34.署名
王子視点です。
いつも読んでくださりありがとうございます。
笑顔で彼女の部屋から出て、部下達と共に陣営に戻った。
「王女様と言い争いになっていませんでしたか?もう少し長引くなら止めに入る所でしたよ」
ドナートが真剣な顔で言った。大声で話していたつもりはないが、そんなに声が外に漏れていたのだろうか。
「喧嘩するほど仲がいいと言いますから良い事ですよ」
アルトゥールが頷きながら言った。確かに嫌いな人間とは話をしたくないから喧嘩にはならないかもしれない。
「何が原因だったのですか?」
ミハイルが首をかしげて聞いてきたが、すぐにドナートが咎めた。
「お二人の事に口出ししてはいけないだろう」
ドナートは少し声に力が入っている。顔はいつも通りの強面だ。
「しかし万が一、国際問題になったら大変ですよ」
ミハイルは王族同士の会食でのやり取りとして尋ねたようだ。
「大袈裟ですよ。お二人が浅慮な行いをするとは思えません。で、何があったのですか?」
アルトゥールはありふれた男女の話のもつれとして尋ねているようだ。興味津々なのか楽しそうな顔をしている。
「結局聞くのか。別に大した事じゃない」
最後の彼女が返事をしようとして噛んだのが可愛くて全て吹っ飛んでいった。顔がにやけるのを我慢するのが大変だった。思わず抱きしめそうになった。思い出してもにやけそうになる。
「思い出し笑いですか?」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。アルトゥールに指摘され表情を真顔に戻そうとしたが元に戻らない。
「いいだろ別に…」
「ええ、愛しい者を思うと顔がほころぶのは当然ですよ」
ドナートは笑顔になり頷いた。妻子の事を思い出したのだろう。
ミハイルの方を見たらエレーナ嬢を思い出したのかにやけている。口元を隠しているがバレバレである。
「みなさん、思い人がいて羨ましいですねぇ」
アルトゥールはため息をついた。アルトゥールは姉達や妹たちのせいで女性に対して積極的に近づこうとしない。苦手意識があるようだ。
「女性兵士や女性医師とはよく話していますよね」
ミハイルがにやついた顔から普段の顔つきになった。思い返してみれば着飾った令嬢達とは会話をしないが、仕事中であったら会話をしていた記憶がある。
「姉達とは全っ然性質が違いますからね」
アルトゥールは遠くを見つめた。そんなに嫌なのか。確かに身内にいたらウンザリするかもしれない。何故なら見た目も言動も騒々しいからだ。
皆が黙ってしまった。出会った時の事を思い出してしまったのだろう。思い出したら胃もたれがしてきた。
「皆さん、何故黙っちゃうんですかねぇ。…そういえば王女様は塔から出てすぐの頃は殿下しか見ていませんでしたよね。最近は我々の事も気にしてくださっているようですけど」
彼女は塔から出てすぐの頃は心に余裕がなかったのか、あまり周囲を見られていなかったようだ。視覚から得られる情報量が多すぎるからとも考えられる。気付かぬうちに遮断していたのかもしれない。
「そうだったかもな」
「まぁ、今も殿下中心のようですけどね」
アルトゥールが口角を上げにんまりと笑った。
「王女様も殿下の事を思ってくださっているのでしょう」
ドナートは笑顔のまま言った。
「そう思っていいんだよな……」
ついさっきの出来事を思い出してみても、そうだと断言するのは憚られる。彼女は嬉しそうに笑ってくれたりしたが、いざ結婚について聞くと怒ったのだ。彼女は自分自身の気持ちが分かっていないのではないだろうか。
「何か不安な事でも?」
「やはり王女は恋愛に関して疎いのではないかと思うんだ」
「それは殿下もでしょう。婉曲した表現ではなく率直に言わないと伝わらないと思います。思い切って結婚を申し込むべきです」
やはりこういう事はドナートに聞くのが一番よい。あくまでこの中でならだが。しかし、結婚を申し込むには父に許可を得ないといけないだろうし、セマルグルの重臣や高位貴族から文句を言われそうだ。だが何とかして叶えたいとは思っている。
「なんと言えばいいのだろうか…。婚約者の有無を聞いたにも関わらず、結婚する気はないと言っていた。さっき聞いたらはぐらかされた」
「悩んでおられるのでしょう。殿下から結婚を申し込まれたら気が変わるかもしれませんよ」
