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25.財務大臣

 ※2020/05/31加筆修正いたしました。


 なだれ込んで来た人達は全員文官のようで、剣を構える王子や王子の部下達を見て一瞬慌てたようだ。だがすぐに部屋にいた全員に敵意を向けてきた。

 自分は侍女達を退け、前に出た。距離があるので相手から危害が加えられない位置に立った。


「何のようですか?無礼にもほどがあります」


 自分は出来る限り落ち着いて言った。感情的になってしまったら相手がこちらに攻撃してくるかもしれない。そうしたら当然彼らは斬られるだろう。無駄な血は流したくないのでそれは避けたい。


「あんたこそ何者だ!」


 なだれ込んできた人達の中で年長かつ身なりのよい者が、自分を上から下まで見て言った。恐らく財務大臣だろうと思われる人物は、爬虫類のような目をした人物だった。他の人達は全員、財務大臣と似た服を着ている。同じ部署なのだろうか。


「新参者には分からないようですね。私はフェルディナンド五世が第一王女エレオノーラと申します。あなたが財務大臣ですか?」

「エレオノーラ王女様だと?」


 侵入者全員が怪訝そうな顔をした。


「質問に答えなさい!」


 リーザが声を上げ、侵入者を睨み付けた。侵入者に剣先を向ける。


「ああ、如何にも私が財務大臣だ。エレオノーラ様は薨去(こうきょ)したと聞かされていたのだが、誠に王女様ご本人なのか?」

「そうです。地下牢にいる髭を生やした前宰相が証人です」

「財務大臣、言葉遣いをを改めなさい。王女様に失礼です」


 南東領領主が語気を強めて言った。柔和そうな印象を持っていたが、今はとても険しい表情になっており、目がつり上がっている。


「王女様ご本人だという証拠がないだろう!前宰相も減刑をネタに証言させるのかもしれん!」


 尤もな判断である。死んだと思われていた人物が実は生きていただなんて誰が聞いても疑うだろう。自分だって同じ立場なら疑うだろう。


「私達は王女様が六つの時から身のまわりのお世話をさせていただいてきました。私達は十年前のあの日まで王族専属の侍従や侍女の下で働いていたのです。何度も王女様にお目に掛かってきました。どの段階で入れ替わっても見間違えるはずありません」


 ダニエラとアンナは互いに震える手を取りながら言った。


「お前達も金を貰って嘘を言っているのかもしれないだろ!」


 財務大臣達が疑いたくなる気持ちも分かるが、話しも聞いてくれないとなると厄介である。どうしたら話を聞いてくれるだろうか。


「財務大臣、落ち着いてください。あなたが言う嘘の証拠もないですよね。何を必死になっているのですか?貴方が処刑された女と親族なのは知っています。罰せられるのではと思い焦っているのは分かりますが、言って良い事と悪い事も区別が付かないんて、流石あの女の親族ですね」


 あまり良い策ではないが煽って見ることにした。


「なんだと?!あんな!あんな女と一緒にするな!私は実力でここまで来たんだ!」


 財務大臣はあの女の親族だという事に嫌悪しているようだ。今までで一番大きな声で怒鳴った。怒りで顔が真っ赤になり、体も震えている。


「そうでしたか。それは失礼しました。ここで何をしていたのかですが、ここにいる北、南東、南西の三領主は嘆願書に署名をしてくれたのです。そのお礼がしたかったので司令官殿にお願いして呼んでいただいたのです」

「ええ、王女が直接会って礼がしたいとのことでこちらの三領主をお連れした」


 王子は淡々と答えた。


「南東と南西は分かるが北がなぜ署名したんだ。元からいた領主であの男と一番癒着があったのは北だぞ。にわかに信じられん」


 他の文官達もそうだそうだと言う。北領の二人は冷や汗をかいている。


「北領領主には罪を問わないから署名しろと言ったのだ」


 王子は再び何の感情も込めずに淡々と言った。


「そ、そうです。それで署名しました。ゆ、癒着だというが、りょ、領民を守るにはそうするしかなかったんだ。い、一日一人ずつ殺す人数を増やすと言われたんだ。ひ、一人だって死んでいいわけないんだ。し、し、仕方なかったんだよ」


