20.台風一過?
※2020/06/14加筆修正いたしました。
彼女の部屋を出ると皆が待ち構えていた。宰相や将軍、侍女達とリーザは彼女がいる部屋の中に入っていった。
一悶着あった後、三人の部下が少し距離をとって奴の見送りについてきた。いつもより間隔が広い気がする。奴に話しかけられないように距離をとっているのだろう。
「実に楽しい時間であった。そうだろう?」
「…そうですね」
こちらからしたら楽しさの欠片すらない時間だった。
「王女を妃にすると言った時、思ったより怒らなかったな。予想していたのか?」
いちいち聞かないで欲しい。イライラする。
「ええ、まぁ」
「そうかそうか、そんなに私の事を理解してくれているのか。嬉しいよ。はっはっはっ!」
奴は大声を出して笑った後、部下達の方を笑顔で見た。ミハイルは昨日の事もあってか顔が引きつっている。
「王女はお前が守らなくても大丈夫そうじゃないか」
「……」
「返事ぐらいしろ。わざわざ来てやったのにこんな仕打ちをされるとは、悲しくて悲しくて昼寝が出来ないじゃないか」
「意味が分からん」
「お、返事をしたな」
奴はにやりと笑った。
奴は本当に人を苛つかせる達人だ。
「知識など後からどうにでもなるが、度胸はそうではない。王女はきちんと自分の言いたい事を言えるようだな」
「ええ」
彼女は演技をしなくても奴と話し合うことが出来たのだ。
「しっかし、この国の貴族は、いや国自体か。女王に厳しそうだぞ。城で働いている女性は皆侍女だ。武官はもちろん、文官もいない。領城でもそうなのだろう?」
「だと思います」
各領城内でどのように女性が人員配置されているかは不明だ。実務はどうだか分からないが、書類上では侍女になっていると思う。
「要職に女性がいないのは想像出来たが、役人すらいないのは驚いたな。貴族のお嬢さん方は何しているんだ?いや、平民のお嬢さん方もだが、良妻賢母になるために将来の夫や息子のためにって?悪いとは言わんが他に選択肢がないのはよろしくない」
「他の国に口出しか?まぁ、ソフィヤが聞いたら倒れそうだな」
ソフィヤとは奴の妹である。自分より一つ下、奴の四つ下の十七歳になる。学者を目指しているらしい。実際かなり頭が良く飛び級しており、すでに大学生だそうだ。
当然この国には女性の学者もいない。
「おお、愛しい妹が倒れたら大変だ。黙っておかねば」
奴は大袈裟に身振り手振りを交えて言った。本当にいちいち面倒臭い。
「そーですねー」
「棒読みじゃないか。まったく…。ん?壁の装飾を外したのか?金や銀だったのだろう?売り先は決まっているのか?なければ我が国で一部買い取るぞ」
「お願いします」
「おい、即答か」
「ついでに調度品も買い取っていただきたい」
あの不気味な調度品はどうにか金に換えられないだろうか。
「いらん!薪なら国内だけで賄える。……アレクセイ、美しいものには人を惹きつける魔力がある。それに飲み込まれないようにな。…なんてな。まぁ本来何をしに来たのかを見誤るなければよいだろう」
「わかった。気を付ける。ご忠告感謝いたします」
のめり込みすぎるなということだろう。
(分かっている。分かっているのだが、ほっとけない…)
「そういえば、何故朝だったんだ?」
「朝…?ああ、あの男達の?毎晩夜通し宴をしているとの情報があったので、寝所にいるのは朝だろうと言うので朝決行になりました」
あの男達の事はあまり思い出したくないので、聞かないでくれると助かる。
「王都に到着するまでによく相手に伝わらなかったものだな」
奴はいつも笑みを浮かべている事が多いのに今は真顔だった。
「将軍が集めた有志に助けられました。彼らが予め兵を買収しておいたんです。元々指揮や伝達の情報系統は壊れていましたから楽といえば楽でしたね」
楽と言ってみたが他に軍を率いた事がないのでよく分からない。いきなり連合国軍の司令官など無茶な事をさせられた。最初は父を恨んだが、大きな収穫があったのは確かだ。
「ふむ、そうであったか。ああ、そうだ。王女の部屋にあった肖像画は王女のご両親の物か?」
「そうですが、何か?」
次から次へ話が移り変わる。頭の回転が速いのか移り気なのかは分からない。両方だろうか。
「城内の一番目立つ所に飾っておけ。王女生存の暗示になるだろう」
「そうだな。噂は流して貰っているが…、飾らせておきます」
「よい案だろう。そうだろう。褒めてくれてもかまわんぞ」
「凄いです。流石です…」
「感情をこめろ、感情を…」
じとっとした目つきで見られた。
話をしているうちに陣営に到着した。奴の護衛が馬を用意し待っている。馬車でないあたり奴らしい。
「うむ、よい休暇だったぞ!」
「待て!暇じゃないとか言ってなかったか?!」
「暇じゃないさ。夏期休暇を前借りしたんだぞ。感謝してくれたまえ。よし、愛する我が国に帰るか。では達者でな!」
奴は馬の腹を蹴り、馬を走らせた。あっという間に行ってしまった。
「お、おい!」
護衛は会釈して奴の後を追って行った。護衛もすぐに見えなくなった。
「疲れましたね」
