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36.確認

 王子視点です。


 彼女の執務室に行ったらいきなり彼女と向き合う形で座らされ、二人きりにされてしまった。嬉しいので何も問題ないのだが、どうも彼女の様子がおかしい。先ほどより悪化していないだろうか。


「あの、…いえ何でもありません」


 彼女は何か言おうとしたが止めてしまった。彼女も困っているようだ。


「…そうですか。ああ、今お茶を飲んでいたのですね。良い香りだ。私も頂いてもよろしいですか?」


 応接用の机にお茶が用意された。自分が来ることは伝えていなかったので彼女の分だろう。


「ええ、どうぞ…」


 彼女はカップを出して、ポットからお茶を注いだ。彼女のよりは色が濃いようだ。

 彼女は手慣れた様子でお茶を入れた。塔にいる間に身についたのだろうか。自分の知る限り王族が自らお茶を入れたりしない。いや出来ない、かもしれない。お湯は塔まで運ぶ間に冷めてしまっていただろうから、水出しのお茶とかだろうか。


「濃いのはお嫌ですか?お嫌でしたら冷めてしまっていますけど、まだ口をつけていない私の物と交換いたしますよ」


 彼女は猫舌だから冷ましていたのだろうか。


「いえいえ、茶類は濃い目が好きなのでこれがちょうどいいです」


 そう言い、お茶を飲んだ。ポットに入っていたからかまだ温かい。

 飲んでいる間に次に何を話すか考える。


「そういえば、昨日嫌な夢を見ました。あんな恐ろしい夢は子どもの時以来です」


 悪夢を見たのは某はとこが来ると知った時だ。


「…どんな夢だったのですか?」

「とても大切なものが遠くに行ってしまう夢でした。追いかけてもどんどん離れて行ってしまうのです」


 本当に嫌な夢だった。

 カップの中の残り少なくなったお茶を見る。

 

「大切な…もしかして最近熱中しているという?」

「お、そうですよ。よく分かりましたね」


 彼女の方を見たが彼女は俯いていたので彼女の顔を見ることが出来なかった。

 残りのお茶を飲み干しカップを机の上に置いた。


「私も怖い夢を見ました。拒絶される夢でした」


 彼女は俯きながら言った。


「拒絶?」

「あり得ないと言われました」

「ほう……」


 そのまま内容を話してくれると思ったが、彼女はそれ以上は何も言わず沈黙を貫いている。


「私だったら拒絶などしませんがね。貴女だったらなんでも受け入れますよ」

「えっ!」


 彼女は顔を上げこちらを見てきた。青い目が真っ直ぐこちらを向いている。


「……もしかして夢で拒絶したのは私でしたか?」


 どんな形であれ彼女の夢に自分が出たというのはとても嬉しい事だ。


「……ええ」

「夢の中の私は何を言った、あるいはしたらあり得ないと言ったのでしょうか?」

「…熱中しているものと、全て終わったら話すとおっしゃった話の内容を教えてくだされば話します」


 彼女は険しい顔をしている。出来ればずっと笑っていて欲しいのでそんな顔はしないでくれると嬉しい。


「一つの事に二つを要求するのですか。なるほど…」

「好きか嫌いか聞きました」

「ん?」

「…もう言いません」


 彼女は立ち上がり後ろを向いてしまった。後ろを向いても耳は見えている。耳は赤くなっているので顔も赤くなっているのだろう。


「いえ、聞こえていたので十分ですよ。答えていただいたので私もお話しましょう。熱中しているのはとある国の新しい王様についてです。全て終わったら話す、については、その王様をどれだけ思っているのかです。これだけ言ったのですから勘違いしませんよね?」

