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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
前世編
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9/10

2 変わる季節

それから。


 他のお稽古事とは違い、月乃は真面目に琴へ向かうようになった。



「姫様、今日は随分熱心ですね」



 蛍が少し意外そうに言う。



 月乃は誤魔化すように視線を逸らした。



「……別に」



 琴の音を思い浮かべるたび。


 静かに目を細める暁人の顔が浮かぶ。


褒められた時の声を思い出すと、少し嬉しくなる。





 夕暮れだった。



 月乃は一人で琴を弾いていた。



 まだ拙い音。


 でも以前より、少しだけ指が動く。



 ぽろん。



 秋の風が簾を揺らす。



 その時。



 ふいに、人の気配がした。



「……暁人?」



 御簾の向こう。


 静かな影が止まる。



『申し訳ありません』



「どうしたの?」



『通りかかっただけです』



 低い声。



 月乃は少し笑った。



「聴いてたでしょう」



 一瞬、沈黙。



『……少しだけ』



 否定しない。



 月乃は嬉しくなって、もう一度琴へ触れた。



「まだ下手だけど」



 ぽろん。



「頑張ってるの」



 音が、夕暮れへ溶けていく。



 暁人は静かにその音を聞いていた。



 まるで。


 大切なものに触れるみたいに。



『……綺麗です』



 小さな声だった。



 でも。


 月乃には、その一言だけで十分だった。



 胸が熱くなる。



「ほんと?」



 御簾の向こうで、暁人が少しだけ笑う気配がした。



『はい』



 その優しい声を、もっと聞きたくて。



 月乃はまた琴へ指を伸ばす。



気づけば秋も深まり、朝夕の風は冷たさを増していた。





冬が近づいていた。



 朝の空気が冷たい。



 月乃は廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。



「寒い……」



 すると隣から、静かな声が返る。



『ですから、もう少し厚いものを羽織ってください』



「暁人は心配しすぎ」



 月乃が笑うと、暁人は困ったように目を細めた。



 昔から変わらないやり取り。



 でも。



 最近、少しだけ違った。



 暁人が時々、距離を取る。



 前みたいに長く隣にいない。


 目が合うと、すぐ逸らされることも増えた。



 理由は分からない。



 でも。


 それが少し寂しかった。





 その日。


 月乃は廊下の角で足を止めた。



 向こう側から、声が聞こえる。



『……右大臣様も、お考えなのでしょう』



 暁人の声だった。



『姫様も、もうあのお年です』



 知らない大人の声が返る。



『いずれ入内なされば——』



 その瞬間。



 月乃の胸が、どくりと鳴った。



 じゅだい。



 意味は、知っている。



 帝のもとへ嫁ぐこと。



 でも。



 それはどこか遠い話だった。



 自分にはまだ関係ないと思っていた。



『暁人』



 気づけば、声を出していた。



 向こう側の空気が止まる。



 暁人が振り返った。



 一瞬だけ。


 ひどく苦しそうな顔をする。



 でも次の瞬間には、いつもの静かな表情へ戻っていた。



『どうかなさいましたか』



 月乃は言葉を失う。



 どうして。



 そんな顔をしたの?



「……入内、するの?」



 月乃の声は小さかった。



 廊下の空気が、少しだけ冷たくなる。



 暁人はすぐに答えなかった。



 その沈黙が、なぜか一番怖かった。



 やがて。


 静かに言葉が落ちる。



『……いずれ、その可能性は高いかと』



 断定ではなかった。



 でも。


 余計に現実だった。



「……そう」



 月乃はそれだけ言うのが精一杯だった。



 胸の奥が、ぎゅっと縮む。



 今まで“当たり前”だった世界が、少しずつ形を変えていく。



 暁人と並んで歩く廊下。


 琴の音を聴いてくれる時間。


 庭で笑い合う瞬間。



 それが全部。



 どこかへ行ってしまう気がした。



『姫様は……』



 言いかけてやめる。



  暁人は視線を落としていた。


 月乃の顔を見ようとしない。



 どうしてだろう。


 最近の暁人は、時々こんな顔をする。



 何かを考えているような。


 何かを諦めているような。



 けれど月乃には、その理由が分からない。



『……寒いので、戻りましょう』



 優しい声だった。



 なのに。


 なぜだろう。


 少しだけ遠く感じた。



「暁人」



 呼ぶと、暁人の足が止まる。



「……まだ、一緒にいられるよね」



 暁人は振り返らなかった。



 ほんの少しだけ間があって。



『もちろんです』



 穏やかな声。



 いつもと同じはずなのに。



 なぜか胸が苦しかった。



 まるで。


 何かが少しずつ遠ざかっていくようで。


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