第2話:招かれざる「深夜3時」のキックオフ
「ワールドカップ……! よりによって、今大会はすべて日本時間の深夜2時キックオフだと……!?」
マネージャーの美咲から渡された企画書を前に、設楽膳治は絶望の咆哮を上げた。
お題は『深夜帯にあるワールドカップを元気に応援できる料理』。一見、スポーツバーのメニューのようで楽しげだが、料理研究家としての膳治の脳は、即座に「深夜3時」という時間帯の凶暴性を弾き出していた。
「美咲さん、分かっていない。深夜2時は人間の消化器官が完全に閉店ガラガラしている時間だ! そこで唐揚げやピザを食ってみろ。翌朝、胃もたれという名のレッドカードを食らって、社会人としての人生が退場処分になる!」
「そこをなんとかするのが先生の仕事です」
美咲は冷たく言い放つ。
「クライアントからは『ビールが進むガッツリ感』と『翌朝に残らないヘルシーさ』、そして『試合中に片手でつまめる手軽さ』をすべて両立させてくれと言われています。撮影は明日の朝です」
「ガッツリで、ヘルシーで、片手でつまめる!? 矛盾のトリプルスリーを達成しろというのか!」
膳治はふらつきながらキッチンへ向かった。
時刻はすでに午後10時。ここから、胃袋の限界に挑む「深夜の試作」というキックオフの笛が鳴り響いた。
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まずは「ガッツリ」をクリアするため、膳治は定番のジャンクフードに目をつけた。
「応援といえばポテトだ。だが油で揚げては深夜の胃が死ぬ。ならば……」
彼はジャガイモをすりおろし、水気を切ってから、なんと「高野豆腐」の粉末と混ぜ合わせた。それを一口サイズに丸め、オーブントースターでカリッと焼き上げる。ノンオイルのヘルシーポテトだ。
「見た目はいい。味は……」
パクリと口に運ぶ。
サクサクとした食感のあと、高野豆腐特有の「水分をすべて奪い去る砂漠地帯」が口の中に広がった。
「ゴホッ、ゴホッ! だめだ、水分が足りん! 試合中に熱狂して叫んだら、喉に詰まってそのままイエローカードだ! 却下!」
時計の針は深夜1時を回った。
焦りが膳治を狂わせ始める。彼は冷蔵庫から「キャベツ」と「サバの味噌煮缶」、そして「春巻きの皮」を取り出した。
「片手でつまめて、ガッツリ。なら、これらを巻いて揚げ焼きに……いや、待てよ。サッカーといえば『ブラジル』だ。サンバの熱気を料理に注入すれば、眠気など吹き飛ぶはず!」
完全に睡眠不足でハイになった膳治は、サバの味噌煮に「ココアパウダー」と「チリペッパー」を大量にぶち込んだ。ブラジルの伝統料理「フェジョアーダ」を、日本の缶詰で再現しようという超次元アレンジだ。
それを春巻きの皮で包み、フライパンで香ばしく焼く。
「名付けて『サンバ・デ・サバ春巻き』!」
膳治は焼き上がった謎の物体をガブりと囓った。
その瞬間、強烈なスパイスの刺激と、サバの脂、そしてココアの謎の苦味が脳の血管を直撃する。
「うおおおおお! 目が覚める! 確かに元気が出る! 心臓がバクバクするぞ!」
「先生、それただの不整脈です」
いつの間にか背後に立っていた美咲が、冷ややかな目で膳治を見ていた。
「そんな怪しい劇薬、テレビで紹介できません。だいたい、サッカーを応援する視聴者が求めているのは、異国の奇行ではなく『日本の勝利』ですよ」
「日本の……勝利……」
美咲の言葉が、膳治の脳内にパスを繋いだ。
日本の勝利。サムライブルー。勝つ。カツ。
「……そうか、トンカツだ! 験担ぎ(げんかつぎ)の『カツ』を使わない手はない! しかし、深夜3時にトンカツはギルティすぎる。なら、カツの概念をひっくり返す!」
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午前2時。まさにワールドカップのキックオフと同じ時間、膳治のキッチンで奇跡のフォーメーションが完成した。
彼が差し出したのは、一見、普通の「串カツ」だ。しかし、どこか雰囲気が違う。
「美咲さん、食べてみてくれ。これぞ深夜のサポーターに捧げる『超攻撃型・スタミナお豆腐カツ』だ!」
美咲は疑いの目を向けながらも、1本手に取り、サクッと音を立ててかじった。その瞬間、彼女の目が丸くなる。
「えっ……? ジューシーなのに、すごく軽い。お肉じゃないんですか?」
「ふははは! それは『水切りした木綿豆腐』だよ! 縦長に切った豆腐に、大葉と、薄切りの豚バラ肉を『1枚だけ』巻き付けてある。衣にはパン粉ではなく、砕いた『お麩』を使っているんだ!」
膳治は勝ち誇った顔で解説を始めた。
「豚バラ肉を外側に1枚巻くだけで、脳は完全に『肉を食べている』と錯覚する! お麩の衣は油の吸収率がパン粉の半分以下だから、驚くほどヘルシー! さらに、ソースにはタマネギとニンニクをすりおろした『特製にんにくポン酢』を合わせる。これでスタミナは抜群、かつ胃もたれはゼロだ!」
美咲は2本目を口に運びながら、小さく頷いた。
「これなら片手で持てますし、ビールにも合いますね。翌朝の胃の守備力も完璧です。……先生、これ採用で」
「やった……! ゴーーーール! 勝利のホイッスルだ!!」
膳治はキッチンで両手を掲げ、深夜のストライカーさながらのガッツポーズを決めた。
「良かったです。じゃあ先生、すぐ片付けて2時間後に出発ですから、寝ないで準備してくださいね。次の特番のテーマ『ギックリ腰でも作れる、大盛り男飯』の構成も考えておいてください」
「えっ、ギックリ腰……? 男飯なのに動けない……?」
ピッチに崩れ落ちる膳治。彼の料理研究家としての過酷なリーグ戦は、勝ち点ゼロのまま、次の過酷な試合へと続いていくのだった。




