対談
「ボクを訪ねてくるなんて初めてじゃないかい? それで、何の用かな――」
耀と勇美の決闘翌日の昼休み。
校舎内にあるとある一室にて豪奢な椅子に腰掛けていた九十九が、眼前の少年に問い掛ける。
「――蓮君」
二人がいる場所は「生徒会長室」と呼ばれる場所だ。「生徒会室」ではなく、生徒会長のための延いては九十九義経のための部屋である。
九十九がこの学園の生徒会長に就任してからつくられた部屋なので、理事長がかわいい孫のために拵えたのだと、生徒たちの間では専らの噂だ。
「単刀直入に言うと、九十九先輩、チームの練習に参加してください」
「出るさ、大会一週間前には必ずね。あ、その前に代表決定戦があるから、それはそれで三日くらい前から準備するよ」
「……やる気ないんですか? そんな付け焼刃の練習、身にならないですよ」
「いいかい蓮君、大事なのは過程じゃない。結果だよ。現に九十九学園砕球部はボクが来てから毎年決勝戦に進出してる。全国大会にだって出場したんだ」
九十九は椅子にふんぞり返ったままくるりと一回転し、得意げな顔をする。
「全国大会に出たのは九十九先輩がここに来た最初の年だけじゃないですか」
「ここ最近は運がなかっただけさ」
「転送位置とかフィールドの話ですか? それくらいなら実力でカバーできますよ」
「聖マドレーヌに荒晩付属、霞森……彩玉の決勝戦の相手はいつも強敵揃いだ。そんな相手に一回勝ってることを誇りにするべきとは思わないかい?」
「そうですね、俺には……過去の栄冠に縋っているだけにしか思えません」
「……蓮君、君は優秀だ。だからこんなことは言いたくないんだが――あまり図に乗ってくれるなよ?」
九十九の鋭い視線を受け流しながら、剛羽は話を続ける。
「話変わりますけど、先輩は砕球のプロ、目指してないんですか?」
「目指してないよ。闘王から落ちたからね」
即答した後、当然と言わんばかりの口調で、九十九は続ける。
「日本砕球界で闘王の名を知らない者はいない。あの学園からはそれだけ多くのプロ選手を、球界を代表する戦士を輩出してきたからだ。ボクはそこから弾き出された。あきらめも付くさ」
「でも、闘王以外の高校や大学、社会人からだってプロ入りしてる人はいるじゃないですか。まだ諦めるには――」
「――それとこれとは違うね、闘王以外からプロになった選手たちは、ボクたちと違って闘王からドロップアウトしたやつらじゃない。ずっと上昇線を描いてるようなやつらだ。ピークを過ぎたボクたちとは違う……さて、暗い話はこの辺にしようか。
蓮君、君は運がいい。なんてたってここは九十九学園だ。ボクのお爺ちゃんはこの辺りじゃ顔が利く。卒業後の就職先は約束するよ。ボクと一緒に砕球をするなら、いいところに推薦してあげるさ」
「……変わりましたね、九十九先輩――いや《帝王》と呼んだ方がいいですか」
「そんな二つ名、よく知ってるね。もしや、ボクのファンかい?」
「はい、闘王にいた頃から先輩のことはよく知っています。《IKUSA》の個人ランキングでいつも上位でしたから」
「…………」
「なのに、先輩は中等部に進学せずに闘王を去った。みんな、どうして? って、感じでしたよ。実力的にはなんの問題もなかったはずです」
「……闘王にいた君なら知っているだろう、ボクの学年には王子様や零史、無名たちがいた。別次元の戦士さ。あんな化け物に敵うわけがない。それが別の道を選んだ理由だよ。君の学年にもいただろ、そういう怪物級才能が」
「…………」
「でも、もう悩むことはない。これからは楽しく砕球をやろうじゃないか。プロになるだけが全てじゃないだろ?」
「……俺は遊びで砕球をするために九十九に来たわけじゃないです」
それは獅子王炎児を初めとする、闘王でチームメイトだった選手たちと誓った約束。
別々の道に進んでも全国を目指し、闘王を打倒すると誓ったのだ。
「九十九先輩の率いるこのチームで全国に出て、闘王に勝ちたいって思ってました。俺と先輩と山伏先輩たちの力があれば――」
「買いかぶり過ぎだよ、蓮君。それに夢を見過ぎだ……事実、《IKUSA》の個人ランキング、ここに来てからどうだい?」
九十九の問いに、剛羽は苦々しい思いで答える。
「今は280位くらいです……確かに、闘王にいたときよりは落ちましたけど、ランキングなんて大会で勝てばいくらでも――」
「それはどうかな。君より上のやつらだって大会に出る。彼我の差は思ってるほど簡単には埋まらないさ。カムバックするのはね、難しいんだよ」
立ち上がった九十九は剛羽の横を通り過ぎ、部屋のドアノブに手を掛けながら続ける。
ひどく落ち着いた声音で。
「弱い奴がいくら頑張っても時間の無駄だよ。亀は兎に勝てやしない。例え勝ったとしてもそれはマグレってやつだ。でもってマグレは続かない。砕球の世界は常に戦いなんだから。運だけじゃその場凌ぎはできても、先に続かないばかりか己の力量を勘違いするだけさ」
「あいつらを……ッ! 神動や達花を見てください! まだまだ未熟なところはあります! でも、俺はあいつらみたいな姿勢が大切だと思ってます! 兎が兎に勝つにも、亀が兎に勝つにもやることは同じはずです!」
「…………」
「それに……俺は砕球をやるなら、あんなやつらと一緒に……やりたいです」
閉じられたドアに向かって放った言葉に返事はなく、剛羽のいる生徒会長室はしんと静まり返った。