「…新しい王様」

「ええ、今日、王になられたばかりの」

「わ、わたし?」


 やはり勘違いしそうになっていたのだろうか。危ないところだった。

 彼女に近づこうと自分も立ち上がり一歩前に出たら、彼女は二歩下がった。気のせい、あるいは偶然かと思いもう一歩近づいたら彼女は三歩下がった。


「何故逃げるのです?」

「…気のせいではないでしょうか」


 彼女は一瞬こちらを横目で見たが、そっぽを向かれてしまった。この隙に近づこうと思ったが、衣擦れの音で気付かれたのか逃げられてしまった。やはり避けられている。本気でやればすぐに捕まえられると思うが本望ではない。


「拒絶されたと嘆いておられたのに貴女は私を拒絶なさるのですか?」


 そう言うと彼女は立ち止まった。それを見て自分も立ち止まり、ゆっくりと彼女に近寄った。


「互いに思い合っていると私は解釈しましたが、それは間違いだったのでしょうか?」

「恥ずかしいです…」


(照れているのか。可愛いなぁ…)


 顔が綻ぶと言えば聞こえはいいかもしれないが、実際はにやけている。


「こんな私が貴方の隣に立てるでしょうか」

「はい?」


 にやけ顔から瞬時に真顔になった。


「私のように貧相な女が隣に立っていいのでしょうか。笑われたりしないでしょうか」

「誰が笑うんです。誰にもそんな事させません」

「貴方が笑われたりしませんか?大丈夫でしょうか…」


 彼女は一体何を言っているのだろうか。


「落ち着いてください。ちゃんと話しましょう」


 彼女を落ち着かせるために応接用の椅子に座らせた。自分も彼女の隣に座った。


「えーっと…貴女が恥ずかしいと思ったのは俺の隣に立って笑われないか、そういう解釈でよろしいですか?」


 彼女は無言で頷いた。

 彼女は彼女自身を貧相と言った。小柄で痩せているが別に貧相という訳ではない。少なくとも自分はそう思う。


「次に俺が笑われるとは?別に馬鹿共には笑わせておけばよろしい。大体そういう輩は程度が低いんです。自分の物差しでしか測れないんです。しかもその物差しはとても短いんです」


 昨日もみすぼらしいと言っていたが、外見に劣等感があるようだ。精神的にも身体的にも劣等感あるのか。表裏一体だから切り離せないのは分かるのだが。


「昨日、俺は貴女に対等だと言いました。それは全てにおいてです。そりゃ、守ってあげたいとか思っていましたけど、男子の単純な思考回路だと大切な人は守りたくなるのですよ」


 自分で言っていて恥ずかしくなってきた。


「はい、貴方はいつも助けてくださいました…。私だけでなく国民も助けられました。本当にありがとうございます」


 彼女は斜め下、まるで机の下を見ているように視線を落としている。


「今は国だ国民だなんだは置いておいて、貴女と俺だけの話をしましょう」

「私と貴方だけの…」


 ええ、と言い彼女を抱き寄せようとしたが身を逸らされてしまった。


「…誰かに貧相だとか、みすぼらしいなどと言われたのですか?」


 いたら斬りはしないが、生を受けた事を後悔させる自信がある。

 侍女達がいう訳がないし、自分達も言っていない。彼女は耳がいいから誰かが言ったのを聞いたのだろうかとも思ったが、昨日まで存在を隠していたのだから彼女の悪口を言いようがない。だが、某はとこが来た時にも彼女は自身をみすぼらしいと言っていた。一体どこでそんな酷い悪口を言われたのか皆目見当がつかない。


「いいえ、皆さんとてもよい方ばかりですから…。自分自身でそう思っただけです…」

「ご自分で?何故?」


 身を乗り出し彼女に顔を近づけたら、彼女の顔は赤く色づいた。もっと見ていたかったがすぐに顔を背けられてしまった。自分が体と顔を元の位置に戻すと、彼女も顔を正面に戻した。


