35.悩む
王の視点です。
とうとう自分は王になった。王になると決意してから一週間ほどで即位した。正直自分は王に向いていないと思う。即決力はなく考え込みすぎるにも関わらず、思いつきで発言してしまう。大公代理と会った時もそうだったし、先ほどもそうだった。これでは国民を惑わしてしまう。
思わずため息をついた。
(王子に聞く聞かないの問題ではないわ…)
しなければならない仕事は山積みなのに、自分の体調が悪いと思われて午前中は休むように言われてしまった。とても情けない。
宰相には悪いが一度下がってもらった。
(いえ、一つでも悩み事をなくした方がいいもかもしれないわ。…相談があると言ってアレクセイ王子を呼んで貰おうかしら?それとも自分で行って…)
そう思ったものの、本当は王子の顔が見たいだけだった。先ほどは勝手に気まずさを覚え目を逸らせてしまったので、王子の顔をよく見られなかった。もう何回会えるか分からないのだから、少しでも長い時間を側にいたいと思った。
「……か!」
「…いか!」
「エレオノーラ様!」
リンダの声に我に返った。その声に驚き心臓がやや速くなった。
「ああ、ごめんなさい。陛下と呼ばれなれなくて…」
「お部屋を変えるそうです。この部屋では警備するには不十分なのだそうです。それと侍女の数も増やすそうでございます。ダニエラさんやアンナさん、クラリッサさんのお知り合いだそうですから、信頼出来る方だそうですよ」
リンダはにっこりと笑った。リンダの笑顔につられて自分も笑顔になる。
「後、侍従長達が陛下にお目にかかりたいと申しておりますが、いかがなさいますか?」
侍従長はあの女の親類だそうだ。財務大臣の様に味方になってくれるのならいいが、そうでなかったらどうしようか。どのみち会ってみないことには判別出来ない。ならば今でいいだろう。
「ええ、通していいわよ」
「畏まりました」
すでに戸の前に待機していたらしく、すぐに侍従長達が入って来た。なんとも不景気そうな顔をしている。
「王女様、いえ、先ほど王になられたと…。陛下この度はおめでとうございます。挨拶が遅れまして誠に申し訳ない所存でございます」
侍従長の顔の表情はかなり強ばっている。自分を侮ろうとは思っていないように見える。それともただの様子見だろうか。とにかくお互に推量している状況だ。
「貴方が侍従長でいいのかしら?」
「ははっ!おっしゃるとおりり私が侍従長、こちらの者達が侍従次長でございます」
侍従長が言い終わると同時に侍従長達は深々と長々と頭を下げた。
その後顔を上げ、侍従長達は昨日まで自分が生きているのを知らなかった事を謝罪した。隠していたのだから知らないのも無理はない。侍従という立場だからか、えらくへりくだっている。いや、あの男達がそうさせたのだろうか。
「そんなにかたくならなくていいのよ」
自分が微笑むと侍従長達の表情は少し明るくなった。分かってくれたようだ。
「有り難きお言葉!誠に嬉しゅうございます!」
分かってくれたと思ったのに侍従長達は大袈裟な言動をしたのだ。伝わっていなかったようだ。
これからずっとこの調子なのだろうか。そう思うとどっと疲れてきた。
「えっと…それがかたいと思ったのだけど……」
「お嫌でございましたか?!」
侍従長達は悲痛な面持ちになった。どうやら否定されたと思ったようだった。
「普通でいいのよ」
そんな状況を変えるべく、自分は笑顔で言った。多分引きつっていないと思う。
「ははぁ!」
侍従長達はまた深々と頭を下げた。それを見てどうしようかと思いリンダの方に目をやる。リンダもかなり困惑してしまっているようだ。
十年前でもこんな人は見たことがなかった。両親は侍従や侍女と普通に会話していたはずだ。
「そうだわ。部屋を用意してくれたそうですね。案内してくれませんか?」
話を変えるために新しい部屋の話題を出した。我ながら良い案だ。リンダも頷いてくれている。
