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26.西領領主

 少々重い話です。

 ※2020/05/31加筆修正いたしました。


 彼女の言葉を聞き、確かにと思った。普通だったら減刑を望むだろうに、宰相も財務大臣も従者も自分を罰せよと言った。自己犠牲の精神でもあるのだろうか。もちろんそれを悪いとは思わない。


「宰相、財務大臣及び文官達には反省をしてくれればそれで良いとしたの。なのであなたを罰するなんてしないわ」


 彼女が言った通り、大事なのは反省することである。罪人の中には服役を終えたら、罪を償ったのだからと開き直ってる者がいるそうだ。何だったら再び罪を犯す者も少なくない。別に永遠と罪の意識に苛まされろと言っているわけではないが、きちんと反省して再犯しないように生活して欲しいと切に願う。


「そうでございましたか。ああ、少々厄介な事が分かりました。一部の高官の人事異動は口頭だけで文書がない者がいます」


 宰相はドナートに促され椅子に座った。


「…もしかして、宮廷貴族の任命も口頭だけという可能性もあるのですか?」


 思わず険しい顔になってしまった。

 領主は世襲貴族だが宮廷貴族は一代貴族である。貴族には爵位に応じて国から手当金が支給される。宮廷貴族の場合、給料の他に手当金も貰えるのだ。


「わ、私はちゃんと書面で任命されましたよ」


 財務大臣は慌てているようだ。

 あの男の治世初期はきちんと紙で残したのだろうが、後期だと口だけだったのだろうか。


「財務大臣以外の大臣、副大臣で書面によって貴族の任命をされた人は分かりますか?」

「初めの方はそうだったとしか…」


 財務大臣も厳しい顔つきなり、唸るように言った。

 やはり、いつ頃からかは分からないが文書にしていなかったらしい。これでは誰が宮廷貴族だか分からない。中には任命されていないにも関わらず財務省に貴族任命されたと言って、手当金を受け取り、いい暮らしをしている不届き者もいるかもしれない。もしかしたら、大臣や副大臣を辞した後でも貴族を名乗っている場合もあるのだろうか。


