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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
前世編
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8/10

1 姫君

 夢は、途切れなかった。



 熱に浮かされながら。


 月奈は、ずっと月乃の時間を見ていた。





 夏の日だった。



 庭の木陰で、月乃は頬を膨らませている。



「また兄様ばっかり」



 目の前では、朝臣と暁人が何か難しい話をしていた。



 最近、二人はこういう時間が増えた。



 月乃には分からない言葉ばかりだ。



『月乃』



 朝臣が苦笑する。



『そんな顔をするな』


「だってつまらない」



 月乃がそっぽを向くと、朝臣は呆れたように笑った。



『暁人、少し付き合ってやれ』



 その瞬間。


 暁人の表情が、一瞬だけ止まる。


なぜか分からないけれど、月乃はその顔が少し気になった。



『……ですが』


『いいから』



 朝臣は分かっているのだ。



 月乃が、暁人の前でしかこんな顔をしないことを。



 暁人は小さく息を吐いた。



『少しだけですよ』



 その声だけで、月乃はすぐ機嫌を直す。



「ほんと?」



 ぱっと笑う。



 その笑顔を見た瞬間。


 暁人の目が、少しだけ柔らかくなった。





 廊下を並んで歩く。



 風鈴の音が遠くで鳴っていた。



「兄様、最近忙しいね」



『もうすぐ元服ですから』


「げんぷく?」



 月乃が首を傾げる。



 暁人は少しだけ笑った。



『大人になるということです』



「ふうん」



 月乃には、まだよく分からない。



 でも。



 最近、少しずつ変わっていく空気だけは感じていた。



 朝臣は忙しくなった。


 屋敷の人たちは、月乃へ前より丁寧になった。



 そして。



 暁人は時々、少し遠い顔をする。



「……暁人?」



 呼ぶと、暁人はすぐにいつもの顔へ戻った。



『どうしました』


「なんでもない」



 月乃は首を振る。



 本当は。



 その“遠い顔”を見るたび、少しだけ胸が苦しかった。



 理由は分からない。



 ただ。



 暁人が遠くへ行ってしまいそうで。


それが少しだけ嫌だった。





秋だった。



 月乃の前に、琴が置かれる。



『今日からお稽古を始めます』



 女房が穏やかに言った。



 月乃は少しだけ顔をしかめる。



「難しい?」


『姫様次第ですよ』



 くすりと笑う声。



 その隣にいた少女が、静かに頭を下げた。



『本日よりお側へ上がります、蛍と申します』



 月乃より少し年上だろうか。


 長い髪と、落ち着いた目をした少女だった。



「ほたる?」


『はい』



 月乃がじっと見つめると、蛍は少し困ったように笑った。



『どうかなさいましたか』


「綺麗な名前」



 その瞬間。


 蛍が少し驚いた顔をする。



 けれどすぐに、柔らかく目を細めた。



『ありがとうございます』





 琴は難しかった。



「もうやだ……」



 月乃が突っ伏す。



 すると蛍が小さく笑った。



『姫様は飽きるのが早すぎます』


「だって指いたい」



『ですが、先ほどよりずっと上手くなっていましたよ』



「ほんと?」



 月乃が顔を上げる。



 蛍は頷いた。



『音が綺麗でした』



 その言葉に、少しだけ嬉しくなる。



 もう一度、琴へ触れようとした時だった。



 廊下の向こうに、人影が見えた。



 暁人。



 月乃の顔がぱっと明るくなる。



「暁人!」



 声を上げると、暁人は少し驚いたように足を止めた。



『お稽古中では』


「休憩!」



 即答すると、蛍が小さく吹き出す。



『姫様』



 月乃は気にしない。



「聞いて、琴やってるの」



 そう言うと、暁人の視線が琴へ落ちる。



『……そうですか』



 静かな声。



 なぜだろう。


 少しだけ嬉しそうに見えた。



「まだ下手だけど」


『月乃様は、音を覚えるのが早いですから』



「分かるの?」



 月乃が首を傾げる。



 すると暁人は、ほんの少しだけ笑った。



『好きな音なので』



 その瞬間。


 月乃の胸が、なぜか大きく跳ねた。

暁人は、朝臣の乳兄弟です。

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