「喜んでご案内させて頂きたい所存でございます!」
なんとか普通に喋ってくれないだろうか。やたらへりくだるのを禁止しようか。
「ありがとうございます。頼みます」
侍従長は部屋の外で待機していた他の侍従達に指示をしている。
移動するまでの準備に時間がかかりそうだと思っていたら、リンダが眉間に皺を寄せて耳打ちしてきた。
「このままですと、行く先々で平伏した人達を見ることになってしまいますよ」
この国に平伏の文化なんてなかったはずだ。当然された記憶も無い。
「ええっ?!…侍従長!や、やめて!皆さんを平伏させるだなんてしないでください。十年前は平伏なんてしていませんでした」
侍従長は慌てて止めてくれた。今後一切平伏はさせないようになった。昨日の大広間から戻る時に挨拶した人達は誰も平伏しなかったので、そんな事をさせていただなんて知らなかった。彼らもきっと、もうしなくてよいのだと思っていたのだろう。
「侍従長、侍従次長、聞いてください。私はあの男達とは違います。多少の礼儀は必要ですが、媚びへつらったりは決してしないでください。貴方達の仕事は私や賓客等の世話です。媚びる事ではありません」
「はい!」
彼らの顔を見ると、何か抜けたような顔つきになった。少しすると目に光が宿り、顔色が良くなってきた。
侍従長はあの女の親類だというから警戒してしまったが、どうやら彼は悪い人ではなさそうだ。今まで発した言葉からすると、脅されるような…下に見られるような感じだったのだろうか。
(働かせてやるから、とかかしら…?)
あの女の親類で悪人はすでに捕まっているのではないだろうか。確定するまで調査は続けるがなんとなくそんな気がしてきた。
「それではご案内いたします」
侍従長の後ろに付いて新しい部屋に向かった。ずっと世話をしてくれていた侍女達と兵士達も一緒だ。リーザも付いて来ている。行く先々で皆が自分を見てくるが、女性兵士が珍しいのかリーザも見られていた。
最初に執務室に案内された。内装は剥がされたりはしなかったようで綺麗なままだった。見覚えのある物が多く残されている。父が使ってた時とあまり変わっていないのではないかと思う。放置されていたにしては物が痛んでないので、定期的に手入れされていたのだろう。
「次は寝室でございます。…こちらはまだ片付けが済んでおりませんが、あちらの部屋よりは広く設備が整っております。兵が警備もしやすいため、ご足労おかけしますが移っていただきたく存じます。王様の御身を考えての事でございますので、何卒ご容赦くださいますようお願いいたします」
侍従長が頭を下げて言った。
もしかしたら今の言葉は半分くらいに出来るのではないだろうか。
「ええ、構いません。人手は足りていますか?足りないのであれば、私から連合国軍から人を借りられるか聞いてみます」
「いえいえそんな…」
また侍従長から長ったらしく話を聞かされた。要約すると人手は足りていないが、借りる必要は無い。そもそも自分達の仕事なので、自分達にやらせてほしいそうだ。
「そうでしたか。怪我や体調を崩さない範囲で取り組んでください」
「あ、有り難きお言葉――」
また長くなりそうだ。
「ありがとう存じますか、ありがとうございますだけで大丈夫ですよ。寝室に案内してください」
「ははぁっ!」
寝室に着き、部屋を見渡してみると今までいた部屋の三、四倍はあった。いや、今いる位置から見える範囲だからもっと広いのかもしれない。眠るだけなのにこんなに広い必要があるのだろうか。
内装は金や銀が剥がされた時に元の壁紙も破れてしまっている。そんな所だらけなので大きな布をかけられ見えないようにしている。
壁紙の張り替えなどは自分が執務室にいる時に少しずつ行っていくそうだ。
「案内ありがとう。私は執務室に行きます。寝起き出来ればそれで十分ですから華美になりすぎないようにお願いしますね」
「ははぁっ!」
