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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
前世編
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8/32

1 姫君

 夢は、途切れなかった。


 熱に浮かされながら。


 月奈は、ずっと月乃の時間を見ていた。


⸻


 夏の日だった。


 庭の木陰で、月乃は頬を膨らませている。


「また兄上ばっかり」


 目の前では、朝頼(あさより)と暁人が何か難しい話をしていた。


 最近、二人はこういう時間が増えた。


 月乃には分からない言葉ばかりだ。


「月乃」


 朝頼が苦笑する。


「そんな顔をするな」


「だってつまらない」


 月乃がそっぽを向くと、朝頼は呆れたように笑った。


「暁人、少し付き合ってやれ」


 暁人の表情が、一瞬だけ止まる。


 なぜか分からないけれど、月乃はその顔が少し気になった。


「……ですが」


「いいから」


 朝頼は分かっているのだ。


 月乃が、暁人の前でしかこんな顔をしないことを。


 暁人は小さく息を吐いた。


「少しだけですよ」


 その声だけで、月乃はすぐ機嫌を直す。


「ほんと?」


 ぱっと笑う。


 その笑顔を見て、暁人の目が、少しだけ柔らかくなった。


 廊下を並んで歩く。


 風鈴の音が遠くで鳴っていた。


「兄上、最近忙しいね」


「もうすぐ元服ですから」


「げんぷく?」


 月乃が首を傾げる。


 暁人は少しだけ笑った。


「大人になるということです」


「ふうん」


 月乃には、まだよく分からない。


 でも。


 最近、少しずつ変わっていく空気だけは感じていた。


 朝頼は忙しくなった。


 屋敷の人たちは、月乃へ前より丁寧になった。


 そして。


 暁人は時々、少し遠い顔をする。


「……暁人?」


 呼ぶと、暁人はすぐにいつもの顔へ戻った。


「どうしました」


「なんでもない」


 月乃は首を振る。


 本当は、その“遠い顔”を見るたび、少しだけ胸が苦しかった。


 理由は分からない。


 ただ。


 暁人が遠くへ行ってしまいそうで。


 それが少しだけ嫌だった。


◇


 秋だった。


 月乃の前に、琴が置かれる。


「今日からお稽古を始めます」


 女房が穏やかに言った。


 月乃は少しだけ顔をしかめる。


「難しい?」


「姫様次第ですよ」


 くすりと笑う声。


 その隣にいた少女が、静かに頭を下げた。


「本日よりお側へ上がります、蛍と申します」


 月乃より少し年上だろうか。


 長い髪と、落ち着いた目をした少女だった。


「ほたる?」


「はい」


 月乃がじっと見つめると、蛍は少し困ったように笑った。


「どうかなさいましたか」


「綺麗な名前」


 蛍が少し驚いた顔をする。


 けれどすぐに、柔らかく目を細めた。


「ありがとうございます」


◇


 琴は難しかった。


「もうやだ……」


 月乃が突っ伏す。


 すると蛍が小さく笑った。


「姫様は飽きるのが早すぎます」


「だって指痛い」


「ですが、先ほどよりずっと上手くなっていましたよ」


「ほんと?」


 月乃が顔を上げる。


 蛍は頷いた。


「音が綺麗でした」


 その言葉に、少しだけ嬉しくなる。


 もう一度、琴へ触れようとした時だった。


 廊下の向こうに、人影が見えた。


 暁人。


 月乃の顔が明るくなる。


「暁人!」


 声を上げると、暁人は少し驚いたように足を止めた。


「お稽古中では」


「休憩!」


 即答すると、蛍が小さく吹き出す。


「姫様」


 月乃は気にしない。


「聞いて、琴やってるの」


 そう言うと、暁人の視線が琴へ落ちる。


「……そうですか」


 静かな声。


 なぜだろう。


 少しだけ嬉しそうに見えた。


「まだ下手だけど」


「月乃様は、音を覚えるのが早いですから」


「分かるの?」


 月乃が首を傾げる。


 すると暁人は、ほんの少しだけ笑った。


「好きな音なので」


 その瞬間。


 月乃の胸が、なぜか大きく跳ねた。

暁人は、朝臣の乳兄弟です。

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