表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『本日もメニュー開発(デスゲーム)のち、大バズり。』  作者: ののん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/9

第4話:青空の下の不条理(アブサード)

「美咲さん。大自然の空気が、私の腰と精神をじわじわと殺しに来ているよ」

山梨県の美しい山々に囲まれた、最先端のグランピング場。設楽膳治は、腰にがっちりとコルセットを巻き、借りてきた猫のように不自然に直立していた。

澄み切った青空、さえずる小鳥。最高のロケーション。しかし、目の前のウッドデッキに並べられた食材を前に、彼の表情は泥のように暗い。

今回のお題は、『大自然の中で、包丁と火を一切使わずに作る、映えるフレンチフルコース』。

「贅沢な大自然の中で、あえて『不便さ』を楽しむのが今のトレンドです」

美咲はオシャレなアウトドアチェアに腰掛け、優雅にハーブティーをすすっている。

「ちなみに今回のクライアントは、超高級ライフスタイル誌。手抜き感のある『ズボラ料理』に見えた瞬間、即ボツです。洗練されたフランスの風を、この森に吹かせてください。あ、撮影スタートまであと45分です」

「火も包丁も使わずにフレンチだと!? 料理の伝統クラシックに対する冒涜だ! フランス人が見たら暴動を起こすぞ!」

膳治は叫んだが、腰がピキッと鳴り、すぐに大人しくなった。

残された時間はわずか。彼は残された脳細胞をフル回転させ、現代の文明利器とサバイバル能力の融合を試みた。

------------------------------

まずは前菜アントレだ。フレンチたるもの、見た目の華やかさが絶対条件。

「包丁が使えないなら……手でちぎる! いや、『ピーラー』だ。あれは包丁ではない、文房具のようなものだ!」

膳治はズッキーニとニンジンをピーラーで薄く、リボン状に何枚も削り出した。それをくるくると巻いてバラの花に見立て、お皿の上に並べていく。

味付けには、持参した「レモン風味の炭酸水」に塩とオリーブオイル、そしてハーブを混ぜた特製ジュレ(ゼラチンで事前に固めておいたもの)をクラッシュして散らした。

「どうだ! 『夏野菜のリボン仕立て〜爽快カプリス・ジュレ〜』だ!」

木漏れ日を浴びて、炭酸の泡を閉じ込めたジュレがキラキラと輝く。完璧に映える前菜が、火も包丁もなしで完成した。

「あら、意外とフレンチになってますね」

美咲が珍しく小さく拍手する。しかし、本番はここからだ。メイン(プラ)には、圧倒的な「肉の満足感」が求められる。

「火を使わずに、冷たい肉料理……。ローストビーフの市販品を切るだけでは芸がない。フレンチのメインを張るなら、煮込み料理ミジテのような深みが欲しい」

膳治は、グランピング場に備え付けられていた「あるもの」に目をつけた。

それは、ウェルカムドリンク用に用意されていた、キンキンに冷えた缶の「黒ビール」。そして食材の中にあった「コンビーフ缶」と「クリームチーズ」だ。

「フランス北部の郷土料理に、ビールで肉を煮込む『カルボナード』という料理がある。火が使えないなら、『化学反応』でそのコクを再現する!」

膳治は器にコンビーフを入れ、フォークの背でガシガシと潰した(包丁は使っていない)。そこに、少量の黒ビールを注ぎ入れる。黒ビールの持つ麦の苦味とコクが、コンビーフの牛脂のクドさを一瞬で高級感のある「熟成肉の風味」へと変貌させたのだ。

さらに、そこにクリームチーズと、隠し味のマスタードを練り込む。

「仕上がりの美しさは、アウトドアの『ワイルドさ』でカバーする!」

膳治は、そこら辺に生えていた(一応、食用と確認済みの)白樺の太い枝の皮を器代わりにし、そこに練り上げたコンビーフを美しく盛り付けた。仕上げに、市販の乾燥トリュフ塩をパラリと振る。

「メインディッシュ、『漆黒のビールが醸す、ギュー(牛)・コンフィのパテ〜大自然のいぶきを添えて〜』だ!」

付け合わせのバゲット(手で豪快にちぎったもの)にそれを乗せて食べた美咲は、一口食べた瞬間、動きを止めた。

「……濃厚です。黒ビールの苦味がコンビーフを完全に化けさせました。目をつぶれば、ここはパリの老舗ビストロです」

「ふははは! 見たか! 料理とは、物理ではなく化学なのだよ!」

------------------------------

最後はデザート(デセール)だ。

膳治は、ジッパー付きのビニール袋に「冷凍のミックスベリー」と「マシュマロ」、そして少量の「ヨーグルト」を投入。それを、自分の体重(とコルセットの圧力)を利用して、お尻で優しくプレスした。腰のリハビリにもなる絶妙な空気圧だ。

マシュマロのゼラチン質とヨーグルトが混ざり合い、ベリーの酸味で一瞬にして濃厚な「ムース・オ・ショコラ」ならぬ「ムース・オ・ベリー」が完成した。

カカオパウダーを上からまぶせば、どこからどう見ても高級ホテルのデザートだ。

「デザート、『ショック・ド・ベリーのふんわりムース』だ!」

すべての撮影が終わった時、クライアントの編集長は「これぞ、令和のアウトドア・エレガンス!」と大絶賛。膳治は見事に、大自然の不条理な無理難題をゴールへと叩き込んだのだった。

「先生、素晴らしかったです。これで腰さえ治れば完璧ですね」

美咲が笑顔で片付けをしながら言った。

「ああ、今回は本当に命が削られたよ……。さあ、帰って泥のように寝よう……」

「あ、すみません先生。次の撮影、スタジオではなく『深海3000メートルの潜水艦内』という設定のスタジオでの密室ロケになりました。テーマは『限られた酸素と水で作る、息が詰まるほど美味い宇宙食風ディナー』です。今すぐ新幹線で移動しますよ」

「深海!? 宇宙!? 次はどこへ行くんだ私はーーー!!」

膳治の悲鳴が、どこまでも高い秋の青空へと吸い込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