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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
前世編
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10/23

3 御簾の向こう側

それでも日々は、静かに続いていった。



 月乃は琴の稽古に精を出していた。


 暁人は変わらず、時々その音を聴きに来る。



 ただ。


 少しだけ、距離は空いたままだった。





 夕暮れの部屋。



 ぽろん、と琴の音が落ちる。



「……ここ、また違う」



 蛍が静かに言った。



『指の運びが少し固いですね』



「むずかしい」



 月乃は唇を尖らせる。



 けれど、やめたいとは思わなかった。



 昔なら、とっくに投げ出していたはずなのに。



 最近は違う。



 上手くなりたい。



 その理由を考えるたび、ある人の顔が浮かぶ。





 その日も。


 月乃は何度も御簾の向こうへ視線を向けていた。



 けれど。


 いつまで経っても人影は現れない。



 気づけば、空は茜色に染まっていた。



「……来ない」



 ぽつりと零れた声に、蛍が顔を上げる。



『どなたがですか?』



「な、何でもない」



 慌てて首を振る。



 蛍は何も言わなかった。



 ただ少しだけ微笑んでいた気がした。





 その翌日。



 廊下を歩いていた月乃は、ふいに足を止めた。



 向こうから暁人が来る。



 たったそれだけなのに。



 胸の奥が、少しだけ軽くなった。



「暁人」



 呼ぶと、暁人が足を止める。



『月乃様』



 いつもの声。



 いつもの呼び方。



 それなのに、なぜだろう。



 昨日会えなかっただけで、こんなにも嬉しい。



「昨日、来なかったね」



 口にした瞬間、自分で驚いた。



 責めるつもりなんてなかったのに。



 まるで待っていたみたいだ。



 暁人も少し驚いたようだった。



『申し訳ありません』



「別に、謝ってほしいわけじゃなくて……」



 言葉がしぼんでいく。



 暁人は何か言いかけて、やめた。



 そして。



『今度、お聴かせください』



 静かな声でそう言った。



 たったそれだけなのに。



 胸が、ふわりと温かくなる。



「うん」



 自然と笑みがこぼれた。



 その笑顔を見て。



 暁人はほんの少しだけ目を細める。



 最近。



 暁人のことを考える時間が増えた。



 会えないと寂しくて。


 会えると嬉しい。

 

 そんな日々が、しばらく続いた。





季節は静かに流れていった。



 琴の音は変わらず庭へ落ちる。


 暁人も、変わらずそこにいた。



 ――そう思っていた。





 その日も夕暮れだった。



 月乃は琴の前に座っている。



 けれど。


 いつもならあるはずの気配がなかった。



 御簾の向こうを見ても、誰もいない。



「あれ……」



 ただそれだけなのに。


 胸の奥が少しだけ落ち着かない。



 気のせいだと思った。



 今日だけかもしれない。



 そう思いながら琴へ向き直る。



 けれど音はどこか定まらなかった。





 翌日。



 月乃はいつもより早く琴の前へ座っていた。



 また御簾の向こうを見る。



 誰もいない。



 昨日も来なかった。



 それだけなのに。


 なぜだろう。


 こんなにも気になる。



 ぽろん。



 指が少し滑った。



『姫様?』



「なんでもない」



 首を振る。



 その時だった。



 背後に、人の気配がした。



 聞き慣れた足音。



 月乃は振り返る。



 そこにいたのは、暁人だった。



 胸の奥が、ふっと軽くなる。



「……来てるのに」



 思わず零れた言葉は、少しだけ拗ねていた。



『申し訳ありません』



「謝らなくていいのに」



 月乃は小さく笑う。



 すると暁人は琴へ視線を向けた。



『少し、音が乱れていました』



「え?」



『ですが、ほんの少しです』



 静かな声。



 月乃は少し考えてから笑った。



「暁人って、本当に分かるんだね」



 すると。



『……好きな音ですから』



 その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。



「じゃあ、もっと上手くなる」



 琴へ手を伸ばす。



 その時。



 暁人が一歩前へ出た。



 御簾越しではなく。


 少しだけ近い場所へ。



 月乃は思わず瞬きをする。



「……近くない?」



 暁人は少しだけ視線を逸らした。



『その方が、よく聞こえます』



 理由になっていない気がした。



 でも。



 なぜだか、それ以上聞けなかった。



 ぽろん。



 琴の音が夕暮れへ溶けていく。



 近いはずなのに。


 触れることはできない距離。



 それでも。



 月乃は少しだけ嬉しかった。

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