「だといいのだが…」
三人はそれぞれ寝所に行った。自分は報告書に目を通し、宰相のために車椅子の職人に手紙を書いた後に就寝した。
(王女には何と言えばいいのだろうか。俺なりに気持ちを伝えているつもりなんだが、あれでは駄目なんだよな。直接か…)
自分比だと直接言ったつもりだった。愛おしいとも愛情表現とも言った。
(これ以上どうしろと言うんだ。言ったら顔から火が出るかもしれないな)
『別に私は騒がれても構いませんよ。…大切な人に贈るのですし』
『まあ!それを私以外の方に言ったら勘違いしてしまいますよ』
肝心な所で勘違いしてくれなかった。いつもだったら想像し得ない箇所で勘違いをするのにだ。
(王女は自分なんかを好きになる人はいるはずがないと思っているのか?自己評価が低いのか?侍女達は普段の様子を見るからに、王女がその状態になるとは考えにくい)
色々考えてみたが理由が分からなかった。
「王女、私は貴女を愛しています。結婚してください!」
彼女の前で自分は膝をついてる。
「…王子、貴方もあの男と同じなんですね!」
彼女は今まで見たことのない顔で激昂した。
「どういう事ですか?」
彼女が怒った理由が知りたくて尋ねた。
「貴方も国が欲しいのでしょう?次男は王になれないから!そうなのでしょう?!」
彼女は後ろを向いてしまった。
「違う!俺は貴女が欲しいのです。国なんか欲しくない!!」
自分は必死で叫んだ。しかし彼女は振り向いてくれない。
「嘘です!今まで親切にしていたのもこれを狙っていたんですね!もう話を聞きたくありません!」
彼女はそのままこの場から立ち去ってしまった。
彼女を追いかけようとするが、どんなに足を動かしても前に進まなかった。
「待って!待ってください!!」
ここで飛び起きた。心臓がうるさい。呼吸音もうるさい。汗も気持ちが悪い。
前髪を掻き上げるように頭を抱えた。
(なんだ今の夢は!!)
『お前も次男だから国が欲しいんだろう?』
何故かここであの男の言葉が出てきた。大体自分は王になりたいだの、国が欲しいだの思った事はない。兄が王になったら、兄や他の王族や臣下達と共に国と国民のために働くと決めていた。それが役目だと思っていた。だが、嘆願書が提出された時に父から司令官に任命された事で大きく変わった。
(最初は何故俺がと思ったな。だが全ては王女に会うためだったんだ。今ならそう断言出来る)
青少年にありがちな思い込みだろうと笑われてもいい。そうだと言える自信がある。
(王女は俺しか見ていないし、俺も王女しか見ていない。色んな国に行って色んな人に出会ったが、あんなに目に留まる人は王女しかいなかった)
しかし、彼女が知る人物は自分と部下達ぐらいしかいないので、自分を見てくれるのではないかと思った。彼女が広い世界を知った時に自分を見てくれるだろうか。
(なんて度量の狭い人間なんだろうか…)
コップに水を注ぎ、それを口に含み飲み込んだ。ひんやりとした感覚が喉を通過する。
明日、どんな顔をして彼女と顔を合わせればいいのだろうか。何も変わらずに接せられるだろうか。恐らくすぐに彼女に勘付かれるのではないだろうか。
寝直すために再び横になる。まだ夜中のようだ。眠りについて割とすぐにあの夢を見たようだ。
(最悪だな……。誅伐の前でもこんな夢は見なかったんだがな…)
目を閉じると夢で見た彼女の顔が浮かび上がった。本物の彼女は多分あんな表情をしないだろう。もし本物の彼女があんな表情になったら、自分がさせてしまったらどうなるだろうか。自分には平常な精神を保てるか自信が無い。
(こんなにも弱い人間だったのか…。今まで特に何も深く考えずに平然と熟してしまえたから、何も壁も山も谷もなかったからか…)
自分はそれなりに頑張ってきたと思っていたが、まわりに助けてくれる人がいて安全なところで過ごしてきた。嘆願書の採決を棄権しようとした国に説得に行った時も一人で行ったわけではないし、予め父名義で先方に連絡してくれていた。一人でやった訳ではない。今まで守られていたのだ。
趣味も出来るか出来ないかでやってきた。彼女に言われるまで好きか嫌いかなんて考えた事もなかった。
挫折経験が無い故の悩みだなんて馬鹿げている。
(俺は実のところ何の知識も経験もないのではないか?)
