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63.手紙

 王子の視点です。

 いつも読んでくださり感謝いたします。


 エレオノーラからの手紙を読んでいたら、衝撃的な事実が分かった。なんと、やぶ医者はやぶではなかった。正確には歯科医だったのだ。歯科医ならば歯しか診られないだろうに、あの女からいきなり医務官になるように言われ、内科や外科関係を診なければならなくなったそうだ。


(医者なんだから、なんでも診られるでしょ、って酷いな…)


 医務官から聞いたあの女の言葉だそうだ。元から城に務めていたのではなく簒奪後に城に入ったので、他の医師も歯科医だとは知らなかったらしい。


(しかし、医務官は歯科医だと言えばよかったんじゃないか?)


 手紙を読み進めると、医務官は気が弱い人物のようで言い出し難かったようだ。十年も言い出せなかったのだから、かなり気弱な人物なようだ。責任感が強いのかもしれない。歯科以外の医療の勉強もしたそうだが、長年携わっていた人には敵わず、やぶ医者と言われるはめになったそうだ。


(気の毒としか言えないな…)


 エレオノーラが侍女達から聞いた話だと、確かに歯に関しては良い治療がされたそうだ。


(そりゃそうだろ…)


 苦笑しながらエレオノーラの手紙を読んだ。

 手紙と共に借りた本をエレオノーラに返し、彼女から手紙と共に本を借りるのを何回か続けた。自分が連合国軍の活動報告しに各国を回っているので、だんだんその間隔が広がって来ているがやり取りは続いている。今日も本の感想を書いて本に挟んだ。エレオノーラが本の感想を書いた一筆箋は大切にとっておいて、たまに見返して本の内容を思い出している。


「失礼いたします。アレクセイ殿下、夕食をお持ち致しました」

「ああ、すまないな」


 侍従が食事を運んで来たようだ。自分は読みかけの手紙をしまった。

 今は王都からかなり離れた王族の避暑地の別荘に滞在している。今は夏だが避暑しに来たわけではなく、次に行く国の国境近くだから来ただけである。近くと言ってもここからでもかなり距離があるが、王都に帰るよりここの方が移動しやすいから滞在している。

 本来だったらセマルグル王国に戻らずにそのまま次の国に行けたらよかったのだが、相手の国から断られたので帰国したのだ。


(何が今は祭り中だ!何故一ヶ月間祭りをするんだ!他の国の王族はよくて、うちは駄目なのか!)


 次に行くのは昔、大陸の勢力争いをした国で、現在セマルグル王国に次いで二番目の国力を持っている。今も事あるごとに、馬鹿にしてくる。今回のような嫌がらせも通常運転だ。


(ここに来てよかったのは王都では手に入らない物が食べられるぐらいか…。後は少し涼しい…)


 自分は黙々と食事を食べ進める。今の時期はこの地域でしか採れない旬の食材を堪能出来るので、王族や貴族が避暑も兼ねて来るそうだ。実際に自分に挨拶しに別荘を訪問する貴族もいた。


「ああ、美味しかったよ。ありがとう」

「…急なお話なのですが、明日はモコシュ大公国より大公代理のキリル様がいらっしゃるそうです」


 自分は思わず、は?と言ってしまい侍従を驚かせてしまった。


「いや、すまない。そうか、分かった…。報告ありがとう」


 侍従はお辞儀をし退室して行った。


「なんで…こんな所まで……」


 自分はため息を長めに吐いた。モコシュ大公国とは反対側なのによく来るなと感心する。そう言えば、夏期休暇を前借りしたと言っていたのに夏にこんな遠くまで来るとは何事だろうか。どうせ明日になれば分かるので考えないようにし、エレオノーラからの手紙の続きを読もうと思う。ついでにアルトゥールからの手紙も読まなければ。




