32.二度あることは三度ある
王子視点です。
※2020/06/01加筆修正いたしました。
大昔はあったらしいが、今は相手を褒める決まりなどない。彼女がそんな風に捉えていたなんて…いや、彼女の性格を考えたら思いついていたかもしれない。もっと直接言わないといけないのだ。
彼女の部屋に到着するとちょうど食事が運ばれてきた。あちらが合わせてくれたのだろうか。料理からは湯気が出ており出来たてのようだ。ありがたい。
部下達は先ほど交代で食事を摂っていたらしい。陣営から急いでやって来たのか口元に食べかすが付着している者がいる。まぁ、アルトゥールなのだが。
部屋で彼女と二人きりになった。
「今日も美味しそうですね」
今日は二人分用意されている。今更だがこの食材はこの国の民のために配給されたのだから自分が食べる訳にはいかないのではないだろうか。
「冷めないうちに頂きましょう」
彼女は微笑んだ。その笑顔を見ると何も考えなくていいかと思えてしまう。だがそういう訳にもいかない。
「…はい」
「どうされました?お嫌いな物でもありましたか?」
彼女の青い目がこちらを不思議そうに見つめてくる。
「私が食べていいのだろうかと思いましてね」
「軍の食事じゃないからですか?」
「そうです。この国の者でない私が食べていいのかと…。昨日は貴女が食べられなかった残りを――」
彼女は自身の皿から一口食べ、自分の皿と交換した。
「これで私が食べた残りですね」
彼女は少し悪い顔をした。また新しい彼女の表情を見られて心が躍る。
「ふふっ、そうですね。いただきます」
二人で向き合って料理を食べ始めた。彼女と食事出来ているというだけで満足であったが、料理も極上の味だった。
「この城の料理人はいい腕をしていますね」
「気に入ってくださって嬉しいです。…また来てくださいね」
「…はい」
(そうか。別れが近いから侍女達が気を利かせてこの場を用意してくれたのか)
「お隣ですから、いつでもいらしてください」
彼女は悲しそうに笑った。そんな顔は見たくなかった。
「はい、会えない時は金色の月の絵を見て貴女を思い出します」
「ええ、私も夜空の絵を部屋に飾らないといけませんね」
正直言うと帰らずにこのまま彼女とずっと一緒にいたい。しかし連合国軍の司令官であり、セマルグル王国の第二王子でもあるのでそうもいかない。立場やら地位やら身分やらが邪魔をする。
「そうでした、本の準備が出来ましたらお渡ししますね」
「ええ、旅行記なんですよね」
「そうです。勧善懲悪の作品ですね」
それは本当に旅行記なのだろうか。作品と言ったので多分違う。
「知足という言葉を知ったのはその作品の元になった人物を調べた時に見つけたのです」
「ほう…よく見つけましたね。遠い国の…大昔の人物を調べるのは大変だったでしょう?」
「何代か前の王が昔の東側の国々の文化等を調べていたらしいですよ」
「そうでしたか」
もっと彼女と話したいことがあったはずなのに何も浮かばない。
「妃の親類縁者については財務大臣に聞いてみましょう。後は国民に貴女が即位したと知れ渡った時に国内の反乱がないか、ですね。おそらくミハイルあたりが警戒するように知らせてくれているでしょう」
自分がそう言うと彼女は黙って頷いた。
「財務大臣は嫌がるかもしれませんけど聞いてみましょう」
「そうですね…」
その後二人で黙々と食べ続けた。自分はもうすぐ食べ終わりそうだが、彼女の一口は少量なのでまだ半分ぐらい残っている。これでもゆっくり食べたつもりだったがこれだけ差が開いてしまった。彼女は咀嚼の回数も多いのかもしれない。
「セマルグルはどんな国ですか?」
彼女も話のネタが浮かばないようで、当たり障りのない事を聞いてきた。
「広いですね。この大陸の三分の一ありますから。まだ国内で訪れたことのない土地が沢山あります」
「アレクセイ王子でもそうなのですか?」
「ええ、十五で成人してから外交を任されていたのもありますけどね」
すでに連合国軍の司令官として動き回っていたとは言わなかった。
「十五歳で成人なんですね。この国では…十七か十八だったでしょうか。…あら、成人してないのに王になれるのでしょうか。後見人がいれば大丈夫でしょうかね」
彼女は十六歳なのでケレース王国の法律だと未成年ということだ。
「王にはなれますよ。形だけでも摂政や後見人を付ければ大丈夫だと思います。宰相殿が引き受けてくださるでしょう。後は外戚、王の母や妃の一族がそれを行う場合があるそうです。王太后やお母様のご親戚はいらっしゃいますか?」
「…そういえば聞いたことないですね。父方の祖母も母方の祖父母にも会った記憶がないです。忘れているだけかもしれませんね。宰相に聞いてみましょう」
