↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
後編
PR
29/32

9 答え

放課後。


「今日はちゃんと描きなよ」


 教室を出ながら、光希が言った。


「描くって」


「昨日も聞いた」


「そうだっけ?」


 そんなやり取りをしながら、二人で美術室へ向かう。


 扉を開ける。


「失礼しまーす」


 光希の声が響く。


 いつもと変わらない美術室。


 窓から差し込む夕陽。


 絵の具の匂い。


 部員たちの話し声。


 月奈は自分の席へ向かった。


 キャンバスを見つめる。


 月明かりの庭。


 木々の影。


 石灯籠。


 白く照らされた小径。


 そして。


 まだ描きかけの人影。


 何度も手を止めた場所だった。


 描こうとすると迷う。


 違う気がして、何度も消してしまう。


 月奈は鉛筆を持った。


 少しだけ考える。


 それから。


 そっと線を引いた。


「……」


 止まらない。


 もう一本。


 さらに一本。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 人影の輪郭が、形になっていく。


「……あ」


 思わず声が漏れた。


 描けている。


 完璧ではない。


 まだ迷いもある。


 けれど、昨日までとは違った。


「お」


 隣から光希が覗き込む。


「進んでるじゃん」


「少しだけね」


 月奈は照れくさそうに答えた。


「昨日まであんなに悩んでたのに」


「まあ……」


 それは否定できなかった。


 その時だった。


「進んでるな」


 不意に声がした。


 顔を上げると、朔夜が立っていた。


 眼鏡の奥の目が、キャンバスを静かに追っている。


「少しだけです」


「十分だろ」


 朔夜はキャンバスを見つめたまま言う。


「少しでも進んだなら」


 その言葉に、月奈はもう一度絵を見た。


 まだ完成には遠い。


 けれど、昨日よりは前に進んでいた。


「……そうですね」


 月奈が答えると、朔夜は小さく頷いて、自分の席へ戻っていった。


 その背中を見送りながら、光希がぽつりと言う。


「ほら」


「何が」


「東雲先輩のおかげじゃん」


 月奈は目を瞬いた。


「違うと思うけど」


「そう?」


 光希は面白そうに笑って、それから少しだけ声を落とした。


「気になることは、今のうちに確かめといたほうがいいよ」


 いつもの軽い調子とは、少し違って聞こえた。


 月奈は思わず視線を逸らした。


 違う。


 ……多分。


 そう思ったのに、ふと昨日のことが頭に浮かんだ。


『焦らなくていいと思う』


 静かな声。


 帰り道。


 夕暮れの横顔。


「月奈?」


 光希の声で我に返る。


「何でもない」


 慌てて答える。


 月奈はキャンバスを見る。


 月明かりの庭。


 描きかけの人影。


 描こうとするたび、自然と思い浮かぶ顔がある。


 そのことに気づいて、月奈は小さく眉を寄せた。


「……なんでだろ」


 呟いた声は、誰にも届かなかった。


◇


 その夜。


 月奈はベッドに寝転びながら、天井を見上げていた。


 部活のこと。


 絵のこと。


 そして。


『東雲先輩のおかげじゃん』


 光希の言葉。


 何度も頭の中で繰り返される。


「違うと思ったんだけどな……」


 小さく呟く。


 けれど。


 本当にそうだろうか。


 目を閉じる。


 浮かぶのは、今日のことだった。


『少しでも進んだなら』


 静かな声。


 眼鏡の奥の、優しい眼差し。


 帰り道。


 美術室。


 雨の日。


 思い出そうとしなくても、次々と浮かんでくる。


 そして気づく。


 いつも。


 そこには朔夜がいた。


 不安だった時も。


 悩んだ時も。


 嬉しかった時も。


 前世のことを思い出してからも。


 ずっと。


 月奈はゆっくり目を開けた。


 前世で、月乃は暁人を想っていた。


 それは確かだ。


 苦しくなるほど。


 会いたいと願うほど。


 大切だった。


 けれど。


 今。


 自分が会いたいのは誰だろう。


 話したいのは。


 隣にいたいのは。


 絵を見てほしいのは。


 頑張ったことを伝えたいのは。


 誰だろう。


 答えは、驚くほど簡単だった。


 朔夜だった。


「……あ」


 声が漏れる。


 今さらだった。


 夢の話を聞いてほしかったのも。


 前世を思い出して不安だった時も。


 美術室で隣にいてほしかった時も。


 気づけば、いつも朔夜を探していた。


 前世の暁人と、今の朔夜は、同じ人かもしれない。


 けれど。


 月奈が好きになったのは、前世の記憶だけじゃない。


 ずっと一緒に過ごしてきた、今の朔夜だ。


 胸の奥が熱くなる。


 恥ずかしい。


 けれど、不思議と嫌ではなかった。


 むしろ。


 ようやく答えが見つかった気がした。


 月奈は枕に顔を埋める。


「好きなんだ……」


 誰にも聞こえない声。


 けれど、その言葉は、確かに月奈自身の答えだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。