29.宮廷貴族達
※2020/06/01加筆修正いたしました。
結局王子の熱中している事とは何なのか分からず終いだった。王子の部下の三人は知っているようで何やらいつもと違う表情をしていた。今度三人に聞いてみようか。
改めて皆が用意してくれた資料を見てみる。自分ではこのような資料は作れないし、指示も出来ない。学ぶことが多すぎる。一遍には出来ないから一つ一つ学んでいくしかない。どれくらい時間がかかるのだろう。しかし時間をかければ出来るという訳でもないので一瞬めまいがした。
「大臣達全員が集まりました。将軍はすでに現地にいらっしゃいます」
この国の兵士のパスカーレが言った。現地とは大会議場の事だ。彼の知らせを受け、部屋の中にいた全員が動き出した。
「念のため廊下は人払いしてくれ」
「私が行きます」
王子の命にドナートが先に行き、兵下達に指示を出す。
ふぅと一息吐いた。手の平は汗をかいているし、心臓の鼓動は速い。落ち着かせるために、数回深呼吸した。だがそれだけでは落ち着くはずがなかった。
歩く度に緊張感が増している気がする。気を紛らわすために廊下を見てみるが、以前あった装飾がなくなっただろうかという感想しか持てなかった。
「大丈夫ですか?」
王子が話しかけてきてくれた。王子の声はいつも心地が良い。
「はい、と言いたいところですが、心臓が口から出そうです」
自分は苦笑しながら言った。
「実は私もです。他の国の高官に会うのは初めてではないですけど、何回やっても緊張します」
王子は確か嘆願書の採決のために諸国をまわってくれたのだった。王子に貸す本は旅行紀ではない方がいいのかと全然関係ない事を思い出してしまった。遠い異国の話だから大丈夫だろうか。
それにしても王子も緊張するのかと思うと親近感がわく。王子は何でも出来てしまう人だそうだから正直羨ましかったのだ。
「王女様、大丈夫でございますよ。何かあれば、このじじいがお助けいたします」
宰相は優しい笑顔で言った。子どもの頃に何度も見た記憶がある。その頃の宰相にはまだ少し黒髪が残っていて、皺も今ほど深く刻まれていなかった。
宰相の歩の速さに会わせるとかなり遅くなってしまうので、宰相はパスカーレに担がれている。マッテオとルカも何かあった時のために宰相の後ろに付いてきている。
「いつもありがとう。お礼に車椅子を作らせますね」
車椅子があれば移動も楽になるだろう。
「椅子に車輪が付いているのですよね。さぞかし快適でございましょう」
「ええ、とびっきり素敵な車椅子を用意させるわね」
「母方の曾祖母が使用しているので職人を紹介出来るかもしれません」
王子は曾祖母もご存命なのか。長命の家系なのかもしれない。
「本当ですか?宰相よかったわね」
「私は幸せ者でございますね」
宰相は目を細めにっこりと笑った。
「それを言ったら私も幸せ者だわ。この国のために沢山の人が動いてくださっているのだもの。この思いを無下には出来ないわ」
「頼もしいですね」
宰相から王子に視線を移す。王子に言われるとなんだか照れてしまった。
「口だけにならないように頑張りますね」
自分は苦笑いに近い笑みを浮かべて言った。
話をしているうちに大会議場の扉の前に到着した。こちらの扉も廊下の様に装飾されていたのか、剥がしたような痕が残っている。それらを修復するより遥かに高価な金や銀が付いていたらしい。
宰相は兵士の背から降ろされ、衣類の皺を伸ばして貰っている。自分には侍女達が心配げに寄ってきた。侍女達は中には入れないので大会議場の前で待っていてもらう。彼女達の顔を見ていると安心することが出来た。
(大丈夫よ。お父様もお母様も見守ってくださっているもの。それに皆さんもいる。大丈夫……)
扉が開かれ、先に王子と宰相、それぞれの部下が大会議場の中に入った。王子と宰相から今回の大臣達の招集について説明する。その後自分が呼ばれ、生存公表するのだ。
何回も大丈夫と唱えていたら再び扉が開かれた。説明が終わったらしい。王子と宰相と目が合い、自分は大会議場に足を踏み入れた。そのまま王子と宰相の元まで歩き続けた。軍医は宰相の側にいるようだ。その位置ならば大臣達の顔もよく見えるだろう。
王子達の所にたどり着き、大臣達の方を振り返り深く息を吸った。