寝室に侍従長達を残し、いつもの人達と共に執務室に行った。元にいた部屋にあった荷物は移動されていた。自分は父も座っていたであろう椅子に腰掛けた。
「…ずっとあの調子なのかしら?」
短い間だったがとても疲れてしまった。やはり、簡潔に話すことを義務付けないといけないのではないかと思えてきた。彼らは十年間あの話し方だったのだろうから、直すのはなかなか大変そうだ。
「あ、もしかして食事も多くされてしまうんじゃないかしら?」
今の量でも多くて食べきるのがやっとなので、これ以上多くされると食べ残してしまい廃棄しなければならなくなる。
「つ、伝えてまいります!」
リンダが早足で出て行った。ダニエラとアンナ、クラリッサ、リーザで見送った。マッテオ、ルカ、パスカーレは戸の前で警備をしてくれている。
「リーザ、セマルグルでもあんな風に話す人はいるの?」
「いないと思いますよ。あんなに長々と話されたら怒り出す人がいるかもしれませんね。」
「やはりそうなのね。少しずつ変えていかないと…。ああ、あの男の作った法令も見直さないと。あっ!まず税を下げないと――」
「陛下、午前中はお休みのはずですよ」
ダニエラに睨まれてしまった。アンナも頷いている。クラリッサとリーザは苦笑いしていた。
陛下とは自分の事だ。やっぱりまだ慣れない。
「ええ、ではぼんやりしていますね」
ぼんやりとは言ったものの、やはり今後どうしたらいいのか考えてしまう。
それを察したのかダニエラが応接用の机にお茶の準備をしだした。それを見て自分は執務用の椅子から応接用の椅子に移動する。カップにお茶が注がれるとお茶の香りが執務室中に広がった。
「ありがとう…」
まだ熱そうだったのですぐには飲まず、お茶の入ったカップを眺める。湯気がゆらゆらと立ち上がっている。
「陛下、司令官様とお話しなくてもよろしいのですか?」
「え?」
全員が自分を見つめている。心臓の音が大きくなった。全員の視線に耐えられなくて下を向いた。
「何故…何故そんな事を聞くの?」
「ご自身が一番分かっておられるでしょう」
カップの中のお茶を見つめる。綺麗な紅い色だ。湯気はまだ出ている。
「分かっているけど、分かっているのだけれど…」
自分は下を向きながら呟くように言った。
「陛下、この中ですと一番王子と付き合いが長いのは私なので言わせていただきます。王子がこれほどまでに他人に関わろうとする事は今までありませんでした。私は兄が王子と仲良くさせて頂いているので、話をする時もありますが特に立ち入った話をする事は一切ありません」
リーザはいつもよりも真剣な顔をして言った。
「立ち入った話…」
「ええ、他のご令嬢方とも今まで婚約者だとか結婚だとかそんな話はしていないと思います」
「少しモテたとおっしゃていたけど、話していないの?」
「少し?あれで少しとおっしゃるのなら他の人達は相当恨むでしょうね…」
「……」
静寂が訪れた。カップの湯気は大分勢いが無くなっている。
戸をノックする音が聞こえた。初めての来客だろうか。それともリンダが帰ってきたのだろうか。いや、もう足音で分かっている。王子と王子の部下達だ。
「こちらに移られたと聞いたので来てみました。綺麗な部屋ですね」
王子はいつも通り笑顔だ。
自分を含めた部屋にいた全員が王子を見た。
「い、いかがなされた?」
王子は視線に驚き戸惑っているようだ。王子の部下達も困惑しているようだ。
「私達は部屋を出ますので、お二人でどうぞお過ごしくださいまし」
王子は侍女達に応接用の椅子に座るよう促された。王子は促されるがまま椅子に座った。
「んん?」
王子は状況が飲み込めず当惑していた。
「……」
対する自分も何をしたらいいのか分からず黙ってしまった。
次回はエレオノーラとアレクセイが話し合います。
少しでも続きが気になる方は評価&ブクマをお願いします。
※予告なく加筆修正をする場合がございますので、予めご了承ください。




