7 眠れない理由
27話の直しです。修正は次の点です。
•朔夜の眼鏡を2か所に入れました。校門で目が合う場面は「眼鏡越しに視線が合う」、ラストは「眼鏡の奥から、優しい目でこちらを見ている」です。
•『月奈がいたから』『だから大丈夫だった』は、回想なので『』のままです。
•光希の「何その顔」を、月奈が言い返す場面が、誰のセリフか分かりにくかったので、月奈のセリフだと分かるようにしました。
•句点で途中改行されていた箇所と、「結局。」のインデント抜けを直しました。
月奈が登校中に無意識で誰かを探してしまい、光希に「誰探してるの?」と言われる流れは、そのまま残しています。
玄関のドアを開けると、キッチンから夕飯のいい匂いがした。
「おかえり」
母の声が聞こえる。
「ただいま」
いつものやり取り。
いつもの家。
なのに。
月奈だけが少し違っていた。
「顔色だいぶ良くなったわね」
「うん」
「でも無理しちゃだめよ」
「分かってる」
そう答えながら靴を脱ぐ。
前世のことも。
約束のことも。
もちろん。
朔夜に告白されたことも。
母は何も知らない。
月奈は少しだけ苦笑した。
夕食を食べて。
お風呂に入って。
明日の準備をする。
気づけば夜になっていた。
ベッドに横になる。
けれど、眠れない。
目を閉じる。
すると浮かぶのは、今日の帰り道だった。
『月奈がいたから』
『だから大丈夫だった』
胸の奥が、小さく熱くなる。
「……もう」
枕に顔を埋める。
前世の暁人の言葉なのか。
朔夜自身の言葉なのか。
考えても分からない。
けれど。
どちらでも嬉しいと思ってしまった自分がいた。
その事実に気づいてしまって、さらに眠れなくなる。
窓の外を見る。
夜空には月が浮かんでいた。
前世でも、月を見上げたことがあった。
けれど今、思い出しているのは月乃ではない。
夕暮れの道を歩く朔夜の横顔だった。
月奈は慌てて布団を頭まで被る。
「……寝よう」
そう呟く。
けれど。
目を閉じるたびに浮かぶのは、月明かりの下の暁人ではなく。
今日、自分の隣を歩いていた朔夜だった。
しばらく眠れそうになかった。
◇
結局、月奈が眠りについたのは、かなり遅い時間だった。
だからだろう。
「月奈」
遠くで声がする。
「月奈」
ぼんやりと目を開ける。
時計を見て固まった。
「えっ」
思ったより時間が過ぎている。
慌ててベッドから飛び起きた。
その時。
「やっと起きたか」
部屋のドアのところに、朝陽が立っていた。
すでに制服姿で、スポーツバッグを肩に掛けている。
「お、お兄ちゃん!」
「先行ってるからな」
「え?」
「遅刻すんなよ」
そう言い残して、部屋を出ていった。
「ちょっ……!」
バタバタと階段を下りる音。
玄関の閉まる音。
そして、静寂。
「やばい……」
月奈は頭を抱えた。
急いで制服に着替えて、階段を駆け下りる。
母が呆れたように振り返った。
「だから昨日は早く寝なさいって言ったのに」
「ごめん!」
食パンを一枚くわえるように手に取り、牛乳で流し込む。
「ちゃんと噛みなさい!」
「はーい!」
全然ちゃんと返事できていない。
鞄を掴み、玄関へ向かう。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
勢いよく家を飛び出した。
◇
朝の空気が少し冷たい。
住宅街を急ぎ足で歩く。
「眠い……」
欠伸を噛み殺す。
昨日のことを思い出しただけで、また顔が熱くなった。
『月奈がいたから』
『だから大丈夫だった』
「うう……」
思わず頭を抱える。
だから眠れなかったのだ。
前世のこと。
暁人のこと。
朔夜のこと。
考えれば考えるほど、分からなくなる。
「月奈ー!」
後ろから、元気な声が飛んできた。
振り返ると、そこには光希がいた。
「おはよー」
「おはよう……」
「何その顔」
開口一番だった。
「え?」
「寝不足?」
図星だった。
月奈は思わず目を逸らす。
「まあ、ちょっと……」
「ふーん」
光希がにやりと笑う。
嫌な予感しかしない。
「……何その顔」
月奈が言い返すと、光希はとぼけた顔をした。
「別にー?」
絶対何かある。
けれど光希は、それ以上追及せず、月奈の隣に並んだ。
二人で学校へ向かう。
見慣れた校舎が、少しずつ近づいてくる。
月奈は無意識に、周囲へ視線を向けた。
そして、自分が何を探しているのか、気づいてしまう。
「……」
慌てて前を向いた。
そんな月奈の横顔を見て、光希は小さく笑った。
「月奈」
「なに?」
「誰探してるの?」
月奈の心臓が止まりそうになった。
「探してない!」
「へぇ」
まったく信じていない顔だった。
月奈は思わず顔を覆う。
今日も、穏やかな一日にはならなそうだった。
そんな予感を抱きながら、月奈は校門をくぐる。
昇降口へ向かおうとした、その時だった。
「お」
聞き慣れた声がする。
顔を上げると、朝陽がこちらへ手を振っていた。
「ギリギリじゃん」
「誰のせいだと思ってるの」
思わず言い返す。
「起こしただろ」
「もっと早く起こしてよ」
「自分で起きろ」
朝陽は楽しそうに笑った。
その隣にいる人を見た瞬間、月奈の心臓が大きく鳴る。
朔夜だった。
眼鏡越しに、視線が合う。
昨日の帰り道が頭をよぎった。
『月奈がいたから』
『だから大丈夫だった』
慌てて思考を振り払う。
「おはよう」
朔夜が言う。
いつもと変わらない声。
なのに。
「……おはようございます」
少しだけ、返事がぎこちなくなる。
「月奈」
隣の光希が、じっとこちらを見ていた。
「な、なに」
「やっぱり変」
「変じゃない!」
即答すると、朝陽が吹き出した。
「確かに変だな」
「お兄ちゃんまで!」
顔が熱い。
光希は面白そうに笑い、朝陽は呆れたように肩をすくめる。
そして。
朔夜だけが、何も言わなかった。
眼鏡の奥から、ただ少しだけ優しい目で、こちらを見ている。
その視線が気になって、仕方なかった。
「ほら、行くぞ」
朝陽が歩き出す。
月奈は慌てて、その後を追った。




