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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
後編
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29/32

9 答え

放課後。



「今日はちゃんと描きなよ」



 教室を出ながら光希が言った。



「描くって」



「昨日も聞いた」



「そうだっけ?」



 そんなやり取りをしながら二人で美術室へ向かう。



 扉を開ける。



「失礼しまーす」



 光希の声が響く。



 いつもと変わらない美術室。



 窓から差し込む夕陽。


 絵の具の匂い。


 部員たちの話し声。



 月奈は自分の席へ向かった。



 キャンバスを見つめる。



 月明かりの庭。



 木々の影。


 石灯籠。


 白く照らされた小径。



 そして。



 まだ描きかけの人影。



 何度も手を止めた場所だった。


 描こうとすると迷う。


 違う気がして。


 何度も消してしまう。



 月奈は鉛筆を持った。



 少しだけ考える。



 それから。


 そっと線を引いた。



「……」



 止まらない。



 もう一本。



 さらに一本。



 少しずつ。



 本当に少しずつ。



 人影の輪郭が形になっていく。



「……あ」



 思わず声が漏れた。



 描けている。



 完璧ではない。



 まだ迷いもある。



 けれど昨日までとは違った。



「お」



 隣から光希が覗き込む。



「進んでるじゃん」



「少しだけね」



 月奈は照れくさそうに答えた。



「昨日まであんなに悩んでたのに」


「まあ……」



 それは否定できなかった。



 その時だった。



「進んでるな」


 不意に声がした。



 顔を上げると、朔夜が立っていた。



「少しだけです」


「十分だろ」


 朔夜はキャンバスを見つめたまま言う。



「少しでも進んだなら」



 その言葉に。



 月奈はもう一度絵を見た。


 まだ完成には遠い。



 けれど。


 昨日よりは前に進んでいた。



「……そうですね」



 月奈が頷くと、


 朔夜は小さく頷いて自分の席へ戻っていった。



 その背中を見送りながら、


 光希がぽつりと言う。



「ほら」


「何が」


「東雲先輩のおかげじゃん」


 月奈は目を瞬いた。



「違うと思うけど」



「そう?」


 光希は面白そうに笑う。



 月奈は思わず視線を逸らした。



 違う。



 ……多分。



 そう思ったのに。



 ふと昨日のことが頭に浮かんだ。



『焦らなくていいと思う』


『少しでも進んだなら』



 静かな声。



 帰り道。


 夕暮れの横顔。



「月奈?」


 光希の声で我に返る。



「何でもない」



 慌てて答える。



 けれど。



 本当にそうだろうか。



 月奈はキャンバスを見る。



 月明かりの庭。


 描きかけの人影。



 描こうとするたび、


 自然と思い浮かぶ顔がある。



 そのことに気づいて、


 月奈は小さく眉を寄せた。



「……なんでだろ」



 呟いた声は、


 誰にも届かなかった。



その夜。


 月奈はベッドに寝転びながら天井を見上げていた。



 部活のこと。


 絵のこと。



 そして。



『東雲先輩のおかげじゃん』



 光希の言葉。



 何度も頭の中で繰り返される。



「違うと思ったんだけどな……」



 小さく呟く。



 けれど。



 本当にそうだろうか。



 目を閉じる。



 浮かぶのは今日のことだった。



『少しでも進んだなら』



 静かな声。



 優しい眼差し。



 帰り道。



 美術室。



 雨の日。



 思い出そうとしなくても、


 次々と浮かんでくる。



 そして気づく。



 いつも。



 そこには朔夜がいた。



 不安だった時も。



 悩んだ時も。



 嬉しかった時も。



 前世のことを思い出してからも。



 ずっと。



 月奈はゆっくり目を開けた。



 前世で月乃は暁人を想っていた。



 それは確かだ。



 苦しくなるほど。



 会いたいと願うほど。



 大切だった。



 けれど。



 今。



 自分が会いたいのは誰だろう。



 話したいのは。



 隣にいたいのは。



 絵を見てほしいのは。



 頑張ったことを伝えたいのは。



 誰だろう。



 答えは驚くほど簡単だった。



 朔夜だった。



「……あ」


 声が漏れる。



 今さらだった。



 夢の話を聞いてほしかったのも。


 前世を思い出して不安だった時も。


 美術室で隣にいてほしかった時も。


 気づけばいつも朔夜を探していた。



 前世の暁人と。


 今の朔夜は同じ人かもしれない。



 けれど。



 月奈が好きになったのは。


 前世の記憶だけじゃない。


 ずっと一緒に過ごしてきた。



 今の朔夜だ。



 胸の奥が熱くなる。


 恥ずかしい。


 けれど。



 不思議と嫌ではなかった。



 むしろ。


 ようやく答えが見つかった気がした。



 月奈は枕に顔を埋める。



「好きなんだ……」



 誰にも聞こえない声。



 けれど。



 その言葉は、


 確かに月奈自身の答えだった。

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