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60.蜜蜂

 王の視点です。


 アレクセイから手紙が来て喜んで返信を出したら、今度は花が届いた。正確にはセマルグル王国の侯爵からだったが、この侯爵はアレクセイの母方の伯父だそうだ。侯爵からの手紙にはアレクセイから頼まれ花を贈ったと書かれていた。他には侯爵が若いときにケレース王国に来た時の思い出や、一日も早い復興を祈っていると書かれていた。


「花は両親の埋葬場所にも献花しておいてね」


 便宜上両親と言ったが、本当は両親と弟か妹の三人の埋葬場所だ。埋葬場所には簡易的な囲いをしてもらった。


「他は人目につくところね。官舎や兵舎等にも飾っておいて。もし、それでも余りそうだったら城下へ…」


 自分の目の前には見たことのないくらいの大量の切り花が並べられている。執務室中が花の香りでいっぱいになっていた。


「かしこまりました」


 若い侍従達が頭を下げた。彼らは大量の花を回収して出て行った。

 自分の寝室や執務室にはすでに飾ってある。アンナとジャンナが白い花瓶に色とりどりの花を飾ってくれたのだ。


「侍従達も最近は目を合わせてくれるようになったわ。やはり慣れって大切なのね」


 アレクセイが帰国したあたりから侍従達と目が合うようになった気がする。侍従長に聞いて見たが理由は分からないと言われた。侍従長でなければ時期的にアレクセイが彼らに何か言ってくれたのだろうかと思いお礼を手紙に書いておいた。


「花は全領に贈るほどはないのよね。日持ちもしないでしょうし…。可能だったら慰霊のために贈りたかったのだけど…。いつか国中に花が咲くの見てみたいわ」

「ケレース王国原産の花だそうですから、まだ残っているかもしれませんね」


 アンナが言った。


「栽培出来るといいのだけれど…」


 とは言ったものの、今は食物を育てるのが先決である。


「一緒に蜂蜜も届いたそうでございますね」


 ジャンナが言った。

 侯爵からは花の他に蜂蜜も一瓶届いた。小さな瓶だったのでお口汚しですまないと手紙が添えられていた。


「花を栽培しているから養蜂もしてらっしゃるのかしらね。蜜蜂が一生かけて作れる蜂蜜はティースプーン一杯分だそうだから、一瓶でも沢山頂いた方だわ。料理長に頼んでお菓子にしてもらったら皆さんに配れるかしら?」

「では料理長にそう伝えてまいります」


 リンダは少し笑っていた。また自分はおかしな発言をしたらしい。首を傾げているとアンナに言われた。


「陛下に贈られた物ですから陛下が全て召し上がってもよろしいのですよ」

「え!あんなに沢山は食べきれないわ」

「私にくださったら全て食べて差し上げましたのに」


 アルトゥールが言った。リーザが休みの日は執務室内で警護してくれている。


「アルトゥール殿のご友人から甘い物を食べ過ぎないように見張るようにお願いされていますので、許可出来ませんね」


 友人とは当然ながらアレクセイとドナート、ミハイルだ。


「こちらにまで根回しされていましたか…」


 アルトゥールはしょんぼりしている。軍の中でも甘い物を規制されているようだ。


「…あ!花がないのなら蜜蜂もいないのではないですか?」


 アルトゥールが最初に大きな声を出したので驚いてしまった。


「蜜蜂…えっと、花粉媒介者でしたっけ?他の虫や小鳥も少ないので、果物や野菜の受粉は全て人の手で行わないといけなくなりますね」


 自分は考えながら話すとアルトゥールが頷いた。

 被害が大きかった領や地域は虫や小鳥も捕まえて食べたそうだ。自分がいた塔に虫や小鳥が来ていたので、まさか数が減っているとは思わなかった。


「果物と野菜も花は咲きますから蜜蜂が完全にいなくなっているって言うのはないと思いますけど、かなり少なくなっていそうですね」

「農務大臣に確認させましょう」


 農務省ならば個体数の調査をしていると思う。

 折角連合国軍から譲り受けた種や苗があっても受粉出来なければ実がならないだろう。蜜蜂の行動範囲はせいぜい数キロメートルだ。今から急いで花を植えても元々蜜蜂がいなかったら意味をなさない。他の虫の行動範囲も似たようなものだろう。今年は全て人間にやってもらうしかなさそうだ。