ミハイルが言うと尚更そう思える。
「ああ…」
「王女様の部屋に戻られますか?」
「ああ、奴の事を謝罪したいしな」
彼女の部屋に戻ると彼女は疲れたのか元気のない顔をしていた。
「どうされましたか?」
「王子、キリル殿は帰られましたか?」
(奴の名は呼ぶのか)
「ええ、元気よく帰って行きましたよ。しばらく、いや、一生会いたくないですね」
「せっかくの親戚なのですから、そんな事を言ってはいけませんよ。会いたくても会えない人はいるのですから」
(あ……)
「すみません。無神経でした…」
「え?…ああ、そんなお気になさらず。もう…慣れましたから……」
彼女は力なく笑った。悲しい笑顔だった。
(そんな…ご両親の絵を見て泣いていたじゃないか)
「ああ、そうでした。先日聞き損ねてしまったのですが、王子の好きな物って何かありますか?趣味とかでもいいのですけど」
「趣味は多趣味なので、一つこれってのはないですね」
どれも広く浅くしかやっていない。飽きたら別の趣味をして、それも飽きたら他のをする。それでまた戻っての繰り返しだ。
「そうなのですね。では、好きな物は何ですか?…お世話になっているので何かお返しがしたいのです」
「す、好き、な…」
折角上手くはぐらかせたと思ったのに、彼女の追究の手は止まらなかった。
何やら汗が出て来た気がする。
「王女が好きな物をください。そうだ!王女が好きな本を貸してください」
「本でよろしのですか?王子にも楽しんで読んでいただける本ですか。…旅行記とかどうでしょうか?」
「旅行記ですか?」
以前、侍女のダニエラが言っていたのを思い出した。外の世界を知ってもらうためにと言っていたと思う。
「ええ、そうです。元副将軍が身分を隠し、お供を連れて全国行脚するお話はどうでしょう?訪れた先々で困った人々を助けるのですよ」
(それは旅行記なのか?冒険記、でもないか…)
「面白そうですね。ぜひ今度貸してください」
「そんな!差し上げますよ」
(借りれば返しに来られる)
「いえ、貴女に会う口実が欲しいので。…っ!!」
慌てて部屋を見渡したが、王女と二人きりだった。いつの間に皆部屋の外に出て行ったのだろう。
「私に合う口実ですか?この国の様子を見に来てくださるという事でしょうか?」
「そう、です…」
「?」
彼女は首をかしげ心配そうに見てくる。青く透き通った目がこちらを見てくる。
「ああそうだ!はとこが色々と失礼いたしました」
「えっ、ええ、心配してくださっていたみたいですね。とても有り難いです」
「最初からそう言えばいいのに言い方が悪いですね。まわりくどいと言いますか」
必死で違う話をしようと、思い出したくもないを話する。頭の隅で奴が高らかに笑っているのが浮かび苛ついた。
「そうでしたね。キリル殿が私を王妃にするとおっしゃった時はびっくりしました。…でももし王子だったらと考えてしまいました」
「!!!」
自分は頑張って違う話をしようとしたのに、彼女は何を言おうといているのだろうか。
「もし言ったのが王子だったら――」
「そんな事を言ってはいけません!」
これ以上聞いたら、周りが見えなくなる自信がある。
「すっすみません……」
「大きな声を出して申し訳ない。でも、二度とそんな事言わないでください」
「はい…」
彼女は悲しそうに俯いた。
いつぞやのアルトゥールの言葉を思い出す。
『王女様は恋愛について少々鈍いような気がいたします』
彼女は鈍いというか理解していないような印象を受ける。あと少々ではない。かなりである。
「そろそろ昼食の準備が出来ているでしょうから、私は失礼いたしますね」
「あ、あの…」
これ以上ここにいると気がおかしくなりそうだったので、早急にここから立ち去りたかったのだが、彼女が何か聞きたそうにしている。
「なんでしょう?」
「すみません。何でもないです…」
「何か聞きたい事でも?」
「…王子には婚約者はいらっしゃいますか?」
(婚約者の有無を聞くということは、王女も少なからず俺を想ってくれていると考えてもいいのか?)
「おりませんよ」
「本当ですか?!」
彼女の表情がとても明るくなった。目も輝き、頬も赤くなっている。
「ええ、もうよろしいですか?」
(顔がにやけそうだ。早く部屋を出たい。平常心、平常心を保てアレクセイ!)
「…はい。答えてくださってありがとうございます」
彼女の声がやや小さくなっていた。部屋を出るとやはり昼食の準備が出来ていたようで、入れ替わりで侍女達とリーザが入っていった。外には部下達が待っていた。
「ちょっと剣の素振りをしてくる」
「え、剣の素振りですか?今から?」
アルトゥールが驚いている。
「行かせて差し上げるんだ」
ドナートは何かを察してくれたらしく、真っ直ぐとアルトゥールを見た。それでアルトゥールも察してくれたらしい。歩き出すと後ろからミハイルのため息が聞こえてきた。
王女は越後のちりめん問屋のご隠居の話を読んだようです。
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