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28.軍医

 ※2020/05/31加筆修正いたしました。


 彼女はまたも衝撃的な発言をした。結婚する気はないと言ったのだった。婚約者の有無を聞いてきたので結婚願望があると思っていたので、殴られたたかのような衝撃を受けた。

 他の者に動揺している姿を見られたくなかったので、彼女の部屋を出てからかなり早足で陣営に戻った。食事はいつも陣営で摂っている。アルトゥールが少し遅れたが問題なく付いて来た。

 

「だからさっさと王女様に結婚の申し込みをしてしまえばよかったんですよ」


 今後の指示を出した後、部屋に入ると開口一番、アルトゥールが茶化すように言ってきた。


「あの慌てっぷりは…ふっ、面白かったです」


 茶化してきたアルトゥールより、ミハイルの方が非常に腹が立つ。


「なんだ、その顔。そんな顔をご両親に見せられるのか?」

「この場にいないので何の問題もないです」


 ミハイルは真顔に戻って答えた。アルトゥールが笑いを堪えている。


「妹が発端ですね。すみませんでした」


 ドナートが頭を下げる。リーザも悪気があった訳じゃないだろう。まぁ、最初は何言ってるんだと思ったのだが。


「いや、彼女の結婚に対する考えを知られてよかった」


 彼女は大事な人がいなくなる事を恐れている。彼女の生い立ちを考えれば当たり前だ。


「さて、夕方には高官を集めて王女様の生存公表します」


 ミハイルが話していた時に戸をノックする音が聞こえ、戸が開いた。給仕係が食事を運んで来てくれた。相変わらず、栄養価だけを考えた食事だ。だが、この国で起った事を考えれば食べ物があるだけでありがたいのだ。ずっと衣食住に不便したことがない、しようはずのない環境で育ってきたから当たり前だと思っていたが、この国はそうではなかった。


「人事はどうするのだろうか。とりあえずそのままか?当人達の反応を見て決めたりしてな。後ろめたい事があれば表情や動作に出るからな。…誰か察知するのが得意な人物はいるか?」