「皆さん、お久しぶりの人と初めましての人がいるようですので自己紹介いたします。私はフェルディナンド五世が第一王女のエレオノーラと申します。皆さん十年間よくあの愚かなる王の圧政に耐えてくださいました。亡き父母に代わりお礼を申し上げます」
お辞儀をし顔を上げると自分に近い席には北、南東、南西の領主が座っていた。彼らの隣には見知らぬ男性達がずらりと座っており、途中で財務大臣を見つけた。遠くの席には将軍と医務官と思われる人物が座っていた。侍女達がヤブ医者だと言うのでその役目から外したかったが、今回はすべきではないと判断されたのでそのままにしたのだ。
「私が本物のエレオノーラかと疑う人もいるでしょう。それはもっともな意見です。証人は宰相と将軍、南東領領主です。後はこの部屋の前に待機している十年間私の世話をしてくれた侍女二人です。何か質問はありますか?」
理由は特にないが前宰相については言わなかった。
宮廷貴族達は目配せしている。財務大臣以外の大臣副大臣は見覚えの者はいないようだ。資料を見る限り十年前に所属していた部署から別の部署に異動した人が何人か残っていたはずだが、どれも見知らぬ顔ばかりだった。南東領領主のように髪色や体型が変わってしまったのだろうか。
「ではよろしいでしょうか」
宰相ほどではないが白髪に白髭で年長と思われる人物が立ち上がった。
「私は内務大臣です。王女様、十年もの間、今までどちらにいらしたのでしょうか?王城内では王女様の気配がございませんでしたのでお教え頂きたく存じます」
内務大臣はこの十年の間で大臣になった人物だ。十年前も内務省の所属で確か国境のある北領に出向していたはずだ。北領領主の方をチラリと見てみると、僅かに頷いた。知っている人物と言う事だろう。
「この城の東にある塔で生活しておりました。そこで連合国軍の司令官殿とその部下の方々に救助されました。私の生存の公表が遅くなったのは王族を嫌悪する者からの反乱を恐れてと、私の体調を心配してです」
「ほう、塔ですか……」
内務大臣が言うと他にも塔と呟く者が数人いた。もう質問はないのか内務大臣は着席した。
「他に王女に質問がある方は?」
王子が言うと他の財務大臣の隣の人物が手を挙げ立ち上がった。他の大臣達に比べると少々若そうだ。おそらく四十歳前後かそれ以下だろう。
「では私からも質問させていただきます。私は司法大臣です。まず王女様にお会い出来た喜びを申し上げます。ご本人ならばですが」
司法大臣の目がギラリと光った気がした。司法大臣という役職柄、疑いたくなるのだろうか。隣の財務大臣が不快に思ったのか眉間に皺を寄せた。
「司法大臣ですか。ちょうど良かったのでお尋ねしますね。現在処刑された人の名前を聞いてまわっているところなのです。名簿を提出していただけますか?きちんと書類があるのならばですが」
将軍に前職の将軍に聞いて貰っているが、司法省から名簿を貰って照らし合わせたい。
「質問に答えていただければ、いくらでもお渡しします。貴女は本当に王女様なのでしょうか?」
司法大臣は毅然とした態度をしている。
「ええ、私はフェルディナンド五世と王妃マルゲリータの娘のエレオノーラです」
こちらも毅然とした態度で返した。そもそも悪い事などしていないのだから、そうしているべきである。
「ええ、こちらの女性はエレオノーラ王女様ご本人で間違いありません」
宰相がいつもよりはっきりとした声で言った。この中だと接する時間が一番長かったのは宰相なので、証言として最も信用出来るだろう。
「私からもエレオノーラ王女様ご本人であると証言させていただきます」
宰相の次に長く接する機会があったのが将軍である。当時の王族専属の侍従や侍女はもういないらしいので、将軍の証言も十分信用出来るだろう。
「南東領領主である私もエレオノーラ王女様ご本人でいらっしゃると誓います」
自分が南東領に訪問したことがあるのは調べればすぐにわかる事実であるので、こちらも十分信用出来る証言だ。
そもそも宰相と将軍、南東領領主は嘆願書に署名した人物であるので三人を疑う事に意味が無い。加えて三人はすでに国内で力も持っているので自分に取り入る必要も無い。
「一旦信じるとします。そもそも何故、誰が、王女様を塔に入れたのでしょうか?」