「大臣、金の流れはあなたが一番詳しいだろうから尋ねるが、自称貴族あるいはすでに貴族ではないのに手当金を貰っている輩はいないだろうか」

「流石にないと言いたいところですが、手当金は一人ずつではなくまとめての記載しかなく、配っているのは下の者なのです。しかし、変な額ではなかったと思いますがね」


 財務大臣は首をひねった。


「…何も一人分払わなくても何分の一かずつ配るなどしていたのかもしれません。適当に誰かの名前を使ってその人物に支給された分を山分けするとか……」


 色黒の文官が言うと財務大臣達の顔が真っ青になった。唇まで青くなっている。

 すでに死亡した人物、架空の人物、無関係の第三者の名前を使って金を受け取っている可能性もなくはない。


「もし本当にあったとしたら不祥事です。申し訳ない!」


 財務大臣達は深く頭を下げた。


「では皆さんは職場に戻って今すぐ調べてきてください。頼みましたよ」


 宰相は財務大臣を怒るでもなく、優しい声で言った。


「皆さんお願いします」


 彼女も穏やかな表情と声で言った。


「御意」


 財務大臣と文官達は彼女の部屋から出て行った。最初は侵入者だったが、出て行くときは頼りになりそうな臣下に変わっていた。


「領主の皆さん、従者の皆さん、騒ぎに巻き込んでしまいすみませんでした」


 彼女は領主達の方を向き謝罪した。

 領主や従者の背筋が伸びる。


「いや、王女の生存を隠しておくと判断したのはこちらですので、私からお詫びします」


 自分からも謝罪した。実際に財務大臣達の不安材料を作ったのは自分である。


「いえいえ、そんな。皆無事でしたので大丈夫でございますよ」


 南東領領主は笑顔言った。


「しかし大変な事になりましたね」


 南西領領主が困ったような顔つきで言った。北領領主は何も言わず頷いているだけだ。同意という意味だろうか。


「気に入った人を上だけでなく下にも置いておくなんてやりますねぇ」


 アルトゥールが何時になく険しい顔をして言った。


「あの髭の仕業なんじゃ…」


 あの元口髭野郎ならやりかねない。あの男にそんな知恵はないだろうから尚更である。後で、地下牢に行って問い詰めてみようか。


「配布した人物や手当金を受け取った人を調べれば分かる事です」


 宰相の言う通り、それが分かれば誰に繋がっているのかも分かる。


「他の宮廷貴族への説明はいかがなさいますか?宰相殿と将軍殿、三領主と財務大臣は王女様の味方になってくださいますが、それだけでは心許ないのではないでしょうか」


 自分は十分だと思ったが、慎重な部下のミハイルは不安なようだ。


「そもそも、正式に任命されていない者もいるかもしれないのに宮廷貴族の前で王女の生存公表か。宰相殿、宰相と大臣と副大臣が宮廷貴族なのは確実でしょうが、他に宮廷貴族に任命されているのはどんな役職ですか?」


 国によって基準が違うだろうし、貴族制度そのものがない国もある。


「将軍と副将軍、侍従長と侍従次長などがそうです。医務官も該当しますね」

「今の医務官はヤブ医者でございます。王女様を診てくださった方が一番腕のいい医者です」


 侍女のアンナが言うと他の侍女達が勢いよく頷いている。そんなにヤブなのか。


「ええ、あの方はいいお医者様でした。今、医務官に任命してしまいましょうか。なんでしたら、全体の人員配置の変更を発表してこれが公式であるとしましょうか」


 彼女は思い切った事を言った。確かに誰が何をしているのか曖昧すぎるので新しく組み替えてしまうのもいいかもしれない。彼女の名前で宰相、大臣と副大臣、将軍と副将軍、侍従長と侍従次長、医務官を任命する。それに伴い爵位も授与し、それ以外は宮廷貴族ではないとするとかだろうか。


「何人か信頼出来る者に心当たりがあるので彼らにも相談しましょう。お三方は王城内にどなたか知り合いはいますか?」

「領の出身者ならば把握しておりますが…」


 南西領領主がそう言った後、表情が暗くなった。他の領主や従者も同じである。皆強ばった顔になっている。


「もしや安否不明の者がいるのですか?」


 自分が聞くと南西領領主は渋い顔をして頷いた。


「そうですね。逃げてくれたのならいいのですが、連絡もないとなるとあまり希望は持てません」


 南西領領主がため息交じりで言った。便りがないのは良い便りという言葉があるが、この場合は当てはまらないだろう。


「今までの話を聞く限り、処刑の記録もあるかどうか…。せめて弔いはしてやりたいですね」


 南東領領主は嘆くように言った。


「刑の執行は軍部でしたよね?」


 彼女はやや眉間に皺を寄せ、いつもより低めの声で言った。宰相が彼女の方を見て首を縦に振った。


「ええ、前将軍は牢に入れていますので聞いてみましょう」

「い、生きているのか?領民を殺そうとした男だぞっ!」


 宰相の発した言葉に今まで黙っていた北領領主が声を上げた。悲鳴のような声だった。


「無抵抗で降伏したのでそのまま牢に入れました。お気持ちは分かりますが、彼もまた家族を人質に取られていたそうです。あなた方と同じなのです」


 北領領主は肩を落とした。兵士達と同じ気持ちだろう。時が解決してくれる事を願うばかりだ。


「…私も両親や、幼い頃に世話になった侍女達の弔いをしたいですね。復興したら国全体で慰霊祭か何か催しをしましょうか」


 後ろで侍女達が涙ぐんでいた。彼女を思ってなのか、かつて共に彼女に尽くした侍女達を思ってかは分からない。侍女達の性格を考えると両方だろうか。

 慰霊祭は遺族のためでもある。遺族全員の心が慰められたり、癒やされたりすると言うわけではないが、何か区切りをつけられたら、前に進めたらと思う。

 