 てっきり従者が説明するのかと思ったが、北領領主自ら証言した。

 北領領主は怯えているようだった。今にも泣き出しそうだ。大きな体を小さく丸めている。

 良心は持ち合わせているようだが、目先の娯楽にとらわれやすいようだ。彼の場合の娯楽は食事なのだろう。


「北領には国の資金を流用した疑いがある!それはどう説明する!」


 財務大臣なのだから知らないはずがないだろう。実力でその地位になったと自負するのなら調べ尽くしたのだろう。


「…それは先ほどこの二人に聞き、なかったと言われました。私はその言葉を信じます」

「何を甘いことを!」


 財務大臣の言う通りだが、北領の二人の様子を見ていると真実を言っているように思えた。万が一嘘だとしたら見抜けなかった自分が悪い。


「本当なのです。どうか信じてください。今は無理ですが北領の帳簿を全てお見せします」


 北の従者は必死で訴えた。


「こちらに渡すまでに偽造するかもしれないだろう!」


 財務大臣という職についている事から察するに、今まで改竄された帳簿を嫌と言うほど見てきたのだろう。


「偽造したかはインクの乾き具合や劣化具合で分かるのではないでしょうか」


 確か前に読んだ小説にそんな事が書かれていた。もちろん試料がないと判別出来ないが十分説得力のある話ではないだろうか。


「聞いたことがあります。それで貴族の不正を暴いた国があったはずです」


 ミハイルの助けがあって財務大臣達の顔つきも大分落ち着いた物になってきた。


「だ、そうだ。財務大臣、北領の件はもういいか?エレオノーラ王女本人かは宰相と将軍、そこにいる侍女達や地下牢の前宰相が証人だ。ああ、南東領領主も王女に会ったことがあるのですよね」

「はい。王女様が四つの時に両陛下と共に我が領の菜園に視察にいらしたのです。その時にお会いしました」


 王子に問われ、南東領領主が答えた。

 自分の記憶の中で菜園に行ったのは一度きりだったと思う。


「菜園?…もしかしてその時って髪はまだ黒かったかしら?」

「え、ええ。白髪はちらほらとしかなかったですね」


 質問内容に驚いたのか南東領領主は気の抜けたような表情になった。


「も、もしかして今より大分ふくよかだった…?」


 黒髪で太っちょのおじさんが両親と話をしていた。自分にも話しかけてくれたと思う。


「ええそうです!おお!思い出されましたか!ははは!」


 南東領領主はその細身の体からは想像出来ないほど大きな声で笑った。

 初めて遠出をしたのが南東領だったのだ。その時、菜園でトマトを貰った記憶がある。自分はトマトを気に入り、その後しばらくトマトばかり食べていた。


「南東領領主はこの十年でかなり風貌が変わりましたからね。王女様が気付けないのも無理はないでしょう」


 南西領領主が言った。南東領と南西領はさほど離れていないから交流があるのだろう。


「ほ、本当にエレオノーラ王女様なのですか?」


 財務大臣は大きな目をさらに大きくして言った。


「よく見れば大広間にある肖像画の両陛下に似てらっしゃるから、そうなのではないでしょうか」


 財務大臣の側にいた小柄な文官が言った。


「それこそあの肖像画だって最近描かれたものじゃなさそうでしたよ」


 今度は色黒の文官が言った。どうやら財務大臣と文官達は自分が王女本人だと理解してくれたらしい。きちんと話を聞いてくれる人達でよかった。


「こちらの説明不足で不安な気持ちにさせてしまいすみませんでした。王族への憎悪から反乱が起るのを避けるために、私の生存を秘匿する必要があったのです」


 この説明に文官達は頷いた。心当たりがあるようだった。


「確かに王女様が生きてらっしゃるとの噂が流れたとき、悪く言う輩がいました」


 彼らの話によると、あの男達と同じだと言う者、女に王は務まらないという者、今まで隠れていたのに今更何をしにきたのだと言う者、等である。やはり王族への憎悪の他に女性蔑視があるようだ。


「皆さんに聞きたいのですが、私が王になるのに反対する人はどれくらいいると思いますか?」


 文官達は悩んでいるようだ。自分達の意見を言うのか、大多数の意見を言うのかを考えているのだろうか。


「法は改正したのですか?」


 財務大臣が尋ねてきた。


「ええ、昨日この国の王族の血を引くモコシュ大公国の大公代理に王位継承法改正と、女性参政権復活の書類に署名していただきました」

「…昨日それらしき方をお見かけしたのですが、てっきり司令官殿のご親族かと思いました。よく似ておられましたので」


 色黒の文官が言った。見るからに高貴そうな人物が城内を歩いていたら嫌でも目立つだろう。


「に、似てっ!!…ああ、あいつは私のはとこでもあるんだ。王族同士の婚姻はよくあるだろ。それでだろう」


 王子は大きく取り乱したがすぐに冷静になった。確かに王子と大公代理は他の人達と比べたら似ている所もあるような気もする。だが王子の方が見慣れているからか好感が持てる。


