22.大広間
※2020/05/15加筆修正いたしました。
大広間に着くとドナートがこの国の官と対峙していた。アルトゥールは周囲の人にここから立ち去るように言っているが、人が多すぎてあまり従う人はいない。彼の顔は迫力がないからかもしれない。しかし、よく強面かつ体格のよいドナートに突っかかる人物がいたものだと思う。
「何事だ!関係のない者達は仕事に戻れ!」
連合国軍の兵士達に皆を下がらせる。アルトゥールはほっとした顔をした。
「連合国軍の皆さんには感謝しているが、何をコソコソとやっているんだ!もういないかつての王と王妃の肖像画など飾って、昔を懐かしめとでもいうのか!これを励みに頑張れとでも言うのか!こっちはこれから国がどうなるかも分からない不安の中でやっているんだ!」
まわりから同調する声が聞こえる。年齢性別関係なく悲痛な叫び声がきこえた。
「後日報告がある。それまで待て。今は混乱を避けたい」
周囲の者達にも聞かせるため、出来る限り大きな声で話をした。
「どうせ、この国を支配下に置くつもりだろ!自治国とは名ばかりの植民地にするつもりだろう!」
「そんな事はしない。後日報告があると言っているだろう」
具体的な内容を言えないのがもどかしい。歯ぎしりをしそうになった。
「何故今言わない!今頃どこの国に振り分けるのか話し合っているんだろう!」
「この国はこの国のままだ。どの国に分けられもしないし、支配下にも置かれない」
こちらの言葉に対する疑いの声が多く聞こえてきた。
大広間全体がざわついている中、廊下の奥から小さい人影が近づいてくるが見えた。
「皆さん、静かになさい」
「宰相殿…」
宰相が兵士達に支えられながらやって来た。
宰相を知らない者もいたが、知っている者が教えている。
「司令官殿、うちの城の者達が失礼いたしました。皆さん、どうか聞いて欲しい。司令官殿がおっしゃった事は真実です。後日、良い知らせがあります。それまではどうか待っていてください」
宰相の言葉でこの城の者は静かになった。一部はまだ不満を述べている者もいるが、その人達をなだめている者がいる。
「う、噂は本当なのですか?」
集団の中の一人が言った。今にも泣き出しそうな顔だった。
「それについても後日報告があります」
宰相は子をなだめるように言った。実際、宰相の年齢だと城内の皆が子や孫の世代である。
なんの噂だという声に王女様が生きてるらしい、と小声で言っているのが聞こえた。
「すみません。助かりました」
あの場は何とか宰相に収めてもらった。自分が情けなくて仕方ない。
ドナートとアルトゥールは大広間に残り、後処理をして貰っている。多少の心配はあるが、宰相の言葉でかなり落ち着いたので大丈夫だろう。
宰相の歩く速さに合わせてゆっくりと歩く。宰相は杖をつき、兵士達に支えられながら歩いている。
「いえ、元はと言えばこちらが悪いのです。お気になさらないでください」
「もう隠し通せないのでしょうか。思ったより噂が広まるのが早かったようですね」
「彼らも張り切りすぎてしまったようです」
宰相を支えている兵士達の方を向いて言った。彼らも噂を広めてくれたらしい。兵士達は落ち込んでいるのか、顔を下に向けている。
「肖像画を飾ったのがよくなかったでしょうか…」
奴のせいにしてやろうかとも思ったが、自分も賛同してしまったのでそうもいかない。
「喜んでいる者もいたと聞きましたから、必ずしもそれが原因だったわけではないでしょう。積み重ねなのではないでしょうか」
「元々疲弊していたところで、他国の兵が押し寄せてきたら誰しも良くない事を考えてしまいますよね。こちら側の配慮も足りなかったと思います」
数歩進んだところで宰相が隣にいない事に気が付いた。振り返って見ると宰相が身をかがめていた。兵士達が必死で支えようとしている。
「うっ……ぅぐぐ…」
「宰相殿っ?!どうされました?!」
「だ、大、丈夫です。天気が悪いと傷が痛むのです…ご心配なく……」
そうは言っているが目が虚ろになっている。
