6 ずっと好きだった
雨上がりの道に、静かな声が落ちた。
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「……暁人?」
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朔夜は目を見開いた。
長い沈黙のあと、小さく息を吐く。
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「……そうだよ」
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月奈の呼吸が止まる。
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「え……」
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頭が追いつかない。
夢の中の名前。
知らないはずの人。
でも、懐かしかった人。
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朔夜はゆっくり眼鏡へ手を伸ばした。
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黒縁のフレームを外す。
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月奈は息を呑んだ。
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夢の中で見た目。
優しい声。
少し困ったような笑い方。
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全部、重なる。
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「……っ」
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胸の奥が熱い。
泣きそうになる。
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理由なんて分からない。
でも。
会いたかったと思った。
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ずっと。
ずっと昔から。
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「東雲先輩……?」
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震える声で呼ぶ。
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朔夜は少しだけ笑った。
でもその笑顔は、どこか苦しそうだった。
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「夢で見てたんだろ」
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静かな声。
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「……あれは、多分前世だと思う」
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月奈は言葉を失う。
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普通なら信じない。
そんな話。
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けれど。
否定できなかった。
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夢の感触も。
感情も。
胸の痛みも。
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全部、本物だったから。
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「前世……」
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呟くと、朔夜は小さく頷いた。
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「俺も夢で思い出した」
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だからだったのか。
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夢の話を聞いても笑わなかった理由。
時々、何かを知っているような顔をした理由。
月奈が怖い夢を見た日も。
雷の日も。
いつも少しだけ気にかけていた理由。
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全部が繋がっていく。
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「どうして…」
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朔夜は少しだけ黙る。
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夜風が吹いた。
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「言うつもりはなかった」
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「どうして」
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「神谷は神谷だから」
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月奈は意味が分からず眉を寄せる。
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朔夜は小さく笑った。
「だから」
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朔夜は少しだけ目を伏せた。
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「思い出さなくてもよかった」
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その言葉に。
月奈の胸が痛んだ。
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まるで。
思い出してほしいのに。
思い出してほしくないみたいな声だった。
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沈黙が落ちる。
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やがて朔夜は諦めたように笑った。
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「……でも、無理だったな」
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月奈が顔を上げる。
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朔夜は真っ直ぐ月奈を見ていた。
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逃げないように。
誤魔化さないように。
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「……月奈」
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月奈は目を見開く。
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その呼び方を聞いたのは、いつ以来だろう。
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昔は当たり前だった。
いつからか、「神谷」に変わった呼び方。
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胸が大きく鳴る。
朔夜は何かを決めたように目を伏せた。
そして。
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「ずっと好きだった」
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月奈は息を呑む。
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その言葉だけが耳に残る。
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けれど。
それ以上に頭から離れない。
暁人。
夢の中にいた人。
会いたかった人。
その人が、東雲先輩だった。
月奈は動けなかった。
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胸が苦しい。
心臓がうるさい。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
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「……月奈」
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優しい声。
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昔から知っている声。
なのに今は知らない人みたいだった。
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「大丈夫か」
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その言葉でようやく息を吐く。
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「……分かんない」
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声が掠れた。
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「ごめんなさい」
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何に謝っているのか自分でも分からない。
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朔夜は少しだけ困ったように笑った。
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「謝るな」
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その顔が。
その笑い方が。
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また胸を締めつける。
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頭の奥が熱い。
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視界が揺れる。
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風の音。
琴の音。
花の香り。
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知らない記憶が次々と流れ込んでくる。
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「っ……」
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思わず額を押さえる。
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「月奈?」
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今度は朔夜の声が近かった。
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肩に手が触れる。
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その瞬間。
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世界がひっくり返った。
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◇
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春の庭。
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笑う月乃。
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『暁人!』
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振り返る青年。
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優しい目。
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◇
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縁側。
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『明日も来る?』
『来ます』
『明後日も?』
『来ます』
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◇
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夕暮れ。
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『ずっと一緒にいようね』
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幼い声。
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困ったように笑う暁人。
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『……そうですね』
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◇
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「月奈!」
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現実に引き戻される。
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気づけば朔夜に支えられていた。
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「顔真っ赤だ」
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額に触れられる。
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ひんやりした手が気持ちいい。
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「熱……」
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自分でも分かる。
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身体が熱い。
立っているのも辛い。
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「送る」
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朔夜が即座に言う。
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「でも……」
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「でもじゃない」
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珍しく強い口調だった。
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月奈はぼんやりした頭で朔夜を見上げる。
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心配そうな顔。
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苦しそうな顔。
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そして。
どこか懐かしい顔。
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「……暁人」
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無意識だった。
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朔夜の目が揺れる。
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月奈はそれ以上何も言えなかった。
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意識が沈んでいく。
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遠くで朔夜の声が聞こえる。
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「月奈」
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優しい声だった。
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その声を最後に。
月奈の意識は深い闇へ沈んでいった。
前編終了です。次回から前世編です