「アルトゥール殿、連合国軍の人に農業を手伝っていただくのは…」

「うーん、私の独断では動かせないので司令官に聞かないといけませんけど…ねぇ?」


 イワンは今はセルゲイと共に物見遊山中だ。いつ王城に戻るか分からないし、今何処にいるのかも分からない。もう花がついている野菜や果物もあるだろうから早めに連絡を取りたい。


「北西領か西領か南領にいるのを見越して手紙を出しておくとか…」

「セルゲイさんがついているなら何処に向かうかぐらい手紙が来てもおかしくないんですけどねぇ。うーん、ちょっといい加減な所もありますから、それでですかねぇ」

「…南領領主の屋敷には行くでしょうから、そちらに出しておきましょうか」


 何故だか分からないが、イワンは南領領主の母親の話をしたら目の色が変わったので、もしすでに訪問していたのならこちらに報告があるだろう。何よりセルゲイに頼んであるのだから報告漏れがあるとは思えない。


「すれ違いにならない事を祈りましょう」




 夕方に近づいてきた頃、農務大臣が執務室にやって来た。


「大臣自ら来なくてもよかったのよ?」

「いえ、陛下にお礼を申し上げたく思い、参上致しました」


 農務大臣は骨格がしっかりしている。彼の手も文官とは思えないくらいゴツゴツとしている。話を聞いたら大学を卒業後は故郷の中央領の湖でずっと漁業に携わっていたそうだ。


「蜜蜂の個体数は著しく減少しているようでございます。陛下からご指摘がなければそのまま見過ごしていたでしょう」


 農務大臣から動植物の個体数の資料を渡された。自分は手に取り紙をめくる。


「調査して記録は残してあるのね」


 調査員はどんどん減少して行く様を見て心が痛んだだろうと思う。


「今年の蜜蜂の巣作りは辛うじて間に合うかどうかです」

分蜂(ぶんぽう)は春から夏にかけてだったかしら」


 分蜂とは一つの巣に新しい女王蜂が生まれた時、古い女王蜂が巣にいる働き蜂や雄蜂を連れて集団で引越しをする事だ。巣分れともいうそうだ。


「今年は人間の力で授粉をさせるしかないわ。…来年再来年、もっと先のために蜜蜂達を増やさないと」


 蜜蜂もだが他の虫や小鳥も増やさねばならない。彼らを呼ぶには花が必要だ。花を植えるしかなさそうだ。

 農務大臣と話合い、蜜蜂を輸入すると決めた。花は果物や野菜の花だけでは足りないので花の苗の輸入も勧めたが、種の保存のために保管してある物があるので今すぐに栽培を開始すると言われた。


「国民に直接食糧にならない花を植えてもらうにはどうしたらいいでしょうか…。そのまま説明しても分ってくれるでしょうか?」

「信じましょう」


 自分は農務大臣に国民へ向けて蜜蜂についての説明用の看板を作るように指示した。分蜂の際に蜂の大群が現れたら駆除されてしまうかもしれないからだ。他にも野菜などの他に花を植えるお願いの文も足してもらう。


「とりあえずはこれで大丈夫かしら?」


 農業大臣は了承したようだで、すぐに看板と花の苗を作ると意気込んで帰っていった。

 アルトゥールが何かを思い出したようで口を開いた。


「ああ、そうです。マクシムさんなら司令官不在の時に限り、陛下からのご依頼を遂行するか否かの権限を委譲されているはずです」


 マクシムとはイワンの部下の一人だ。前回の物見遊山の時にイワンに同行したが、今回はセルゲイと交代して王城に残っている。


「え、そうなんですか?ではマクシム殿に頼んでみましょう」

「ええ、思い出すのが遅くなってすみません。司令官には事後承諾でいいと思います。確かセルゲイさんも同じはずです。私にも権限をくだされば、こんなに回りくどくなりませんのに」