「ははは!アレクセイ久しぶりだな!達者であったか?」


 翌日、ただでさえ暑いのにうざったい奴が来た。はとこだ。


「ご覧の通り足止めされている」

「のようだな。他に行っていない国は今の季節は通行禁止で行けないのか。それを見越しての嫌がらせのようだな」


 自分は無言で頷く。

 他の国へは砂漠地帯を抜けないと行けないのだが、今の時期は強風で砂嵐が酷く視界を奪われるので通行禁止となっているのだ。


「ケレース王国は頑張っているようではないか。流石、私の妹が王をしているだけはある」

「おい、エレオノーラはお前の妹じゃないだろう!」

「妹同然だ」

「遠い血縁関係があるだけだろうに…。で、なんの用で来たんだ?」

「私が執筆した物語を読んでほしくてね。我がモコシュ大公国の劇団は世界的な人気があるのは知っているだろう?それの新作だよ」


 そう言い、はとこは分厚い紙の束を渡してきた。受け取るとズシリと重たかった。


「…こんなに分厚いのを読めるか」


 そもそも何故自分が読まねばならないのだろうか。


「そう言うと思ってあらすじを書いてきた」


 今度は紙一枚を渡してきた。最初からそうしてくれと思いつつ紙を受け取って読んでみた。


「…お、おい!これって!」


 自分は思わず声を荒げた。


「そうだ、私の遠い血縁の妹同然の女王と、私の弟と言ってもいいはとこの恋の物語だ」


 はとこから渡された紙には時代や国は変えたり架空であったりしているが、明らかにエレオノーラと自分の話が書いてあったのだ。色々変えてはあるが、すぐに自分達の話だと分かる内容になっているようだ。


「俺はこんな阿呆臭い言葉は言っていないぞ!」

「阿呆とはなんだ。物語には多少脚色が必要なのだよ。それも恋の物語だからな、とびきり甘い言葉でなければなるまい」

「…こんなの上演するのか?」

「ああ、もちろんだ。もう練習を開始しているし、なんならご贔屓様にあらすじを伝えてある。とても喜んでらっしゃったよ」


 はとこはニヤリと口角を上げた。


「ご贔屓様…?」


 はとこは意味深な言い方をした。はとこは何を企んでいるのだろうか。


「そうだ、これからアレクセイが行く国の王太后陛下だよ。…王太后陛下は王妃陛下と仲が大変よろしくてな、ここ数年で王妃陛下も熱心に鑑賞してくださるようになったんだ。それに加え祖母と母に影響された姫君も好きになってくださったようだ。我が国はセマルグルと違ってあちらと友好関係を築いているから、これを利用しない手はないだろう?」


 それはそうだが、とつぶやき、自分は分厚い紙の束をめくって何行か読んでみるが恥ずかしくなって続きは読めなかった。


「この三人を味方につければ、エレオノーラ女王陛下との結婚が現実的になるだろう。国王陛下であろうと母と妻と娘に言われたら文句も言えないだろう。反対しそうな国の最有力だが、この国が反対表明をしなければ、他は出ないだろう。出ても大した影響力はない」


 はとこは自信満々で言った。


「……キリル感謝する」

「ふふふ、私は身内に甘いからな!」


 はとこはご満悦なようだ。


「で、感謝されついでに詳しく話を聞かせてくれると助かる。まだ終盤は出来ていないからな」




「ふむ…乗馬とワルツと別れの場面はそのままでもいけそうだが、抱擁だけではなぁ」


 はとこは何かを書き付けながら自分の話を聞いていた。その書き付けに印をつけながらブツブツ言っている。


「後は一途なのもいいが、恋敵も必要だな」

「いてたまるか!」

「今の文通しているのも、もどかしさがあってよいな!…しかし、手紙のやり取りだけでは場が持たんな…。どうしたものか…。愛の詩の朗読でもさせるか?」


 聞き流されたようだ。はとこは顔をしかめながら書き付けを見ている。


「なんだそりゃ」


 愛の詩とはなんだ。自分はそんな物見たことも聞いたこともない。

 はとこは何かを書き殴っている。思いついた言葉を書き連ねているようだ。


「そうだ、戴冠式の日程は聞いたか?」

「ああ、来年の春頃だそうだな」

「その頃には女王陛下も成人しておられるだろう。という事はだ、結婚出来るな。ふむ、なんと言って求婚するかな」


 はとこはまた何かを書いている。自分はその様子を呆れて見ている。自分に言っているのではなく物語を考えているようだ。


「そう言えば、女王陛下は蜜蜂を輸入したそうだな」


 エレオノーラの手紙によるとアルトゥールが気付いたらしい。花も育てていると書いてあった。


「何故他国の輸入の情報を知っているんだ?」

「それは我が国の業者が出入りしているからだ。古着は我が国の業者も入っているからな。体型などを調査するのに全土を巡っている時に見かけたそうだ」

「諜報させてるんじゃ…」


 連合国軍が入っているので諜報され放題といえばそうである。かく言う自分への手紙にも踏み込んだ内容が書かれている。


「困っていたら手助けしたいだけだ。学校建設も進められているそうじゃないか。女学校も復活し、女性の学問への道も開かれたそうだな。ああ、これでソフィヤが倒れる心配がなくなったよ」