司法大臣は眉間に力が入っているようだ。
「前宰相です。十年前にあの者が手下に命令している光景を今も覚えています」
先日も夢に見た、あのおぞましい光景だ。血の臭いまでしそうな恐ろしい夢だった。
「前宰相曰く外交に使えると思い、生かしておく事にしたそうです」
王子も宰相と同じくはっきりとした声で言った。よく通る声だ。
「ほぅ…で、その前宰相はこの場にはいないようですが?」
やはりいた方がよかったようだ。こんなにも自分が本物であるか疑われるとは思っていなかった。早々に前宰相を連れてきた方がいいだろうか。王子の方に目をやると王子も前宰相がいた方がいいと思ったのか頷いた。
「分かりました。少々お待ちください。あの者を呼ばせます」
王子が言うとミハイルが前宰相を呼びに出て行った。
なるべく先手を取りたかったが仕方ない。司法大臣はここ数年で大臣になったようだ。十年前には城にも地方にもいなかった。出自不明である。
「待っている間によろしいでしょうか。皆さんは正式な手順を踏んで今の立場にいるのですよね?」
三領主と財務大臣以外は皆顔をしかめた。あの場にいなかった将軍も不思議そうな顔をしている。
「どういう意味でしょうか?」
最初に質問してきた内務大臣が再び口を開いた。元々あった眉間の皺が更に深くなっている。
「私から説明させていただきます。実は自称で大臣副大臣等の役職に就いている者や、他者の名前を使い、手当金を不正受給をしている者がいる可能性が出て来たのです。今ここにいる皆さんには前者の疑いがあります。あの愚かなる王の治世前期では紙で任命の記録が残っていますが、後期になると口頭だけでの任命になり、それを利用し自称で大臣副大臣等を名乗る者が出て来たのです」
財務大臣が味方になってくれて本当によかったと思う。彼は物怖じせず発言出来るのだ。
自分が先ほど使った愚かなる王という言葉を引用した事から、かなりあの男を恨んでいたようだ。
「ならば宰相と将軍はどうなのでしょうか?」
内務大臣が言うと何人かが宰相と将軍を見た。見られた本人達は正式に任命されたのだから微動だにしない。
「私は今から来る前宰相に宰相の座を譲られ、将軍は私が任命しました。もちろん紙でです。王の不在時等は私一人の権限で任命出来ますからね」
「ならばお二人は正式に宰相と将軍という事ですね。ちなみに私と副大臣は書類が残っているはずです」
内務大臣の言葉に私も私もと続く声があった。それを今回はアルトゥールが連合軍の臨時書記官として書き残しているようだ。しかし、その言葉が本当かどうかは分からない。言葉を信じるなら財務大臣、内務大臣と副大臣、国防大臣、侍従長と侍従次長、医務官には書類で任命されたそうだ。
ここで軍医が王子の背後にまわった。何かに気付いたようだ。
「どうかそのままお聞きください。司法大臣の様子が先ほどと全く違います。手で口元を覆っています。何か隠しておきたいのでしょう」
視線は向けずに視界にだけいれると確かに司法大臣は口元を手で覆っている。
「司法大臣はどうですか?その立場からすると紙に残さないなんておかしいですよね?」
「え、ええ。おっしゃる通りです」
先ほどの毅然とした態度は陰を潜めている。声もやや強ばっているようだ。
「流石に文書偽造は出来なかったのですか?」
「何の話でしょうか?確かに紙では残っていませんが私は口頭で任命されました」
司法大臣は少し自然に話せるようになったようだが、最初に喋った時とは大分違う。
「本当に?」
「何ですか?先ほどの仕返しですか?」
司法大臣の語気が荒くなってきている。
「…その分だと処刑された人達の名簿はなさそうですね」
司法大臣に睨まれたので大公代理のように作り笑顔で返した。上手く出来ているのかは分からないが、あの笑顔には相手を言い知れぬ感情にさせるので睨み返すよりはいいだろうと思う。
「まぁまぁお二人とも落ち着いてください。何も厳しく罰せよう等とは考えていないのです。貴方が司法大臣になってから刑の執行が遅れていて、その間に死亡したとされる者が増えていますから。…どうですか?本当の事を言ってくださいますか?」
宰相は子どもを宥めるように優しく言った。これなら泣いていた子も泣き止みそうだ。
「……」
