決闘申告
夜中の人気の無い河川敷にて、剛羽はがむしゃらに走っていた。
20メートルほどの間隔を何度も何度も全力で往復していたが、いつの間にか一方向にだけひたすらに駆けている。
胸の中で渦巻いているのは、本日の昼休みに九十九から掛けられた情けない言葉の数々だ。
(諦めも付くって、なんだよ……)
(ピークは過ぎたって、なんだよ!)
(闘王から追い出されたらもう終わりなのかよ!!)
叫び出しそうになるのを堪え、鬼の形相で走る。走る。走る。
身体を動かせば気分も晴れると思ったが、そんな兆しは一向に見えない。
疲労は重りとなって心を蝕む。だからといって、足を止めてしまってはいけないと思った。
そんなとき。
もやもやしたまま走り込みをしていた剛羽を、別の少年が後ろから追い越していった。
濃青色のさっぱりした長さの髪、細身だが引き締まった身体。
自分より年下の少年のようだが、一生懸命に走っている。
追い抜かしてやろうと速度を上げると、見る見るその背中が近付いてくる。
これなら捲くれる、と思ったそのとき――年下の少年は一気に加速。瞬く間に突き放される。
何故? どうして?
いくら足を回しても、引き千切れそうなほど回しても、その少年に追い付けない。
もう一歩から踏み込めない。勝手にブレーキが掛かるような、イライラする感じだ。
だが、剛羽は薄々感づいていた。前を行く少年の正体が、昔の自分であることを。
前を走るのは、砕球のプロ選手になるという大きな目標をもって、チームメイトたちと切磋琢磨していた己自身だ。
そりゃあ、追い抜けっこないわけだ。
あの頃とは違う環境で、半端な気持ちで練習をしている自分とは、練習に向かう姿勢が違うのだから。
それから何時間経っただろうか。剛羽はぜえぜえと荒い息を付きながら河川敷のグラウンドで仰向けになっていた。
もう立ち上がることさえできなくなるまで走ったため、足はガクガクで、胸や喉には痛みさえ覚える。最後は身を放り出すように転倒したため、掻いた汗に土がべったりとこべりつき、身体中が泥まみれだ。
徒労に終わったときのようなやるせない倦怠感が重く圧し掛かってきたそのとき。
「――大丈夫? あなた、酷い顔してるわよ」
上から声を浴びせられる。聞き慣れたソプラノボイスだ。
声の主を探すと案の定、夜闇の中でも燦然と輝く金茶色の髪の少女がこちらに近付いてきた。
長い金茶の髪はポニーテールにされており、上着は袖の短い身体のラインが分かるぴったりめのスポーツウェア、下はミニスカートとスパッツを合わせている。
「それにしても意外ですね。蓮くんもこういう泥臭い練習するなんて」
「神動……達花は一緒じゃないのか?」
「あたしたちはハッピーセットじゃありません。達花くんは……今日は顔合わせてないわ。もしかしたら、昨日のこと引き摺ってるのかもしれないわね」
「昨日なにかあったのか?」
「ええ、達花くん、小学生相手に負け……あ、言っちゃった」
はっとなった耀が慌てて口元を手で塞ぐ。
剛羽からしてみれば、誠人が負けたことよりも小学生と戦ったことのほうが意外だった。
しかし、剛羽はあまり心配していないような表情で話す。
「達花なら大丈夫だ。そんくらいで辞めたりするようなやつじゃない」
「達花くんのこと信頼してるのね」
「あいつ、此間出た仮装大会まで、個人戦でもチーム戦でも勝ったことないんだ。でも、今までずっと続けてきた。多分、練習だってここ数年は一人でやってるはずだ。そんなやつが簡単にやめたりしないさ」
「そう……達花くんに失礼でしたね。さっきの発言は撤回するわ」
耀はそう言いながら、手を差し伸べてくる。
剛羽はその手を借りて何とか立ち上がった。
「これから練習するのか? 今日は休んでもいいんだぞ?」
「お断りします。放課後遊んじゃったから、汗流さないと気が済まないのよ」
「遊ぶって誰とだ? 優那先輩?」
「……ねえ、その言い方だとあたしにはゆな先輩しかいないみたいじゃない」
「違うのか?」
「違います! 失礼しちゃうわ、まったく。両手で数えられるぐらいには……多分」
