46.家族
将軍の話です。二回目ですね。
将軍は主に十年前に婚約していたカロリーナに会いに行くように勧められた。彼女が生きていると牢にいる旧友に教えられ、その後何度か会いに行こうか悩んだが結局会いに行かないことを選んだ。カロリーナの今の生活を邪魔したくないのもあるが、他の男と一緒にいるのを見たくないという嫉妬心もあったからだ。どちらかというとそちらの方が高く割合を占めている
主に生きているのなら、と言われたら会いに行かざるを得ない。主はまだ六歳ととても幼い頃にご両親を亡くしている。
「すまない、彼女はいるか?」
将軍は厩舎にやって来て厩務員に話しかけた。少しして厩務員が彼女を連れてきた。
「将軍、お連れしました。今日もよく飼葉を食べましたよ。将軍と再会してから食欲旺盛になりました」
「ああ、ありがとう。」
将軍が彼女と呼んだのは十年前に乗っていた愛馬である。当時は将軍以外乗せなかったが、将軍がいなくなってからは他の人間も乗せるようになったらしい。牝馬にしては体が大きく、それに加えお転婆だったので馬の扱いに長けた将軍しか乗りこなせなかったのだ。
「よしよし、ネーヴェ良い子にしていたか?」
将軍は愛馬の首筋を軽く叩くように撫でた。栗毛色で額から鼻にかけて白くなっているので雪の意味を込めてネーヴェと名付けられた。
将軍はネーヴェを厩舎の外に連れて行き、左手で手綱を握り、左足を鐙に足を掛けて一気にネーヴェの背に乗った。
「今日は…カロリーナに会いに行くんだ。お前も知っているだろう?」
将軍の言葉にネーヴェはブルブルと返事をするかのように鳴いた。
将軍は旧友からカロリーナは王城がある都市よりも少し離れた郊外にある町に住んでいると聞いた。ネーヴェの足なら一時間ほどで到着出来る距離である。これから行く町は将軍ともカロリーナとも縁もゆかりもない土地だ。将軍はカロリーナの配偶者の故郷なのではないかと考えた。
(元婚約者ですと言って話をさせてもらおうか、それとも遠くで姿を確認してか帰ろうか…。いや、こんなに目立つ格好をしていたらそれは出来ないか…)
通った道の脇にある農地には農作業をした痕跡が残っていた。作付けされていたのだ。つい二週間前までは何もなかったのに今は小さな緑が沢山ある。
(農家に嫁いだのだろうか?)
将軍はそう思いながら愛馬を走らせた。十年前よりも走り方に粗がなくとても乗り心地が良くなっていた。
「お前も丸くなったな!」
将軍がそう言うと愛馬はさらに足を速めた。まるでこんなもんじゃないと見せつけるようだった。
将軍はそんな愛馬の様子を見て小さい声で笑った。
将軍が町に到着すると外にいた町人に凝視されたが、軍人さんかい?と聞かれただけで他には何も聞かれなかった。連合国軍の兵士を見慣れたせいか、軍人に警戒心がないようだ。それに今は軍人が民を虐げたりしない。
将軍は普段着を着ていたのに軍人だと言い当てられて驚いたが、体格や身のこなしを見れば一目瞭然である。
将軍は愛馬から降り、手綱を引いて町の中を歩いていると十歳にならないぐらいの少年が井戸で水くみをしている後ろ姿が見えた。他に人がいないので、その少年にカロリーナを知らないか聞いてみることにした。
「すみません、人を探しているのだがよいだろうか」
将軍は膝を曲げて膝に手を乗せ背も丸め、目線を少年と同じくらいにして尋ねた。
将軍は少年が振り返ったその顔にとても見覚えがあったのだが何処で見たのか思い出せなかった。疑問に思いながら少年の返答を待った。
「はい、誰を探しているんですか?」
少年はじっと将軍を見ている。将軍はやはり何処かで見た顔だと思ったが思い出せなかった。
「ぼくの顔に何かついてますか?」
少年は少しむっとした表情になった。
「ああ、いや違うんだ。私の知り合いの誰かに似ている気がしてね。そうだった、カロリーナって人を知っているかい?」
「ぼくのお母さんもカロリーナですよ!呼んで来ますね!」
少年は明るい顔になり早足で母親を呼びに行った。パタパタと足音が遠ざかっていった。将軍は姿勢を戻し少年が戻って来るのを待った。
(そうか母親になったのか…。でもあの少年の顔は誰に似ているんだ?カロリーナには似ていないし…。知り合いにあんな顔の人はいただろうか?)
