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18/85

18.はとこ

 いつも読んでくださりありがとうございます。

 ※2020/05/14加筆修正いたしました。


 宰相から部屋の中の一室を借りることが出来たので、そこで事務作業をすることにした。

 彼女に貸したハンカチはすぐにミハイルに回収され洗濯に出された。別に何をするわけでもないのに、白い目で見られた。善意で貸して返してもらっただけなのに、何を勘違いしたのだろうか。

 彼女はリーザを気に入ったそうだ。どうやら読んだ本の中に男装した軍人の話があったらしい。

 今頃楽しそうに話をしているのだろうか。その様子を見たいと心から思った。


(他にはどんな本を読んだのだろうか…)


「…私、大変な事に気付いてしまいました」


 書類仕事をしながら思いを馳せていたらいたら、先ほどからそわそわしていたアルトゥールが意を決したようで真剣な顔つきで話しかけてきた。


「まさか、はとこについてか?」

「はい…」

「実は俺も気付いてしまった…」


 だが、口に出したくないので黙っていたのだ。口に出すのも恐ろしい。いや腹立たしい。いや憎悪する。


「で、では同時に――」


 同時に言おうとしたがミハイルに先に言われた。


「はとこ殿が王女様と結婚すると言い出さないか、ですね」

「ああ、あの方ならば言い出しかねませんね」


 ミハイルとドナートはいつも冷静だ。なんの抑揚もなく言ったのが少々怖かった。


「ああ、あの野郎なら言いかねない。いや、絶対に言う。何故ならエレオノーラ王女は美しいからだ。出会った当初は青白く不健康そうだったが、…いや、それでも儚さあって別の美しさがあったのだが、日に日に血色がよくなり、美しさに磨きがかかっている。あの青い目も、金の髪も陶器の様な白い肌も…何もかもが素晴らしいからな。王女を知らぬ者が見たら女神だと思うだろう。いや、見た目だけではないぞ、普段はおっとりと――」

「……」

「……」

「……」


 部下達三人とも黙り込み、じとりとした目つきでこちらを見てくるので話を途中でやめた。

 再びアルトゥールが神妙な面持ちで話し出した。


「…一層の事、殿下が結婚を申し込めばいいのではないでしょうか?」


 とんでもない事を言い出した。何度か頭をよぎったが考えないようにしていた。


「ななな、何を言ってるんだっ!い、今までやった事が下心があったからだと思われてしまうだろう。」

「あったでしょう…」


 ミハイルに呆れたように言われてしまった。ドナートも同様のようだ。アルトゥールは面白がっているようだ。


「………」


 誤魔化すために書類に目を落とし、書類に不備がないか確認するが、内容が全く入ってこない。


「はぁ、間違いがあったら困るので、書類は私が確認します」

「すまない。頼む…」


 動揺しているのがばれている。ミハイルに書類を渡した。


「あの方の事ですから他にも予想外の事をしてくると思います」

「ああ、俺もそう思う」


 ドナートの強面が険しくなった。無理もない。いつもこちらが予想だにしない行動をするのだ。




 その予想は当たった。翌日の夕刻に近い時間だった。部屋にアルトゥールが飛び込んで来た。


「殿下!はとこ殿…モコシュ大公国大公代理のキリル様がいらっしゃいました!」

「何故だ…。何故こんなに早いんだ…」


 思わず頭を抱え込んだ。まだなんの準備もしていない。

 奴の行動力を舐めていた。


「それが、ケレース王国とセマルグル王国の国境付近にいらしたとかなんとかでして…」

「今どこにいる?」

「陣営にご案内しました」

「わかった。すぐに行く」


 本当は行きたくないが、早く行かないとまた何だかんだ言われる。

 仕方がないので早足で向かった。




 陣営に戻ると尊大な態度で椅子に座っている人物がいた。紛れもなくはとこである。

 背もたれに寄りかかりふんぞり返り、肘掛けに腕を乗せ、足を組んでいる。

 冗談であって欲しかったが、どうやら現実のようだ。


「おお、アレクセイ!久しいな!元気だったか?私が来たのだからもっと喜んでくれていいのだぞ?なんだ辛気くさい顔をして。疲れているのか?」


 三歳年上なだけだが、話し方だけだとかなり年上に感じる。だてに十五歳から大公代理をしていない。…と思わないとやっていけない。


「随分と早いお越しで…」


 自分は苦々しく言った。


「ああ、ケレース王国について調べたら私から数えて五代前に婚姻関係があったことが分かってな。大公家の三男に嫁いだが、長男次男と子に恵まれなかったため、三男の子を養子にしたそうだ。重要な書類を作成するのには王族の血を引く者の署名が必要だろうと思い、近くに待機していたんだ。なんでも早いほうがいいだろ?感謝してくれて構わないぞ!」


 奴は淀みなく喋った。

 一拍置いてから礼を述べた。


「…ありがとうございます」

「ところで、アレクセイよ。手紙ぐらい自分で書け。我々は兄弟も同然なのに悲しいじゃないか。連合国軍と書いてあったからお前からだろうと思い見てみたらお前の字じゃなくて落胆したよ」