考えすぎて眠れなくなりそうなので心を無にして眠ろうと思った。それでも寝付くのに時間がかかってしまった。
翌朝目覚めると頭が痛かった。ただの睡眠不足なのだが、昨晩の夢の事もあり気分は最悪だ。
朝食を食べた後に彼女の部屋に向かった。どんな顔をしたらいいのか分からなかったが、今彼女を避けたら日を追うごとに会うのが辛くなってくるだろう。
「おはようございます。今日もお美しいですね」
いつも通り部下を連れて彼女の部屋に行くと、宰相と財務大臣が来ていた。宰相と財務大臣にもそれぞれ部下が付いて来ている。
「王子、おはようございます」
彼女が微笑んだ。いつもと少し違う笑い方をした気がする。
「司令官殿、おはようございます」
宰相が言うと財務大臣もお辞儀した。お辞儀の後、財務大臣が持っていた資料を渡してきた。
「こちらが現段階で判明している手当金を配布していた者達と受け取った者達の名簿です。後は、あの女の縁者の名簿です。私も全てを把握している訳ではないので、まだ恐らくいるでしょう」
「医務官の名があるな。ヤブ医者だと言っていたものな」
医務官の他に高官は侍従長がいた。親戚に世話をさせていたようだ。手当金に関する名簿には数人の名が元役職名と共に書かれていた。後は金で従わせていた者達の名だろう。
「判明した中でまだ捕らえていなかった者は軍部に伝えてあります。今頃牢の中でしょう」
財務大臣達の仕事の早さに驚いた。彼らがいなかったらもっと早くに国が破綻していたのかもしれない。財務大臣が実力で上がったというのは本当のようだ。
「今、牢にいる人達の処罰なのですが、元兵士達には各領での復興作業での重労働を科そうと考えています。あの男らの愛人達の処遇はまだ決まっていません。…あの人達は一体何が出来るのでしょうか。愛人と言うからには見た目がいいのでしょうか?見た目以外に優れた事があるのでしょうか?重労働を科しても足手まといになるのではないかと思うのです」
彼女は真剣な顔つきでさらりと言った。いつもより言い方が厳しい。
確かにミハイルが言うには責任逃れの事しか言っていなかったそうだし、重労働には向かなさそうな体つきをしていたので足手まといになりそうだ。彼女は罰を与えるにしてもまわりに迷惑をかけるのはよく思わないようだ。復興優先と言う事だろう。
「…あの者達はかなり威張っておりましたからから、いざこざが起きかねないので城内での作業はさせない方がよろしいでしょう」
財務大臣が言うと、侍女達が頷いた。愛人達は優遇されすぎて性格が歪んでしまったのだろうか。人間は置かれた環境で見た目も性格が良くも悪くも変わってしまう。
「分かりました。他にも悪政に加担していた者達がいますが、彼らは通常の懲役刑でいいでしょうか。私はあまり詳しくないので司法大臣に任せた方がいいでしょうかね」
「ええ、そうですね。司法大臣をはじめ、司法省の者達に任せましょう」
宰相がいつもより強ばった声で答えた。宰相も彼女の変化を感じ取っているようだ。
「…各省の人員配置ですが、これを機に再編した方がいいのでしょうか。新たに大臣達の任命と爵位の授与をしなければなりませんから、一度に済ませてしまおうと思います。」
彼女が次々と話を出してくるが、いっぺんにこんなに出来ないだろう。
「王女、一度に多くの事を変えると反発される可能性があります。今は国の復興に力を入れましょう」
