第6話:槍ぶすまと、鳴らない電子レンジ
「……無念。設楽家は、今宵をもって取り潰しでござる……」
文科省指定・歴史体験村のど真ん中。設楽膳治は、ゴワゴワとした麻の直垂に、ずっしりと重い鉄製の陣笠をかぶり、泥の上に正座していた。
すでに現代の料理研究家としてのプライドは、戦国時代の荒波にもまれて霧散している。麻の衣装が肌に擦れてチクチク痛むが、それ以上に彼の心を抉るのは、目の前に置かれた「食材」だった。
今回のデスゲームのお題は、『戦国時代の足軽が、戦の合間に5分で作った、総重量2キロの爆速ガッツリ陣中食』。
「先生、今回のタイアップは地方自治体の『武将まつり』です」
美咲は、なぜか完全無欠の「姫君」の着物姿で、脇息にもたれかかりながら冷たく言った。
「当時の足軽が携帯していた『芋がら(サトイモの茎を干したもの)』、『兵糧丸』、『玄米』、『塩』、『味噌』。使えるのはこれだけです。もちろん、電子レンジもフライパンもありません。5分で2キロ、ガッツリ作ってください。さあ、勝鬨を上げてください」
「無理に決まっているだろう! 玄米を炊くのに何分かかると思っているんだ! 5分じゃ生米を噛み砕くことしかできん! 足軽が戦の前に歯を全部折ってどうする!」
膳治は叫んだが、美咲は無情にも和時計の文字盤を指差した。
「敵襲(撮影スタート)まで、あと3分です」
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「5分で2キロ……。煮炊きする時間はゼロ。ならば、食材の『加工プロセス』を完全にすっ飛ばすしかない!」
膳治は、足軽の腰にぶら下がっていた「腰兵糧(乾燥した炒り米)」と、カチカチに乾燥した「味噌塊」、そして「芋がら」を睨みつけた。
「当時の足軽は、味噌塊をそのままお湯に溶かしてスープにしていた。だが、それだけでは『総重量2キロのガッツリ男飯』には程遠い。ならば……全ての食材を『ひとつの超巨大な塊』に融合させる!」
膳治は、歴史村の演出用に用意されていた「すり鉢」と「すりこぎ」を掴んだ。
まず、乾燥した兵糧丸(漢方薬のような塊)と炒り米をすり鉢に投入し、親の仇のようにゴリゴリと粉砕する。
そこへ、水分代わりに近くの水瓶から水を少々、そして大量の味噌を投入。包丁がないため、乾燥した芋がらは手でバリバリと細かく引きちぎって混ぜ込んだ。
「これだけではただの固い味噌団子だ。腹ペコの男たちが、狂喜乱舞するような『ジャンクな旨味』が足りない!」
膳治は、自分の足軽バッグ(兵糧袋)の底を漁った。そこには、前回のグランピングの撮影で余った、現代の禁忌の調味料――「粉末の和風だし」と「ラード(豚脂)」の小袋が、奇跡的に紛れ込んでいた。
「歴史の神よ、許されよ! 現代の『アブラ』をここに注入する!」
膳治はラードを丸ごとすり鉢に絞り出し、和風だしをぶち込んで、全体を一心不乱に練り上げた。
味噌の塩気、ラードの強烈な脂、和風だしの旨味が、炒り米の粉と混ざり合い、信じられないほどの粘り気を持つ「巨大な茶色い泥」へと変化していく。
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「できた……! 5分で完成、総重量2キロの『戦国一発飯』だ!」
膳治は、すり鉢からその茶色い巨塊を丸ごとワシ掴みにし、大きな「ひょうたん」の器にドカンと盛り付けた。
見た目は、どう見ても戦国時代の城壁を固める「土壁のヘドロ」である。
「名付けて……『電光石火!足軽のスタミナ味噌ラード塊』だ!!」
美咲(姫君モード)は、不快そうにその泥の塊を凝視したが、撮影のカメラが回っている手前、箸で少し削り取って口に運んだ。
その瞬間、彼女の涼しい目元が、衝撃で大きく見開かれた。
「……ッ!? これは……脳が覚醒します」
「だろう! 味噌の濃厚な塩分と、ラードの脂が、乾燥した炒り米に染み込んでいる! 芋がらのシャキシャキした食感がアクセントになり、噛めば噛むほど和風だしの旨味が爆発する。火を使わず、5分で2キロのカロリーを補給できる、まさに戦場のサバイバル飯だ!」
美咲は2口目を食べながら、小さく頷いた。
「恐ろしい料理です。一切火を使っていないのに、ラードのコクのせいで、まるで『超濃厚な家系ラーメンのスープをご飯に吸わせた塊』を食べているような錯覚に陥ります。ガテン系足軽なら、これを食べて槍を持って突撃しますね。……合格です」
「勝った……! 織田信長にも、私は勝ったんだ……!」
膳治は陣笠を投げ捨て、歴史村の泥の上に大の字になって歓喜の涙を流した。
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「お疲れ様でした、先生。歴史村の村長も、大喜びでSNSにアップしていますよ。さっそくバズってます」
美咲は着物をパパッと脱ぎ捨て、いつものスーツ姿に戻りながら言った。
「ああ、良かった……。これでやっと、令和の現代に帰れる。24時間営業のコンビニで、普通のサンドイッチを買って食べるんだ……」
「あ、先生。今、新しい大口のオファーが舞い込みました。外資系の超大型エンタメ企業からです」
美咲のスマホが、不穏な電子音を鳴らす。
「次は、世界同時配信の超大作ゾンビ映画とのコラボ企画です。『ゾンビに囲まれた終末世界のショッピングモールで、手元にある缶詰と炭酸飲料だけで作る、絶望的に美味いパーティーピザ』だそうです。撮影は明日の朝、廃墟のロケ地で行います」
「ゾンビ!? 終末世界!? 料理研究家の仕事のキャパシティを完全に超えているだろうがああああ!!」
秋の歴史村に、膳治の令和を恋しがる悲痛な叫びが、虚しく響き渡るのだった。




