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西方水滸伝 セラデラヴェラ戦記  作者: 瓶八
第三章 悪魔の呼び笛
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3-7-3 両替大作戦







宿敵シュロッフェンシュタインの包囲を破る秘策、ペニヒの鎧の製作方法を見いだした、ヘニョたち聖クリストフ兄弟団。


しかし、すぐに最大の現実の壁が立ち塞がった。


「四千ペニヒで、頭からくるぶしまでを覆う全身の鎧が一着作れる計算だが……。みんなのポケットをひっくり返しても、二千ペニヒほど足りねえんだわ」


ニギ親方が、削りかけの算木を睨みながら呻いた。

手元には、ギルドの親方から託された三枚のギルダー金貨、そしてステファンやパベルが必死にかき集めた十枚以上の金貨が転がっている。


「金貨のままじゃ、面積が稼げねえ。ランデックの街に降りて、ペニヒ硬貨に【両替】してくるしかないな」

ステファンが顎をさするが、峠の外は包囲されている。

すると、これまで静かに暖炉の薪をくべていた大男ベンノが、ぽつりと言った。


「……ランデックの、ロットメンネル(荷運び人)の中に一人。……協力してくれるかもしれない男がいる」


「お、ベンノの友達か? それなら信用できるわ」ニギ親方の声が明るくなる。


「名前は知らないが」

「なんだそりゃ」


ベンノは山小屋の外に立って、「顔見知りの男」が現れるのを待ち、現れた男に視線を送り、目が合うと歩み寄った。「頼みがある」それだけを言って男を連れてきた。男はトマスと名乗り、ベンノとヘニョの瞳を交互に見つめ、「……俺は、やるよ」と協力を承諾した。


だが、トマスは話を聞くと、首を横に振った。

「だけど、両替には制限がある。俺みたいなただのしたっぱが、ランデックの市場で金貨を何枚も一度に持っていたら、それだけで盗難を疑われる。


金貨三枚なら、俺一人でも『家族の財産だ』と言い張れる。追及もかわせると思う。

……だけど十枚ともなると、その金額はちょうどロットメンネルの一隊が一回のシャトル輸送で動かす経費の総額だ。


俺たちの上役は両替ギルドと仲がいいから、ほぼ確実に、ギルド資金が横領されてないかチェックがいく。つまり、マイスターに話がいく。そこで俺が納得の行く話をできないとダメだ。


正直に話してもよいが、俺の仲間たちはこの山小屋のことをよく思っていない。どうなるかわからない」


「ありがとう、トマス」

「三枚でもありがたいよ!」

「トマスさん、お願いします!」


「トマスさんが背負う木樽の中に、ニギ親方を隠して入れたらどうかねえ?」と、カシャが提案した。


「ニギ親方はインスブルックの建設ギルドの職人だっただろう? 高級職人として働いていた信用があるのなら、疑われずに金貨十枚を一気にペニヒにできるんじゃないかねえ」

「ちょっと待てそれ!!」

その瞬間、ステファンおやじが、目を血走らせて跳び起きた。


「トマス、お前がランデックに背負っていく樽、ヴェルトリンの新酒樽だよな!? だったら俺に入れさせろ! 俺が入る! それが俺の夢なんだ!!」

「バカ言えアル中クソ親父!!」

ニギ親方が、間髪入れずに真鍮定規でステファンの太鼓腹をスパーンと叩いた。


「トマスたちが背負うレスタ樽(背負子用の樽)なんか、たて1シュリット(約75cm)、口径は2シュー(約60cm)しかねえんだわ! おっさんのその糖尿危険度マックスの太鼓腹が、通るわけねえだろが!!」


「入るぅ! 絶対入るぅうう! 入らなくても入れて見せるから!!! 放せニギ! 俺を樽に入れろ!!! 一生のお願いだあ!! これはチャンスなんだ!!」と大暴走するアル中親父を、ベンノが丸太のような腕でがっしりと羽交い締めにする。


「……でも、ニギくんなら入るよね?」ヘニョが純粋な目で問いかけた。

「入るわけねえだろが!」とニギ親方はぷんぷんと怒り狂ったが、「いいからいいから」とヘニョに頭を撫でられ、カシャに抱えられ、優しく空のレスタ樽の中へと押し込まれた。

ズボッ、と鈍い音がして、一瞬の静寂が満ちた。


樽の口からは、ニギ親方の細い両肩と、謎の恥ずかしさで真っ赤になった生意気な顔が、完全にハミ出ていた。樽が小さすぎて、ニギ少年のかわいらしい骨格であっても入りきらなかったのである。


