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西方水滸伝 セラデラヴェラ戦記  作者: 瓶八
第三章 悪魔の呼び笛
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3-7-2 ペニヒの鎧







騎士ヤックライン・ウーバーリンの書状によって、インスブルック宮廷にて、新大公アルブレヒト三世との面会の約束を取り付けた、聖クリストフ兄弟団。約束の面会まで、あと一週間となった、ある日。ついに、宿敵シュロッフェンシュタインが動き出した。


「兵士三十人が包囲中?」

「そうなのよ。ヤネクお義父さんとブリギッテさんがね、いかつい兵士たちを『壁』の外まで追い出してくれたんだけど」

宿舎で書き物をしていたタデクのもとへ、やあねえ、とカシャが報告にきた。


後ろ盾を失った今こそ、山小屋を取り潰す好機。


そう判断したシュロッフェンシュタイン家の当主の奥方、スサナ夫人の陰謀のもと、彼らは逃亡農奴であるオレクたちの旧領主をでっち上げたのだ。


知り合いのウンターインタールの領主に『逃亡農奴隠匿罪』の告発書類を偽装させると、それを大義名分としてアールベルク峠の救難所『セラ・デラ・ヴェラ』の周囲を重武装の私兵団で完全に包囲し始めたのである。


タデクが伝授してくれた「ハプスブルク新大公の法規」を盾にしたハッタリのおかげで、敷地内への直接の侵入や、暴力による解体はかろうじて防ぐことに成功していた。


だが、包囲する騎士たちは、救難所の境界線のわずか一ツォル(約2.4cm)外側に、ぎらつく鉄の槍衾を並べたまま、不気味にじっと佇んでいた。


「お貴族さま同士の熱い友情には、まったく涙が出るぜ」

ニギ親方がへっと顔をしかめたあと大人用のワインをあおった。


「あいつら、一歩も動く気配がないな」と、車大工のステファンが、気味悪いわ、と言いながら空のジョッキを弄ぶ。「力ずくで壊しにこねえなら、ただの脅しか?」


「兵糧攻めかしらねえ。ウチにはまだ、豆も玉ねぎも穀物も、蓄えがあるけれど」

と、納戸を確認してきたカシャが、不安な表情でいう。


「いや、もっと重大なことさ」

兄弟団が揃った宿舎のなかで、輪の中心にあぐらをかいたタデクは、暖炉の火を見つめながら目を細めた。


「シュロッフェンシュタインの目的はただ一つ。俺たちに、【無断欠席】させようとしてるのさ。インスブルックでのアルブレヒト三世殿下との面会をな。


敗戦処理の忙しい時に、わざわざ時間をもらっておきながら、もし指定された時刻に俺たちが現れなければ、どうなるか。まず、特許状の追認どうこうの前に、俺たちの追認待ちステータスがなくなる。その上、新大公に対する不敬など、踏み込む口実を与える。


再度、追認ステータスを得ようと、面会を申し込む場合、俺たちは最も後回しにされる。来年に、しかもウィーンまで、こちらから出向かなくてはいけない。そんな旅費も、この冬を凌ぐ運営日も、この山小屋にはない。七日後のインスブルックが、最後のチャンスだ。


もし無断欠席の件で不興を買って、追認がなくなればどうなるか。この山小屋の存在は不法占拠、未来永劫ただの違法建築に成り下がる。そうなれば特権も消滅だ。大公の新政が始まった後、オレクたちは偽領主の元で口封じされるか、死ぬより辛い目にあわされる。ヘニョは『大公特許を騙った国家犯罪者』として、言い訳無用で処刑台の絞首縄にぶら下がるのさ」


「な……ッ! だったら、今すぐにでも囲いを破ってインスブルックへ走るべきじゃねえか」

ニギ親方が床を叩いた。

「そうだとも。だが無策で飛び出すな」

タデクは頷きながら言う。


「この救護所の敷地内、境界の内側は、俺たちの領土だ。……だが、そこから一歩でも踏み出せば、シュロッフェンシュタインの私有地だ。そこではあいつらの領主裁判権がすべてを支配する。ヘニョやオレクたち逃亡農奴は、法律上は領主の『動産(財産)』に過ぎない。自分の財産や、自分の敷地から逃げ出した財産を、領主が差し押さえることは、完全に【合法】なのさ」


「じゃあ……、どうすればいいんだよ。ここに閉じこもってたら、特許状が死んじまうよ!」

コバがアニャを抱きしめながら声を震わせる。


「そこでだ」

タデクは、床をコンコンと二回叩く。


「全員、いますぐ全財産を、兄弟団へ寄付しろ」



◯



「……ペニヒの鎧?」

ヘニョが首を傾げ、革の図面ケースを抱え直した。


「そうだ。この前大公レオポルト三世の特許公文書にこう書いてある」

タデクは床に広げた、本物の印章の残る特許状の条文を指差した。


「この公文書によれば、『兄弟団に寄せられた聖なる寄付金から、世俗の領主が徴税・没収・あるいは不当に手を触れること』は、ハプスブルク公家への重大な反逆罪(不敬罪)にあたると明記されている。……ならばだ。その寄付金の硬貨(ペニヒ)そのものを全身に編み込んだ鎧を纏えば、それはハプスブルクの絶対不可侵領域の法理を、そのまま肉体に纏うのと同じことだ。


シュロッフェンシュタインの衛兵どもに、大公特権を真正面から無視してまで、不当徴税を強行する勇気があるかな? 指一本触れた瞬間、主家が改易になるぜ、と脅してみたらどんな顔をするか見たいだろ?」


「さあ、どうやって作る? 一着作るのに何ペニヒ要る? 何ペニヒ集まった? ……それはお前らがやれ。俺は寝る」

タデクは大きなあくびをして、長い外套にくるまった。


「……ああ、ただし一つだけ絶対のルールだ。【ペニヒ硬貨に穴を開けたり、削ったりして加工することは禁じる】。通貨の破壊は帝国鋳造法でそれ自体が死罪だからな。……じゃあ、あとはよろしく」


フダワのタデクはそう言って、外套にくるまったまま部屋のすみに移動すると、そこでごろんと横になり、壁の方を向いてしまった。



◯



「どうする?どうやって作ろう…」とヘニョ。

「加工禁止って!スケイルアーマーは穴開けて紐通すんだぞ」とニギ親方。

「膠でも使って貼るか?」とステファン。「膠も禁止な!」とタデク。


「あいつえらそうに。ちっとは知恵をだしやがれ」と職人たち。


そこへ「ほれ」とブリギッテ。


「手袋の小指部分だよ。

そこに三枚入るだろ。

この小指袋を服に縫い付けたらいい」


小さなニット編みの細長い袋に三枚のペニヒが入っている。ちょうど小指の関節に当たるところが縫われ、少し絞られており、外観はまるで鞘に入った豆のようだ。


「全員、手持ちのウールを出しな」

編み物ババアブリギッテは、首を鳴らした。





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