全員の視線が司法大臣に向いている。その司法大臣はかたく口を閉ざしている。
扉をノックする音がした。ミハイルが前宰相を連れて戻って来たようだ。
髪や髭が整えられ、服装もこの場にあった小綺麗な物を着せられている。それを見た大臣達から小さなざわめきが起きた。
「あら、元侍従次長補佐官さん久しぶりね」
自分がそう言うと、前宰相はフンと鼻で笑った。
「王女様お久しぶりです。今回はなんの用ですか?このおっさん達の前でエレオノーラ様ご本人だと言いえばいいのですか?」
「もう言ってるじゃない…。聞いての通り、私を塔送りにした本人から証言を得られました」
「皆さん異論ありませんね」
王子が大きめの声で言うと、半数以上は釈然とした表情で頷いたが、まだ納得していない人も何人かいるようで、これは時間をかけて信用して貰うしかない。
「じゃあ帰ってもいいか?読んでた本がちょうど良いところだったんだよ」
自分と対面した翌日から本を与えたのだ。鼻歌を作るのに参考になるかもしれない。いや、ならないか。
「まだ駄目よ。この件以外に聞きたい事があるの。これは命令よ」
「命令じゃ帰れねぇなぁ」
前宰相は気怠そうに言った。
「お待ちを。王女様が命令出来ると言うことは法を改正したのでしょうか?」
先ほど口をつぐんだ司法大臣が言った。ここで、モコシュ大公国と血縁関係にあり、大公代理に必要書類に署名して貰った話をした。当然、大公代理はモコシュ大公国を愛しているのでケレース王国の王になる気はないと伝えた。
「ほう、司令官殿に似た人物は誰だろうと思っていたのです。モコシュ大公国ならセマルグル王国と血縁関係にありますから当たり前ですね」
内務大臣が関心深げに言った。
王子が似てるのか、ととても小さな声で呟いたのが聞こえた。かなり気にしているらしい。自分は言わないように気を付けねば。
「話を戻します。あなたはこの中に正式に任命されていない大臣や副大臣がいるのを知っていますか?」
「はい」
「それは誰ですか?」
「…司法大臣、農務大臣、国防副大臣…ぐらいしか分かんねぇな」
「ありがとう」
皆、仕事が出来るとされる人物だった。名指しされた者達は口元を歪めている。それ以外は驚いていた。
「あなたは知っていたのにどうして放置したのですか?」
「面倒臭いと思ったからだ。実際仕事が出来るからいいかなと思ったんだ」
「前にいた人達はどうしたのですか?納得させるのは大変だったんじゃないですか?」
「そこは金を払ってだな…」
「もしや、宮廷貴族の手当金の不正受給者とはその者達ですか?!」
財務大臣が立ち上がって叫んだ。自分からの質問ではないので前宰相は黙っているようだ。
「彼の質問に答えてください」
「ああ、そうだ。そうでないのもいるだろうがな」
「そうでない人は何者ですか?」
「すでに捕まったり死んだ奴らだ。悪行に加担していた奴らだな。まぁまだ逃げたり隠れたりしている奴らもいるかもな。役職に就けない方が動きやすかったりするから金を払って動かしていた」
前宰相はさもそうするのが当たり前のように言った。一体それでどれだけの人の命を犠牲にしたのだろう。どうしても前宰相の言い方が許せなかった。
「そう…あなたは何人処刑されたか知っていますか?名前は知っていますか?」
「…すみません。…分かりません」
「名も分からない者を処刑場に送った時の気持ちはどうでしたか?!」
「っ……!」
前宰相はそれまでの飄々とした態度から一変したじろいだ。動揺を見せている。
「王女!今はそれを聞く時ではありません!」
王子に止められた。止められなかったらそのまま続けていただろう。自分は息を整えるために一度深呼吸をした。
「失礼しました。彼に他に聞きたい事がある人はいますか?」
自分の問いに皆が俯き黙っている。もう前宰相の出番は終わりで良いようだ。
「では今後人事異動などを行います。欠員が出ている部署が多いので兼任して貰うかもしれません」
宰相が今後について簡単に説明してくれた。皆が宰相の話に耳を傾けていると、また部屋の外が騒がしくなってきた。何やら人が集まってきているようだった。
何やら騒がしくなってきました。
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