「医者を呼んでまいります!」
ミハイルが医者を呼びに駆けて行った。あちらの方向だと連合国軍の陣営の方だ。軍医を呼びに行ったのだろう。
「宰相殿を部屋に。よろしいですね?」
「すみ、ません。お、願いし、ます…」
「過労ですね。お年もお年ですし。雨天で傷が痛む事はよくありますが、疲れが溜まっておられるのでしょう。しっかりと休めばまた今まで通り動けるようになるでしょう」
ミハイルが呼んできた軍医が言った。
「十年ずっと、ずっとこの国のために動いてらしたからな」
宰相は部屋に運ぶ途中で意識を失った。その時はとても慌てたが、どうやら過労のあまり眠りについてしまったらしい。
(ご無事でよかった…)
「宰相様ご無事でよかったです…ずずっ、うっ、王女様も…ご無事でううっ……」
「な、何度もやめてやるって思ったのですが、……ぅう、続けていてよかったです……」
「うぐっ…よがっだ……」
兵士達が肩を震わせ泣き出した。
「お前達はよく頑張ったよ」
そう言うと兵士達は号泣した。部屋の中に泣き声が鳴り響く。大人がこんな風に泣くのを見たのは初めてかもしれない。
(この状況だと宰相に大事があったみたいじゃないか。いや、実際倒れたのだが。…泣かずにはいられないのだろうな。心をすり減らしてずっとずっと耐えてきたんだろう…)
彼らはまだ二十代半ばぐらいなので、兵士になってすぐに王が代わったのだろう。若い時からずっと暗い雰囲気の中で過ごしてきたのだ。
外でバタバタと足音が聞こえ、ノックとほぼ同時に戸が開いた。
「さ、宰相殿が倒れたと言うのは本当ですか?」
将軍がやって来た。息を切らせているので、走って来たのだと分かる。
「疲労が溜まっていらしたそうです」
「はぁ、そうでしたか。部屋の外まで泣き声が漏れていたので、何があったのかと思いました…」
将軍は安堵した顔になった。そして、泣いている兵士に目をやった。兵士達も将軍を見ている。
「しょ将、軍もご無事で、よがっだでず…」
「お、おう。お前達も無事でよかったよ」
将軍の言葉を聞き、また兵士達は号泣した。おんおん泣いている。堰を切ったように泣き出すとはこのことだろうか。
将軍は状況が飲み込めず困惑している。
見かねた軍医が涙や他に顔から出ているものを拭かせるために兵士達に布を渡した。
「王子、各領地の被害の状況をまとめた資料です。簡易ではありますが、有志、いえ、今は先遣隊でしたか。彼らが情報を集めて来てくれました」
「おお、有り難いです」
実に優秀な人物だ。我が国にも欲しい人材だ。
「将軍殿はどこか痛むところはありませんか。その、顔や右腕など怪我の痕は雨の日に痛む事があると聞きました」
「あー、軍人なので痛みには慣れてしまっているのです。どこか痛くても我慢出来てしまうんですよ。」
「む、そういうのが一番危険なんです。それで何人見送ったことか。ちょっと診せて貰えますか?」
軍医は将軍の言葉を聞き目つきが鋭くなった。
将軍は軍医の眼力に負けて体を診察してもらうことにしたようだ。
将軍は上半身に身に着けていた甲冑や衣類を脱ぐ。
「ほぅ、何人も軍人を見てきましたが、これほど見事に鍛え上げられた人は見たことないですね」
「すごいな…」
筋肉もだが、体には無数の傷が付いている事に驚嘆した。顔から首をかすめ鎖骨まで傷が残っている。最近出来たらしい打撲や小さい傷もある。鍛えられているが、やはり麻痺が残る右腕は左腕に比べると細い。
「将、軍、ぞんなにお怪我を…ずずっ」
兵士達は三度号泣をし始めた。もはや泣き止ます術はなさそうだ。
「ふむ、右目は失明していますね。そのまま右頬を斬りそのまま鎖骨まで…。きちんと治療を受けられていたなら麻痺もそれほど残らなかったかもしれませんね。なんとも残念な事です。心音や呼吸音には問題ないようですね。これなら大丈夫でしょう」
軍医は言い終えると塗り薬を取り出し、傷に塗り始めた。
「将軍ほどのお方なら…後ろからですか?」