「少し違うのかもしれませんが、自分でも気付かなかった不調を見抜いてくださるので、軍医殿にはいつも助けられています」


 ドナートが言った。食事をじっと見つめている。腹は減っているが味が味なのであまり食べたくないのだろう。仕方なさそうに食べ始めた。


「確かにそうですね」


 ミハイルも同意した。ミハイルはただの栄養補給だと割り切っているのか黙々と食べている。


「キリル様はお得意そうですよね。観察力や洞察力があると思います」


 アルトゥールは美味しい物を食べている想像して食べるらしい。虚しくないのだろうか。


「あいつの話はしないでくれ。飯が不味くなる」


 そう言うと皆黙って食事を続けた。無味ではないが乾燥しているので水分を摂取しながらでないと喉に詰まってしまう。もっといい保存食や兵糧を開発してくれないだろうか。


「そう言えば、アルトゥールは北領領主の化粧に完全ではないが気付いていたんだろう?」


 先ほどの出来事を思い出す。アルトゥールは北領領主を見た時に違和感を覚えていた。


「何となくですけどね。日頃姉や妹達の化粧での変ぼ…変化を見ていたからでしょうかね」

「お前んとこの女性達は…その、華やかだからな……」


 アルトゥールの血縁者の女性達は華があるのは事実だが、服装と言動もかなり派手である。皆思い出したのか遠い目をしている。


「話を戻しましょう。軍医殿に同席して貰いますか?軍医なら他にも何人かいますから一人抜けでも大丈夫でしょう。お願いしてみましょうか」

「話だけでも聞いて貰うか」




「はあ、会議の時に高官の様子を見てくれと…」


 彼女の存在はまだ黙っておきたいので会議と伝えた。

 軍医は言いながら困惑した表情をみせた。軍医の隣で備品整理をしていた衛生兵もきょとんとしている。


「いつも自分ですら気付かない体調変化に気付いてくださるので…」


 言いかけてやめた。軍医が渋面になっていたからだ。椅子に腰掛けて腕組みをしている。


「そりゃあ普段から見ておりますからねぇ」


 軍医は組んでいた手を解き、両膝に置いた。衛生兵も軍医と同じ意見のようで一回頷いた。


「なんでしたら、殿下達なんて子どもの頃から軍に顔を出していたから小さい時から知っておりますよ」


 兵士の真似をして遊んでいたら怪我をし叱られた事を思い出した。いつも止めてくれるドナートがおらず、自分とミハイル、アルトゥールではしゃいでいたら一人が滑って転んで連鎖的に三人とも転び、両手足をすりむいたのだった。子どもの泣き声がすると兵士達が様子を見に来たら身なりの良い子ども三人が泥まみれになっているが発見された。服装や発見場所に忍び込めるのは王族か高位貴族の子息女でしかないので、兵士達は大慌てで医務室に運んだのだった。幸い大した怪我ではなかったのだが、その時ひどく叱られたのだった。


「そこをなんとか…」


 あの時の出来事を思い出してしまい強く言えない。ミハイルとアルトゥールも思い出したようで、黙ってしまっている。


「…アレクセイ王子、来て欲しいならお願いではなく命令してください。貴方は司令官で私はただの軍医です。それに貴方は王族です。貴方はどうも遠慮がするきらいがある。早く中高年に命令するのに慣れてください。」

「分かった。会議に同行せよ」

「御意」




 軍医を彼女と宮廷貴族達の対面の場に同行させるのが決まり、後で彼女の部屋に連れて行き、そこで事情を説明する事になった。

 宰相が城内に用意してくれた部屋に行き夕方の準備をする。先ほど宰相の部下から各部署の長と副長の名前が書いてある表を貰った。色々注意書きがされており、役職と貴族の任命された書類の有無、人柄や仕事ぶりが書かれている。書類は連合国軍突入のどさくさに紛れて燃やされた可能性もあるので、無くても自称とは言えないらしいのだ。


「もうこんなに調べてあるのか。宰相殿といい、将軍殿といい、よい部下がいるのだな。いや、指導力や指示が的確なのだろう」

「お二人の経験によるものでしょう。知識や経験は盗まれませんからね」


 ドナートが感慨深げに言った。他の二人の部下も頷いた。自分から王子という肩書きを取ったら何が残るだろうか考えそうになったが、今は考えている暇はない。


「王女様にも同じ資料を渡されたそうです」

「よし、彼女の部屋に行くか。夕刻まで時間がないから、今から話し合った方がいいだろう」

「あーでは軍医殿を呼んで来ますか?というか一緒に王女様の部屋に直行すればよかったのでは?」


 アルトゥールに指摘され自分は顔をしかめた。


「思ったより時間がなかったのでしょう」


 ミハイルに図星をつかれた。


「経験の差…」


 最後のドナートのつぶやきに心が痛んだ。なのでドナートに軍医を呼ばせに行った。自分とミハイル、アルトゥールは先に彼女の部屋に向かった。




 彼女の部屋に行くと宰相が先に来ていた。彼女も宰相も小柄なのでこぢんまりしている。


「宰相殿、資料ありがとうございました。とても分かりやすいです」

「いえいえ、部下のおかげですよ」

「王子はどの人物が自称貴族だと思いましたか?侍女達にも聞いてみたのですが、仕事が出来ない人なのではないかという事です」


 彼女の青い目がこちらに向いている。


「やはりそうなんでしょうかね。ですが愚かな首長が無能を上に据えるなんてよくありますよ」

「では、逆に仕事が出来る人とかですか?あの男達の無策を嘆いてならば罰することが出来ませんね」

「それでこちらが、前任の大臣、副大臣についてです。皆さんに頼んで出来る限り書いて貰いました。ついさっき出来たばかりのでこれしかありません」


 宰相が置いた資料を見るために全員で覗き込む。


「ああ、前任の中に無能がいますね。で、現職が有能と…」

「勝手に名乗って大臣の座を奪ったらそれこそ処刑されませんか?この地位につけると言うことは、あの男や、前宰相などと繋がりのある者なんですよね?」


 彼女は怪訝そうな顔をしている。


「あの前宰相が変わったのに気付かないはずがありません。前宰相は俺だって故郷がボロボロになるのは、とか言っていませんでしたか?もしかしてわざと見逃していたとかでしょうか?」