彼女の方を見たら一瞬だけ目が合ったのだが、すぐに視線を外されてしまった。昨晩の事を怒っているのだろうか。和解したと思っていたのだが、自分がそう思っただけだったのだろうか。
「…私からの報告は以上です。それでは用があればお呼びください」
場違いと思ったのか財務大臣が一礼して部屋から出て行った。調査で判明した事をいち早く知らせに来ただけだったのだろう。
財務大臣が立ち去った後、宰相が紙を出した。彼女が即位するために必要な物だ。
「王女様、こちらに署名をお願いいたします。司令官殿は立会人をお願いいたします」
「分かりました。この目でしかと見届けます」
宰相は彼女にペンを渡した。彼女はペンをじっと見つめ深呼吸した。
彼女の様子がおかしかったのは、緊張していたからだろうか。
「では、書きます…」
彼女の手は少し震えている。ペンをゆっくりと紙に近づけ、ペン先が紙に触れた後はそのまま勢いに任せて署名していた。
「書けました…」
彼女が安堵の一息を吐いた。これで彼女は王女から王になった。
「王女様、いえ、王様おめでとうございます!」
「え、ええ、ありがとうございます…」
宰相は部下に国内外に伝えるように指示を出した。
侍女達は笑顔になっている。対する彼女は笑顔を作ってはいるが、なんだかぎこちない笑顔をしている。自分の部下達の顔を見ても同じ事を思っているようで、疑問を抱いている顔をしている。
「陛下」
「……」
「…エレオノーラ様」
「えっ?あ、はい。なんでしょうか?」
自分の呼びかけに、彼女は呼ばれ慣れていないからなのか、他に何か悩みの種でもあるのか分からないが反応が遅れた。
「何かございましたか?」
「いえ、そんな。実感が沸いていないだけですよ」
また目を逸らされてしまった。やはり、昨晩の事だろうか。
「そうでしたか。今後の事ですが、例えば王都の広場などの公の場に出る事は控えてください。前にもお伝えしましたが、反乱を起こさないためです」
「はい、重々承知しております」
彼女は誰もいない所をじぃっと見つめている。
そんな彼女を侍女達は心配そうに見ている。
「ええ、当分は国を立て直す事を考えてください。官の整理も大事ですが、今それを率先してやるべきではありません。官からも反発があっては大変ですからね」
「ええ…」
彼女は小さく頷き、また一点を見つめている。
宰相は片方の眉を上げ、様子を伺っている。
「大丈夫ですか?少し落ち着きましたか?」
「えっ?!」
自分が言うと彼女は目を開いて驚き、こちらを見た。
「何のことでしょう?私はこの通りなんともありませんよ」
「さっきから変ですよ。緊張しておられるのか、それとも……」
「そ、それとも……?」
二人で牽制し合うように見つめ合う。
昨晩の事かと聞きたかったが、今は聞かない方が良いだろう。
黙っているとドナートから声がかかった。
「殿下、一国の王に不遜な態度をとってはなりません」
「すみませんでした。何か悩んでらっしゃるのかと思ったのです。この城にいる間は相談に乗りますので、いつでもおっしゃってください」
「はい…ありがとうございます」
彼女は笑顔を作ったが目は悲しげだった。
彼女の体調を考え、午前中は休んでもらうことになった。
王女は王になりましたが、話はまだ続きます。戴冠式ぐらいまでを予定しています。
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