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59.花

 王子の視点です。


 自分はエレオノーラからの手紙の内容を思い出していた。もう何回読んだか記憶にないくらい読んだので大体の内容を思い出せる。

 国境を越える時に王都に戻る連合国軍の兵士にエレオノーラ宛ての手紙を渡し、彼女に届けるように頼んだ。おそらくエレオノーラに届いているはずだ。その手紙の返信が届くのはいつになるのだろう。多分、城で受け取る事になるのだろう。周りから何か言われそうだ。


「殿下いかがなさいましたか?」


 自分がため息をついたので、ミハイルがいつも通り眉間に皺を寄せ気味にして聞いていた。


「お年寄りとの接し方について考えていた」


 今はミハイルと共に馬車に乗っている。ミハイルはドナートと交代で馬車に乗っており、今はドナートが外にいる。

 愛馬は自分以外に従わないので、そのまま乗って帰るのかと思っていた。しかし愛馬はきょうだい達と共に馬車を引いている。愛馬は血が繋がっていれば協力する、そしてきょうだい達は愛馬を怖がらないと初めて知った。


「あの方々はいつまで居座るおつもりなのでしょうね」

「世代交代とやらは彼らの辞書にないらしい」

「ある方はとうに後進の指導にまわっておられます」

「まわってもその後進を使って裏で操ろうとしたりとかな」

「確か、我々が子どもの頃にあったそうですね」


 自分は鼻で笑ってしまった。帰ったらお年寄り達に何を言われるのだろう。今から気が重くなる。


「減速しているな。メーメー聞こえる」

「放牧された羊ですね。どのくらいで通過出来るか聞いてまいります」


 ミハイルが馬車から降りようとしたら、外からドナートの声がした。


「殿下、羊の群れです。羊飼いによると全て通過するまでに一時間以上かかるそうです」

「…分かった。休めと言いたい所だが、仮に賊が襲ってくるとしたら今だ。気を緩めないようにしてくれ」

「はい」


 思わぬ足止めを食らった。白いもこもこの大群に足止めされるとは思わなかった。エレオノーラが見たら喜ぶのだろうが、自分は喜べない。いや、エレオノーラと一緒なら喜べただろう。


「はぁぁ…」


 自分は長期間の移動の疲れと足止めの苛立ちで、長めのため息を吐いてしまった。


「陛下からお借りした本を読まれては?」

「ん?ああそうだな」


 自分はエレオノーラから借りた本を読む。毎回同じ展開で退屈しそうだが、かえって安心して読めていいのかもしれない。勧善懲悪なのもモヤモヤがなくて気分がよい。

 実は手紙は二通だけではなかった。本に一筆箋が挟まっていたのだ。最初は覚書が間違えて挟まってしまったのかと思ったが、自分の名前が書いてあったので自分への手紙なのだと分かった。発見した時はまだ本を読んでおらず頁をパラパラとめくっていただけだったので、本を読んでから一筆箋を読むか悩んだ。


(本を読んでからが正解だったようだ。好奇心に駆られて読まなくてよかった…)


 一筆箋には簡単に感想が書いてあった。本の感想が共有出来て嬉しい。自分も感想を書いて、エレオノーラに返した時に彼女が読めるようにしよう。もちろん本は彼女に直接渡すように言わなければと思う。間違って別の人間に読まれたら恥ずかしいにもほどがある。


「…一時間経ちましたね」


 ミハイルが言ったが、羊の鳴き声で聞こえ難かった。


「そうだな。だがまだ沢山いそうだな。夕刻までに間に合うか?」


 今日は母方の伯父の屋敷に泊まる。母の長兄だ。セマルグル王国内に入ってからは王族か貴族の屋敷か別荘に泊まっている。皆、自分達を労ってくれた。久しぶりの故郷の食事も味わえたが物足りなかった。無理に笑顔を作るのも大変だった。


「どうでしょうね…。日は長くなっていますが暗くなると嫌がる馬もいますし、あまり遅くなると受け入れる側も大変でしょう」


 ミハイルは顔をしかめた。どの馬も訓練されているので火は怖がらないが暗さ自体を嫌がるのもいる。愛馬のきょうだいが嫌がるとは思えないが、護衛の馬たちは分からない。


「群れの最後尾が見えました」


 外からドナートの声がした。やっと羊の大群はいなくなるようだ。

 漸く馬車が動き出した。その後伯父の屋敷までは何事もなかった。少し日が暮れたあたりに無事に到着出来た。


「アレクセイ、また無事に会えて嬉しく思うよ」


 伯父は満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。つられて自分も笑顔になる。今まで一番近縁者なので少し安心しているのもある。自分を王族ではなくただの甥として話してくれている。


「伯父上、こんばんは。この度は我らを屋敷に泊めてくださり感謝いたします」

「そんな堅苦しいのはいいんだ。話を聞かせてくれ、と言いたいところだが、今までも散々喋ってきたんだろうし、これからもそうだろう。ゆっくり休みなさい」

「ありがとうございます」


 夕食は自分が好きな物ばかりだった。とても美味しかったし満足したが、やはり物足りなかった。腹は満腹だが虚しく感じてしまう。

 夫人や従弟とも挨拶程度の会話しかしなかった。従弟は話を聞きたそうにもじもじしていたが、伯父から言われているのかすんなりと自分の前から立ち去った。機会があれば話をしたいと思うが、これから忙しくなるだろうからいつになるか分からない。

 疲れが溜まっていたのか、寝台に横になったらいつの間にか寝てしまっていた。もう外が明るくなり始めている。寝る前に本の続きを読もうと思っていたのに、一頁も読めなかった。馬車の走行中は揺れがあるので流石に読書出来ないので、出発前か就寝前にしか読めない。早く読み進めてエレオノーラの感想が見たいのだが。


(今からなら切りのいい所まで読めるか?)


