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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
後編
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27/32

7 眠れない理由

玄関のドアを開けると、キッチンから夕飯のいい匂いがした。



「おかえり」



 母の声が聞こえる。



「ただいま」



 いつものやり取り。



 いつもの家。



 なのに。



 月奈だけが少し違っていた。



「顔色だいぶ良くなったわね」



「うん」



「でも無理しちゃだめよ」



「分かってる」



 そう答えながら靴を脱ぐ。



 前世のことも。


 約束のことも。



 もちろん。



 朔夜に告白されたことも。



 母は何も知らない。



 月奈は少しだけ苦笑した。



 夕食を食べて。


 お風呂に入って。


 明日の準備をする。



 気づけば夜になっていた。



 ベッドに横になる。



 けれど。



 眠れない。



 目を閉じる。



 すると浮かぶのは、


 今日の帰り道だった。



『月奈がいたから』



『だから大丈夫だった』



 胸の奥が小さく熱くなる。



「……もう」



 枕に顔を埋める。



 前世の暁人の言葉なのか。



 朔夜自身の言葉なのか。



 考えても分からない。



 けれど。



 どちらでも嬉しいと思ってしまった自分がいた。



「……」



 その事実に気づいてしまって、


 さらに眠れなくなる。



 窓の外を見る。



 夜空には月が浮かんでいた。



 前世でも。



 月を見上げたことがあった。



 けれど今、思い出しているのは月乃ではない。



 夕暮れの道を歩く朔夜の横顔だった。



 月奈は慌てて布団を頭まで被る。



「……寝よう」



 そう呟く。



 けれど。



 目を閉じるたびに浮かぶのは、


 月明かりの下の暁人ではなく。



 今日、自分の隣を歩いていた朔夜だった。



 しばらく眠れそうになかった。


結局。


 月奈が眠りについたのは、かなり遅い時間だった。



 だからだろう。



「月奈」



 遠くで声がする。



「月奈」



 ぼんやりと目を開ける。



 時計を見て固まった。



「えっ」



 思ったより時間が過ぎている。



 慌ててベッドから飛び起きた。



 その時。



「やっと起きたか」



 部屋のドアのところに朝陽が立っていた。



 すでに制服姿で、スポーツバッグを肩に掛けている。



「お、お兄ちゃん!」



「先行ってるからな」



「え?」



「遅刻すんなよ」



 そう言い残して部屋を出ていった。



「ちょっ……!」



 バタバタと階段を下りる音。



 玄関の閉まる音。



 そして静寂。



「やばい……」



 月奈は頭を抱えた。



 急いで制服に着替えて階段を駆け下りる。



 母が呆れたように振り返った。



「だから昨日は早く寝なさいって言ったのに」



「ごめん!」



 食パンを一枚くわえるように手に取り、牛乳で流し込む。



「ちゃんと噛みなさい!」



「はーい!」



 全然ちゃんと返事できていない。



 鞄を掴み、玄関へ向かう。



「行ってきます!」



「行ってらっしゃい」



 勢いよく家を飛び出した。



 朝の空気が少し冷たい。



 住宅街を急ぎ足で歩く。



「眠い……」



 欠伸を噛み殺す。



 昨日のことを思い出しただけで、また顔が熱くなった。



『月奈がいたから』



『だから大丈夫だった』



「うう……」



 思わず頭を抱える。



 だから眠れなかったのだ。



 前世のこと。


 暁人のこと。


 朔夜のこと。



 考えれば考えるほど分からなくなる。



「月奈ー!」



 後ろから元気な声が飛んできた。



 振り返る。



 光希だった。



「おはよー」



「おはよう……」



「何その顔」



 開口一番だった。



「え?」



「寝不足?」



 図星だった。



 月奈は思わず目を逸らす。



「まあ、ちょっと……」



「ふーん」



 光希がにやりと笑う。



 嫌な予感しかしない。



「何その顔」



「別にー?」



 絶対何かある。



 けれど光希はそれ以上追及せず、月奈の隣に並んだ。



 二人で学校へ向かう。



 見慣れた校舎が少しずつ近づいてくる。



 その時。



 月奈は無意識に周囲へ視線を向けた。



 そして。



 自分が何を探しているのか気づいてしまう。



「……」



 慌てて前を向いた。



 そんな月奈の横顔を見て。



 光希は小さく笑った。



「月奈」



「なに?」



「誰探してるの?」



 月奈の心臓が止まりそうになった。



「探してない!」



「へぇ」



 まったく信じていない顔だった。



 月奈は思わず顔を覆う。



 今日も、穏やかな一日にはならなそうだった。




 そんな予感を抱きながら、月奈は校門をくぐる。



 昇降口へ向かおうとした、その時だった。



「お」



 聞き慣れた声がする。



 顔を上げると、朝陽がこちらへ手を振っていた。



「ギリギリじゃん」



「誰のせいだと思ってるの」



 思わず言い返す。



「起こしただろ」



「もっと早く起こしてよ」



「自分で起きろ」



 朝陽は楽しそうに笑った。



 その隣にいる人を見た瞬間。



 月奈の心臓が大きく鳴る。



 朔夜だった。



 視線が合う。



 昨日の帰り道が頭をよぎった。



『月奈がいたから』



『だから大丈夫だった』



 慌てて思考を振り払う。



「おはよう」



 朔夜が言う。



 いつもと変わらない声。



 なのに。



「……おはようございます」



 少しだけ返事がぎこちなくなる。



「月奈」



 隣の光希がじっとこちらを見ていた。



「な、なに」



「やっぱり変」



「変じゃない!」



 即答すると、朝陽が吹き出した。



「確かに変だな」



「お兄ちゃんまで!」



 顔が熱い。



 光希は面白そうに笑い、朝陽は呆れたように肩をすくめる。



 そして。



 朔夜だけが何も言わなかった。



 ただ少しだけ優しい目でこちらを見ている。



 その視線が気になって仕方なかった。



「ほら、行くぞ」



 朝陽が歩き出す。



 月奈は慌ててその後を追った。

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