62.芸術
王の視点です。
早く話を進めたい人なので詰め込んでみました。読みにくかったらすみません。
アレクセイが帰国してから一ヶ月経った。共に過ごした期間より、離れて過ごしている期間が長くなっていく。これからもっと長くなっていくのだろうと思うと絶望にも近い悲しみが押し寄せてくるので、気持ちを切り替えて次に会えるのを楽しみにして日々を送ろうと思った。
アレクセイから貰ったくまさんにケープを作ってあげた。ダニエラに教えてもらいながら懸命に作った。初めてにしてはなかなか上手く出来た、と思いたい。今度は洋服を作ってみようかと思ったが、指が傷だらけだと皆を心配させてしまうので、もう少し簡単そうなもので練習をしたい。
(…簡単なものって何があるかしらね)
今日は捕らえられた子どもに会いに行く。子どもがしていた格好から少年だと思っていたが、少女だったようだ。服は官舎に暮らしている子達からお下がりを貰えたのでそれを着せている。官舎で暮らす夫人達も心配して交代で様子を見に行ってくれているらしい。
「ほら、陛下がいらっしゃったわよ。ご挨拶は?」
くまさんを作ってくれた方のエリザベータが少女に話しかけたが、少女は無心で絵を描いている。
「集中していますから無理でしょうね」
ルカとマッテオ、パスカーレの後輩のダニエルが言った。主にエリザベータとダニエルの二人に少女の面倒を見てもらっている。エリザベータは連合国軍の仕事の合間に来てくれている。エリザベータは話を聞きつけ名乗り出てくれたのでお願いした。ダニエルは弟と妹が沢山おり子どもの扱いに慣れているそうなので買って出てくれた。現に少女が絵を描くのに没頭するきっかけを作ったのはダニエルだそうだ。最初は何をするのも怯えていたが、ダニエルが絵を描いてみせると食いつき、それ以来毎日何時間も絵を描いているそうだ。
「何が描けたのかしら?」
床に落ちていた絵を拾おうとしたら自分の代わりにダニエルが拾ってくれた。絵を見てみると紙全体が紺色で塗りつぶされており、その上に白い小さな点が何カ所か描かれていた。
「もしかして夜空…?」
少女に問いかけると小さく頷いたように見えた。
「ねぇ、とっても素敵な絵だから頂いてもいいかしら?」
再び少女に問うと手を止めて顔を上げた。少女はじっとこちらを見てきた。
「いいかしら?」
少女は特に嫌がる素振りをせずに、下を向き絵を描き始めた。
「…よいという事でございましょう」
エリザベータが笑顔で言った。
自分は侍女達に少女が描いた夜空の絵を額に入れて寝室に飾っておくように頼んだ。
少女のいる部屋を出て執務室に行った。ここの部屋には慣れてきたが仕事にはまだ慣れていない。書類に署名する時は本当これでいいのか緊張してしまう。宰相や大臣達を疑っているのではないが、自分の署名によって誰かの人生が狂いかねないので怖さがある。
ため息をついたら、足音が聞こえてきたので戸の方を見る。宝石の鑑定人達が来る予定なので彼らだろう。
「陛下、遅くなってしまいましたがお預かりしておりました首飾りと耳飾りでございます。ご確認ください」
鑑定人の長が緊張気味に言った。応接用の椅子に座った長は机の上の箱をゆっくりと開けると、輝きを増した首飾りと耳飾りが出て来た。光の当たり加減で違う表情が見えた。
「すごいわ!こんなに綺麗になるなんて!感謝いたします」
「私達は自分の仕事をしたまででございます」
長は頭を下げると椅子の後ろに立っている他の二人も頭を下げた。つられて自分も頭を下げると、長が慌ててしまったのでやめた。
「実はアレクセイ殿下が出発される前に私から陛下にお渡しするように仰せつかりました」
長は慌てた様子からすぐに落ち着いて言った。長の後ろの二人が唾を飲み込んだのが見えた。
「ええ…」
長は男性から箱を受け取ると机の上に置いた。
「こちらは殿下から陛下への贈り物でございます」
「もしかして髪飾り…」
長が頷き、そっと箱を開けた。中にはダイヤモンドが敷き詰められた流線型の髪飾りが入っていた。
「凄い…」
先ほど見た首飾りや耳飾りと同じように輝いている。こんなに高価そうな宝石を自分が貰ってもいいのだろうか。
「陛下、お付けになりますか?」
「…ええ、お願い」
自分の髪にクラリッサがつけてくれた。リンダが鏡を持って見せてくれた。
「どうかしら?」
「よくお似合いでございます」
侍女達は笑顔で言った。自分の頭に眩い輝きの宝石を身につける日が来るなんて夢にも思わなかった。
暫く鏡を見ていたら、なにやら汗をかいてきてしまった。自分の心臓がドキドキとうるさい。
「客人がいらした時にだけつけるわね。それ以外は寝室に飾っておきましょう」
