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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
前編
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6/17

6 ずっと好きだった

雨上がりの道に、静かな声が落ちた。



「……暁人?」



 朔夜は目を見開いた。


 長い沈黙のあと、小さく息を吐く。



「……そうだよ」



 月奈の呼吸が止まる。



「え……」



 頭が追いつかない。


 夢の中の名前。


 知らないはずの人。


 でも、懐かしかった人。



 朔夜はゆっくり眼鏡へ手を伸ばした。



 黒縁のフレームを外す。



 月奈は息を呑んだ。



 夢の中で見た目。


 優しい声。


 少し困ったような笑い方。



 全部、重なる。



「……っ」



 胸の奥が熱い。


 泣きそうになる。



 理由なんて分からない。


 でも。


 会いたかったと思った。



 ずっと。


 ずっと昔から。



「東雲先輩……?」



 震える声で呼ぶ。



 朔夜は少しだけ笑った。


 でもその笑顔は、どこか苦しそうだった。



「夢で見てたんだろ」



 静かな声。



「……あれは、多分前世だと思う」



 月奈は言葉を失う。



 普通なら信じない。


 そんな話。



 けれど。


 否定できなかった。



 夢の感触も。


 感情も。


 胸の痛みも。



 全部、本物だったから。



「前世……」



 呟くと、朔夜は小さく頷いた。



「俺も夢で思い出した」



 だからだったのか。



 夢の話を聞いても笑わなかった理由。


 時々、何かを知っているような顔をした理由。


 月奈が怖い夢を見た日も。


 雷の日も。


 いつも少しだけ気にかけていた理由。



 全部が繋がっていく。



「どうして…」



 朔夜は少しだけ黙る。



 夜風が吹いた。



「言うつもりはなかった」



「どうして」



「神谷は神谷だから」



 月奈は意味が分からず眉を寄せる。



 朔夜は小さく笑った。


「だから」



 朔夜は少しだけ目を伏せた。



「思い出さなくてもよかった」



 その言葉に。


 月奈の胸が痛んだ。



 まるで。


 思い出してほしいのに。


 思い出してほしくないみたいな声だった。



 沈黙が落ちる。



 やがて朔夜は諦めたように笑った。



「……でも、無理だったな」



 月奈が顔を上げる。



 朔夜は真っ直ぐ月奈を見ていた。



 逃げないように。


 誤魔化さないように。



「……月奈」



 月奈は目を見開く。



 その呼び方を聞いたのは、いつ以来だろう。



 昔は当たり前だった。


 いつからか、「神谷」に変わった呼び方。



 胸が大きく鳴る。


朔夜は何かを決めたように目を伏せた。


そして。



「ずっと好きだった」



 月奈は息を呑む。



 その言葉だけが耳に残る。



けれど。


それ以上に頭から離れない。


暁人。


夢の中にいた人。


会いたかった人。


その人が、東雲先輩だった。



月奈は動けなかった。



 胸が苦しい。


 心臓がうるさい。


 頭の中がぐちゃぐちゃだった。




「……月奈」



 優しい声。



 昔から知っている声。


 なのに今は知らない人みたいだった。



「大丈夫か」



 その言葉でようやく息を吐く。



「……分かんない」



 声が掠れた。



「ごめんなさい」



 何に謝っているのか自分でも分からない。



 朔夜は少しだけ困ったように笑った。



「謝るな」



 その顔が。


 その笑い方が。



 また胸を締めつける。



 頭の奥が熱い。



 視界が揺れる。



 風の音。


 琴の音。


 花の香り。



 知らない記憶が次々と流れ込んでくる。



「っ……」



 思わず額を押さえる。



「月奈?」



 今度は朔夜の声が近かった。



 肩に手が触れる。



 その瞬間。



 世界がひっくり返った。





 春の庭。



 笑う月乃。



『暁人!』



 振り返る青年。



 優しい目。





 縁側。



『明日も来る?』


『来ます』


『明後日も?』


『来ます』





 夕暮れ。



『ずっと一緒にいようね』



 幼い声。



 困ったように笑う暁人。



『……そうですね』





「月奈!」



 現実に引き戻される。



 気づけば朔夜に支えられていた。



「顔真っ赤だ」



 額に触れられる。



 ひんやりした手が気持ちいい。



「熱……」



 自分でも分かる。



 身体が熱い。


 立っているのも辛い。



「送る」



 朔夜が即座に言う。



「でも……」



「でもじゃない」



 珍しく強い口調だった。



 月奈はぼんやりした頭で朔夜を見上げる。



 心配そうな顔。



 苦しそうな顔。



 そして。


 どこか懐かしい顔。



「……暁人」



 無意識だった。



 朔夜の目が揺れる。



 月奈はそれ以上何も言えなかった。



 意識が沈んでいく。



 遠くで朔夜の声が聞こえる。



「月奈」



 優しい声だった。



 その声を最後に。


 月奈の意識は深い闇へ沈んでいった。

前編終了です。次回から前世編です

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