「…貴方は見た目だけでなく中身もとても立派な方です。対する私は何もない…」


 彼女に褒められてとても嬉しかったが、どうやらそれが彼女に劣等感を抱かせた原因のようだ。


「それは、貴女に良く見える様にしていましたからそう見えるだけです。見栄っ張りなだけです」

「そうなんですか?」


 彼女は眉を下げ、不安そうに尋ねてきた。


「そうですよ。格好つけてしまうんです。…ああ、見た目なんてどうにでも出来ますから、そんなに気にする必要はないでしょう。貴女は少し肉をつけるだけでいいですしね」 

「私が…貴方を思っていたのは、ないものねだりのような気がしていました。羨望なのではないかと思っていました。憧れのような尊敬のような、そんな感情もあったのかもしれません。そんな不純な動機でいいのでしょうか」

「ほう…そうでしたか。経験が無いのでなんとも言えませんが、人に好意を持つのは大方そんな所からではないでしょうか。私は単純に一目惚れですけどね」

「えっ?!」


 彼女かこちらに振り向いた。眉を上げ目を丸くして驚いている。


「あの状況で啖呵を切った、一見ひ弱そうに見えるのにとても強い心を持った女性に心を奪われたのです」


 彼女は何かを言おうと口をもごもごとさせたが、何も言わずに下を向いてしまった。顔を覗き込もうとしたが、またもや顔を背けられてしまった。強引に見ようとも思ったが、彼女の今までの事を考えると意識を失いかけない。同意を得たら平気だろうか。


「私は強くなんて…虚勢を張っただけなんです」

「んー、それでもいいと思います。相手に侮られないためにも多少威張る…いえ、強そうにするのも大事でしょう。私も諸外国に行くときに父から胸を張れ、背筋を伸ばせ、目に力を宿せと言われました。相手に抱かせる第一印象はとても大事ですからね」


 父は自分と違い温厚な、見る人が変われば気弱と言われるような性格をしているので祖父からそうしろと教わったのかもしれない。

 そう考えると某はとこはいつも自信満々で、相手につけいる隙を与えずに自身に有利に事を進められるので、優秀といえば優秀なのである。譲歩もしなくはないが、必ず優勢を保っている。


「特に我々は王族ですから、弱々しい姿を見せたら国民は不安になります」

「侮られないため、不安にさせないため…」


 彼女はとても小さな声で呟くように言った。話が少々変わってきてしまった。


「ええ、そうです。……えーと、我らは互いに好き合っているのですよね?」

「へっ?…え、ええ。そ、そのようです……」

「…二人きりの時は名前で呼び合いませんか?貴女がよければですけど」


 彼女は無言で複数回頷いた。よいと言う事だろう。早速彼女の名前を呼んでみる。


「エレオノーラ…」

「はい、アレクセイ様…」

「敬称はいりません。どうか呼び捨てでお願いします」

「はい、アレクセイ…」


 よい響きである。今までこんなに心が躍る事があっただろうか。陽気な性格だったらすでに踊っていたかもしれない。欲を言うなら見つめ合って言いたかった。自分は彼女を見て言ったが彼女は正面を向いたまま言った。


「エレオノーラ、こっちを見て名を呼んでください」

「ひぃ!」


 彼女はぎゅっと目をつぶって拒否反応をした。拒絶されたが可愛い反応だったのであまり傷つかない。


「お許しください。アレクセイが帰るまでに目を見て言えるようになりますから」

「…楽しみにしていますよ」


 帰りたくないが、帰らなければならない日が来る。特に帰国命令が出たらいくら大層な肩書きがあっても従わなければ処罰されるだろう。もしそうなれば理由を適当に作って滞在を引きのばそうか。


「王になったので私の名を呼んでくれる人はいなくなるのだろうと思ってました。なんだか不思議な感覚です」


 王の名を呼ぶわけにはいかない。親しい友がいれば名で呼ぶかもしれないが、彼女には友はいない。そのうち侍女達も名で呼ばなくなるだろう。


「私がいくらでも呼びますよ。エレオノーラ…」

「はい…ありがとうございます……」




 もう少し二人のシーンが続きます。

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 ※予告なく加筆修正する場合がございますので、予めご了承ください。

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