心臓に負担をかけるのは体によくないと思うが、たまにドキドキするのなら大丈夫だろう。そう思っていたら長が声を上げた。
「なんと勿体ない!」
長は目を大きく開けて驚いている。後ろの二人も呆然としている。
「僭越ながら申し上げます。こちらは普段使いが出来るデザインでございますので、是非とも日常でお使い頂きたく存じます!」
女性、長の娘が言った。かなり興奮しているように思える。
「っ!こんなに豪華な髪飾りを普段使い??」
自分は少々、いや、とても混乱している。ダイヤモンドが数え切れないくらいついているのに普段使いとはなかなか恐ろしい発言だと思う。
「他の国の王族は日常生活で宝飾品を身につけておられます。ましてや陛下は国王です。こちらの髪飾りの他にも身につけてもよろしいのです。いえ、おつけになってください!」
若い男性が言った。彼は冷静そうに見えたがかなり熱くなっているようだ。
「なんでしたら、我々が帰国するまで毎日お選びしましょうか?王家に代々伝わる宝飾品でしたらすでに判別しておりますので、その中からお選び致しましょう。いえ、選ばせて頂きたく存じます!!」
長は目が輝いている。後ろの二人も目が輝いている。助けを求めて侍女達を見ると彼女達も目が輝いていた。この部屋に自分を助けてくれそうな人はいないようだ。
「そ、そんな高価な物を身につけていたら反感を買いそうだわ。…そうね、月に一回とかならいいと思うわ」
本当は月に一回でも嫌だが、妥協して月に一回と提案してみた。
「なりません!折角並外れた美しいお姿でらっしゃるのに着飾らないなんて!いえ、そのままでも十二分にお美しくてらっしゃいますが、より輝かせるためには是非とも宝飾品を!」
「父の言う通りでございます!陛下のようにお美しい方がつければ宝石達も喜ぶでしょう」
宝石が喜ぶとは擬人化だろうか。それとも宝石にも意思があるのだろうか。
「毎日がお嫌でしたら一日おきでは…」
長が神妙な顔つきで言った。他の二人少し前のめりになっている。
「…隔週は?」
自分も譲歩して言ってみた。
「三日おきでは…」
長が汗を流している。
「十日おきは…?」
最終的に週に一回で収まった。週に一回も心臓をバクバクさせて冷や汗をかかなければならなくなった。鑑定人達は悔しそうな顔をしているが、それは自分も同じだ。
「では早速計画を練らなければなりません。朝用、昼用、夜用と考えさせていただきますので、楽しみになさってください」
「えっ!」
やられた。確かに一日一回とは言っていなかった。一日に何回も着替える人もいるそうだから、宝石もそうなのだろうか。自分はため息をついた。
鑑定人達は笑顔で執務室から出て行った。
「……ど、どうしましょう。宰相に相談しないと……」
宰相ならよい助言をしてくれるのではないかと思って言ってみたが、そのうち慣れましょうと言われそうだ。
自分は恨めしい表情で侍女達を見ると、彼女達は皆にこやかだった。全員自分に着飾って欲しいようだった。前に着たドレスが見る度に少しずつ装飾が増えてきていると思っていたが、そういう事だったのか。
次は元楽団員達に会いに行く。弦やスティックなどが届き、ニコロとダリオは楽器を演奏出来るようになり喜んでいるそうだ。事情を知った輸入先の国から好意で中古の太鼓も届いた。他の元楽団員も今の仕事のきりが良いときに復帰するそうだ。元劇団員も見つかり、こちらも元楽団員と同様にきりのいい時に復帰してもらう。
元愛人達は皆劇団員か楽団員になることになった。元愛人の中には歌が得意な者もいたそうだ。しばらくこの二つは合同で活動してもらう。というのも、人もお金もないので兼務兼任せざるを得ないからだ。
「歌を交えた劇もいいでしょうねぇ。歌劇でしたっけ?あんな感じの…」
アルトゥールが言った。アルトゥールはリーザが休みでなくてもフラリとやって来るようになった。陣営にいると仕事を押しつけられそうになるかららしい。自分の所だけではなく、他の場所にも出没するそうだ。
「ええ、ございますね。もしやるのでしたら劇の練習しなければなりませんね」
トスカが少し不安そうに言った。
「我々は楽器の演奏だけですけど、人数が少ないので他の楽器もやらねばなりません」
ニコロが言った。ダリオは苦笑いしている。打楽器は元々複数の楽器を演奏するので慣れているようだ。
「…他の楽器ではなくコントラバスでどうにか出来たら、慌てないで済みそうです」
コントラバスはとても大きな楽器だ。自分より大きな楽器があるなんて知らなかった。大きいので重いのかと思ったが、中は空洞なので見た目よりは重くないらしい。
ニコロがコントラバスを手の平で叩くと乾いたいい音が鳴った。
「打楽器として使えそうですね」
ダリオが興味深そうに言った。トスカもコントラバスを観察している。