将軍が悩んでいるうちに再び足音が聞こえてきた。少年が母親を連れて戻って来たようだ。
「ジョヴァンニ!!」
将軍の名を呼んだのは見間違いようもなくカロリーナだった。
「カロリーナ…その、久しぶりだな。元気にしていたか?……結婚したんだな。おめでとう」
「やだ、結婚なんてしてないわよ!」
将軍はカロリーナは未婚で子どもを産んだのかと思ったが、少年の言葉ですぐに違うと気が付いた。
「お、お父さんなんですか?ぼくテオドロって言います!」
少年は興奮したようで頬を赤くして言った。
「えっ、お父さん?!」
将軍は少年から父と呼ばれ、思わず聞き返してしまった。
「そうよ!どこからどう見ても貴方の男前の顔にそっくりじゃない!」
カロリーナは涙ぐんでいた。
将軍は少年、いや息子テオドロの顔をじっと見つめた。子どもの頃の将軍にそっくりだったので、見覚えがあったのだ。将軍は謎が解けてほっと胸をなで下ろした。
カロリーナは十年前に妊娠していたのだからテオドロはまだ八歳ぐらいだろうか。将軍も子どもの頃から背が高かったので、テオドロの背も同い年の子らと比べたら高いのだろう。
「おお、どおりで見覚えがある顔だと思った…」
「顔と言えば、その右目どうしたの?」
カロリーナは手を伸ばし将軍の顔の右側に触れた。将軍は今まで何があったのかを簡単に話した。話しているうちにいつの間にか三人で泣いていた。そんな三人を将軍の愛馬は心配そうに鳴いた。
「ああ、大丈夫だよ。嬉しかったんだ。心配掛けたね」
将軍は左手で愛馬の首筋を撫でた。
「あなたネーヴェでしょう?私の事覚えてる?」
カロリーナが言うと将軍の愛馬はフンっと鼻息をかけた。おそらく覚えていると言っているのだろう。その様子をテオドロは目を輝かせて見ていた。
「テオドロ乗ってみるか?」
「いいの?」
テオドロはより一層目を輝かせた。そんなテオドロの様子を見て将軍は目を細めて笑った。
「ああ、もちろんだ。ネーヴェ乗せてやってくれ」
愛馬はお安いご用とでも言うかのようにブルルと鳴いた。
将軍は手綱を握り、テオドロに乗り方を説明すると、テオドロはたった一度説明されただけで見事に将軍の愛馬に跨がった。
「凄いじゃないか」
「えへへ…」
初めて父に褒められたテオドロはとても嬉しそうに笑った。将軍は手綱を引き愛馬を歩かせた。カロリーナはそれを見守る。
「背筋はしっかりと伸ばしておくんだ」
「う、うん…」
愛馬を少し歩かせ、すぐにカロリーナの所に戻った。将軍はテオドロに馬の降り方を教えたが、いざ降りるとなるとテオドロは高さを恐がり、怖じ気づいてしまった。見かねた将軍はテオドロを左腕で抱えて降ろしてやると、テオドロはその力強さに驚きと感動を覚えた。それと同時にテオドロは泣き出してしまった。将軍は慌ててテオドロが何処か怪我をしてのではないかと全身を触って確認した。
「テオドロ、何処か痛めたのか?」
「ぐすっ…うっ……違うんだ…。ずっと、お父さんに…抱っこしてもらいたかったから…」
「…そうか」
将軍はテオドロを抱きしめた。将軍は近くで涙ぐんでいたカロリーナも手招きで呼び、二人をきつく抱きしめた。
「すまなかった…本当にすまなかった…」
しばらく抱きしめ合った後、将軍は妻子を迎えに来ると伝えたところ、カロリーナは遠い親戚の農家の手伝いをして暮らしていたらしいので、今すぐではなく収穫が終わって冬になる前がよいとのことだった。将軍はカロリーナの遠い親戚に礼を述べ、町を後にした。
将軍は愛馬の背に乗り、腹をポンと蹴って走らせた。風がいつもより気持ちよく感じた。愛馬も同じ気持ちなのか、行きよりも軽やかに走っている。
「もっと早く来ればよかったな…」
将軍は二の足踏んでいたのを悔いた。主から勧められなければずっと会いに来なかっただろう。将軍は王城に戻ったら真っ先に報告しようと思った。
将軍と愛馬が王城付近に到着すると大勢の連合国軍の兵士達が集まっていた。連合国軍の陣営脇を通過しようとした時に兵士達の様子を見てみると、どうやら隊の交代式をしているようだった。
恐らくあの若い司令官もいるのだろう。司令官は将軍の主を、国を救ってくれた恩人でもある。若いのに大役を任されても文句を言わずに果たしてくれた。
「将軍殿、今は兵の人数が多いので通過出来ないのです。馬は一時的にこちらの厩舎で預からせて頂きます」
将軍は連合国軍の兵士からの言葉に甘えて愛馬を預けた。愛馬は厩舎の脇に繋がれ、将軍は愛馬が不安にならないように互いに見える位置にいることにした。将軍は交代式が終わるまで見守ろうと思っていたが、司令官に呼ばれてしまった。将軍がこの場にいると伝えられていたらしく、兵士達の前で挨拶をするようにお願いされた。将軍は何を言ったらいいのか頭を悩ませたが、帰国する隊には感謝と礼を述べ、これから活動する隊には激励をした。
交代式が解散した後、司令官と話をしていたら厩舎の方が騒がしくなった。二人のところに先ほどの兵士が慌てて走って来た。
「司令官!将軍殿!っ大変です!お二人の馬が!!」
兵士は泣き出しそうな顔をしていた。何事かと将軍と司令官は顔を見合わせて眉をひそめ、二人は兵士の後を走ってついて行った。
「な、何が起きているんだ…」
「っ……」
将軍は言葉を失った。愛馬に司令官の馬が覆い被さっていたのだ。愛馬はこの十年間で何度か繁殖をさせようとしたが、全部嫌がって暴れ出したと聞いていた。愛馬のネーヴェの性格を考えると自身より弱い牡馬を嫌がったのだろう。司令官の馬は気難しいがとても賢く体力もある優秀な馬である。愛馬が許すのも頷ける。
「お、おい、アイズベルク止めるんだ!」
司令官は自身の馬に止めさせようと声をかけた。
「まぁ、彼らがいいのならば、そのままで良いのではないでしょうか」
「しかし…」
司令官は狼狽しているようだ。将軍はつい先刻まで息子がいるのを知らなかった。妻子はずっと将軍を待っていてくれた。
「家族っていいものですよ」
将軍は穏やかな笑みを浮かべながら言った。
将軍はあまり外見にこだわりがないので、自身が男前だなんて少しも思っていないのです。
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