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64.生と死

 王の視点です。


「えっ、申し訳ないのだけど、もう一度言ってくれるかしら?」


 執務室に夏服のリーザとアルトゥールが二人揃って神妙な面持ちでやって来たのだ。何かあったのかと思って身構えていたら、二人から発せられた言葉に戸惑ってしまった。


「おほん、ではもう一度…」

「私達は結婚致します」


 アルトゥールから言うのかと思ったら、リーザが先に言った。結婚するのならもう少し喜んでもいいはずなのに、二人の顔はやや強ばっているように見える。自分は疑問に思ったが祝いの言葉を述べた。


「結婚おめでとう。二人が付き合っていたなんて知らなかったわ」


 若い侍女達も気付いていなかったようなので、自分が鈍感というわけではないようだ。ダニエラとアンナは気付いていたようで苦笑いをしている。


「あの…その……」


 アルトゥールが何かを言おうと口をもごもごさせた。


「陛下、実は私はもう妊娠しております」


 リーザは自分を真っ直ぐに見て言った。


「えっ!おめでとう。ごめんなさい。全然気付かなかったわ」


 自分は驚いた。若い侍女達も驚いた。ダニエラとアンナはリーザの妊娠に気付いていたようだ。それで、リーザが誰かと付き合っているのではないかと予測していたのかもしれない。そう言えば、最近リーザは休みがちだったなと思った。踊りの練習もしなくなっていた。


「はい。ですので陛下の護衛は別の女性兵士に任せようと思っております。今はセルゲイ殿が調整してくださっております」

「ええ、分かったわ。元気な赤ちゃんが産れるようにお祈りするわ。帰国するのよね?」

「はい。つわりが落ち着いてから帰国し、実家に結婚と妊娠の報告と出産をしようと考えております。落ち着くまでは書類仕事になります」

「そうよね。体の負担になってはいけないものね。無理しないでね。…ドナート殿とアルトゥール殿は義理の兄弟になるのね」


 自分が言うとアルトゥールが体をビクリとさせた。


「…はい」


 アルトゥールは元気がない。顔が青くなっている。


「…どうされたの?」

「ド、ドナートさんに殺されるんじゃないかと…」

「そんな事はないわ。妹と友人が結婚するのって小説だとわりとあったもの」


 現実世界では分からないが、親友が主人公の姉や妹と結婚するのがあったと記憶する。


「じゅ、順序が逆になってしまいましたから…」


 アルトゥールの顔は真っ青のままだ。さらに血の気が引いている気がする。


「…では、私から二人が結婚を決意した後にリーザの妊娠が発覚したと報告するわね」


 自分がそういうと、リーザとアルトゥールから同時に拒否された。流石夫婦になる二人だなと思った。


「私も一緒に帰国しますが、報告の後はケレース王国に戻ります。その間はミハイルさんに来てもらえるように頼んでありますのでご安心ください」

「ええ、分かりました」


 ドナートとリーザの家は公爵、アルトゥールの家は侯爵だそうなので家柄で結婚が許可されないのは考えられない。やはり一国の王子の友人となると高位貴族なのかと思った。イワンの部下のセルゲイも侯爵家だが、マクシムは商家の生まれで平民だそうだ。それでなのか分からないが、王族や貴族を嫌っているらしい。身分だけで判断されるのは悲しいが、マクシムにも事情があるのだろうから責められない。


「…彼女の代わりが見つかるまでは私が護衛をいたしますので、よろしくお願い致します」

「ええ、ありがとう」


 アルトゥールはリーザを陣営に送るために一度退室した。


(結婚していなくても赤ちゃんって出来るのね…)




 アルトゥールが戻って来たら、続けて宰相と将軍と法務大臣が執務室にやって来た。宰相は車椅子を宰相補佐官に押されていた。アレクセイが呼び寄せてくれた職人に作ってもらったのだ。職人は国民のためにも既製品の車椅子を持って来てくれた。有り難い事に義手や義足の職人も来てくれている。

 

「処刑された人達の名前がほぼ判明いたしました」


 法務大臣が言った。宰相は車椅子のままで応接用の机の横に、将軍と法務大臣は応接用の椅子に腰掛けている。自分は将軍と法務大臣の正面に座っている。宰相補佐官は宰相の斜め後ろにいる。