それは少なさをアピールするときの表現ではと思ったが、剛羽は「ふ~ん」と適当に流す。
耀とクラスは同じだが、休み時間は机に突っ伏しているので、彼女の友人関係についてはまったく知らないのだ。
そう言えば、チームメイトやクラスメイトの男子たちからは、耀のことについてよく聞かれるが、もしや彼女は剛羽が思っている以上に人気があるのではないかと思案していると。
「なんだよ、ジロジロ見て」
視線に気付いた剛羽は、胸を張り腕を組んだままむっとしている耀に問い掛ける。
「さっきから、あなた、元気ないように見えるわ」
「俺はいつもこんな感じだ」
「そうかしら? あたしには普段より少し暗く見えるわ」
「よく見てるんだな」
「べ、別に心配してるわけじゃないんだからね! ……ただ、砕球の練習してるなら、そんな顔してないでもっと楽しみなさいよって思っただけ」
「普通、練習は辛いもんじゃないか? お前だって、最初の頃、泣いてただろ」
「な、な、なんでそんなこと覚えてるのよ!? あと、お前じゃなくてあたしには神動耀って名前があるんです。そこのところ、よろしくて?」
そう言って、耀は持参してきたボトルを剛羽に手渡す。
飲み物を持ってくることすら忘れていたため、これはとても助かった。
剛羽は受け取ったボトルに口を付けて遠慮なく呷る。
「……あ。神動、こういうの嫌なんだよな。すまん、その辺の自販機で代わりの買ってくるか……ら?」
思わず目を疑った。
なぜなら、あの耀が剛羽からふんだくったボトルに口を付けて呷ってみせたからだ。
いや、男女混合の競技である砕球ではよくある光景だと、剛羽は思っていたが……。
「……そんなにびっくりしないでよ。普通のことなんでしょう?」
「まあ、そうだけど……嫌なら無理して合わせなくていいんだぞ?」
「む、無理なんてしてないです! やりたいから……やってるのよ」
耀は顔を真っ赤にしながら、見たかと言わんばかりにまた口を付けて呷った。
それから微妙な雰囲気が二人の間に広がり、互いに沈黙する。
「……昨日の大会、初めてだったの」
「大会に出たのが初めて、ってことか?」
「それもそうだけど、それだけじゃないわ。初めて出て、しかもいきなり優勝できたの……ゆな先輩が誘ってくれなかったら知らないまま終わってた大会だし、達花くんがいなかったら人数が足りなかったわ。だけど、それだけじゃなくて……蓮くん」
耀は朗らかに笑顔を浮かべながら言う。
「――ありがとう。あなたが丁寧にメニューをつくってくれたおかげよ」
「……あんなの片手間だ。別に礼を言われるようなことじゃない」
その無邪気な笑みに、彼女の新たな一面に、剛羽は首の後ろに手を当ててそっぽを向きながらそう答えた。
「それでもありがとう」
「……頑張ったのは神動、お前だよ。いいコーチがいても、いい環境でも、やらないやつはやらない。神動は正当な成果を受け取ったんだ」
と、剛羽が頑なにそう続けると。
「ハァ……まったく、素直じゃないわね。こういうときは照れなくていいのよ」
耀はむすっとした顔でぷいっとそっぽを向く。胸を張り腕を組むといういつものポースでだ。
「なんだよ、急に偉そうに」
「偉そうになんかしてませんー」
バチバチと火花を散らす二人。
そのまま暫くいがみ合っていたが、剛羽は急に馬鹿馬鹿しくなったのかふっと笑った。ドカッと地べたに腰を下ろし、そのまま両手を頭の後ろに回した状態で寝そべる。
「神動、砕球、楽しいか?」
「愚問ですね、砕球は楽しいものに決まってるじゃない。逆に聞かせて頂戴、砕球、楽しくない?」
「……最近はまあまあだ」
「まあまあって、楽しくないみたいなもんじゃない」
「そうかもな」
剛羽は素気なく答えた。思っていたのと違う九十九学園での生活に、どこかあきらめてしまっているような様子だ。
「いいわ、あたしが楽しくしてあげる」
とそこで、耀はふふんと鼻を鳴らして自信たっぷりにそう言った。
「楽しくするってなにするつもりだよ?」
少し嫌な予感を覚えながら剛羽が訊ねると。
耀はビシッと少年に指差しながら異論は認めないと言わんばかりに提案する。
「あたしたちと決闘よ!」




