15.血縁者
※2020/05/13加筆修正いたしました。
まさか彼女があんな風に化けるとは思ってもみなかった。打ち合わせしておけばよかったと後悔している。最初に拍手をしだした時は何が始まるのかとハラハラした。
彼女が知識がどうのと言っていたから、てっきり理詰めでいくのかと思いきや、そうではなく演技でであった。小説などを読んでいたそうだから小説の登場人物になりきったのだろうか。
色んな意味で怖かったが、終わりよければ全てよしだ。
彼女から剣を返してもらった後、階段では来たときと同じように彼女を支えながらを上った。地上に出ると太陽の光が目に差し込み眩しかった。
「あちらが万全の体調でしたら上手くいかなかったと思います」
隣にいる彼女は冷静に言った。
何故だろう。いつもだったらいくらでも彼女の顔を見ていられるのに今は見られない。
「ええ、投獄してから日にちが経ってきましたからね。流石にあの者も弱っていたようですね」
上手く返事出来た自分は偉いと思う。自画自賛だ。
まだ心臓の鼓動が落ち着かない。
「大変素晴らしゅうございました!王女様があのような芝居じみたことがお出来になるとは!」
「ええ、一世一代の大芝居よ!」
「感動いたしました!」
「ふふっありがとう。頑張った甲斐があったわ」
元将軍は興奮しているようだ。場数が違うのだろう。きっと数々の修羅場をくぐり抜けてきたからだ。きっとそうだ。そうに違いない。
自分もあの輪の中に入られたらどんなによかっただろうか。
(あの変貌には驚いたな…)
ドナートとミハイルを見てみると二人も顔色がよくない。二人とも自分と同じような心情なのだろう。
「殿下…女性は変わるのですよ…。お気をつけください……」
「お、おう…」
ドナートが諭すように言ってきた。おそらく自身の経験からだろう。妻と何かあったのだろう。ドナートは妹もいるから兄妹間での経験もあるかもしれない。
「……」
ミハイルを見てみると自分以上に衝撃を受けているようだった。顔に筋肉がなくなったのかと思うくらい無表情だ。
「ミハイル大丈夫か?」
「はい…。普段の王女様からは想像出来なかったので…。鋸挽き刑、八つ裂き刑、皮剥ぎの刑…。一体どんな本を読まれたのでしょうか……」
ミハイルの目がとても遠くを見ている。大丈夫だろうか。確かに刑について言い出した時は顔に似合わずなんて恐ろしい事を言うんだと驚愕した。
「アルトゥールがいなくてよかったな。いや、あいつは姉二人妹二人だから慣れているかもしれん…」
いつだったか、もの凄い形相で愚痴っていた時の事を思い出した。アルトゥールならば王女と元将軍の輪の中に入っていたかもしれない。
「あり得ますね……」
三人で青い顔をしながら話をしていたところに、彼女から話しかけられた。一瞬心臓がドキリとした。当然ながらいつもと違うドキリである。
「どうでしたか?おかしくなかったでしょうか?」
彼女はまだ少し興奮気味らしく頬が僅かに赤くなっている。
「いえいえ、そんな。気迫あふるる演技、見事でしたよ」
「ありがとうございます。本当に運がよかったです。あれ以上粘られたらどうしようかと思っておりました」
彼女は喜色満面である。
「その時は私が手助けしましたよ」
「ありがとうございます」
あれ以上長引いたら手助け出来ていただろうか。途中何回か口を挟んだが、内心こんなんでよいのかどうか悩んでいた。パニックになって元口髭野郎を斬っていたかもしれない。そう考えると、途中から彼女が剣を持っていてくれてよかった。
「皆さーん!」
先ほど噂したアルトゥールが走って来た。元気で羨ましい。
「アルトゥールどうした?」
「その表情から察するに上手くいったんですね!こちらも見つかりましたよ!」
「調べてくださってありがとうございます」
彼女は軽く頭を下げて礼を言った。
「もう必要ないのではないか?」
「それがですねぇ…。まぁ、王女様の部屋でご説明いたします」
彼女の部屋に行く途中でアルトゥールが耳の良い彼女に聞かれないようにか、こっそりと話しかけてきた。
「殿下とドナートさんとミハイルさんの顔色が悪い気がするのですが何があったんですか?」
「ん、まぁな…」
ミハイルを肘で突き、説明するように促す。ミハイルは最初嫌がったが口を開いた。
「王女様の迫真の演技に圧倒してしまっただけです…」
「おおっ、どんな感じだったのですか?」
アルトゥールはやや目を輝かせている。興味津々だ。
「ええ、別人のようでした…」
「塔の時のような、ですか?あれは凄かったですもんねぇ」
アルトゥールは塔での出来事を思い出したのか数回頷いた。顔に笑みを浮かべている。
「それ以上と言いますか…」