「処刑された人だけでもこれだけいるのね。言い出したら切りがないのは分かっているけど、餓死や病気、怪我などで死んだ人は入っていないのよね」

「左様でございます」


 宰相が言うと自分の正面に座っている二人も頷いた。


「慰霊碑には処刑された人達の名を刻もうと思っていたのだけど…」

「それは私も賛成でございます。しかし、災害関連死の方々の名前を刻むとしたら相当の人数になるでしょうから、各領に対応をお願い致しましょう」


 宰相は困ったように言った。


「石碑でなくても書面で残すなど出来ますし、今でなくとも何年か後でもよろしいのではないでしょうか」


 将軍も困っているようだった。


「…その何年か後というのはご遺族が生きている前提よね……。ごめんなさい。今のは忘れて」


 本当は頭を抱えたいが、下を向いてため息をつくだけにした。


「陛下、まだご両親の正式な埋葬も決まっておりません。私としては先にそちらを行うべきと存じます」


 法務大臣がきつめの声で言った。


「両親も民を優先して欲しいと言うと思うの」

「…陛下、正直に申し上げますと、あのままですと盗掘に遭う可能性があるのです」


 自分ははっと顔を上げた。


「そう…なの…?」

「ええ」


 法務大臣は少々厳しい表情をしていた。


「実際に埋葬場所を彷徨く輩が目撃されております」


 将軍が悲しげな顔をしている。宰相が咳払いをした。


「王墓の建設はまだとして、ご遺骨だけ掘り起こすのはいかがでございしょうか?」

「…巡回の兵士の手を煩わせてしまうのなら、そうしましょう」


 両親と弟か妹の遺骨を掘り起こす事が決まったが、胎児の骨は残っていないかもしれないと言われた。

 慰霊碑について話を戻そうとしたら、足音が聞こえてきた。イワンとセルゲイだと思う。イワンは踏みしめるように歩くのですぐに分かる。セルゲイとマクシムの違いは静かかそうでないかで分かる。


「こちらで何やら重要な話合いをなさっていると伺いましてね」


 イワンの表情からして重要な話合いに参加するのではなく、アルトゥールを見に来たのだと思う。

 イワンは座らずセルゲイと立ったままだ。


「我々が関係あるのか分からないのですが、お話だけでもお聞かせ頂ければと存じます」


 まさかセルゲイもアルトゥールの様子を見に来たのだろうか。イワンとセルゲイの様子に気付いたアルトゥールはとても嫌そうな顔をしている。


「今は慰霊碑について話し合っておりました」


 宰相が自分の代わりに答えた。宰相も二人が何をしに来たのか察しているようだ。


「…連合国軍の皆様には感謝しております。セマルグル王国では災害の死者の慰霊はどのようになさっておられるのかご教授頂きたく存じます」


 法務大臣が淀みなく言った。法務大臣の様子を見て、将軍が口元を歪めた。この二人も気付いているのだろう。


「そうですね。ここまで大規模になるのはないですので各領でやってますね。一応国王やその地に縁がある王族の名前で弔辞を送りますが、名前以外は代筆させてます」

「イワン殿下だけでございますよ。全文代筆させておられるのは」

「……」


 イワンはセルゲイに突っ込まれ黙ってしまった。セルゲイから補足があったが、体調が優れない時は他の王族も代筆をさせているそうだ。


「ああそうだ、ご両親の墓はいかがなされるおつもりですか?」

「ええ、先ほど遺骨だけ掘り起こすと決まりました。王墓の建設はまだ決まっておりません」

「お二人一緒に埋葬されているのですよね。骨の判別が大変でしょうから、うちから軍医をお貸しますよ」

「感謝致します」


 両親の埋葬は一晩のうちにやったそうで、地面を掘るのもだが埋めた場所を元通りに戻すのに時間がかかると予想されたので、狭い場所に二人を向き合わせて埋葬したそうだ。なので両親どちらの骨か分からないかもしれないのだ。頭蓋骨や骨盤だったら男性と女性で違うそうなのですぐに分かるだろうが、他の箇所の骨は大変だろう。