「そうなると、その方に王になって欲しいという集団も出来るかもしれませんね」


 ここで文官達に大公代理について説明した。大公代理はこの国の王にはなるつもりはない事、大公国を愛しているので国から離したら気の毒だと。後は大公代理は自分が傀儡にされるのではないかと危惧していた事も話した。


「傀儡…たまにあの男が思いつきで令を公布していましたが、十年間、官は自由にやっていました。それ以外は目立った事をしなければ殺される心配はありませんでしたから。ふっ、自分や親しい者が死ななければよいとさえ思っていました。完全に麻痺していたんです。自由といいましたが、結局はいいなりでした」


 小柄な文官が自嘲気味に言った。色々思い出したのかうなだれている。その文官以外も気落ちしたようだった。

 非日常が続いて麻痺してしまったのだろう。自分だって十年間塔にいたので、まだ気付いていないが、その弊害が出ているかもしれない。


「そう、でしたか…。ところで東領は女学校が閉鎖になっていると聞きました。女性差別もあるのでしょうか」

「差別…嫁ぐしか選択肢がないのは事実ですね。家業の手伝いなら許されますが、女性が働くのはよしされていないでしょうかね。ああ、そこの領が王女様の即位を妨害するのではないかと言うことですか?」


 小柄な文官が顎に手を当てながら言った。


「ただの一領主が反対出来ないでしょうから大丈夫だと思われますよ。疲弊している民を扇動するにしても現実的ではございません」


 色黒の文官が言った。


「それよりかは南領の領主のご母堂の方が危ういかもしれません。女は男を支えるべきという考えをお持ちですから」


 小柄な文官がそう言ったのを聞いて南西領領主が驚いた。彼は先ほど味方になってくれるだろうと言っていたので当然の反応である。南東領領主と財務大臣も驚いているようだ。


「私にはそんなそぶりは一度も見せたことありませんでしたよ」


 南西領領主が目を見開いている。それに同調するように南東領領主と財務大臣も数回頷いた。


「それは一介の役人と領主様の前では違った態度を取るでしょう。領主や姉君はそうではないようですが、前領主に代わりずっと領を切り盛りしてきた母親に反論出来るでしょうか」


 小柄な文官は困り笑顔のような表情で言った。

 味方につけるのなら領主と姉ということか。しかしどうやったらいいのだろう。母親を引退させるのにはまだ若いだろう。

 皆が神妙な顔つきになっていると、王子が口を開いた。


「どうせなら良妻賢母を育成するための学校を作り母親にはそこで教鞭をとって貰うのはどうだろう。学校長などの肩書きを与えるのもいいかもしれない。もちろん純粋に女性が学問を学ぶための学校も作る。どちらか選べるようにするとかどうだろうか」


 王子が母親を権力から遠ざけるための策を言った。教師ならば悪い顔はしないかもしれない。

 女性の将来のために選択肢を作るというのも面白い。領主達も興味深く思ったようだ。


「役人の採用に反対する人もいるかもしれませんが、今は人員確保のために女性の力が必要だと言って丸め込みましょう」


 ミハイルが真剣な顔つきで言った。


「何やら会議みたいになっちゃいましたねぇ」


 アルトゥールは何やら楽しそうに言った。有り難いことに、皆がこの国の事を思っているのに違いはないのだ。

 財務大臣と文官達が顔を見合わせ何やらヒソヒソと話をしている。


「エレオノーラ王女様、先ほどは大変失礼な行いをしてしまいました。彼らは私に便乗して付いて来ただけでございます。罰するなら私だけにしてください」

「えっ!」


 直前に財務大臣と話していた内容と違ったらしく、文官達は吃驚している。


「今は一人でも多くの人が必要なので反省だけで結構です。あの女の親族だからといってあなたを更迭する事もしません。そもそも不安にさせてしまったのは私の方です」

「よ、よかった。今は私達は王女様が王になるのを支持すると話していたのに、大臣が全然違う事をおっしゃるので…ああ、よかった」


 自分の言葉に文官達は安堵した表情を見せた。


「皆さん、何やら騒ぎがあったと聞きましたが、大丈夫でしょうか」


 開いたままになっていた戸から宰相が顔を覗かせ、そのまま部屋の中に入ってきた。


「宰相!もう大丈夫なの?まだ休んでいた方がいいのではないの?」

「王女様、ご心配はいりませんよ。もうこの通り元気になりました。さて、王女様、彼らのしたことは官の長である私の責任です。どうか処罰は私に…」

「皆さんどうしてそんなに罰せられたがるのかしら…」


 思わず眉間に皺を寄せてしまった。




 危うく名探偵エレオノーラになる所でした。

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