「改めて、本来ならお礼だけだけの予定でしたが、領主と従者の皆さん巻き込んでしまいすみませんでした。部屋を用意しておりますので案内させます」


 ミハイルに案内を促し、ミハイルが戸の方に移動する。


「…出来ればその部屋には得体の知れない調度品がないことを祈ります」

「ええ、まったく…。あれは既製品ですか?」

「そのようでございます。商品図録を見て気に入ったようです」


 南東、南西領領主はとても嫌そうな顔をした。自分も同意見だ。

 北領の従者が言うにはあれは売り物で、他の誰かも所有している可能性があるようだ。


「怖いという感想しかないのに…」


 北領領主はじっと床を見ている。領主という立場から城に運ぶ荷物には目を通していたのかもしれない。思い出したのか顔が青くなっている。


「元々目立つ所にしか置いていなかったようです。なるべく片付けさせましたので大丈夫です」


 なるべく…と誰かがつぶやいた。

 ミハイルと共に領主達が部屋から出て行った。戸は閉められ、いつもの見慣れた者達だけになった。

 安堵のため息をつこうとした時、視界の端に誰かが崩れて行くのが見えた。即座に目線をそちらに向けると彼女が倒れかかっていた。


「王女!」

「大丈夫ですっ。こ、腰が抜けてしまいました」


 なんとか受け止める事が出来た。相変わらず彼女は軽かった。彼女の顔を見てみると血の気が引いていた。

 彼女をそのまま長椅子に座らせる。


「あんなに沢山の人を見たのは久しぶりだったので、緊張してしまいました」


 彼女の生存公表の時は城内で働いている者を集めて行うつもりだったが、数十人ほどでこうなってしまうのでは延期した方がいいだろうか。あるいは部署ごとにした方がいいだろうか。


「大丈夫ですよ。公表の時には皆さんを馬鈴薯か南瓜だと思って頑張りますから。国民をそんな風に思うのは悪いと思うのですが、なるべく早く知らせた方がよいと思うのです」

「王女……」

「王女様、無理をしてはいけませんよ」


 宰相は孫を心配するような目つきで言った。


「あなたに言われても説得力がないわね」


 彼女は顔色が悪いながらも宰相に言い返した。


「ははは!それもそうでございますな!」


 宰相は昨日倒れた人とは思えないぐらい大声で笑った。彼女もつられて笑う。二人に無理をさせてばかりはいられない。地下牢の元口髭野郎と、将軍の友らしい前将軍に情報を聞き出してくるか。そういえば、この騒ぎの中、将軍が顔を出さなかった。どうしたのだろうか。


「ところで将軍殿はどうされました?」

「ああ、朝早くに城を出られたそうです。なんでも西領の前領主の息子を迎えに行ったそうです。王都の近くまで来ているとかなんとか」


 宰相に尋ねたつもりだったがアルトゥールが答えた。知っているなら伝えておいて欲しかった。昨晩、宰相が倒れた時は走ってやって来たので何かあったのかと思ってしまった。


「彼に西領領主の打診をしたいと言っておりましたな」


 そうだ、領主の事もあったのだった。西領は前領主の息子に打診するとして、中央領はどうするのだろうか。元首都というだけあって昔は栄えていたらしいが今は見る影もないそうだ。都全体が廃墟だれらけ、廃都となっている。