彼女に出会うまで家族という存在はいて当たり前だと思っていた。天涯孤独の人がいるのは知っていたが、どこか他人事だと思っていた。
「…結婚するおつもりはないそうですが、何故私に婚約者の有無を聞いたのですか?」
「……急にどうされたのですか?」
彼女の食事をする手が止まった。自分はもう食べ終わっている。
彼女は少し怪訝そうな顔をしている。
「家族の、親戚の話が出たので聞いたのです。何故ですか?」
「…すみません。分からないです。不愉快な気持ちにさせてしまってすみません」
彼女は下を向いてしまった。また悲しそうな顔をした。させてしまった。
「不愉快だなんて一微塵も思っていません。むしろ嬉しかったです。貴女だって私に婚約者がいないとわかった時、嬉しそうにしていたじゃないですか」
「そっそんなことないです!」
彼女は下を向いたままだが耳が赤くなっている。きっと顔も赤くなっているのだろう。
「料理が冷えてしまいますよ」
「はいっ」
彼女は顔を上げた。やはり顔は赤くなっている。彼女は食事を再開したが、どこかぎこちない。
「隣に行ってもいいですか?いえ、行きます」
そう言って立ち上がり、彼女の隣に移動した。彼女はあたふたしている。
「なっ何故…。あ、またからかっているのですね」
「いいえ。近くにいたいだけです。貴女の隣にいたいだけです」
彼女を見つめてみると目は潤み、頬は赤く染まったままだった。一瞬目が合ったがすぐに逸らされてしまった。彼女はそのまま食事を食べ続けた。自分はそれを見守る形になった。
彼女は横顔も美しい。額は緩やかに丸みを帯び、睫毛は長く、鼻筋は通り、唇はふっくらとしている。眺めていたら彼女の動きが止まった。
「見られていると食べ辛いです…」
彼女は気まずそうな表情をしている。髪の毛と同じ色の眉が下がっている。
「では、質問に答えてくださったら凝視するのを止めます」
「質問ですか?」
彼女はこちらを見て首をかしげた。こちらを真っ直ぐと見ている。
「さっきしたでしょう。何故私に婚約者の有無を聞いたのですか?と。」
「分からないと言いました。今日はなんだか…意地悪です。キリル殿にそっくりです」
彼女の口から奴の名前が出た。しかもそっくりと言ってきた。
彼女は視線はもうこちらを向いていない。
「なっ!奴の名前は出さないでくれ。俺が奴を嫌っているのを知っているだろう」
「だから言ったんです。キリル殿より質が悪いです」
また言ってきた。その上、奴より質が悪いそうだ。
「んなっ!…そうだ、王妃にすると言ったのが俺だったらどうするつもりだったんだ?」
「そんな事を言う人なんかの妻になりません!だいたいそれは済んだ話しでしょう」
「……」
「……」
今さりげなく振られただろうか。顔から血の気が引いていくのが分かる。それを察したのか彼女から謝ってきた。
「あの、すみません…思ってもいない事を言ってしまいました」
彼女は俯きながら小さな声で言った。伏し目になっており、長い睫毛の影が出来ている。
「いえ、こちらこそむきになってしまい、すみません。どうぞ、召し上がってください」
思ってもいない事というのは、妻になりませんの所だろうか。視線を彼女から外し考える。そうだったらとても嬉しい。そうであって欲しい。この際、奴に似ているとか奴より質が悪いとかはどうでもいい。
彼女の方に視線を戻すと彼女の表情が変わっていた。顔をしかめ、何かを警戒しているようだ。
「…あの、多分窓の下に誰かいます」
「ん?…貴女がこの部屋にいることを察知した者ですかね。敵対者でなければいいのですが。見てきましょう」
万が一に備え抜剣する。彼女を窓に近づかないように指示し、自分は窓の正面ではなく脇に立った。様子を探ってみると、複数人いるようだ。何かヒソヒソと話をしている。彼女だったら聞き取れただろうが、自分では聞き取れない。部屋の外にいる部下に伝えて兵士に追っ払って貰おうか、それとも巡回の兵士に任せるかと考えていたら、いつの間にか彼女が隣に来ていた。
「悪い人達ではなさそうですよ。顔を出してみましょう」
彼女は小声で言った。安全と思ったのは会話の内容が聞こえたからだろうが、自分はそれを否定した。
「駄目です。まずは私が行きますから、動かず待っていてください」
彼女は何か言おうとしたが、それを手で止めた。そしてそのまま窓を開けた。
「ここで何をしている!」
「し、司令官様だ!」
「王女様のお部屋じゃなかった」
「何言ってんのよ。司令官様が王女様のお部屋にいらしてるのよ」
暗いのでよく見えないが何やら五、六人いるようだ。
「何事ですか?!」
部屋の戸が開き、部屋の外で待機していたドナートが飛んで来た。自分の声に反応したらしい。いつも通り怖い顔をしている。