ミハイルの視点が定まっていない。人選を間違えたようだ。ドナートはもう通常通りの顔だった。慣れているからなのか、鍛え方が違うからなのかは分からない。自分とミハイルは男兄弟なので女性との接点は母親や家に仕えている者達ぐらいしかない。他国の王族や貴族と会わない事もないが、その場合は互いに分をわきまえた行動をするので、今回のようなことは起らない。
「はっきりしませんねぇ。ドナートさんはいかがですか?」
「私は塔であった事は聞いただけなのですが、あの変わりっぷりは凄いというしかありません。別人のようでした」
「それは是非とも私もご一緒したかったですねぇ」
アルトゥールはとても残念そうに言った。やはりアルトゥールは女性の豹変に慣れているのだろうか。
道中、彼女の存在を知らない人達とすれ違いそうになり、その度に彼女を自分達の後ろに隠したり、その人達を先に行かせたりと大変だった。
(侍女の服に着替えて貰ったらよかったか?だがそれだと迫力や説得力に欠けるだろうし…。人払いをしておくべきだったか。しかし頻繁に人払いをしていたら怪しまれるしな…)
考えながら歩いていると近寄って来た人物に声をかけられた。
「殿下、城内の装飾を専門家達に鑑定して貰いました。どれも本物の金や銀で間違いないそうです」
彼は誅伐後にこの城に入ってきた若い文官である。宝飾品の鑑定人と共にやって来た。
彼女は大柄の元将軍やドナートの陰に隠した。
「ご苦労だったな。…宝飾品類はどうだ?」
「はい。現在、代々王家に伝わるものとの分別をしています。ですが作り替えているものが多いので時間がかかっております」
「そうか…この城に古くから仕えている者達なら分かるのではないか?」
「それが、先王やその王妃、王女に仕えていた侍従や侍女達は――」
文官が不穏な事を言いそうだったので遮った。
「ああ、分かった。…ニコライだったな。任せたぞ」
「は、はい!私のような一介の役人の名前も覚えていてくださるとは!ありがとうございます!」
ニコライは嬉しそうに立ち去った。
「まぐれでしょうね」
ミハイルが眉間に皺を寄せて呆れたように言ってきた。顔色はいつもの色に戻って来ている。
「え、そうなのですか?」
元将軍とドナートの陰から彼女の声が聞こえた。元将軍も同意見のようで不思議そうな顔をしている。
辺りに人がいないので大柄の二人は彼女の前から退いた。
「よくある名前なんです。と言いますか、セマルグル王国は他国に比べ名前の種類が少ないのです」
ミハイルは眉間に皺を寄せたまま喋り続ける。
「国境付近ではその接している国の人名も使われたりしますが、基本的に既存の名前を付けます」
「当たったんだからいいじゃないか」
現にニコライはにこやかになり目を輝かせて嬉しそうにしていた。
「王族には人心掌握術が必要ですからねぇ」
アルトゥールがにやりと口角を上げて言った。含みのある言い方をしないでほしい。
「私も出来るようにならないと……」
アルトゥールの言葉を真に受けたのか、彼女は下を向き決心したかのようにつぶやいた。
彼女の部屋に入ると、元宰相…いや宰相と侍女達とこの国の兵士が数人いた。
部屋の壁に四角い何かが布を掛けられ立てかけてある。
「兵士達は王女様に気付いていた者達ですのでご安心ください」
「分かりました。あの口髭の男があなたに宰相を譲るとのことです」
宰相や侍女、兵士達が歓声をあげた。手を握りしめたり、皆で軽く抱き合ったりしている。
「おお、よかったです。では、さっそく元将軍にも復職して貰います。こちらに名前をお願いします」
宰相が紙とペンを将軍に渡した。その手はしわしわで小さな手だった。
「あ、私もですか?前のようには戦えませんよ?」
元将軍は驚いているが、ここにいる誰もが復職するのは当然だと思っている。そうでなければおかしい。
「今は人が足りませんからね。お願いします。…名前は書けますか?」
「練習したから大丈夫です」
そう言い、将軍はぎこちないながら名前を書いた。宰相も利き腕をなくしているため、文字を書くのは大変だろう。宰相の署名をのぞき見ると、読めなくはない筆致だった。宰相もかなり練習したのだろう。
「後は王位継承権改正と女性の参政権復活ですね。こちらはですね…、実は私の名前だけでは弱いようです。このまま通してもよいのですが、長い間男性のみが政治をしてきたので貴族達から反発がある可能性が高いようなのです…。やはり王族の名前がないと…私の調べ不足です。申し訳ないです」
宰相が肩を落として体が小さくなった。これを見るのは何回目だろうか。こちらも申し訳なくなってきた。本来ならば引退していてもおかしくない歳なのに、こうして故郷のために奮闘しているのだ。
「で、ですが!見つかったんですよ!ケレース王国の王族の血を引く男性が!誰だと思います?」
アルトゥールは相変わらず元気なようでなによりだが、さっさと言ってほしい。