 セルゲイとマクシムはイワンの、アルトゥールはアレクセイの部下なので扱いが違うらしい。


「マクシムさんってよく分からないんですよねぇ。セルゲイさんは私が子どもの頃からイワン様といらっしゃいましたけど、マクシムさんはここ数年じゃないですかね」


 アルトゥールは首を捻りながら言った。


「無表情というか、仏頂面というか…。こちらが話しかけても、必要最低限の返答しかしないですし。はいか、いいえか…。後、敵意のような物も感じます」

「敵意ですか?」

「そうです。初対面の時からなので理由が分らないんですよねぇ。まぁ、仕事ならば大丈夫でしょう。私から伝えてみます」

「私からも頼みますので、明日執務室に来るように伝言をお願いします」

「はい」




 翌日マクシムがアルトゥールと共に執務室にやって来た。


「ご依頼の件ですが受諾させていただきます。しかし何故です?農民にやらせておけばよろしいでしょう」


 マクシムは低い声で言った。イワンから紹介された時は声は発せず、お辞儀だけしたので今初めて声を聞いた。マクシムは二十代後半ぐらいだと思う。セルゲイはイワンより多そうなので三十代前半だろう。


「国民は体力が回復しておりませんので、連合国軍の皆様のお力をお借りしたいのです」

「…なるほど。全土で行うのでよろしいでしょうか?」

「ええ、全土でお願いします。通常の任務でなくて申し訳ないのですが、連合国軍は復興も手伝ってくださるそうなので甘えさせていただきます。我が国は農業が要ですので…」


 アレクセイが復興の手助けをすると決めてくれたそうだ。


「国民思いでいらっしゃいますね」


 国民を思わない王などいるのだろうか。


「王とはそうあるべきだと思っております。セマルグル王国では違うのですか?」

「私は国王陛下ではなくイワン殿下に仕える身でございますので、何とも申し上げられません」


 どういう意味だと聞き返したかったが、アルトゥールが顔をしかめたのでやめた。


「では、イワン殿はどうなのでしょう。私から見て民を蔑ろにするようなお方には見えませんでした」


 これまで表情が変わらなかったマクシムの眉がピクリと動いた。

 アルトゥールは目を見開いた後、いつもの顔に戻って口を真一文字にした。


「イワン殿下がなさりたいようにした先に民の平穏な生活があるのだと思います」


 セルゲイだったらイワンが危ない橋を渡りそうになったら止めるか迂回路を探しそうだが、マクシムはそのまま突破するのだろう。

 ちなみにドナートだったらアレクセイを止めて新たな策を一緒に考えそうだ。ミハイルは船を出すかもしれない。アルトゥールはよく分からない。途中まで行き行けそうだったらそのまま突破し、行けなかったらしょんぼり戻って来るだろう。


「そうですか。イワン殿は本能で民の平穏を守っているのですね」

「…そのようでございます」


 マクシムは僅かに奥歯を噛んだ。


「マクシム殿、突拍子のない依頼を受けてくださり改めて感謝いたします」


 自分が笑顔で言うと、マクシムは礼をした。


「早速、農業支援のための隊を編成したいと思います」

「ええ、お願い致します」


 兵士達が大勢来ても国民を驚かしてしまうだけなので隊と言っても小隊だ。各地にある陣営でも小隊をつくり、人工授粉を手伝ってもらう。

 マクシムとアルトゥールは執務室から出て行き戸が閉まった。二人が何歩か歩いた所でマクシムの声が聞こえてきた。


「長い間幽閉されていたと聞いたが、思っていたよりも手強いな。もっと世間知らずかと思った」

「マクシムさん、陛下は大変耳が良くてらっしゃいますので、多分聞こえていると思います」

「…そうか。気を付ける」


 二人の声と足音は遠ざかり聞こえなくなった。


「アルトゥール殿が言った意味が分ったわ。所々うっすらと敵意のような気配を感じたわ…」

「あれをうっすらとおっしゃいますか。次は何を言い出すのか冷や冷やいたしました」


 リーザが苦笑しながら言った。侍女達はムスッとしながら頷いた。


「イワン殿が信頼しているようだから悪い人ではないのよ。実害がなければそれでよしとするわ」

「…仰せの通りでございます」


 自分に敵意を向けるだけで、国民に何かするのではないのでそれでよい。いちいち構ってあげられるほどお人好しでもないので、これからは何か言われてもセルゲイ直伝?の冗談で受け流そうと思う。





 花粉媒介者…ポリネーターですね。ポリネーターは某兼業農家アイドルさんの番組で知りました。

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