「でしょう?」
ニコロは得意気に言った。
「皆さんこんにちは」
時間になったので自分は部屋の隅から侍女達とリーザと移動し、部屋の中央に行った。トスカ達と話をしていたアルトゥールが自分達の後ろに移動した。
「陛下、本日は合奏をご覧頂けるそうで、大変嬉しく存じます。私共はこの日のために練習してきたと言っても過言でないでしょう」
ダリオが緊張気味に言った。
「ええ、私もとても楽しみにしていたわ」
彼らが懸命に練習していたのを知っているので、自分は自然に笑顔になった。
「また誰かに演奏を聴いて貰える、それも陛下に聴いて頂けるなんてこの上ない喜びでございます」
「ええ。いつか、より大勢の前で披露出来る場を用意したいと思っているわ」
ダリオは涙目になり頷いた。そして鼻をすすった。
「では早速演奏致します」
ダリオはお辞儀をした後、所定の位置に行った。
ダリオが拍を数え、皆が呼吸を合わせて合奏が始まった。アレクセイとワルツを踊った時と同じ曲だが、歌手や楽器の種類や数が違うのでより重厚感や華やかさが増していた。トスカの歌声はより美しく伸びやかになっていた。ニコロのコントラバスは曲を支える役目をしている。あるのとないのでは大違いだろう。ダリオは前回と同じくグラスハープをしているが前回より音の数が増えている気がする。合間で別の楽器の演奏もしたりと大変そうだ。何より元愛人達の指導で大変だっただろう。
演奏が終わり自分は手を叩いた。侍女達やリーザ、アルトゥールも拍手した。
「一ヶ月でこんなに素晴らしい演奏が出来るようになるなんて凄いわ!」
元愛人達は初心者だったにも関わらず、よくここまでまとめられたと思う。
「お褒めに預かり光栄にございます」
ダリオがお辞儀をすると、他の皆もお辞儀をした。何人かがすすり泣く声が聞こえてきた。
「これならすぐに皆さんの前で演奏出来るのではないかしら?」
自分がそう言うとダリオは驚いていた。
「まだこの一曲しか出来ませんので、もう少し演奏出来る曲目を増やさないといけませんね」
「彼らも演奏家ではなく役者になる予定ですものね。これから復帰する人も増えると思うし、演奏出来る曲の幅も広がるでしょう?今日の曲は編曲したのよね?大変だったでしょう」
「演奏出来なかった日々を思えば何も…」
ダリオは言葉が詰まり、彼の肩は震えていた。
「陛下、私達にこのような機会を設けてくださり感謝致します」
ニコロが言った。
「私達も一生懸命に何かに取り組む大切さを思い出せました。それを教えてくださった陛下と先生方に感謝します」
元愛人だった女性が言った。先生とは元楽団員の三人だ。ダリオが中心で教えたが、トスカやニコロも譜面の読み方等を教えたそうだ。
「色々思いついたので、いつか陛下の前で披露出来たらと思います」
別の元愛人が言った。
「楽しみにしているわね」
自分は皆を激励し部屋を後にした。歌劇や音楽劇など、色々広がっていきそうだ。
翌日の朝議の時、自分は宰相や大臣達から憐れみの目で見られてしまった。というのも、自分が宝石の鑑定人達が選んだ宝飾品を複数個身につけているため、上手く身動きが取れずに固まっているからだ。
今回は春らしく、春に活動している虫がデザインされた宝飾品をつけている。髪には蝶を、首には蜜蜂、指には天道虫の形をした宝飾品をつけさせられた。指輪は常時手を握っていないと緩くて落ちてしまいそうだ。髪につけた蝶も一匹ではなく三匹つけたので頭が重い。首の蜜蜂は動く度に反射して眩しい。加えて蜜蜂だけでなく蜂の巣もついているので、かなり重く肩凝りがする。
「…これでは陛下が虫にたかられているようでございますなぁ」
宰相が嘆いた。
「どれか一つならばよいと思いますが、ここまでですと…」
法務大臣が戸惑いながら言った。
「ここでは外していいかしらね…」
「我々は取り扱い方法を存じ上げませんので、思いとどまって頂けませんでしょうか」
自分が呟くと内務大臣が真剣そうな表情で言った。他の皆も内務大臣と同意見のようだ。
「…宝石の力を借りて王の威厳を出すのはなくはないのでしょうが、それによって陛下が満足に動けなくなり業務を滞らせてしまう恐れがあるのは困りますな」
宰相が唸った。宰相の顔の皺が増えている。
「でしたら、陛下の動きを阻害する物を過度に装着させる事を罰する法を作りましょうか?」
法務大臣が冗談半分に言った。自分としては冗談ではなく本気でその法を作ってほしい。
「ええでは、直ぐさま施行しましょう!」
自分が大きめの声で言うと大臣達はかなり驚いたようだが、宰相だけは笑っていた。
次はもう少し月日が経ちます。
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