「ああ、叔父上も色々とやってくれたらしい」


 南領領主の母親を手懐けたらしい。苦戦したようだが上手くいったようだ。


「イワン殿がか?…未亡人関係だろうか。聞こうにもいつも逃げられてしまうからなぁ」

「叔父上はキリルが苦手だからな」

「苦手に思われるなど、全く身に覚えがないな…」


 はとこは顎に手をあてて悩む仕草をした。


「寄付付き商品も面白いな。なんだ?魔除けやら身代わり人形とは?呪術か?」


 はとこは笑いながら言った。自分も初めて聞いたときは驚いたが、あの男達の衣類を再利用してつくるのなら、そうなるだろうと感想を持った。


「縁起が悪いからだそうだ。最初から不気味な物ならケチもつけられないだろう」


 はとこは納得したようだ。


「そうだ、劇団員をケレース王国に何人か送れないか?元愛人達を役者にするんだが、指導者が見つかっていないらしいんだ。今は楽団員と共に音楽劇をやっているそうなんだが」


 少なくとも手紙が書かれた時点ではまだ元劇団員や関係者は見つかっていないらしい。


「ほう、面白そうじゃないか。歌と音楽と劇か。歌劇とも違うのだな。劇団員は時期を見て派遣しよう」


 はとこは用意されていたお茶を飲んだ。夏なので水出しされたお茶だ。


「ああ、頼む」

「あ、ケレース王国出身者がいるから、その者を派遣しよう。元々我が国に演劇を学びに来ていたそうだが、国境封鎖されて帰国出来なくなったのだそうだ」


 モコシュ大公国以外にもケレース王国の出身者が取り残されているそうだ。そのまま定住した人もいるが、国境近くに住んで帰れる日を待ち望んていた人もいるそうだ。


「…俺はセマルグルに帰りたいと思う日が来るのだろうか」

「ふん、ケレースとは隣同士なのだからすぐに帰れるだろうに。そもそもまだ求婚もしていないのに感傷的になるな」

「…それもそうだな……」


 自分は床を見つめる。父達をどう説得しようか。はとこの策は上手くいくだろうか。頭の中でぐるぐると考えが巡る。

 はとこはため息をついた。


「アレクセイ、お前が一番したいようにしろ。意志を貫け。でなければ女王陛下に失礼だ」

「ああ…」

「分かればよい。…おお、葛藤も存分に入れればな!」


 はとこは嬉々として書き足している。


「おい…」


 まさかエレオノーラと自分が劇の題材になるとは思わなかった。


「大人気作になるだろう。売上金は少し寄付するから許してくれ」


 寄付すると言われると絶対に止めろとは言えなくなるが、やはりまだ恥ずかしさがある。


「もう少し人物の設定を変えてもらえると助かるんだが…」

「すでに衣装や小物の作成を開始しているから無理だな」




 はとこは別の屋敷に泊まるそうなので夕方になると帰って行った。ようやく静かになった。窓から入る風がひんやりとしていて、とても気持ちがいい。

 一人になるとどうしてもエレオノーラを思い出してしまい、胸が苦しくなる。彼女からの手紙には踊りの練習についてや夢に自分が出て来て一緒に散歩したなど微笑ましい内容の他には、ケレース王国について書いてあるだけだ。辛いこと悲しいこと腹が立ったことなどは一切書かれていない。自分も負の感情や、エレオノーラが悲しむような内容は書いていない。互いに相手を思うと心配をかけたくないので書けないのだ。


(酒を持ってきてもらおう…)


 自分は侍従を呼び、酒を頼んだ。酒には詳しくないが度数の高い物を希望したら蒸留酒が運ばれてきた。グラスに注ぐと香りが辺りに広がった。芳醇な香りと評される理由が分かった…気がする。

 何口か飲み、昨日読めなかったアルトゥールからの手紙に目を通す。


「……ん?」


 今、何かとんでもない事が書かれていた気がする。流し読みをしていたので、今度はゆっくりと読んでみる。


「……これは、ドナートに殺されやしないか?」


 翌日、はとこにアルトゥールからの手紙の内容を話すと、今まで見たことがないくらいに驚いていた。




 手紙は前回の話より前に書かれたようですね。部下からの手紙はその後に書かれています。

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