 奴は眉毛をハの字にし、なんとも残念そうな顔をした。


「ああ、それはいち早く連絡差し上げたかったので、殿下の報告する前に手紙を出したのです。」


 アルトゥールが説明する。どうせならそのまま会話を続けていてほしい。


「ふむ、そうだったか。そういえば王位継承法改正と女性参政権の復活との事だが……」


 奴は顎に手を添えてこちらを見ながら喋り出した。


「明日お話いたします」


 明日も話したくないのだが。


「隠し事はよくないぞ?…フェルディナンド五世の王女が生きていたか?」


 奴はにやりと笑う。


「よくお気づきで…いえ、分かり易すぎる内容でしたね」

「まあな。王女については書いてなかったから秘密にしたいのだろ?王族と言うだけで恨む者も多いだろう。どこから情報が漏れるか分からんからな。実によい判断だな。流石だな!」


 また一拍置いてから返事をする。そうしないと暴言を吐いてしまいそうだ。


「…ありがとうございます」

「ところで王女は十年もの間どこにいたのだ?まさか城の中じゃないのだろう?」

「城の東側にある塔の中で発見いたしました」

「おお!まるでおとぎ話の姫じゃないか!そうだ!昔読んでやっただろう!」


 発想が同じでとても悲しい。

 それに本など読んでもらった記憶がない。


「そうでしたっけ?」


 眉間に皺を寄せて聞いてみた。本当に本を読んで貰った記憶はない。


「なんだ忘れたのか?あんなに読んでくれとせがんだのに…」

「実の兄には読んでもらったかも知れませんが、あなたに読んでもらってなど・・・妹君と間違えているのでは?」


 奴の妹は穏やかな性格をしており、正反対の性格をしている。なぜ兄妹でこんなにも違うのだろうか。反面教師だろうか。


「ふぅまあいい。早速だが王女に会わせてくれないか?同じ血を引くもの同士で話をしてみたい」

「今、はとこ同士で話しているでしょう…」


 彼女に合わせたくないので言ってみたのだが、自分自身の言葉に気持ち悪くなっている。


「嫉妬か?そうかそうか。ははは!」


(いちいち腹立たしい!)