「……どうすんだよ」

大人たちが腕を組んでうーんと唸る。

「だから言ったろクソ大人ども!!」と、樽の中からニギが叫ぶ。無理矢理に入れすぎて一人では出られないニギ親方を放置して、大人たちは口々に意見を言い合う。やはり大人や職人が隠れて街に潜入するのは不可能だ。何か違う方法を考えるしか――。

その時だった。


大人たちの足元で、様子を伺っていた六歳の幼女アニャが、空いているもう一つのレスタ樽の前に立つと、

『すぽっ』

と、まるであつらえたかのように、見事なまでに一瞬で、全身を樽の中へ完全に滑り込ませた。

そして、樽の縁から、前髪を切りそろえた小さな頭だけをちょこんと出し、無言のまま、もの凄まじいまでの【ドヤ顔】を大人たちに向かって決めてみせたのである。


「ア、アニャ……っ!?」

「いやいやいや! 駄目だ駄目だ!」

アニャの叔父のコバが狼狽した。

「アニャのサイズなら完璧に隠れるけど、六歳の子供が一人で金貨の両替なんてできるわけないだろ! 両替商のおじさんは怖いんだぞ? 全財産を騙し取られて終わりだよ!」


「そうだぞ、バカなことを言うな! 正気かお前ら!!」

コバよりも慌てふためいたのは、ベテラン役人のパベル。それまで静観を決め込んでいたパベルはドタドタとつまづきながら、アニャの樽の前にすっ飛んできた。


「ランデックの両替商どもがどれほど汚く、狡猾な、化け物揃いかわかってるのですか!? 税務に慣れた役人のこの私に対してさえ、数ペニヒの計算を毎度誤魔化そうとしてくるのですよ!? 子供が金貨を出した瞬間、身ぐるみ剥がされて裏路地に捨てられて終わりです!!」


「そうだ、ランデックは子供がお使いに行くにはあまりにも治安が悪すぎる! 誰か確実に、その場で子供の手助けをしてくれるような、信頼できる大人のツテはランデックにいないのか!?」

焦る職人たちが、お互いの顔を見合わせる。

「おいニギ!」

「ステファンさん!」

「パベルのおっさん!」

「「「誰か知り合いは!」」」


「俺はヨソモンだし、建築ギルドとは、縁を切ったばかりだからなあ……」とニギがそっぽを向く。


「俺は酒癖と借金で、ランデックの昔の仲間からは全員絶縁されてっからなあ……」とステファンが遠い目でクズぶりを露呈する。


「私の同僚はシュロッフェンシュタインの現役役人ですし、仕事とプライベートのデータベースは明確に分けてますからね」とパベルがなぜか自慢気にボッチを告白する。


「ぼく! います!!」

その真ん中で、ヘニョがパッと手を挙げた。

「ランデックの街に、ぼく仲間がいます! 渡し守のマティアスさんと、トビアスさん! あと、さょーふのナターシャです!!」

「……は?」

と言ったのはパベルである。


なになに、と詳しく話を聞いた兄弟団のメンバーの動きが、一瞬で凍りつく。

「博打打ちと……、娼婦……だと……?」ニギ親方が絶句する。

「どっちも子供にお使いさせるには治安の底辺すぎるだろ! それに、どっちも荷運び人のトマスより法的な信用がねえじゃねえか! 本当に両替なんかできんのかよ!」



◯



その時、タデクが遠くから参戦した。

「いいんじゃねーの? 賭場はね、クズの集まりだけど、お上の税務署を通さない裏の両替ルートがある。その渡し守のクズどもがそこに入り浸ってるとしたら、そこを本命としてアニャを向かわせよう」

自分が一番クズのタデクの言葉に、「冗談だろう? あんなところにアニャをいかせられるか!」とパベルが怒ると、すかさずニギ親方がパベルを振り返った。

「おいパベルのおっさん、その賭場の場所を知ってんのか?」


ハッと、失言に気づいたパベルだったが、ここはアニャのためにどうしても口を割るわけにはいかない。

「……知るわけないでしょう。私は清廉潔白な公務員――」

「パベルさん、この前全然迷わずにぼくを案内してくれたよ!」ヘニョが全力笑顔で間髪入れずにバラしていく。

「おっさん、こっちの紙に地図書いて!」

パベルはヘニョの妙な瞬発力とニギ親方の押しの強さに負けた。


「そいつら(渡し守)が博打でスって賭場をトンズラしてた時のために、娼婦のナターシャの場所も用意した方がいいな」タデクの誘導に、ニギ親方がたしかに、と納得してヘニョに問いかける。「おいヘニョ、そのナターシャとかいう女はどこにいるんだ?」