後ろには兵士達がついて来ている。
「皆さんここで何をしているのですか?」
ドナートがやたら低い声で言った。地響きのような声だ。窓のガラスが割れるのではないかと思った。
「こちらに王女様がいらっしゃるのではないかと思い、少しでもお姿を拝見できたらと思いやって来ました」
「いつも見張りがいる部屋の下がここなので、もしかしたら王女様のお部屋なのではないかと…」
気付かれていたらしい。念のため彼女の部屋を移動した方がよさそうだ。
「気持ちは分かるが、推奨されることではないな。今すぐ戻りなさい」
「はい…」
ちょうど騒ぎを聞きつけた兵士達が来た。兵士達にはもう叱責は済んだことを伝えた。
窓の下に集まっていた人物達は残念そうに帰って行った。
「私が顔を出してはいけなかったのでしょうか」
彼女はしょんぼりしていた。
リーザが彼女を前に出さないようにしっかり抑えていたらしい。
「まだ、鳴りを潜めている輩がいるかもしれません。外出などは必要最低限にしましょう」
王族自体を憎しむ者、女の王を差別する者がいる可能性がまだあるからだ。取り越し苦労ならいいのだ。大広間では皆が喜んでいるようだったが、あれだけの人数がいたら分からない。大広間で彼女に対し否定的な発言をした者の正体を調べさせた方がよいだろう。部下達の事だからすでにやっていそうだ。そう思ったら自分は何もしていないような気がしてきた。
「王子、どうされましたか?」
彼女が自分を覗き込みながら聞いてきた。とても心配そうだ。
「い、いや。何でもありませんよ」
「そうでしたか。先ほどはありがとうございました」
彼女は笑顔で礼を言った。
「ええ、はい。そうだ。まだ、食べ終わっていなかったですよね。続きをどうぞ召し上がってください」
「ええ、はい」
部下達に巡回回数を増やすよう指示を出し、部屋から出て行ってもらった。再び彼女と二人きりになった。
「食べるのが遅くて申し訳ないです。何でしたらもうお帰りになってもよろしいのですよ。就寝時間も遅くなってしまいますでしょう?」
「…いえ。大丈夫です」
静寂が訪れた。彼女は食事の手を止めている。
「あの、その、さっきはすみませんでした。売り言葉に買い言葉といいますか、本当にすみませんでした」
「…その話はお終いにしましょう。そうだ、もうすぐ貴女によく似合いそうな髪飾りが届きます。楽しみに待っていてください」
「それはとても嬉しいのですが、一国の王子が贈り物をしたら騒がれてしまいませんか?」
「別に私は騒がれても構いませんよ。…大切な人に贈るのですし」
「まあ!それを私以外の方に言ったら勘違いしてしまいますよ」
彼女はにっこりと微笑んだ。何故ここでいつもの勘違いをしないのだろうか。謎である。
「勘違いしてくださらないのですか?これでも少しはモテていたんですよ。全て無視していましたけど」
「少し学んだのです」
彼女は得意気に言った。そして自信満々で続けた。
「塔に十年間閉じ込められていた人を好きだなんていう人は、きっと世間知らずなのを良いことに騙そうとしている悪い人です。それにこんな痩せっぽちでみすぼらしい人を好きになるなんて変わり者です」
全否定された。加えて彼女は自虐もしている。なんだか悲しくなってきた。
「じゃあ俺は変わり者で悪い人だ」
「そんな、王子は良い人ですよ。とてもお優しいですし。…どうされました?」
「俺は良い人でもないし、優しくもない。貴女の前で格好つけているだけの愚か者だ」
「私の尊敬している人を愚か者だなんて言わないでください!」
彼女は悲しげな顔をしている。悲しいのは自分のほうだ。勘違いしてくれないし、全否定もされた。
「す、すみません」
「もうご自身を愚か者だなんて言わないでください」
一応謝罪したが、彼女はしょんぼりとしたままだった。しょんぼりしたいのは自分の方だ。
「では貴女もご自身をみすぼらしいなどと言わないでください」
このままで終わるのは癪なので言い返した。
「え、はい。ですが事実ですので…」
「いいえ、貴女はどんな姿でもお美しいですよ」
自分が彼女に微笑みかけると、彼女は驚いたのか目をぱちくりさせた。その後すぐに下を向いてしまった。
「そっそんな事はないと思いますよ」
彼女は下を向いているが照れているようだ。
「ご自分を卑下するのはお止めなさい。卑屈な人だと思われますよ」
「ひゃい。…き、気を付けます」
(可愛い……)
こんなに可愛い人がいるなんて夢のようだ。悲しみが何処かへ飛んでいった。
次回は王女しか出てきません!
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