 ミハイルが言った事は十分あり得る話だ。


「その見返りだか変わりだかに手当金を懐に入れていたとかか?」


 皆でうーんと唸ってしまった。


「あの者も連れて行きますか?当初は宮廷貴族以外の者達の前ででしたが、次々と疑惑が浮かぶので一番内情に詳しいであろうあの者を連れて行って洗いざらい白状させましょう。今は命令が使えますから、断れないはずです」


 あの者とは髭…前宰相のことだろう。

 命令と聞いて先ほどの軍医の言葉を思い出した。遠慮があると言われた。彼女はもう上に立つ覚悟が出来ているのだろうか。


『王女はお前が守らなくても大丈夫そうじゃないか』


 奴の言葉が頭に浮かんだ。彼女はすでに腹が決まっている。

 最近は彼女の表情が変わって来たと思う。最初の頃はおどおどとしている事が多かったが、王になると決心してからは少しずつ目つきが変わってきた。まわりに心配かけないようにしているのかもしれないが、宰相と将軍が復職した時のようだ。

 戸を叩く音が聞こえ、ドナートと軍医が部屋に入ってきた。


「王子、お連れしました」

「…そういう事でしたか」


 軍医は彼女と自分の顔を交互に見た後にそう言った。意味深である。


「何がだ?」


 聞かない方がいいと思ったが、疑問はすぐに解決したかった。


「最近王子の機嫌がよろしいので不思議に思っていたのです。てっきり大役を成し遂げ、緊張から解放されたからだと思っておりましたが、こういうことでしたか」


 軍医はにやりと笑った。含み笑いまで始めた。


「こちらの方は?」


 彼女と侍女達が少し警戒しているようだ。ドナートが連れてきたとしても見慣れぬ中年男性が来たらそうなるだろう。


「事前に伝えられずにすみません。彼は連合国軍の軍医です。彼の洞察力は素晴らしいので同行を頼んだのです」


 彼女に軍医を説明した後で、軍医に彼女の素性を伝えた。途中で軍医が十年もと呟いたら、彼女は過去の事ですからと言った。もう過去だと言えるのか。それとも強がっているのか。


「よろしくお願いします。宰相が倒れたときに診てくださったのですね。ありがとうございました」

「それが私の仕事ですから礼には及びません」


 彼女と宰相がお辞儀をし、軍医もお辞儀で返した。


「軍医を同席させるのを不審がる人もいるでしょうから、王女と宰相殿の体調を考慮したと説明します」

「前宰相はどうしますか?決めるなら急いだ方がいいです。衛生的とは言えない姿ですので、風呂と散髪、髭を剃る等しなければなりません」


 ミハイルが何時になく真剣な顔で言った。

 確かに前宰相は数日前の時点ですでに小汚かった。


「どのみち綺麗にしないといけないのですから、今でも問題ないでしょう。相手の出方が分からないのでしたら、話の流れで決めてもいいでしょう」


 宰相のこの言葉が決め手になり、元口髭野郎こと前宰相の身なりを整えさせることになった。前宰相を出すか否かは流れで判断する手筈になった。




「王子の機嫌が良くなったのは熱中出来る事が見つかったからですよね」


 彼女が嬉しそうにこっそり尋ねてきた。満面の笑みだった。

 こっそりといっても部下が側に控えているので筒抜けだろう。


「…そうですね」


 つられて微笑み返しそうになったが、唇を噛んで堪える。


「何かその熱中している事のために贈り物をさせてください。何がよいでしょうか?」

「いいんですか?…いえ、時が来たら言いますのでそれまでお待ちください」


 後ろを振り返ると三人の部下が笑いを堪えていた。不敬な部下達め。




 王女と王子を仲良くさせたいが、なかなかそうもいかず…。

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