がないと処罰出来ないのは分かるだろう」
「ええ、今ごろドナートの家が動いてくれているでしょう」
「ならば彼らに任せるしかない。我らが直接罰するのは禁じられている」
父は目を伏せてため息をついた。
「ではケレース国王が罰せよと言ったなら?」
自分は父の態度に苛つき、語気を強めた。
「例え他国の王でも我が国の話に口出しは出来ないのは知っているだろう」
「ええ、もちろん。…セマルグルからケレースにインクや便箋などの紙類を輸出しているそうですね。国王が使用するインクも想定出来たのでしょう。インク消しも使われていました。その上から別の文字を書いていたようです。今回ケレース国王はセマルグルが輸出したインクではないインクを使ったか、あるいは混ぜたかしたため、犯人は違うインクを使用してしまったようです」
父は険しい顔になった。母は困惑した顔になっている。
「実行犯に誰に指示されたか白状すれば減刑すると持ちかけます」
「分かった…」
「…それにしても随分と手慣れた手口よね。前科や前歴があるのではないかしら?発覚していなくても過去にもやっているのではないかしらね」
母が首を傾げながら言った。
「…だろうな。徹底的に調べさせよう」
父はため息をつき、真っ直ぐとこちらを見て言った。何かを決意した顔だった。
「父上?」
「ああ、実は何人か潜り込ませていたんだ。なかなか尻尾を掴ませてくれないので、もう少し時間がかかりそうだったが、大きく動いてくれたようだな。証拠品はまだ処分しきれていないだろう」
父は荒波を立たせたがらない性格だと思っていたので母と自分はかなり驚いた。いや、荒波を立たせたくないから時間をかけて彼らの力を削ごうとしていたのかもしれない。
「彼らには残りの人生を牢の中で暮らしてもらう」
過去に遡って調査した結果、父の親書にまで手を出していたと判明した。相手は例のご贔屓様がいる国だった。両国に軋轢を生み、自身らが陰で画策する事柄から目を逸らせたかったらしい。そのために何人が犠牲になったのだろうか。
「関係者は全て捕らえました」
ドナートが重低音で言った。
「ああ、ありがとう。早かったな」
「皮肉ですか?」
「違う、本音だ。数ヶ月でやり遂げたのだからな」
「陛下が潜り込ませていた人達のおかげです。きっちりと証拠や証人を発見していてくれました」
「父を誤解していたよ…。裏では色々やってたんだな」
「内密だったようですから。うちの親戚でも二、三人しか知らなかったようです」
「本当に極秘の案件だったのか…」
ドナートは静かに頷いた。
「セマルグルでもモコシュ大公国の劇団が公演なさったそうですね」
「なさったそうですねって…観に行ったんだろう?」
自分が指摘するとドナートは笑った。妻子と共に見に行ったらしい。
「かなり脚色されていましたね。華やかさや泥沼感が…」
「ど、どろ?ぬま?」
そんな劇を子どもに見せたのか。そもそもエレオノーラと自分に泥沼要素はあっただろうか。何をどう脚色したのだろうか。
「セマルグルの公演から手紙の偽造の話も盛り込まれておりました。改訂版ですね。改訂第二版になるのは…」
ドナートは含みのある言い方をしたので自分はドナートをじろり見た。
「ふっ、最後の求婚のシーンが変わるのかなぁと…」
「……」
ドナートは笑っているが、自分は笑えるはずがない。
「戴冠式にはどなたがご出席なさるのでしょうか」
「兄上が辞退してくださったから俺が出席出来る」
「おお、よかったではありませんか」
ドナートの目が輝いている。とても珍しい物を見てしまった。
「ああ、何を手土産にしようかと悩んでいるんだ」
「そんなの決まっているじゃないですか」
ドナートに言われた事を頭に入れておくが、自分にはそんな恥ずかしい言葉を言える自信がない。
自分は懐から絵を取り出す。当然満月の絵だ。今は夜だが、今日は曇っているので月は見えなかったのだ。
(もう少しで会える)
諸外国を回った後もエレオノーラに会いに行けなかった。出国出来ないだけでなく王都から出るのを禁じられた。お年寄り達が投獄された事により仕事を失った者たちから身を守るためだ。よって自分以外の王族も外出を控えるように言われている。
(長かったな…)
手紙の偽造は思い出しただけで、はらわたが煮えくり返る。本に挟んだ一筆箋には気付いていなかったらしく、内容を書き換えられていなかったのがせめてもの救いだ。
手紙偽造事件の解決後すぐにエレオノーラに手紙を書いた。真実を全て書いた。父からも正式に謝罪を行っている。
(戴冠式後に印璽を変えるそうだ…。どんな意匠になるんだろうな)
現在エレオノーラが使っているのは王女時代の物に王の証である王冠を被せただけの物だ。
自分の印璽も変えなければならないが、今変えてもまたすぐに変えるのだろうから二度手間を避けるためにそのまま使用している。
(結構大変だからな…)
自分は曇り空を見た。
成人した時に現在の物を作ったのだが、何種類もの図案を見せられた。よく見ると筆致が異なっており同じ人が書いたのではなさそうだったので、自分が知らない所で競技会でも開かれていたのかもしれない。結局一番無難…簡素な意匠にした。
(春になれば会える…)
雪が降って溶けたら春になる。春になれば会えると思うと、体は寒くても心は温かさを感じた。
も、もう少しで再会します。
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