「頼むから早く言ってくれないか?」
「私からもお願いします」
アルトゥールがあまりに勿体ぶるので、彼女と二人で早く言うように頼んだ。
「それはですね、モコシュ大公国にいらっしゃいました」
「げっ!」
まさかと思った。どおりでアルトゥールが勿体ぶるわけだ。
「王子どうされたのですか?」
「モコシュ大公国はアレクセイ王子の大伯母様が嫁いだ国です」
ドナートが代わりに彼女に説明してくれた。自分が説明したくないのを感じとってくれたらしい。
「ご親戚なのですね?お願いしやすいのではないでしょうか?」
彼女はとても不思議そうに聞いていた。自分でも親交のある国ならよいと思っていた。その結果が親交どころか親戚だった。別に他の親戚なら問題ないのだが、よりによって要注意人物がいるところだった。
「それが…現在、大伯母様の息子が大公を務めいているが、体を悪くしていて動けないんだ。今は息子が大公代理をしている」
思わず丁寧語にするのを忘れた。
「えっと…、王子のはとこにあたる方が大公代理をしているのですね。…何か問題でもあるのでしょうか?」
彼女は謎をさらに深めたらしく戸惑いを見せている。
「ありまくりです。俺はあいつが嫌いなんです。いや、先にあちらが嫌ってきたんだ。子どもの頃から本当に嫌味な奴で、ことあるごとにグチグチと…」
思い出しただけで腹が立つ。はらわたが煮えくり返るとはこの事だろうか。
「殿下、皆が困惑しておりますのでそこまでにしてください」
ドナートに叱られてしまった。止めてくれなければ延々と文句を言うところだった。
「そうだな失礼した。しかし、あいつの事だ。自分が王になるとか言いかねない…」
「確かに血を引いているなら王位継承権ありますからね…」
自分とアルトゥールが言うと彼女は目を大きく開けて驚いている。他の皆も驚きや困ったような表情になっている。
「どんな人物なんですか?」
将軍が怪訝そうに尋ねてきた。
「大公代理としては評判は良いですが、人柄はあまり…」
ミハイルも奴の被害者である。というか自分の周辺にいる人は皆被害を受けている。
「俺が今回の件で諸国をまわった時にも小馬鹿にしてきたからな。他の国でも色々言われたがあいつが一番腹立たしかった。大伯母様が間に入ってくださらなかったら国際問題になっていたかもしれん」
大伯母様には感謝しかない。大伯母様は奴とは違い誰かを馬鹿にするような人ではない。
「そんな大変な思いをしてこの国のために…本当にありがとうございます」
彼女は頭を下げた。彼女の美しい金の髪を眺める。今度は髪飾りなども用意しようか。
「当然のことをしたまでですよ」
「本当になんとお礼もう上げたらいいのか」
彼女は再び頭を下げた。やはり、髪飾りはあった方がいいだろう。どんな物がいいだろうか。
「では仕方ないが大公代理に頼むしかないな。手紙を書くか」
「わ、私も書きます。この国のことですから、国の代表として書かせてください!」
彼女との共同作業かと一瞬喜んだ。
「すみません。早いほうがいいと思って連合国軍名義ですでに出しました」
「……よくやった」
アルトゥールが手紙を書いてくれたので自ら書かなくて済んだが、その後が怖い。また何か言われるのだろう。
「モコシュ大公国に行ってこちらに戻るまでどのくらい掛かるのでしょうか」
「早馬でも往復一週間から十日以上はかかると思われます」
彼女の問いにミハイルが答えた。
一度セマルグル王国に入った後、別の国を通らないとモコシュ大公国には行けない。複数回、国境を通過するが、流石に連合国名義の書簡を持っていて国境で引っかかる事はないだろう。
「その間に人事異動など済ませてしまいましょう。軍部は将軍にお願いします」
「分かりました。人手が足りないので、捕らえられている者からでもいいですか?」
「お任せいたします」
元の役職になってから二人の顔つきが変わった気がする。これが本来の彼らの顔なのだろう。
「それと、王女様。王位継承権改正と女性参政権の復活の発表と王女様の生存の発表は同時でよろしいでしょうか?」
「はい」
宰相に言われ、彼女は首を縦に動かした。彼女の顔は少し強ばっている。緊張しているようだ。
「返事が来るまで一週間以上あると言うことは、私の生存の公表もそれ以降になるのですよね。良い機会ですから色々勉強したいと思います」
(もしかして人心掌握術でも学ぶのだろうか……)
なんとか二週間連続(二話投稿した日もあり)することが出来ました。話のストックが僅かなので、今後は一日おきか代わりに本編より過去の話を別に投稿していこうかと考えております。
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※予告なく加筆修正する場合がございますので、予めご了承ください。