 戸をノックする音が聞こえ、ミハイルと給仕が入ってきた。


「お食事の用意が出来ました」

「では、大公代理。私はこれで失礼いたします」


 ミハイルがよいタイミングで食事を運んで来てくれたので助かった。さっさとここから出ようと思い背を向け立ち去ろうとした。


「なんだ?一緒に食べてくれないのか?久しぶりに会ったというのに。悲しいじゃないか」

「まだ仕事がありますので、すみませんが失礼いたします」


 それを聞くと奴はふぅと息を吐き足を組み替えた。


「まるで私が暇みたいじゃないか。そちらの頼みで来たのにその態度か?このまま帰ってもいいのだぞ?」


 振り返り奴の方を見る。奴は見下ろすかのような目線でこちらを見てくる。


「っ…それは困ります」

「私の事を嫌っているのは良いが、お前は今どんな立場でいるんだ?連合国軍の司令官なのだろう?この国のために動いているんだ。子ども染みた私情は棄てなさい。」

「はい……」


 悔しいが奴が正しい。が、それを理由にされて共に食事をとりたくない。


「仕事が残っているのは本当です。この国のためにも早く済ませたいのです。どうかご容赦ください」


 軽く頭を下げた。これで納得してくれるだろうか。


「キリル様、冷めてしまわぬうちにお召し上がりください」


 ミハイルが助け船を出してくれた。


「ふぅ、では頂くとしよう。アレクセイよ、行っていいぞ。ミハイルに感謝するんだな」

「では、失礼いたします。どうぞごゆっくり」

「分かっているさ。帰ったりせんから安心しろ。王女にもまだ会えていないしな」

「……」


 ミハイルを生け贄にして立ち去った。帰国したらいかにミハイルという男が勇敢であったかエレーナ嬢に話をしよう。

 戸の外で待っていたドナートと一緒に出て来たアルトゥールと部屋に戻った。


「王女様にキリル様の到着を知らせましたか?」

「まだです。どうやら食事の量が減っているそうです。気丈に振る舞っておられますが、緊張されているようですね」

「元々少ないのに更にか…。どうしたものか…」


 皆でため息をついた。

 彼女の食事の量は間食にしても少ない。いや、この国は食糧不足からか国民全員の食事量が少ない。胃が小さくなってしまっているのだろうか。


「キリル様は殿下に嫌われているとご存じだったんですねぇ…」

「そりゃ、いつも渋面になっていますからね」


 アルトゥールとドナートはやや疲れた顔をしている。


「知っているのにあれだぞ…」


 再び皆でため息をつく。一言二言多いのが苛つく。言っていることが間違っていないのも苛つく。


「さて、王女様にはどのタイミングでお伝えしますか?今か、明朝か」


 ドナートが厳しい顔つきで言った。


「…どちらでも恨まれるのではないだろうか」


 自分もつられて厳しい顔つきになった。

 彼女に恨みが少ない方を選ぶしかないだろう。


「先に言った方が対策出来るのでは?あーでも眠れなくなりそうですね…」


 アルトゥールは困った顔をした。


「俺でさえ来るのを知ったら眠れなくなる」


 子どもの頃を思い出して青ざめた。どうやって逃げようか必死に考えていた。だが健闘むなしく捕まってしまっていた。


「では、明朝ですね」


 淡々と話しているように見えたが、心なしかいつもよりやつれている。ドナートもどうなるか不安なのだろう。


「…俺が盾になれば大丈夫だろう」


 私情を棄てろと言われたが、彼女のためなら出来る限りの事をする。何だったら盾で殴ってやる。


「王女様にキリル様が来たことをお伝えするのは明朝!…のいつですか?朝食の前ですか後ですか?それとも会談直前?それとも部屋にはとこ殿を連れて行って、こちらはモコシュ大公国の大公代理のキリル様です。ってしますか?」


 アルトゥールの言う通り、タイミングが難しい。


「どれが一番彼女に負担が掛からないのだろうか」


 正解がないので悩む。部屋が静まり返る。


「演技なのか素の王女様なのか…」

「演技されてる王女様見てみたいですねぇ」


 ドナートは地下牢での事を思い出したようだ。アルトゥールは若干目を輝かせている。


「奴は演技だとすぐに見破るだろうな。…宰相殿や将軍殿には伝えたのか?」

「いえ、これからです。お二人には王女様に言わないようにお願いしましょう。…あ!キリル様が勝手に動き出すかもしれませんよ。流石に夜はないでしょうけどね」

「そうだな。流石にそこまでぶっ飛んではいない。朝食前から王女の近くで警戒しとかないといけないな」


 ノックが聞こえ、戸の方へ目を向けるとミハイルが入ってきた。


「戻りました…」

「無事か?」


 ミハイルの顔を見ると明らかに顔色が悪い。やつれている。


「一応無事です。ああ、キリル様は明日の朝食後、王女様と話がしたいとのことです」

「今ちょうどその話をしていたんだ。王女にいつ伝えるのかと。そうか、朝食後か。わかった」

「はい。流石に知らぬ国でむやみやたら動き回らないから安心しろと言伝を賜りました」

「そ、そうか。ご苦労だったな。いや、すまなかった」


 心を見透かされたかのようで焦った。


「お力になれたのなら光栄です。…もう休んでもいいですか。とても疲れました…」


 ついさっき見た時より顔色が悪い。そんなに酷いことをグチグチ言われたのだろうか。もしやエレーナ嬢についてとかだろうか。聞きたいが、ミハイルが倒れてしまうのではと思ったので何も聞かないでおく。

 ドナートとアルトゥールの顔を見ると、憐れむ目でミハイルを見ていた。もしかしたら、過去に奴に言われた事を思い出したのかもしれない。


「では、お先に失礼いたします」


 ミハイルが退室し、明日の朝食後のについて話し合いを再開した。結局ぶっつけ本番ということになり、奴を彼女の部屋まで連れて行って紹介する事になった。




「ふむ、王女の体調面を考えて私の到着は伝えていないのだな」

「そうです」


 翌朝の朝食後、彼女の部屋に案内するため城の中を奴と共に歩いていた。数歩離れた所にドナートとアルトゥールが付いて来ている。


「王女と私に対して失礼ではないか?王女はそんなに弱いのか?私は具合を悪くする原因になるのか?全く何を考えているのやら」

「王女は塔から出て一週間ほどしか経っておりません。ご容赦ください」

「後半部分に対する言及がないようだが?まぁいい。随分と王女を大事にするのだな」

「それは王女はこの国にとって大切なお方ですか。」


 奴はフンッと鼻で笑った。


「お前にとって、だろう?違うか?いつも他人なんて構わないのに王女のこととなると粉骨砕身しているようじゃないか」


 部下にさえ見抜かれたのだから、奴が気付かないはずがない。


「いけませんか?」


 立ち止まり奴を睨み付ける。


「お、素直に認めたか。いつも反論するのに珍しいな。王女はすごいな。ますます気になってきたな」


 奴は大袈裟に驚いたような仕草をした。


「もしあなたが彼女を傷つける事があったら――」

「お前が守るんだから大丈夫じゃないのか?自信がないのか?」


 くくっと奴の笑い声が聞こえた。


「はぁ…。こちらが王女の部屋です。相手は王族ですので失礼のないようにお願いします」

「わかっているさ」


 戸の前でミハイルが待っていた。目で合図をし戸をノックさせた。中から入室の許可が出たので戸を開けてもらった。


「王女様、失礼いたします」


 ミハイルを先頭に後ろに付いて入室した。




 王女はどの男装の軍人の話を読んだのでしょうね。書き忘れましたが、モコシュはスラヴ神話の神様の名前です。

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 ※予告なく加筆修正する場合がございますので、予めご了承ください。

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