一年前の話
「優那先輩、今日もありがとうございました。風歌もサンキューな」
一般寮から麓に続く山道を歩きながら、剛羽は隣を歩く少女たちに労いの言葉を掛ける。
「ううん、私も楽しくやらせてもらってるから」
「剛羽お兄ちゃんのためなら例え火の中水の中、です」
そんなふうに返してくれる二人と話しながら、優那を家まで見送り、剛羽と風歌が砕球部の寮に帰ろうとしたその時。
「こうくん」
不意に声を掛けられ、剛羽は振り返る。
視線の先では、優那が心配そうな表情をしていた。
二人を交互に見た風歌は「お兄ちゃん、先行くね♪」と嬉しそうに言う。
「いや、もう暗いから一人じゃ危な――」
「わたし、もう中学生なので。大人なので」
ばっと右の掌を突き出しながら愛妹。
最近、耀の胸を張るポーズなどを真似するので兄としては心配だ。
「……分かった。いいか、駅で待ってるんだぞ。すぐ追い付くから」
「了解であります」
敬礼した風歌は回れ右して駅の方向へとスキップし出す。
足元は暗い。転んで怪我でもしないか心配だ。
「ごめんね、すぐ済ませるから……そのね、最近のこうくん、無理して元気にしてるみたいで……なにかあったの?」
「…………」
優那に嘘は付きたくない。かといって、チームの現状を打ち明けてしまっていいのだろうかと、剛羽が迷っていると。
「九十九くんのチームでなにかあった?」「っ!?」
これが女の勘というやつなのだろうか。
胸中を言い当てられた剛羽は、思わずはっとしてしまう。
そんな分かりやすい反応をしてしまった自分を何も言わずにじっと見詰めている優那相手に、誤魔化すことはもうできないと判断した。
「……流石ですね。いつから気付いてたんですか?」
「こうくんがチーム練習に出始めてからすぐにかな」
「すぐにって……」
いくら何でもそれは鋭過ぎるだろと思ったが。
「実はね、こうくんが九十九くんのチームから指名されたって聞いたときから、気にして見てたんだ」
「はあ……?」
一体どういうことだってばよ。
と、剛羽が内心首を傾げていると。
「――私ね、高二の春まで九十九くんのチームにいたんだ」
「え?」
現在、優那は砕球部内にある別のチームでキャプテンをしていると一緒にお風呂に入ったときに聞いていたが……。
突然開示された事実に驚きを隠せない。
「なんでやめちゃったんですか? 先輩の実力なら……」
「辞めた理由は……チーム内での揉め事、かな。一年前にね、九十九くんのチームで二つの意見がぶつかったんだ。
一つはチームでまとまって練習しようって意見の人たち。もう一つは、全体練習は最低限にして個人個人のやりたい練習を中心にしようって意見の人たち。
それでみんなで時間を掛けて話し合ったんだけど、このままじゃ決まらないからって、結局砕球の試合で勝った方の意見を採用することになったの」
「……個人個人で練習しようって言ったのは、九十九先輩ですか?」
「うん、九十九くんと砂刀くん、それから駿牙くんとか今高二の子たちが中心だったね」
実際のところ、どちらの意見が正しいかは明言できない。
全体練習ばかりやるのも非効率だし、個人練習を中心にするのも考えものだ。
だが、剛羽が一番疑問を持ったのは二つの意見の正当性についてではなく、何故そんなに偏った意見が出たのかということだった。
はっきり言って、全体練習も個人練習もバランスよくやればいいだけの話である。
「私も時には個人個人で練習するのには賛成だったんだけど……九十九くんたちの意見はそういうことじゃなかったの。
簡潔に言うなら、個人練習をしようっていうのは、練習をサボる口実づくりだったんだよ。その頃から九十九くんたちは練習にもあんまり顔出してなかったから」
「じゃあ、先輩はまとまって練習しようって意見に賛成したんですか?」
「うん、真面目に練習してる子たちが中心だったからね。やっぱり肩入れしちゃうよ……でも、負けちゃった。完膚無きまでに」
優那は少し俯く。
その話が聞いた通りだとすれば、それは剛羽が一番聞きたくない部類のものだった。
怠けものな天才が努力してきた人間をねじ伏せる――そんな光景を、砕球では見たくない。そんな思いを、努力した人間たちに絶対させたくない。
その張本人があの闘王学園にいた九十九だとういうのだから、余計にショックである。
「それで、優那先輩たちはどうしたんですか?」
「半分以上の子が……他の学校に転校したよ。私も……その子たちの期待に……応えられなかったから……九十九くんのチームを抜けて……新しいチーム、つくったんだ」
当時のことを思い出したのか、沈痛な面持ちを浮かべる優那。
剛羽は知る由もないが、優那が九十九のチームを自主的に辞めて新しいチームをつくったのは、試合に負けて立場がなくなった先輩や同輩、後輩たちを引き留めるためだった。
「あの子たちを……勝たせて……勝たせてあげたかったよ……っ」
剛羽は眼前で肩を震わせている優那の手を取ってそっと握る。
何と言葉を掛けていいか分からなかったから、そうしたのだ。
「ありがとう……こうくんは優しいね」
そう言って、優那は剛羽にもたれ掛り、ぎゅうっと抱きしめてきた。
剛羽も彼女の背中に手を回して抱きしめ返し、宥めるように背中を擦る。
それからしばらく身体を密着させ合っていると、優那の震えが次第に収まってきたのが分かった。
「ごめんね……年上なのに取り乱して」
「年齢なんて関係ないですよ。俺でよければ、相談乗りますから。超ウェルカムです」
「それじゃ私が泣き虫みたいだよ」
「俺は先輩の泣く顔、もっと見たいです」
「それってどういう意味!?」
そんなふうに駄弁っていると。
優那はすっかり落ち着きを取り戻したようだ。
「すっかり脱線しちゃったけど、一年前の試合で九十九くんたちが勝ったから、そのときからずっと九十九くんのチームの練習は自由参加なんだよ。まあ、実際のところは、山伏くんがチームメイトの子たちに練習に参加するように声掛けてるみたいだけど」
「そう言えば、山伏先輩と閑花はどっちに味方したんですか?」
山伏とはまだ一ヶ月程度の付き合いだが、チームを引っ張るその姿は本当に尊敬できる。閑花も言葉数の少ない山伏のフォローをしたり暴走しそうな剛羽を止めたりと、献身的に補佐役を務めている。
きっと彼らは、一年前のチーム内のトラブルに際したときは、優那たちの側に――
「えっと、和姫ちゃんも山伏くんも九十九くん側だったよ」
「え?」
その事実が、剛羽にとって一番の衝撃だった。




