21.勘違い
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※2020/05/15加筆修正いたしました。
(婚約者はいらっしゃらない…。でも何か堪えるような顔をされてた………)
昼食を口に運びながら、先ほどの事を思い出していた。
(もしかして……)
今日も具沢山のスープだ。食べやすいように小さめに切られており、煮込まれているので柔らかくて飲み込みやすい。
(婚約者の方はいらしたけど、何か事情があって別れることになったんじゃ……)
具を掬った手が止まった。
(も、もしかして…亡くなったとか……?)
具を掬ったスプーンを皿に戻した。
(後で謝罪しないと…。きっと今頃思い出されて悲しんでおられるかもしれないわ。泣いていらっしゃるかも。ああ、何てことを……)
一気に血の気が引いていった。好奇心に駆られて質問してしまったばかりに王子を傷つけてしまった。
「王女様、お口に合いませんでしたか?それともお体の具合がよろしくないのでしょうか?」
ダニエラがとても心配そうな顔をしている。
「いえ、そんな事ないわ。とっても美味しいし、どこも悪くないわ」
「何かあったらすぐに言ってくださいまし。今はずっとそばにおられますから」
「ええ…ありがとう」
塔にいた頃、侍女達は食事を持ってくる以外許されていなかったので、どんなに長くても三、四十分ほどしか滞在出来なかった。しかし今はほとんどの時間を一緒にいてくれ、身のまわりの世話をしてくれている。
天気が悪い日も暑い日も寒い日も必ず来てくれた。自分が一人で悲しまないように本を持って来てくれた。本のおかげで塔の外の世界には色々な物に溢れているのだと知る事が出来た。本当にありがたく思う。
「王女様、ミハイルからお話があるそうです。入室を許可してもよろしいでしょうか」
出入り口付近にいたリーザが言った。その声にハッとした。どうやら考え込みすぎていたらしい。
自分は頷き入室を許可する。
リーザは戸を開けるとミハイルと兵士が入ってきた。兵士は塔に来たうちの一人だ。あの件以来、この部屋の前で見張りをしてくれている。自分の存在に気が付いていたこの国の兵と交代でやってくれている。
「王女様お食事中のところ失礼いたします。先ほどキリル様がお帰りの際に、王女様のご両親の肖像画を城内の目立つ所に飾れば王女様生存の暗示になるのではないかとおっしゃっていました。ですので、肖像画をお借りしたいのですが、よろしいでしょうか」
「両親の肖像画を?そう、そうね。お願いします」
側に置けなくなるのは寂しいが、お願いすることにした。
「はい、ではこちらをお預かりします」
ミハイルは両親の肖像画に布をかけ、兵士と共に運び出した。
目立つ所というのは大広間とか舞踏場だろうか。
「他に両親の肖像画はあるのかしら?何か聞いていない?」
側にいたアンナに聞いてみた。
「あったそうですが、、保存状態がよくなかったそうなのです。修繕出来るかもしれませんが、修繕出来る職人が国内にいないだろうとの事です」
「まぁ、そうだったのね。国が落ち着いたら、他国にお願いしてみましょう」
絵画の修繕が出来る、得意な国はどこなのだろう。後で王子に聞いてみよう。
(いえ、リーザに聞いてみようかしら?きっと私達より詳しいはずだし。王子とはもっと別の話を…?…別の話って何かしら?)
自分でそう思った理由が分からなかった。
とりあえず話を戻そうと思いリーザに聞いてみた。
「ねぇリーザ、絵画の修復が得意な国ってどこの国か知ってる?」
「大陸の一番西の国がそうですが、セマルグルでも絵画修復専門の職人はおりますよ。私は詳しくはないのですが、ああ、宝石の鑑定人が来ておりますから、もしかしたら美術繋がりで知り合いがいるかもしれませんね。聞いて来させましょうか?」
「どうしようかしら…。うーん、急ぎの用ではないからまた今度にするわね。ありがとう」
リーザは頭を軽く下げた。
肖像画がどのような状態なのかは分からないが、絵画を修復する職人の存在を知れて一安心した。
「ああそうだわ。各領の現在状況を把握している人っているかしら。資料があると――」
「王女様、明日でもよろしいのではないでしょうか。根を詰めすぎてはいけません!」
「そうです。まずは体力をつけてからにしましょう。資料等は用意するようにお願いしておきますが、今日でなくてもよろしいのではないでしょうか?」
「そ、そうね。明日にしましょう」
ダニエラとアンナの圧力に負けて、明日以降に各領の被害について聞くことにした。他にも父の政策を知りたいし、あの男の悪法の撤廃や改正もしないといけない。だが、今は聞ける状況じゃない。
(前領主や貴族を集めるのもまだ先なのかしら?…私の生存公表はいつになったのかしら?まだまだ気になる事が沢山ありすぎるわ。早く自由に動き回れるようになりたいわね。違う、自由に動き回るのではなく、一人で出来るようになりたいのよね)
「やはりどこか具合が悪いのでしょうか?食事の手が止まっておりますよ」
「しょ、…そんなことないわよ」
間抜けな声を出してしまって恥ずかしい。
冷めかかっているスープを口に運んだ。慌てて頬張ったので咳き込んでしまい、余計に心配されることになってしまった。
日が傾き始めた頃、雨が降ってきた。夕立だろうかと思っていたら、リーザが気象予報官から聞いた話によると、夕立ではなく夜の間はずっと降るらしい。雨は明日の朝には止むそうだ。農業が主要産業なのだから天気を予想出来る人が必要だ。気象予報官の育成もした方がいいだろう。