「城内の事だけでなく国全体に目を向けないといけないですよね。もっとしっかりしないと」


 彼女には休んで貰いたかったがやる気を出させてしまった。どうしたものかと思っていたが、戸をノックする音が聞こえた。


「失礼いたします」


 今さっき噂した将軍だった。後ろには二十代半ばぐらいの青年が立っていた。西領の前領主の息子だろろうか。


「おや、北と南東、南西の領主達は?」

「王女からのお礼を済ませたところです。今は一旦部屋に戻って貰いました」

「そうでしたか。皆さんにご紹介します。彼は西領の前領主の息子です」


 将軍が紹介した後、青年は頭を下げた。身に着けている服は平民が着ている物と同じだが、品格があるのは代々領主家であるという矜持を忘れなかったからだろうか。


「彼を領主にと言う事でしたね。将軍の推薦と元々領主の家系なのだから問題ないと思います。直ちに領主になってもらいたいと思います。よろしいですね」


 彼女は腰が抜けているにも関わらず、凛とした表情で言った。


「はい。」


 青年、いやもうすぐ西領領主になる人物が返事をした。

 それを聞き、クラリッサが紙とペンを持って来た。宰相が受け取った。


「王女様、しばしお待ちを。今必要書類を書きますので」

「…思ったのだけど、私はまだ王女よね。私が署名してもいいのかしら?」

「署名などは公表してからと思っていたのですが、王の代理としてならいいのではないでしょうか」

「代理………」


 代理と聞くと奴を思い出してしまうので思わずつぶやいてしまった。そのつぶやきを聞きドナートとアルトゥールが顔をしかめた。

 別の事を考えねばと思った。


「すげ替えられた者には子はいますか?爵位を取り上げないとその子どもが領主になってしまいますよ?」


 もし子がいた場合、爵位を取り上げてからでないと目の前の青年を領主に任命出来ない。


「ええ、そうですね。女性参政権を復活したのですから、子であれば誰でも引き継げますからね」


 彼女が心配げに言った。他の者達も眉をひそめている。


「いえ、あの者が自害した後、妻と子どもも自害しました。ただ…」

「ただ?」


 部屋の中の全員が青年の方を見た。宰相も手を止めて青年を見ている。


「遺体を確認したのですが、自殺したようには見えなかったのです。領城から離れた低い崖の下で妻子の遺体が発見されたので、当初は身を投げたのだろうと思われていたのですが、不審な傷が見つかりました。どうも死後についたらしい傷が複数ついていたのです」

「誰かが妻子を殺した後、崖から落とした可能性があるという事ですね。死んだ後は血流が止まるので傷を負っても血が出ないそうですから」


 先ほどのインク話の時も思ったのだが、彼女は推理小説も読んでいたのだろうか。


「ええ、そうです。王女様お詳しいのですね」


 青年は目を丸くし驚いている。


「本で読んだだけですよ」


 彼女は苦笑いをした。やはり推理小説の類いを読んでいたようだ。


「言いたくはありませんが領民が?」

「はい…。しかし彼らを責める事は出来ません。もちろん称賛も出来ませんが。犯人捜しをしても皆が庇うでしょうし、もしかしたら自分がやったと名乗り出るかもしれません。彼らはそれだけの事をしたのですからね」


 皆が殺したいと思っていたと言う事だろう。自分の手で殺したかったと思うほどの事をしたのだ。


「はい、書き終わりました。王女様、署名をお願いいたします」


 宰相はいつの間にか文書作成に戻っていたらしい。彼女は書類に署名する。


「はい、書けました。次は貴方ですね」


 彼女が書き終えるとアンナが紙を青年の方へ向け、ペンを渡した。


「ええ、ありがとうございます」


 青年はペンを受け取ると署名をし、西領領主になった。


「爵位は以前と同じ伯爵です。よろしく頼みましたよ」


 宰相は優しく穏やかな声で言った。皺のある顔をさらに皺まみれして笑った。


「…勇気ある者が死に、臆病者が残った。後生そう言われないように励みたいと思います」

「西領を頼みます」


 あの男に諫言した者は処刑され、媚びへつらった者が生き残った。いや違う。生き残った者は耐えたのだ。生にしがみついたのだろう。


「何か足りない物があれば連合国軍に言ってください。物資ならば融通出来ます」

「食糧は十分行き渡っておりますので大丈夫でございます。ありがとうございます」


 最後の方は涙声になりながら新しい西領領主は深々と頭を下げた。




 危うく法医学者エレオノーラになるところでした。

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 ※予告なく加筆修正する場合がございますので、予めご了承ください。

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