第7話:アポカリプス・ピザと、嵐を呼ぶ新星
「ひぃぃぃ! 来るな! 寄るな! 私はまだ、ミシュランの星すら獲っていないんだぞ!」
薄暗い、荒廃したショッピングモール(の廃墟ロケ地)。設楽膳治は、映画用のリアルな特殊メイクを施された「ゾンビ役の熱血エキストラ」に囲まれ、必死でパイプ椅子にしがみついていた。
そこへ、いつものように冷徹な足音が響く。マネージャーの美咲だ。
「先生、演出ですから大声を上げないでください。酸素の無駄です」
美咲は、散乱するマネキンをヒールで踏み越え、タブレットを掲げた。
「本日のお題は『終末世界で、手元にある缶詰と炭酸飲料だけで作る、絶望的に美味いパーティーピザ』。世界同時配信のゾンビ映画『ウォーキング・クッキング』の公式タイアップです。今回は『ゴミを出さない』どころか、電気もガスも水道もマジで止まっています」
「本物の廃墟でやらせるな! あと、さっきからあのゾンビが私の生足を狙って噛みつこうとしてるんだよ!」
「ああ、それは演出ではなく、本日採用した新しいアシスタントです」
「……え?」
膳治が恐る恐る足元を見ると、ゾンビの群れの中から、一人の小柄な女性がガバッと起き上がった。彼女の顔にはべっとりとリアルな血糊がついていたが、その目は爛々と輝いている。
「初めまして! 設楽先生! 本日からアシスタントに入りました、乾 舞、22歳です! 先生の『足軽ラード塊』のバズを見て、これぞ私の求める『野生の調理』だと感動して応募しました!」
舞は勢いよく頭を下げた。
彼女の個性は、美咲の「冷徹・効率主義」とは真逆の「野生の勘・脳筋パッション」。料理学校を主席で卒業したものの、フレンチの繊細な作業に飽き足らず、たき火とサバイバル料理を愛する、筋肉モリモリの料理オタクだった。
「先生! ゾンビ(エキストラ)の囲みを突破して、モール内の備蓄物資(缶詰)を確保してきました! これでピザ、行きましょう!」
舞は、泥のついたリュックサックから大量の缶詰をドサドサと床にぶちまけた。
「ま、舞くん……君、なかなかガッツがあるね。しかし、ピザの生地を捏ねる粉もなければ、焼くオーブンもないんだぞ?」
膳治が戸惑うと、今度は美咲が冷酷にカットインした。
「そこは先生の脳をハックしてください。残り時間30分。なお、乾さんの給与は今日のPV数(バズり度)に連動しますので、彼女の生活のためにも絶対に失敗しないでください」
「美咲さん、人事のシステムまで終末世界にしないで!!」
------------------------------
「粉がない、オーブンがない。なら、ピザの概念を『分解』する!」
膳治は床の缶詰を仕分けした。あったのは「焼き鳥缶」、「コーン缶」、そして、なぜか大量にある「おつまみ用のポテトチップス」と、炭酸飲料の「コーラ」だ。
「舞くん! ポテトチップスを袋のまま、自慢の筋肉で粉々に粉砕するんだ!」
「了解です、ボス! オラァァァ!!」
舞が両拳でポテトチップスの袋を叩くと、一瞬でスナックが粉末状になった。
「ピザ生地の代わりに、このポテチの粉を使う。そこに、少量の『コーラ』を注いで捏ねる!」
「えっ!? コーラですか!?」
舞が驚く。
「そうだ! コーラに含まれる炭酸と糖分が、ポテトの油分と混ざり合うことで、オーブンを使わずとも『発酵したピザ生地のようなモチモチ感とコク』を一瞬で生み出すんだ! これをアルミホイル(ロケ用)の上に薄く伸ばせ!」
「すごいです、先生! 科学の力を感じます!」
舞は野生の勘で、絶妙な厚さに生地を伸ばしていく。美咲の「分量をミリ単位で計る効率」とは違い、舞の「手の感覚」は驚くほど早くて正確だった。