 自分は本の頁をめくってみたら、切りのいい所まではかなり頁数があった。


(読書はやめて散歩するか。屋敷の中なら大丈夫だろう)


 もちろん客人が入れる所にしかいかない。自分は部屋から出て廊下を歩き出した。

 この屋敷の廊下はつい先日までいた王城の廊下より立派だった。今まで泊まってきた屋敷でもそうだった。


(…エレオノーラは、皆は元気だろうか)


 この国の王族や貴族、豪商などではこれくらい普通だ。もっと豪華にしている方が多いかもしれない。自分達に見合った贅沢をしているのだから何も文句はない。ないのだが。

 伯父は華美な物は好まないのでこれでも控えめな装飾だが、植物が好きなので色んな国々から種や苗を仕入れて栽培している。当然花の世話をする人や複数ある温室の管理人も多く雇っている。それによって雇用が生まれているので、むしろ喜ばれるだろう。


(生きるか死ぬかで生活していた人を見てきたから感覚が狂いそうだ…)


 自分は俯いた。染み一つない綺麗な絨毯が一面に敷かれていた。


「アレクセイ、早いじゃないか。どうした?」


 伯父の声が聞こえ、自分は顔を上げた。


「伯父上…」




「そうか…。そんなに酷かったのか…」


 自分は伯父にケレース王国で見てきた出来事を全て話した。今まで自分が見てきた物事が全て覆された気がしたと伝えた。自分が話している間、伯父は黙って静かに聞いてくれた。

 伯父に連れられ温室内にある東屋のような場所にいる。伯父はお茶を入れてくれた。初めて嗅ぐ匂いがするお茶だった。もしかしたら温室内で育った植物から作ったお茶かもしれない。


「私が若い頃に行ったケレース王国はとても綺麗な所だった。自然と共に生活しているのを見て心が洗われるようだったよ。皆笑顔で楽しそうに生活していたんだ。それまで私はここの領主になるのが嫌だった。今は誇りに思っているが当時はそう思えなくてね。こんな田舎は嫌だ、もっと都会がいいと思っていた。今じゃ喧噪より動物の鳴き声を聞いている方が落ち着くようになったよ。昔は朝から晩まで動物たちの鳴き声を聞いて生活するなんて嫌だと思っていたのにだ。ケレース王国を訪問しなければ今の私はなかっただろう」 


 伯父は遠くを眺めながら言った。


「そうでしたか…」


 自分はカップを手に持ち、カップから出ている湯気を眺めた。


「アレクセイは私とほぼ真逆の体験をしたんだな…」

「はい。宰相殿や将軍殿からは現状を聞かされていましたが、聞くのと見るのとでは大違いでした」


 絵に描いたような荒廃だった。建物は壊れたまま放置され、耕作放棄地があり、草木は枯れていた。人がいなくなれば草木は繁茂するのだと思っていたが、草木が枯れたから人がいなくなったようだった。


「…ああ、そうだ。ここにはケレース原産の花もあるんだ。確かあちらだったかな?」


 伯父は立ち上がり、温室の奥に足を進めた。自分も伯父について温室の奥に行った。温室内には見たことも想像したこともない草花が数多くあった。

 温室には子どもの頃に入れてもらったが、その時よりも品種が増えているように思える。


「ああ、あったぞ。どうだ。綺麗だろう」

「おお!」


 伯父に案内された所には色とりどりの花が咲き誇っていた。自分は暫くその花々を見ていた。


「…伯父上、この花を私に譲っていただけませんか?お金なら払います」

「まだ種や球根は十分にあるから、お金はいらないよ。…ケレースの国の人に贈るのかい?」

「はい…」

「ではまだ咲いていない花を用意させよう。王城に贈るのでいいのかな?」

「はい、お願いします」




「では、気を付けてな」

「伯父上、ありがとうございました」


 伯父は笑った。その様子を見て夫人と従弟も笑った。

 朝食の後、王都へ向けて出発する時間になり、自分達は伯父家族と使用人達に見送りされている。


「アレクセイ兄様が元気になられてよかったです」


 従弟がにっこりと笑顔で言った。

 従弟には上に兄と姉がいて、二人はそれぞれ王都で暮らしている。二人とも畜産や農業を勉強しているそうだからこの領に帰るのだろう。


「心配かけてすみません」


 自分は伯父達を見た。皆笑顔のままだった。


「本当にありがとうございました」


 自分は最後にもう一度礼を言い、馬車に乗った。ドナートも馬車に乗り込んだ。

 これから王都に近づくにつれ自然はなくなり、人や物が溢れかえった状態になる。

 上に立つ者が変わると一気に崩れ去るのを知った。自分は今のケレース王国しか知らないが、伯父達の話を聞くと緑豊かな国だったようだ。自分はエレオノーラと共に再び緑溢れる豊かな国にしたいと強く思った。




 アイズベルクはアレクセイが乗るのなら馬車を引いてやろうと思ったようです。

 少しでも続きが気になる方は評価&ブクマをよろしくお願いいたします。

 ※予告なく加筆修正を行う場合がございますので、予めご了承ください。

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