2-7 狼の口上
「人を勝手に無垢で善良な若者にしないでくださいよ」
そう言い残してヤン・チャペックは去っていった。
三日後、大公レオポルト三世戦死の報せが届いた。
二日後、アールベルク峠の山小屋は落成式を迎えた。
◯
遡ること二ヶ月と少し前。
夏至を過ぎたばかりの聖ヨハネスの日に、この山小屋の礎石が置かれた。
ヘニョとヤンが手づから摘み、老婆ブリギッテが麻と茨で編み上げた、真っ赤な夏の花――アウムラウシュの花輪がその礎石の上に置かれ、神事が行われた。
その花輪は保存され、山小屋の完成を祝う落成式の今日、色褪せカラカラに乾燥した金色の花輪となって、ニギ親方の頭上に乗せられている。
大男ベンノの肩に乗ったニギ親方が、ベンノの手を借りて屋根に乗り移り、屋根の最高部の棟木へと登り、すっくと立ち上がった。 アールベルク峠に吹き付ける冷たい風の中で、 職人たちひとりひとりの道具を腰に吊るしたニギ親方は、その中から自分の手斧を取り外し、天に掲げた。
◯
「アールベルクの山々よ、冷たい北風の神々よ、よく聞きやがれ!!」
ニギ親方は自分の手斧を天高く掲げ、アールベルクの谷底まで響き渡るような声で叫んだ。
「俺の名は、誇り高きヴァルザー人の村、アウを導く岩壁の一族、手斧のジークフリートが息子、狼のニコラウス! この俺のノミと手斧が、今日、この不毛の崖の上にひとつの『救護所』を築いた!
世界の東西南北、太陽と月と星、天体の道をしっかりと睨み据えた、神の理にかなう真理の小箱だ!
鉄の釘なんか一本も使っちゃいねえ!
丸太と丸太が呼吸を合わせ、自然の驚異を味方につけた真実の木組みだ!
下半分はオレクたちが命がけで切り出した乾き石の強固な盾!
上半分はステファンのおやじと俺が狂いなく刻んだカラマツの砦だ!
屋根の上にはアルプスの強風をねじ伏せる石の巨人の老兵をずらりと並べた!
冬が来れば、この緩やかな屋根は深い雪の布団を被り、山の肌と一体となって凍える旅人どもを温める命の砦となる!
礎石は聖ヨハネスの日に置いた! その上聖クリストフが触れた! しかも今日、レオポルト三世の英霊が飲みに来ている! ざまあみやがれ! あらゆる邪悪も呪いもこの家には近づけねえ!
聖マーチンの屠殺令が来ようが、ガグラーの大軍勢が来ようが、この『セラ・デラ・ヴェラ』は三日三晩の嵐どころか、100年の豪雪にだって絶対にビクともしねえんだわ!
――神に祝福を! 人に誇りを! 行き倒れや死にかけに、安らぎと! 希望を!」
ニギ親方は一息に捲し立てると、エルザスワインの満ちた陶器の杯を、その小さな両手で天に掲げ、一気にグビグビと飲み干した。
そして、空になった杯を、マチェイの彫った『Cella della Vera』の美しい礎石の角に向かって、力任せに投げつけた。
「泣いて謝るなら今のうちだぞ、山の悪霊ども! ――そらよ!!!! いけ!!」
パリン! と、陶器の杯は完璧な音を立てて粉々に砕け散った。
「よしっ! このアジールは千年壊れねえ!」
13歳のチビ親方が前髪をハッと吹き上げて勝ち誇る。
直後、ステファンが手斧を掲げて「大公殿下に!」と叫び、オレクやベンノたち労働者がそれに続いた。十五樽の酒樽が派手に叩き割られ、アールベルクの峠全体を震わせるような地鳴りの大歓声が沸き起こった。
(第2章・後編 / 完。第3章へ続く!)