自分も気になっていたことをミハイルが質問した。何度かうちの国の兵士との剣の打ち合いを見せてもらったが、それは見事なものだった。
「ええ、気付いて振り返った時にやられました。まぁ、やり返して息の根を止めましたがね。剣は左手だけでも扱えようにしていましたから、そのまま何人か切り倒しました」
「すごいですね。俺、いや私も練習してみます」
剣の素振りの時にやってみればよかったと思う。機会があればご教授いただきたい。
「ええ、その暁には王女様を守ってくださるのですよね?」
「なっ!!」
将軍は衣類を着ながらとんでもない事を言い出した。
「ふぁっ!」
「何と!」
将軍にもばれていたらしい。
号泣していた兵士達が泣き止んだ。兵士達は興味深げにこちらを見てくる。
「し、し、司令官様が王女様を!!」
「いいい、いつ婚礼の儀を?」
「おおお、おめでたい!」
兵士達が次々に言った。気が早すぎる。
「ち、違う…くはないが、色々と問題があるから絶対に誰にも言わないでくれ」
そう色々あるのだ。お互いの立場や、他国への説明がある。死んだと思われていた王女と連合国軍の司令官が結婚となると実権を握ろうとしているんじゃないか等言われかねない。
「問題?はっ!すでに結婚相手が決まっておられる?!」
「大国の王子であらせられるから引く手あまたなのでしょう」
「さ、流石です!」
「違う、そうではないっ!」
何が流石なんだろうか。早合点しすぎである。
「…お前達、誰にも言わないように。頼んだぞ」
「はっ!」
将軍に言われ、兵士達は元気よく返事をした。
「頼み事ついでに聞いてくれるか?王女様の警護についてだ。ヴィットリオに任せようと思う」
将軍の言葉を聞き、兵士達の顔色が変わった。それまでにこやかであったのに、硬い表情になった。
ヴィットリオとは前将軍の事である。
「何をおっしゃって…!あの者が何をしたのご存じでしょう!」
「…まさかご友人だからですか?」
兵士達は奥歯を噛みしめて怒りを抑えようとしている。本当は怒鳴りたいかもしれないのを抑えているのだろう。
「そう捉えられても仕方ないと思っている。どうか彼を信じてやってくれないだろうか。他にも弱みを握られ仕方なく従っていた者達を復職させようと考えている」
「そんなっ…!」
兵士達は俯いた。無理もないだろう。理由はどうあれ加害者側だった人物と共に仕事をしろというのだから。自分だったらどうしただろうか。誰にだって将軍側と兵士側どちらも起こり得るのだ。
「今この国の人口は最盛期の半分ほどだそうだ。その中から優れた技能を持った人物を探すのも育成するのも大変なんだ。なんだったら、そいつらの罪悪感を利用してやればいい」
「罪悪感を、利用……」
彼らは眉間に皺を寄せとても悲しそうな顔になった。
気のよさそうな顔している彼らにはそんな事出来ないだろうが、こうでも言わないと納得してくれそうにない。
「殿下言い過ぎです。皆さん、彼らを信じられなくても将軍殿を信じてるのではいけませんか?」
「……」
ミハイルがそう言うと兵士達は皆黙りこんでしまった。
(とても難しい…。どちらも耐えていた。それで突然仲良くしましょうだなんて無理に決まってる。あっ!)
「話が変わってしまうのですが、大広間でドナートに食ってかかってきた人物は誰ですか?服装からすると高官ですよね?もしかして宮廷貴族ですか?」
「殿下、ここは宰相殿が休まれておりますから場所を移してはいかがでしょうか」
「そうだった」
宰相の方を見ると今は寝息を立てて寝ているが、そのうち起こしてしまうかもしれない。
「王女に報告もしたいですし、王女の部屋に移動しますか?」
「夕食中かもしれませんが、伺ってみましょう。…お前達はその顔では王女様が心配するかもしれないから王女様の部屋には入らないようにな」
将軍がそう言うと兵士達は宰相を起こさぬよう声を出さずに頷いた。
語弊がありますが将軍が脱がされる話でした。
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