塔にいた頃は雨が降ると雷が鳴らないか不安になった。一度塔の近くに落ちた時はあまりにも驚いて気を失ってしまった。気付いたら朝だったので寝てしまっただけかもしれないが、あれ以来雷には警戒している。
(怖いわけじゃないの。音に驚いちゃっただけ…。そういえば先ほどお帰りになったキリル殿は大丈夫でしょうか)
「王女様、アレクセイ王子がいらっしゃいました」
リーザが戸を開けると王子と部下のミハイルが入ってきた。いつもなら足音で気付けるのに雨音と雷の事を考えていたから気付けなかった。
「先ほどぶりです。将軍殿から伺ったのですが、嘆願書に署名した北、南東、南西の領主が城に向かっているそうです。この三領は他の領よりかは被害が小さかったので、登城要請に応えたようですね」
「他の領主はまだ無理ですよね。被害状況などを知り――」
言いかけたところで侍女達の咳払いが聞こえた。王子も気付いたらしい。
「この話はまた今度にしましょう。ミハイル例の話を」
王子はミハイルに話をするように促した。
「王女様、先ほどお預かりした肖像画は大広間に飾りました。王女様の生存公表はそちらで行う予定です」
「公表はいつ頃行うのでしょうか。明日とかですか?」
「宰相殿や将軍殿、あの口髭の男の他に、領主もいた方が信憑性が増すのではないかと思い、三領主が揃ってからにすることになりました。ですので明日以降になると思います」
王子は言った。
大公代理に王位継承法改正や女性参政権復活の書類には署名してもらったので、貴族達に何か言われても押し通せるだろうと思っていたが、自分が王女本人かが問われる可能性があるようだ。
「私が偽物と思われてしまうかもしれないのですね。しかし、あの男達を誅伐してから日が経っていますが大丈夫でしょうか。空位の期間が長くなるのもよくないと思うのです」
「まだ十日ほどですから大丈夫でしょう。何年も空位だった国もありますから、たいして問題にはならないでしょう」
何年も王がいない国があるだなんて驚きだ。混乱しなかったのだろうか。それとも王の座を巡って争いがあったのだろうか。
「王女様が偽物かと思われないかですが、肖像画を飾ったときの反応からすると、噂はかなり広まっているようです」
「そうですか。何から何までありがとうございます」
自然と頭が下がる。
自分がこの部屋にいる間に色んなことが進んでいる。だが近い将来、自分でやらなければいけないのだ。
「ところで王子の髪が濡れているような気がするのですが、雨に濡れてしまったのですか?」
王子の青みを帯びた黒髪は少し水分を含んでいるように見えた。額に何本か張り付いている。
「いえ、運動した時の汗です。拭いたつもりだったのですが、足りなかったようですね。運動不足にならないようにと剣の素振りをしておりました。雨が降り出す前には終えていたので雨に打たれたわけではありません」
王子が剣の素振りをしている姿を見てみたいと思った。一度剣を持たせてもらったが、とても重かった。それを振り回すなんて自分じゃとてもじゃないが出来ないだろう。
「剣の素振りですか」
(もしかして、悲しみを紛らわすために?謝ってまた思い出させてしまったらどうしよう…。ああ、でも!)
「どうされました?」
王子に不審に思われたのか尋ねられた。なので意を決して謝罪することにした。
「あのっ、先ほどは失礼な事を聞いてしまいました。すみませんでした」
「失礼な事?失礼な事を聞かれた覚えはないのですが…」
王子は不思議そうな顔をしている。少し首を傾げて考えている。ミハイルは驚いているようだ。
「こ、婚約者の事です!」
「横から失礼しますが、我々は退散した方がいいですか?」
ミハイルは眉間に皺を寄せ、目を細めて尋ねてきた。
「いや、いい。婚約者ならいないと言いましたが、何かありましたか?」
「ええ、殿下…王子には婚約者をはじめ、恋仲になった方もいらっしゃいませんね」
「あ、あら…?」
「何か勘違いなさった?」
「そうみたいです。すみません」
勘違いだったようだ。不快な思いをさせてしまったのに王子は笑顔だ。自分が勝手に思い込みをしたというのに、笑顔で許してくれるなんて心の広い人だろう。
何やら部屋の外が騒がしい。兵士が走ってくる足音が聞こえる。何かあったのだろうか。
自分が戸の方を見ると王子とミハイルも戸の方を見た。
「お寛ぎのところすみません!大広間でドナート殿とうちの官が小競り合いを起こしております!」
ノック後すぐに、この国の兵士が突然入ってきた。名前はマッテオといったと思う。マッテオが言うには何故もういない王と王妃の肖像画を飾ったのか説明しろという事だった。
「わかった。すぐに向かう。王女、また後で話せたら話をしましょう」
「はい」
「王子、急ぎましょう」
マッテオの後に王子とミハイルはついて行った。三人の足音が遠ざかっていった。
(小競り合いだなんて、そんな…。やはり皆さん不安から苛立ってしまうのかしら…)
「王女様大丈夫でございますよ。あの方なら丸く収めてくださいます」
「ええ、兄は無愛想でぶっきらぼうな所がありますから相手の方に高圧的と捉えられたのかもしれません」
「怪我とかないといいのだけれど」
リーザが冗談を交えて安心させてくれようとしてくれた。
こういう時、自分は何も出来ないのが歯がゆい。
王女は考えすぎて勘違いしてしまうようです。
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