「私も少しならお手伝い出来るかと存じます」


 これまで黙って聞いているだけだった宰相補佐官が言った。


「そうでしたね。貴方は遺跡の発掘調査を手伝っていたそうですから出来るでしょう」


 宰相が言った。宰相補佐官は何者なのだろうか。さらに謎が深まる。


「…ずっと気になっていたのだけど、補佐官は宰相とどのような間柄なの?」

「私が若い頃にお世話になった恩師のひ孫でございますよ」

「…ひ孫」


 宰相補佐官はにっこりと笑って軽く会釈した。

 宰相の恩師は生きていたら百二十歳ぐらいらしい。

 宰相補佐官は十年前のあの日はケレース国外にいて発掘調査の手伝いをしていたそうだ。宰相がセマルグルに入国後は彼が手助けしていたらしい。


「ああ、あの遺跡発掘に携わってらしたんですか」


 セルゲイが驚いたように言った。セルゲイはその遺跡の発掘中に見学に行ったそうだ。


「はい、兄に小遣い稼ぎにどうだと誘われまして。兄は今もどこかの遺跡で発掘しているでしょうね」


 宰相補佐官は遠くにいる兄を思ってか懐かしそうな目をした。


「…小遣い稼ぎって言ってもあの遺跡は考古学の最高権威が仕切っていたと思うんだが」

「兄がその最高権威の教え子でございます」


 宰相補佐官の兄は考古学、宰相補佐官は法人類学を学んだそうだ。


「かなり厄介な爺さんだったと記憶している。よく外国の学生を入れたな」

「厄介…お優しい方でしたよ?」


 宰相補佐官は不思議そうな顔をして言った。

 すかさずセルゲイがため息をついた。


「殿下が遺物を存外に扱かわれるからでございます」

「…イワン殿は剣や槍などの武器にしか興味なさそうですものね」

「陛下、俺にだって他のものに興味は持ってますよ。今ならアルトゥールとか」


 イワンがアルトゥールの方を見るとアルトゥールが怯えた。


「なんでしょうか…」


 アルトゥールは顔が青ざめている。


「お前もやる時はやるんだなと思っただけだ。立派に男になったじゃないか!」


 イワンは大声で言った。イワンは満面の笑みを浮かべている。


「?生まれた時から男性ですよね…?」

「……」


 自分が言うと部屋にいる全員が黙ってしまった。何故、部屋に静寂が訪れたのか分からず首を傾げたくなった。


「…イワン殿下、我々は退散致しましょう。お騒がせして申し訳ございませんでした」


 セルゲイがイワンを引っ張って行き退室した。それを見てアルトゥールは安堵したのか息を吐いた。


「…陛下、慰霊碑には処刑された人の名だけ彫る。ご両親の遺骨を掘り起こして安置する…以上でよろしいでしょうか?」


 宰相補佐官が言った。


「ええ、掘り起こす日程はそちらで決めてちょうだい…。当日私が立ち会えるかは…」


 骨になってしまった両親達を見るのは勇気がいる。今も胸が苦しい。


「その時のご気分で決めましょう」


 宰相が優しく穏やかな声で言った。


「…ええ、ありがとう」




 寝室に戻り夕食を食べ、湯浴みをし、いつものように自分一人になった。部屋には少女の描いた絵が増えた。たまに夜空の絵を描くらしい。自分はその度に会いに行って礼を言って絵を貰ってくる。

 くまさんには自作のジレを着せている。縫う箇所が多くて大変だったが完成すると大きな満足感が得られた。次はもっとお洒落な洋服を作ってあげよう。


(アレクセイからの手紙を読み返してから寝ようかしら…)


 自分はアレクセイからの手紙を手に取り読み返す。所々塗りつぶされているので、セマルグルの機密情報に繋がる何かが書かれていたのだろう。裏から見たり透かしてみたりしたが何が書いてあったのか分からなかった。意味が繋がらない事もしばしばあるので、自分の中で勝手に補完する。


(消されているのは多分地名よね。後は…その土地の気候かしら?特徴的な気候だとどこにいるのか推測は出来るものね。それと特産物も消されているかもしれないわね)


 他にもあるかもしれないがさっぱり分からない。

 自分の手紙も消されているのかと思い、こっそり宰相に聞いてみたらしていないと言われた。


(本当に遠い土地に行ってしまったのね…)


 自分の戴冠式には来てくれるだろうか。もしその日に会えなかったら、もう二度と会えないのではないかと考えが過ぎった。


(何なら私から会いに…)


 行っても会わせて貰えるだろうか。小さい国の新米の王の話を聞いてくれるだろうか。

 自分はアレクセイの力強く書かれた文字を指でなぞる。


(手紙が届くだけでもいい方なのかも……)


 以前はまたアレクセイに会える日を楽しみにして日々を過ごして来たが、手紙の検閲や手紙が届く間隔が広がって来ているのを目の当たりにすると、どんどん暗い気持ちになってしまう。

 もしかしたら本に挟まっている一筆箋も書き換えられているのではと慌てて見返してみる。アレクセイが出発した日に送られた手紙と見比べてみた。紙とインクの違いはあるが筆跡は同じに見える。筆跡鑑定の専門家なら文字の特徴以外にもペンの傾きや力の入れ加減などで偽造されているのか分かるのだろうが、自分にはさっぱり分からない。


(偽筆だったらどうしよう…)


 最初に貰った手紙だけしか信用ならないのかと悲しみにくれそうになったが、くまさんと夜空の絵を見る。自分にはこれがあるから平気だ。そう強く思った。




 宰相は信頼出来る人物に補佐官を任せたようです。

 後数話で二人は再会します。するはず…。

 少しでも続きが気になる方は評価&ブクマをお願いいたします。

 ※予告なく加筆修正をする場合がございますので、予めご了承ください。

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