「このまえは居酒屋(タヴェルナ)にいたよ!」 とヘニョ。


「ナターシャと呼ばれてる酌婦なら、グリフィン亭で見たことがある。でも、いつもいるわけじゃないな……」とトマス。


「客と酒飲んでたんだろ。いつどこにいるか分かんねーな、そりゃ」

ステファンがやれやれと空の水筒を振りながら他人事のようにいう。

「だれか知らんのかー、そのナターシャとかいう娼婦と連絡とれる場所はー」


「ステファン親父なんかねえのかよ。年中すけべ顔でへらへらしておいて、不良職人なら遊びのひとつもしてやがれ」とニギ親方。

「俺は酒が恋人だからよお」

空の水筒にほおずりするステファンおやじに、ニギ親方はチッと舌打ちを送る。


大人たちが「それ見ろ、居場所も分からん娼婦なんてアテになるか!」と揉め始め、「片っ端からアニャに酒場と娼館を回らせろ」とタデクが悪魔の提案をした、その時だった。


「ハァ……ッ!! お前たちは、本当に、これだから無学で無知な民間人は困るのですよッ!!」

ベテラン役人のパベルが、何かに耐えかねたように激怒して、自慢の『マル秘帳簿』を床に叩きつけ、怒濤の役人知識を吐き出し始めた。


「いいですか、ランデックの登録娼婦どもは、街の治安維持法、および公衆衛生・平準納税の観点から、【月曜日から土曜日まで、平日の夜間は必ず、公営の指定された宿(または特定のギルド酒場)に滞在すること】が法律によって厳格に義務付けられているんですよ! 彼女らの納税記録と、現在のアドレス(居住区)のデータベースなら、シュロッフェンシュタインの現役役人である私の頭の中に、一分の狂いもなく完全にバックアップされています!!」


パベルの手によって、波打つ黒髪のナターシャが平日の昼から夕方にかけて確実に身を置いている【ロザンナ門通りの、赤い干し柿が二つ干してある古い宿の二階、奥から二番目の部屋】という、あまりにもピンポイントすぎる居住アドレスが、アニャとトマスに共有された。


「よし、でかしたぞパベルのおっさん!」

ニギ親方が、効率のいい巡回ルートの検討に入る。



そこへ、供出させたウールの集計が終わったブリギッテが現れ、


「四千ペニヒ包むには、毛糸が少し足りないねえ! もしペニヒが足りるならねえ、追加の毛糸玉を三玉買ってきてくれないかい! アニャでもトマスでもいい、買い物を頼まれてくれ」


と言って、ほしい毛糸玉の種類を一方的に伝えて去り、部屋のすみで呪いの編み歌を歌い始めた。


その頃パベルは、

(……お、おい、待て。正気かお前ら。

十ギルダーという、我らがプロジェクトの神聖にして最高額の国家予算をだぞ!?

なぜ、外の敵であるはずの荷運び人(トマス)の背負うワイン樽に、逃亡農奴の6歳の女児(アニャ)を詰め込んで、

挙句の果てに、ランデックの場末の街の『博打打ち(マティアス・トビアス)』と『娼婦(ナターシャ)』の元へノーガードで全財産をデリバリーしようとしているんだよ!!!

人選の治安が最悪すぎる! 騙し取られて終わりだろ! 役所の財務規定をナメるな!

なぜあの豚飼いのガキ(ヘニョ)は、街で一番汚い場所にいる人間たちを、100%信頼した目で計画に組み込んでいるんだ!

そしてなぜ、ちび親方(ニギ)もアル中(ステファン)も『大将が言うならナターシャを信じるわ』と、全員がそのアホ面(ピュアワールド)に感染して算盤を捨てちまうんだよ!

意味がわからない! 4,000ペニヒが形になる前に、私たちの物理的な財布が社会の底辺で大爆発しちまうぞ!!!)

と、脳内モノローグを大爆発させていた。


「ナターシャ、いいこ……パベル、わるいこ」


六歳の女児は、任務を反芻するプロのスパイの顔をして、空のレスタのワイン樽の中へ、ふたたび「すぽっ」と深く隠れた。


アニャー! と泣き崩れ、樽にすがるパベルおじさん。


その時、黙っていたベンノが、小さく手をあげて、


「あの……いいですか」


と控えめに、しかしはっきりとした声で、自分の作戦を意見した。


「トマスさんが広場の両替屋と、マティアスさんたちとナターシャさんと、全部一人で回るのはどうですか」



「それだ……!」と満場一致で目を見開く大人たち。


突然、大冒険がなくなってしまい、がーん、という表情のアニャを置いて。



四日後にもどるわ、と言い残し、金貨やら地図やら情報やらを預けられたトマスは、山小屋を出、ヴェルトリンの樽を背負い上げ、仲間に紛れてシュロッフェンシュタインの包囲を突破し、アールベルク峠を降りていった。







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