------------------------------
「次はトッピングだ。ソースは焼き鳥缶のタレ。その上に焼き鳥とコーンを敷き詰める。しかし、ピザに不可欠な『チーズ』がない。これではただのポテト焼きだ……」
膳治が頭を抱えたその時、舞がリュックの奥からニヤリと不敵な笑みを浮かべて「あるもの」を取り出した。
「先生、私のサバイバルポーチに、これが残ってました! 登山用の『マヨネーズ』と『粉ゼラチン』です!」
「……! 舞くん、素晴らしい野生の勘だ!」
膳治の脳内に、勝利の方程式が閃いた。
「マヨネーズに少量の水を混ぜ、粉ゼラチンを振りかけて少し温める。それをピザの上に回しかけるんだ。ゼラチンが冷えて固まると、マヨネーズの油分と合わさって、まるで『とろけるモッツァレラチーズ』のような濃厚な食感とビジュアルに化ける!」
「火がないのに、どうやって温めるんですか?」
美咲が冷たく尋ねる。
「フハハ、美咲さん。そこは映画のロケ地だぞ? あそこに、ゾンビ演出用の『発煙筒』があるだろう! あれの熱を利用するんだ!」
「ボス、最高に狂ってます!!」
舞が発煙筒に点火し、アルミホイルに包んだピザをその熱の上で一気に蒸し焼きにする。もくもくと上がる煙の中、膳治と舞は、まるで世界の終わりで戦う師弟のようだった。
------------------------------
5分後。煙が晴れたスタジオ(廃墟)に、香ばしいジャンクな香りが立ち込めた。
アルミホイルを開けると、そこにはコーラでモチモチになったポテト生地の上に、ゼラチンでドロリと溶けたマヨネーズが、本物のチーズのようにピザ全体を覆っている、奇跡のジャンクピザが完成していた。
「名付けて……『終末サバイバル!発煙筒で焼くコーラポテチピザ』だ!!」
美咲と舞が、同時に一切れずつ口に運ぶ。
「……信じられない。コーラの甘みが焼き鳥のタレと合わさり、高級なバルサミコソースのような深みになっています。ポテチの塩気とマヨゼラチンのコクが、完全に『ジャンクフードの王様』を完成させています。バズ確定です」
美咲が淡々と、しかし素早くタブレットでSNSに動画をアップする。
「うっまーーーーい!! 先生、これマジで脳に直接響く美味さです! 筋肉が喜んでます!」
舞は自分のプロポーションも気にせず、ガツガツとピザを平らげていく。
映画の監督は大喜びで、「今すぐこれを映画の本編に組み込む!」と叫び、SNSのトレンドは瞬く間に『#絶望ピザ』で埋め尽くされた。
「やった……やったぞ、舞くん……。私たちの勝ちだ……」
膳治は、ついに灰となった発煙筒の横で、真っ白な燃え殻のように倒れ込んだ。
「先生、お疲れ様です! 最高の初仕事でした!」
舞が満面の笑みで、膳治の背中をバシバシと叩く。その筋肉の衝撃で、膳治の麻痺していた腰が再び「ピキィィィ!」と悲鳴を上げた。
「ぎゃあああ! 痛い! 痛いよ舞くん!」
「あら、先生。休んでいる暇はありませんよ」
美咲がスマホをかざしながら、二人を見下ろす。
「今回の『終末ピザ』の大ヒットを見た、大手おもちゃメーカーから次の依頼です。『おままごと用のプラスチックのミニキッチンと、水だけで作る、本物の大盛り二郎系ラーメン』だそうです。対象年齢は3歳以上。舞さん、先生をロケ車に積み込んでください」
「了解です、美咲先輩! ボス、行きますよーーー!」
「おままごとで二郎系……!? 3歳児にニンニクマシマシを食わせる気かァァァーーー!!」
舞に米俵のように担がれた膳治の絶叫が、廃墟のショッピングモールに虚しく響き渡るのだった。




